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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
原罪と言う存在
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第四十六話

「ちっ、出てこい貴様ら!」

「呼んだかよ!」


 クレフの短剣がフォティスの首へと迫り、その皮膚を裂く。一筋の傷がじわりと赤くなり、血が滴る。

 薬が入り、魔力を奪われたフォティスは、その小さな傷をつけられた結果に、大きく舌打ちをした。


「ヒュー、クレフ君カッコいい~!」

「なんか思い出すな、それ。」


 ロイオスはそうそうに戦闘を諦めて援護に徹している。光を動かして気をそらしたり、待ちに徹するフォティスに騎士剣を振ったりと嫌がらせのオンパレードだ。


「いい加減にしろ! 逃げるか立ち塞がるかどちらかにしろ!」

「じゃあ、三番目。」

「最大限の嫌がらせをする!」


 壁を殴ることで瓦礫を作り投げ付けて来るフォティスに、ロイオスが絞った光を彼の顔に向けて当て、クレフが横合いから短剣を突き出す。

 瓦礫はロイオスの上に着弾し、無数の石礫がロイオスを襲う。潰される事は無かったが、肩を打ち据えて彼が呻く。ランプが地面に落ちて、中の水と光石が飛び出し転がる。

 クレフの短剣はフォティスの腕に当たり、再び傷を増やす。深く切れば怪力のフォティスが力を入れれば、短剣が抜けなくなる恐れがあるからだ。


「無事か? ロイオスさんよ!」

「肩を痛めた。悪いが離脱する。」

「おー、しとけ。領主様の前じゃ殺しが出来ねぇからな。」

「それじゃ、これは渡しておくよ。」


 ロイオスから薬品の瓶を受け取ったクレフが、それを短剣に塗り再び姿を隠す。

 フォティスは手当たり次第に瓦礫の山を量産し、クレフを潰そうと試みた。


「……あっ、ヤバい。」


 逃げながら天井を見上げたロイオスが呟いた瞬間、地下空洞は崩れ始めた。




「これ、いつまで続くんだ?」

「てか、何人居たんだよ、この街に。」


「白い羽」本部に押し寄せる狂信者に、トクスが呆れた声をもらす。屋上から見下ろせば、どれだけいるか簡単に分かる。

 ソルが一掃した後、間単にだが防衛戦の準備が出来た傭兵団は、幾分の余裕を持って迎撃していた。街の他の箇所での襲撃も止んだようで、散っていた傭兵達が集まって来たのも大きいだろう。


「トクスさーん、いつ帰れますかねぇ~。」

「え~、俺? ……ミフォロスさーん、いつ帰れますかねぇ~?」

「はっ? ……団長、いつ終わると思います?」

「お前らな……全員死んだらだろ。獣が生きるために肉を食うのと、同じレベルで迫ってきやがる。」


 狂信者を何がそこまで掻き立てるのか。指導者にそこまでの影響力を悪魔が持たせていたのが驚いた。

 しかし、現実に起こっているなら対処しなくてはいけない。気の毒だが死んで貰わねばこの騒動は収まらない。


「マジかよ、俺そろそろ矢が切れそうなのによ。」

「もっと買っとけよ。」


 柵の上面に顔を突っ伏したトクスに、言い返すミフォロス。

 彼等の後ろで、リティスは街を眺め続ける。燃えていく街並み、逃げ惑う人々、しかし狂信者はここに集まる。


「なんで何もしないんですかね?」

「あん? 絶賛暴れ中……確かに妙だな。なんでここなんだ。」

「法律的に強制力が無いからじゃ? 傭兵団なんてとっとと逃げれるしさ。」

「賊か何かか、俺達は。」


 嫌そうな顔をする団長だが、実際に傭兵団は逃げることも出来る。噂が広がれば仕事が無くなるので滅多にやらないが。


「つまり、奴さんはここで起こった事が広まれば都合が悪いわけか……よし、防衛戦を解け。住民を集めて西に行くぞ!」

「団長、性格悪いですよ。まぁ、喜んで手伝いますけどね。」

「ケンカ仕掛けた奴が悪いって事だな。さぁ、行こうぜ。下の奴等にも伝えねぇと。」


 傭兵団、「白い羽」が大々的に動きだし、各自で外へ脱出していった。元々各個で動く事が主体な傭兵にとって、正規兵のように頭を使う防衛戦より性に合っている。

 脱出し、再集結するのにあまり時間はかからなかった。


「よーし、全員いるか?」

「何人かいねぇけど、「白い羽」以外の人間は集まってるぜ。狂信者含めて、な。」


 トクスが縛り付けた狂信者達を荷車に載せながら話す。何人かはうまく捕まえることが出来た。本来、法で裁かれるべき人間を殺さずに捕らえられるなら、そちらの方が良い。倫理的にも、報酬的にも。


「君がこの集団のリーダーかな? 恩に切る。」

「ロルード様、御無事でしたか。」


 外に出ていたロルードが、団長に声をかけた。領主から民を助けた褒美もあるだろう、とトクスも良い顔だ。


「よぅ、トクスさんとやら。ミフォロスはいねぇのか?」

「うん? あぁ、あんたミフォロスが利用してた情報屋か。」

「おう、リロエスってもんだ。」

「ミフォロスなら……あっちだな。ほら、大剣背負ってるだろ?」


 集まり続ける人々が、それぞれ知人と合流し終えてざわめきが落ち着き始めた頃だった。

 街から轟音が鳴り響き、土煙が広がる。街を囲む防壁の上にいた兵士が、大声を上げた。


「か、陥没だ! 街の一部が崩れた!」

「どの辺りだ!」

「大通りから離れた辺りです! 確か、料亭のあった……」


 しかし、兵士が最後まで言い終える事は出来なかった。突然の轟音に戸惑う人々の前に、黒い影が舞い降りたからだ。


『よぅ、贄共。俺のモノにならねぇか?』

「マ、マモン!」

「てめえ! 親分をどうしやがった!」

「あ、悪魔だぁ! 逃げろぉ!」


 あっという間に混乱の渦に呑まれた一団に、マモンはニヤリと笑みを深めた。




 崩れ落ちた大穴から、クレフが這い出してくる。


「あー、死ぬかと思った。ここは……あぁ、クソガキの泊まってた宿屋か。こりゃ再建出来そうもねぇな。」


 旨い飯だったんだが、とクレフが立ち上がり埃を落とす。その後、辺りを見渡したクレフは眉を潜めた。


「何だって一人もいねぇんだ? つか、ロイオスって兄ちゃんもいねぇな。」

「そしてお前も居なくなる。」


 振り返るクレフに、フォティスの怪力により、巨大なハンマーが振り下ろされる。


「どこから拾ったんだよ、そんなもん! 元の所に返してこい!」

「盗賊に言われる筋合いは無い!」


 唸りをあげて振り回されるハンマーは、良く見ればねじ曲げられた鉄塊。おそらく井戸のハンドルや、荷車のシャフトだろう。


「工作したいならガキの前でやれっつーの!」

「その減らず口も潰してやる!」


 ところ構わず壊し始めるハンマーに、クレフは紙一重の回避を続ける。足場が悪く、フォティスも視界から外したくないため、迂闊に遠くに跳べないのだ。足下を見分けつつ、足場を徐々に把握する作業と、フォティスの振るう鉄塊を避ける作業を同時にこなすのだ。


「よっしゃ! 覚えた。」

「喰らえ!」


 フォティスが、一瞬止まったクレフに大振りの一撃を見舞うが、クレフは僅かに速く遠くに着地し、首を鳴らした。


「くっそ、集中力切れそうだぜ。そろそろ死ぬ気ねぇか?」

「あるはず無いだろう!」

「では優しいお兄さんから贈り物だ、心変わりは御早めに。」


 駆け出すために足に力を込め、姿勢を低くしたフォティスの脹ら脛に、騎士剣が突き刺さる。クレフの短剣によって魔力が少なくなり、注意力が散漫になっていたフォティスは、その痛みについ振り向いてしまった。


「止めだ、怪力男。」


 クレフの短剣が心臓を深く突き刺す。引き抜くと同時に吹き出した血が、彼等を赤く染めた。


「生きてたか、ロイオスの兄ちゃん。」

「あぁ、生きてたよクレフ君。それより手を貸してくれないかい? 足が挟まってしまってね。」

「貸しだかんな。」

「串焼き奢るよ。」


 二人は状況を知るべく、防壁の上に向かう。見張りの兵士だろうか、人が見えたからだ。

 慌てた様に動く人影に、二人の足は自然と急いだ。



 フォティス、死亡。





(……ここは何処だ? 何で俺はこんな所で寝てんだ?)


 周囲は結晶に包まれ、何処までも続く地平線すら、結晶に覆われている。所々立つ結晶の柱や壁が、何処となく【具現結晶・戦陣クリスタライズ・フィールド】を思わせる。武器の類いは無いが。


『起きたようだな、人間。』


 声に振り返るソルは、次の瞬間には言葉を失った。そこに、結晶を着込む様に覆われた人形が立っていたからだ。

 そう人形だ。それ以外に形容する言葉をソルは思い当たらなかった。

 感情の読めない瞳、動かない無表情の顔。性別の特徴や、生きていると感じさせるナニカさえも削ぎ落とし、残った人としての共通項目だけを形にした様な、一種の美しさを覚える完璧な人形。

 透けるような白髪は、もはや透明といってもいい。紅い瞳と結晶の角、光で出来ているような透明な翼は、形状を除けば天使にも見える。


「……孤独の悪魔・モナクスタロ。」

『御名答、No.7705。私が最大の最小単位、孤独の悪魔・モナクスタロ。』


 そう綴る声も、何処か無機質に聞こえるのは先入観からだろうか。相手に伝えるのは字面だけで十分だとでも言いたげな調子だ。


「何で俺の前にいるんだ、ここは何処なんだ?」

『知らない、分からない。私にもここは未知数。ただ言えるとすれば君の魂の深層意識と表層意識の狭間、だと思われる。』

「狭間?」

『たいした孤独感も感じないのに、私が出てきたと言うことは、死にかけた肉体。心当たりは?』

「……あぁ、ある。」


 問われたソルの脳裏にマモンと激突した記憶が甦る。最後の一瞬、チャンスだと思ったソルは、焦って攻撃に転じた。

 ソルの剣は指輪の中を、マモンの爪は心臓を貫いたのだ。


「いや、心臓一突きはいくら魔人でも死ぬだろ。」

『治す。その為に自己とその全てを統合する魔法がある、No.7705。それに変なものがあるため、命は大丈夫だろう。』

「変なもの?」

『心臓の近く。強引に埋められている。今朝、治したばかりの箇所だ。』

「今朝?って、もしかしてあの血……」


 考えこむソルに、モナクスタロが近づき剣を手渡す。ソルの良く使う形に合わせられた剣だ。


「……? どうし」

『それにより、奥にいく道は閉じられ、表の道はこのまま通るに狭すぎる。二人、存在をぶつけ削り合え、と言うことだろう。』

「はっ?」

『私は消える気等無い。今まで眠っていたが、それも終わりにしてやる人間。武器を取れ。』

「ちょ、ちょっと待てって。話が急で」

『説明の義務は果たしたぞ。【具現結晶・貫通クリスタライズ・ピアース】!』


 ソルの横で鋭い大針が突き上がり、バンダナを引き裂く。より一層大きくなった角に当たり、ソルの頭が弾かれる。


「……っ! やぁっ!」


 剣を横凪ぎに一閃。戦いの火蓋が落とされた。

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