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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
原罪と言う存在
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第四十四話

 啖呵を切ったリロエスが、大盤振る舞いだ、と言いながら庭に火をつける。勢い良く燃え広がる木々の中に混じっていた魔炭の木が強い魔力を放ち、それに引きずられたマナの濃度が上がっていく。


「おい、何を!?」

「えっと、そんでこれを投げる!」


 彼の投げた板が宙にふわりと浮かび上がる。驚くロルードを尻目に、リロエスは二人に手招きした。


「宣言通り拐わないとな? この板、暫くこのまま飛んでる仕組みらしい。使い捨てなのに、くそ高かったんだから速く乗りな。街の外なら安全な隠れ家もある。」

「しかし……」

「んじゃ、残って死ぬか?」


 後ろからは、狂信者達の足音が響く。階段から落ちただけなので既に復帰したのだろう。その音にロルードは焦りを感じる。そんな彼にリロエスは追い打ちをかけた。


「今乗らねぇなら十才のころにロイオスに騙されて、連れていかれた詰所を飯屋と勘違いしてて泣いた話をばらまく。」

「どうやら本当に愚弟の友の様だな。あれに用が出来た。」


 ロルードがお前も来い、と兵士を引き連れて板に乗る。前を向き直ったリロエスが思い切り壁を蹴り、板が宙を進む。街の中でも高い位置から飛んだ板は、何に阻まれる事も無く外に飛んでいった。



 ロルード、リロエス、兵士一名、離脱成功。




 街に響いたリロエスの宣言に、彼等はニヤリと笑った。


「やってくれたぜ、あの野郎!」

「よっしゃ、狂信者は領主館に集まってんぞ!」

「楽でいいね、こりゃ。走るの疲れてたんだ。」


 盗賊団の短剣が、ナイフが、数々の刃物が怪しく光る。クレフは悪魔と相対している。それに比べれば狂信者など、刃向かってきた愚か者に過ぎない。


「行くぞお前ら、最初で最後の命泥棒だ。」

「ひゃー、俺等おっかねぇ。」

「親分の性分がうつった。」

「んな風邪みたいに言うなよ。風邪より質悪ぃぜ、親分。」


 無駄口を叩く彼等も、その手に持つのは凶器。振るう腕に乗せるのは故郷の仇への怨み。悪魔は無理でも悪魔の信奉者ならば、彼等にも倒せる。


「さぁ、最悪の罪を重ねてこうぜ、お前ら!」




「あのバカ、何言ってんだか。」

「つーか、狂信者の波減らねぇ~。第三次波、来るぞ!」

「はぁっ!? もう大剣も上がらねぇんだけど。」


 疲労感に満ちたミフォロスが文句を言えば、その横を矢が通る。

 ゆっくりと後ろを向けば、団長の弓が引かれていた。


「動けるよな? ミフォロス。」

「だぁ、もう! やってやるこの野郎ぉ!」

「ミフォロスがキレた!!」

「離れろ、若いの。巻き込まれんぞ。あいつは器用じゃねぇ。」

「魔獣狩りに細かすぎる気遣いなんざ、要らねぇんだよお!」


 戦略も技術も無く、力任せに大剣を振るいながら狂信者達に突っ込むミフォロス。一振りで狂信者達を何人も薙ぎ倒し、ついでに近くを飛ぶ矢も凪ぎ払う。


「おい、今の弾かなきゃ当たってたろ!」

「煩ぇー! 別を射ろ!」

「なんだ、まだ動けるじゃ無いか。」

「団長怖、スパルタだ。」


 既に本部を包囲されている彼等に悲壮の色は無い。

 常に沈む事無く、前だけ見てろ。

 まだ、「白い羽」が「白い翼」だった頃からのモットーである。そして、それは往々にしていい結果をもたらした。この傭兵団の経験則だ。


「何グダついてんだよ、ミフォロス!」

「遅ぇんだよ、ソル!」


 閃く結晶の刃はまるで飛ぶように狂信者を縫う。吹き出す血を浴びることなく通りすぎたソルは、異様なまでの速度だった。


「上。」

「あっ、上? ……白か。」


 一歩引いたミフォロスが、落ちてきたリティスをキャッチする。いくら大柄とは言え、成人女性を受け止めるミフォロスは、まだ体力に余裕がありそうだ。


「白って何よ、白って。」

「ソル、左は任せろ。」

「疲れてんだろ。全部俺がやるから、魔術師ってバレて大丈夫か教えてくれ。」


 リティスの文句を無視し、ミフォロスがソルに連携を伝える。しかし、彼の返答は了承ではなく別の事項の確認。それに、ミフォロスはニッと笑いながら答える。


「しってんだろ、商業都市に居を構えるような傭兵団だ。てめぇ個人の評価でなら嫌われても、魔術師ってだけで客を見ねぇで嫌う奴はいねぇ。」

「なら問題無し。多連【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】!」


 無数の結晶が狂信者目掛けて放たれ、みるみるとその数を減らす。紅い瞳が水色に戻る頃には、目に見えていた狂信者は全て倒れていた。

 これが悪魔の秘術、魔法がもたらす結果である。


「はっ、相変わらず派手だな。」

「笑うなよ、カッコいいだろ?」

「どちらかと言えば綺麗だな。」

「ほい、三人方、後ろ見ようぜ?」


 二人が話しているのを、トクスが割って入る。後ろから歩いてくる団長に、ゲッと声をもらすミフォロス。


「よう、ミフォロス。女抱えて片付けサボろうたぁ、良い御身分だな。」

「いや、これは不可抗力で……」

「はいはーい、この人触り方がヤラシイでーす。」

「ワルノリすんな!」

「よし、こっち来い。」

「そんな……宿無しは、宿無しだけは許してください。」


 大柄なミフォロスを引きずって歩く団長は、小さくは無いがそれでも標準的な体格だ。しかし、ぶれずに歩くその姿は足腰の強さを伺わせた。


「ありゃ、追い出されたか?」

「ミフォロスさん、本部に部屋借りてるからね。団長のご厚意だから、団長の機嫌損ねたらダメでしょ。」


 犯人二人が何か言っているが、ミフォロスには届かない。届いていれば、即効ツッコミが炸裂しただろう。


「取り敢えず依頼完了と言うことで。後は大丈夫ですか?」

「うん、ここにもミフォロスさん以外の常連さんも居るからね。その人探してみる。」

「じゃ、俺は少し用が出来たんで……」


 ソルが空を眺めながら呟く。リティスがそちらを見れば、赤い光が真っ直ぐに空に伸びていた。


「あれは?」

「合図です。それじゃ、宿代の件忘れないで下さいね!」


 ソルが「飛翔」で飛び立つと、トクスがリティスに訪ねる。


「リティス嬢、ありゃ悪魔か?」

「魔術師だって。人間だと思うよ。」

「知らないのかよ……」

「今朝、ちょっと分かんなくなった。」


 この世界ではマナが意思を体に伝える補助をする。そのため、意思の強さ次第で身体能力が高くなることもあるのを、理屈は分からなくても皆、経験で知っている。

 しかし、リティスを抱えて屋根を跳び回り、彼女を上空に放り投げて狂信者の間を目にも止まらぬ速さで駆け抜ける事が、果たして人間に出来るのか。


「まぁ、一番は出血だけど……」

「血? ケガをしていたのか?」

「何でも無いですよ。それより、護衛頼んでも良いです?」

「報酬取るぞ。」

「えぇ! ケチっ!」



 リティス、「白い羽」に合流。




 崩れた地面に手をつき起き上がるクレフ。マモンが大地を殴ると、下の空洞が潰れて陥没したのだ。


『おっ、今ので起き上がるか。しぶといねぇ~人間。』

「こちとら、誰かさんみたいに浮いた生活してねぇで、地に足着けてたからな。頑丈なのよ。」

『地に足を縛られているの間違いだろう?』


 翼をはためかせ降りてきたマモンは、ゆっくりと此方に手を向ける。その手に黒いオーラが纏われる。


『じゃ、お前の記憶と技術は頂くぜ。【強欲(アプレースティア)】。』

「ちっ!」


 とっさに跳んで避けるが、速度を落としながらも追いかけ続ける魔法に、クレフの疲労が溜まっていく。


『よっ、ほっ! おー、今の抜けるか、凄いねぇ!』

「てめえが下手くそなんだろ、釣りってのはこうするんだぜ!」


 クレフが糸を手繰り寄せると、その先に括られた魔方陣が火の中に落ちる。かなり遠くにあった意識の外のそれは、マモンが防ぐには難しい物。

 火にくべられた魔方陣が、赤い光を放つ。上に棒状に伸びるそれは、遠くからでも目立つだろう。


『なんだこれは!』

「俺が御宅の契約者に蹴り飛ばされて宿屋に突っ込んでな、そんときに魔術師さんがくれたプレゼントだよ。」

『ふんっ、何か分からんがマナを食ってるモンだな。発動前に止めてやる。【強欲(アプレースティア)】。』


 黒いオーラに呑まれた魔方陣が、光を放つのを止めてただの炭になる。それを蹴飛ばしたマモンが、クレフに向き直る。


『さぁ、人間。切り札は無くなったみたいだが、どうする?』

「こうするんだぜ!」


 クレフが後ろに転がれば、瓦礫の向こう側に落ちたのか姿が消える。マモンが瓦礫に結晶を撃ち込んで壊せば、投げナイフがマモンに放たれる。


『ちっ、うっとおしい!』

「そりゃどうも。」

『なに!? いつ後ろに!』

「ブービートラップも知らねぇのか、おバカさん!」


 投げナイフはクレフが投げたのでは無く、落ちた瞬間には既に回り込んでいたのだろう。意表を突いて攻めてくるクレフは、今まで逃げる人間しか相手をしてこなかったマモンには、全く動きが読めなかった。

 クレフの短剣がマモンの心臓、依代となっている指輪に向かう。後少し。先が当たり……


『【具現結晶・固定クリスタライズ・ロック】、ってなぁ!』


 関節だけを固められたクレフは、動くことを封じられた。すぐに退こうにも足が動かない。顔を上げたクレフに、鋭い爪が迫った。


「【具現結晶・固定クリスタライズ・ロック】、ってね。」


 爪がギリギリと音を立ててクレフの首と拮抗している。ふわりと降り立ったソルが、マモンに瓦礫を撃ち込み、クレフの全身にかけた固定を解除する。


「ぶぁっ! 心臓に悪いわ! てか、息を止めんな!」

「しょうがないだろ。動かしたきゃ付与だけど、それだと防げないと思ったんだ。」


 ソルが剣を向けつつ、クレフの横にたつ。舌打ちをしながらクレフは短剣を構えた。


「んっ? その短剣変わったな? 刃に強力な触媒が付いてる。」

「あっ? 触媒ってなんだよ。」

「魔力を吸い出すんだよ。例えば悪魔の体や核を、な。」

「へぇ、つまりアイツの核に当てろって事か。」

「正確には核が無いから依代だな。あの指輪。」


 ソルが説明するとクレフは短剣を逆手から順手に持ち替えて構える。斬る動作から刺す動作へ切り替えたのだ。

 マモンが瓦礫を吹き飛ばして二人の前にたつ。


『よくもやってくれたな、モナクスタロ!』

「瓦礫の下は温かかったか? それ、冷ますぞ!」


 近くに流れる地下水脈を、ソルが結晶化させた壁を取り除き流し込む。足元の瓦礫へ「飛翔」を使い、クレフとソルは地下から離脱した。


「魔力特性は違うけど、固体にするなら少し得意だぜ……「凍結」!」


 凍りつく水は霜を降らせ、辺りを銀世界へと変えた。

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