プロローグ
「かーつて現世のそのはしにー
ひーかりのさーす地がありましたー。」
「あーる時闇持つ人間がー
そーの地を暗くそーめましたー。」
「やーみは集いて型つくりー
翼を開いて飛びましたー。」
「世界を手中に納めようー
全てを嘆くその前にー。」
朗々と響く歌声が、リュートの音色に乗って響く。真っ白なフードを深くかぶり、同色のローブに身を包んだ男(声から察するに男と思われる)は歌い終わると同時に静寂に包まれた広場に一礼する。
「さて、挨拶を終えたところで……それでは皆様の為に鎮魂歌でも送りましょうか。生憎と多くの歌は知らないので前座は無いですけど、ね。」
そう言うと男は静かで優しい歌を語り出した。一切の命の消えた広場には似つかわしくない、慈悲の満ちた声で……
男のいるその場所は魔界の中心。半世紀は昔に魔王の生まれた地。そこで行われるにはあまりに神聖な出来事だった。
「おい、7705番……ちっ、反応なしか。」
「貴重な「悪魔の心臓」がまた一つ無駄になった訳ですな。我等が王に報告をお願いいたします。」
暗い室内にて過剰に送り込まれたマナに苦しむ様子しか見せない少年に二つの影が溜息を吹き掛ける。
「今回の原因は? 次は上手くいくのか。」
「それはなんとも。しかし今回はどうやら人間性が強すぎたようです。二つの魂を一つにする「魔人化」は、孤独の悪魔には相性が悪かったようですな。」
「孤独、か……やはり成功例が異常なだけか?」
「あの悪魔は離反しましたがね。データすら取れずに誠に残念です。」
「ティポタスめ。見つけ次第焼き殺してやる!」
「あれは我等が王でさえ警戒していましたが?」
「喧しい! くそ、いつか復讐してやる。」
苛立たしげに炎を揺らした者が部屋から出ていく。それを見送ったもう一人が少年を振り替える。
「全く、扱いにくいお方だ。取り敢えずコレは外に捨てておけば魔獣が喰ってくれるだろう。」
窓から外に大きく放り投げ、森に消えていった幼子の事など彼の頭には残っていない。早速次の作業にかかる。
「不断の悪魔、7706を持ってきなさい。次は貴方です。」
「まっ、待ってください。やっぱり、7777の方が強そうなのでそこまでは……」
「もう先には伸ばしません。来なさい。」
「ひっ。おっ、お助けっ……」
扉の中に引きずり込まれた悪魔はもう二度と日の目を見ることは無かった。
森の中にがさがさと波紋のように音が広がり、鬱蒼とした茂みの中から飛び出てきたのは小さなウサギ。それを追って小柄な少女が顔をだす。
「ぷぁっ! 待って、怖くないよ。」
目を閉じた少女は鼻を少しひくつかせて、ゆっくりとウサギに近寄る。
「ねぇ、今夜は凄く寒いし一緒に……あっ。」
少しずつ近づいた少女だったが、一定距離に入った途端に逃げられてしまう。
「……まぁ、いっぱい走ったから暖かいよね。明日はどこかの村に着けると良いなぁ。」
真っ白な少女はそのまま木の根本に小さな体を横たえる。長い髪から見え隠れする頭の上にある耳は人間そっくりなその容姿からは違和感の有るものである。獣人ならば骨格と知性以外は獣に近く、人間ならば耳は横にあるものだから。
「お腹……空いたなぁ。目……痛い……」
瞼の上から目を押さえ、浅い眠りに着いた少女に月の光が降り注いでいた。