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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
原罪と言う存在
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第四十三話

 響く轟音が辺りを照らし、燃える炎が辺りを揺らした。

 あがる悲鳴と混乱の合奏は、酷く頭に響く。炎、混乱、剣のぶつかる音。

 何故だろう、私にこんな覚えは無いのに。何故か大切な人が居なくなってしまうような、そんな恐怖に囚われる。

 ふと、光が見える。あの向こうはなんだろう。光なのに、暗く何もない様に感じる。けれど確かに安心する所……




「……ル君、ソル君! 大変なんだけど!」

「……リティスさん? あれ、私……私?」

「ソル君、寝ぼけてる場合じゃないから! 生きてる?」

「えっ? 何が?」


 ソルが立ち上がり窓から見下ろせば、そこには燃える町並みと吼える人々。正気だろうと狂ってしまった人だろうと、等しく暴れている。その中にはもちろん狂信者も。


「思ったより、酷いな……」

「そっちじゃないから! なんか血が凄いよ!」

「えっ? ……でもケガしてないですよ。」


 ソルが血塗れになっているシャツを捲り確認しても、傷ひとつない。かなりの量だが、外から入ってきたのだろうか。そういえば窓が開いている。

 ソルが窓を閉めてから、落ち着いたリティスに説明を求めても彼女も分からない様だ。騒ぎに驚いて、とりあえず誰かと一緒に居ようと思い二階に上ったら、ソルが部屋で血塗れになってた、と。


「まぁ、とりあえず俺は無事ですし。」

「はぁ、本当に死んじゃってるかと思った。」

「死にそうな人間ってかなり冷たいですよ?」

「何でそんな事知ってるのよ。とにかく、どうしようか?」


 案外パニックにはなっていない様で、冷静に今を把握しようとしているリティス。彼女より情報を持っているソルは、今自分がすべき事を正確に把握していた。


「とにかくリティスさんは、安全を確保してください。」

「安全って言っても……あ、そだ。ソル君に依頼、宿代一週間無料でいいから「白い羽」の本部に連れていって? あそこ、災害の避難所にもなってるし、他よりは安全でしょ。」

「そうなんですか? まぁ、それなら良いですよ。ちょっと待ってて下さい。」


 ソルが血塗れのシャツとズボンを着替え、コートと肩当て等を装備し、片刃の剣を腰に差す。荷物を担ぎ下に行くと、リティスは権利書や金を持ち出して一纏めにしていた。


「何してるんです?」

「持ってけないなら、せめて埋めて安全に……」

「いや、時間ないでしょ。」


 ソルが無理だと結論を出すと、リティスはフッフッフッと芝居がかった笑いをする。


「こんなこともあるかと、宿の地下室は用意済みよ。」

「どんな想定を!?」

「創設者が傭兵なのよ。報復とか逆恨み対策。」


 丁寧に小さな地下室に大事な物を納めたリティスは、ソルに向き直った。


「さっ、行こう!」

「あんまり離れないで下さいね。」

「ほほう、つまりくっつけと?」

「置いてこうかな……」


 最初から疲れるソルだったが、一歩外に出れば傭兵や酔っぱらいを相手にしてきたリティスは、すぐに真面目に行動を開始した。

 ソルの陰に隠れるようにしながら安全な道を探してくれるので、ソルは辺りで暴れている人を叩き伏せるだけですむ。もちろん「飛翔」を使っているため、一撃で意識を刈り取っている。


「本当に強いのね。そこらの子供じゃ敵無しかな。」

「ケンカじゃないんですから……相手だってある程度は荒事に慣れてたらこうは行きませんよ。」

「うん、知ってる。ミフォロスさんに毎日のめされてるしね。健気に頑張るソル君、可愛いよ?」

「ソーデスカ。」


 余裕が出てきたリティスが、からかい始めたのを流しつつソルが進む。しかし、何故かどんどん増える狂信者達に、段々とソルもきつくなってきた。狂信者達は正に荒事に慣れているからだ。

 魔法や魔術を派手に使えば、敵にも味方にも色々バレる。それは避けたい為に、ソルは代案を考えた。


「リティスさん、屋根に登りましょう。」

「えっ、マジで? 屋根って登る物だっけ?」


 いきなりな提案に少し尻込みするリティスを抱え、ソルが屋根に跳び乗る。無論、魔術で。傍目にはジャンプに見えるため、身体能力が可笑しいで片付く筈だ。何故ならここは南、獣人の集落に近いのだから。


「このまま走り抜けますよ!」

「わぉ! ソル君たら積極的ぃ!」

「楽しんでますか、この状況で!?」


 元気すぎるのも考えものかも知れない。ソルはそう思った。




「走れ走れ走れぇ!」

「分かってますよ!」


 クレフの叫び声に部下の怒鳴り声が被さる。

 大声で騒ぎつつ、狂信者を始末していく集団は異様で、周辺の人たちは、かえって冷静さを取り戻していた。


「親分! 悪魔を見つけたみたいです。狼煙が……」

「おっ、あの一段と黒いのか。よし、行くぞ!」

「悪魔を追っかける人間、初めて見た。」

「嬉々として斬りに行くもん。どっちが悪魔よ。」

「分かりきってるだろ、親分だよ。」

「お前ら、先に行って足止めな。」

「「えぇっ! そんなぁ!」」


 文句を言いながらも、先に進む彼等の後を身を潜めながら追うクレフ達。その先はデカイ屋敷である。


「……悪魔も盗みでもすんのかな。」

「盗人を喰いに来たんだろ。」


 隠れる必要が無い二人は、わざと大きな声を出しながら進む。自分達が強欲な方だと知っている為、マモンが逃げないと踏んでの事だ。

 後ろに控える仲間の存在もあって、ぐいぐいと奥に進む二人。取り敢えず調べてみるかと、近くの扉を開けた時だった。すぐ横を漆黒が塗り潰し、消える。後一歩。それで呑まれていた。

 冷や汗の止まらない彼等に、凍える様な冷たい声が届く。


『ちっ、惜しいなぁ。気付いたんならそう言えや、なぁ?』

「あ、悪魔発見!」

「近っ、近いっ! 退避退避!」


 慌てながらもスムーズな動きでその場から離れる二人に、マモンの【強欲(アプレースティア)】が襲いかかる。二人は左右に分かれて回避するが、黒いオーラは意思を持っているように二人を追いかけた。


「不味いって! 外に出ろ!」

「ひぃ~。囲まれる~!」

『一匹たりとも逃がさねぇよ!』


 埒があかないと判断したマモンが、広げていたオーラを伸ばした爪に集めて走る。範囲は狭まっても速度が上がった攻撃は、着実に彼等に迫った。


「親分ヘルプ~。」

「そぉれ煙幕!」


 外に出た二人が地面に叩きつけた球体が破裂し、煙を撒き散らす。視界を塞がれたマモンが一瞬硬直した時。首に一閃が走り、彼の体を形作る魔力が飛び散る。


「ちぃっ、浅いか!」

『人間風情がうっとおしい!』


 マモンの振るう爪は鋭く、狙いも正確だったが来ると予想していたクレフの回避の方が早かった。

 悔しそうに睨むマモンは、首に魔力を回して傷を消す。これではいつも通りだ、と短剣に嵌めた装飾品を見ながらクレフは舌打ちをした。


「いや、効果はある筈だ。斬る場所か、深さか。」

『何をぶつくさ言ってやがる、こっち見ろよ人間!』

「そう妬くなよ、浮気はしない主義なんだ!」


 牽制のナイフを飛ばして視界を塞ぎ、それと共にクレフは走る。悪魔の空間把握力ならばほんの一瞬戸惑うだけだが、その一瞬で素早いクレフは間合いに入る。


「まずは深く!」

『うぐっ!?』


 まさか原罪である自分に向かってくる人間がいると考えていなかったマモンは、その喉を深く刺され呻く。すぐにその爪を払いクレフを殺そうとするが、既に逃げているクレフの身には届かない。


「流石親分、逃げ足は世界一ぃ!」

「悪魔殺しとあって、目が歪んでるよ! かっくいいぃー!」

「茶化してねぇで、お前らも一人でも多く始末して来いやぁ!」

「「すいませんっ!」」


 駆け出す二人に伸びる黒いオーラをクレフが短剣で断ち切る。マモンが驚愕に目を開く間に二人は他と合流し狂信者への報復に戻る。


「どうやらそいつはコレには聞かないらしいな。想定外か?」

『ちっ、人間も十年で変わる物だな。いいぜ、本気で相手してやるよ!』


 マモンがその紅い瞳を見開き、黒い翼を広げる。クレフは足を開いて姿勢を低くし、短剣を構えた。

 獰猛な二つの視線が激突し、次の瞬間には辺りを呑み込む緊迫感を引き裂いた。




 炎は幸いにも届いてはいない。しかし、彼等もいつまでも籠城しているわけにもいかなかった。

 守るべき民が外で苦しんでいる筈だ。何とかして止めねばならない。


「ロイオスは無事にたどり着いたか……この混乱の中で見つかると良いが。」

「ロルード様、最終防衛線が突破されました。直に屋敷にも……」

「商業都市の防衛力ではこれで精一杯か……次があれば戦力の増強も目処に政策を考えねばな。」

「お逃げを。次に繋いで下さい。」

「ロイオスがいる。いざとなれば真面目な男だ。」


 壁に飾りとして着いている剣を取り、ロルードは二、三度軽く振るう。その動きは決して洗練された物ではないが、無様では無かった。


「最後の一矢となろう。共に来るか?」

「勿論です、ロルード様。」


 扉を蹴破る音がし、階段に足音が満ちる。剣を両手で握り構えるロルード。廊下の先に人影が見えた。


「秘技、絨毯返し。そいや!」


 その人物は階段に敷いてある絨毯を思い切り引っ張り、真っ直ぐに伸ばした。何かが滑り落ちる音が響く。


「言ったろ、俺のホームでは三百人は用意しろってな! まぁ、お前ら別人だけど!」

「貴様は何者だ!」


 ロルードの隣の兵士が、剣を向けつつ彼を怒鳴る。男はそちらを向いて驚いた顔をする。


「まだ残ってたのか! 俺はリロエスって者だ。貴方の弟の悪友であり変わり身って所かな。」

「抜け出す手伝いをしていたのか……それでそんな君が何故ここに?」

「見た通りですよ、領主様? 追われてるんで逃げてます。」

「だから何故、領主の屋敷に……いや、良い。」


 リロエスに弟と同じ雰囲気を感じたロルードは、これ以上話すのを諦めた。しかし、ふと気づく。逃げる者が何故狂信者の多いここに来たのか、と。

 リロエスは分かってますよ、と言うように執務室に入り、慣れた様子で机をずらす。そこから街中に聞こえるように声を大きくする道具を取り出した。


「少し、借りますね。借りを返さないといけないんで……」


 窓を開け放した彼が、大きく息を吸い込み声をあげる。


「おい、狂信者共! あと、そのトップ! 領主もガキも我々がここに捕らえてる! 欲しけりゃ親分に頭下げてここに来なぁ!」


 彼の大声が響き、街に新たな流れが出来た。

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