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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
原罪と言う存在
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第四十二話

「終いだ! ソル!」

「断る!」


 ミフォロスの剛剣を、ソルの片手剣がいなす。返す剣がミフォロスに届きかけ、無念にも空を切る。


「ちっ、対人戦は細かくていけねぇ。」

「言い訳なら聞かないぜ、ミフォロス!」


 あれから更に二週間。つまり、蠍型討伐から一月が立っていた。

 魔術の修行により、魔力を細かく動かすソル。それはつまり、思考した動きを細かく体に伝えられるという事だった。魔人の驚異的な反射神経と動体視力によってミフォロスを観察し続け、体感し、体力のある限り動き続けたソルは、いつしかその実力を伸ばしていた。

 一日で変化の現れるソルを、最初は変なものを見る目だった周囲も今ではこんな様だ。


「よーし、入れろ!」

「そこだ! いけ!」

「おいっ、まだ負けんなミフォロス! お前に三千賭けてんだぞ!」

「いけ !若いの! 今日こそ俺の財布を満たしてくれ!」


 魔獣の相手ばかりしてはいるが、ミフォロスも対人戦が苦手な訳では無い。それを一月前まで人形にやり込められていた少年が、時には押し返しさえする。勝負が分からなくなって来たのだ。

 つまり、体のいい娯楽となった。今では朝の打ち合いは立派な賭博である。


「らぁっ! ……はぁっ! あぁ、こんなおっさん動かすなよな。」

「……こんな子供を転がすなよな。」


 壁まで飛んでいったソルが、逆さになりながら文句を言う。ミフォロスが賭け事を纏めていた友人に分け前を貰っていた。


「自分の勝ちに賭けたのかよ。」

「当たり前だろ、まだ負けてやんねぇよ。」

「疲れてる癖に。」

「生意気言ってねぇで誇れ。一番の善戦だろうが。」

「昨日も言ってたな、それ。」


 事実なんだからしょうがない、とミフォロスが肩をすくめ庭を出ていく。「白い翼」に行ったのだろう。ソルも後を追いかけるが、肩に手を置かれて振り返った。


「よう、坊主。朝飯なら俺も交ぜてくれよ。」

「トクスさん?」

「久しぶりだな、随分と見違えたもんだ。」


 嬉しそうに笑うトクスに、ソルがミフォロスがいいなら、と了承する。二人連れだって「白い翼」に顔を出せば、ミフォロスが難しい顔をして座っていた。


「どうしたんだ? そんな面構えしてよ。」

「あ? トクスか。ちょうどいい、お前も読め。」


 ミフォロスが手元に置いていた手紙を投げて寄越し、トクスがそれを取る。ソルにも見えるように長身なトクスが屈み気味になり、雑な封を切る。ミフォロスが繋ぎ直したのだろうが、それほど内密な手紙と言うことで、二人にも緊張が走る。


「って、領主の屋敷からじゃねぇか!」

「封の蝋印で分かれよ。」

「ぐちゃぐちゃなんだよ、ったく。この前の件か?」

「いや、それよりひでぇ。」


 ミフォロスから説明する気は無いのか、そのまま押し黙った。口に出せば、誰かの耳に入るのを恐れてだろう。リティスは耳が良いのだ。

 空気を読んで厨房に籠っているのだから、わざわざ巻き込まなくていいだろう。


「さて、肝心の内容は……」


『明後日の早朝、突入開始。万一に備え待機せり。』

 そして、その下に番地が書かれている。一人の商人の屋敷の地下、空洞が潜んでいるようだ。もちろん、エーリシ商団の者である。


「おい、これ俺を巻き込まなくて良いんじゃないか?」

「バカ、宛先が「白い羽」宛だ。」

「うげ、マジだ。てか、届け日昨日かよ!」

「今日中に帰れねぇ奴は諦めた方がいいな。」

「先輩帰ってこい、予定早めて帰ってこい!」


 トクスの祈りは通じなかった。そして約束の日。日の昇らぬ内から轟く爆音と共に、その日は訪れた。これより先に始まる、伝説の一幕が……






 悲鳴。それはもはや必然。

 恐怖。甘美ではあるが力にはならない。

 命乞い。すがろうとする僅かな欲望では、満たされない。

 やはり手っ取り早いのは魂だ。これほど上手く魂を奪えるのは俺一人だが。


『はぁ、つまんねぇなあ、おい。』

「だな。衛兵と言えども、降りてくる時に岩を投げれば潰れるのみ。」


 上の屋敷に突入された時点で爆薬によって吹き飛ばし、その後は簡単なルーチンワーク。その後は証人を抹殺し、マモンの襲撃を生き残ったフォティスが別の街に逃げ延び、そこで得た後ろ楯と共にトップとして戻る事でこの街から掌握する。

 単純かつ、防ぎにくい物だ。何故なら契約者と知るには悪魔を見つけるしか無いが、原罪とはいえ欠片となったマモンは、簡単に隠れることが出来る。邪魔になる様な立場の者は今回で消えて貰うのでトップになるのも易い。


『おっ、混乱に乗じた盗人発見! ちと遠いけどいい強欲だ。取って来るな?』

「ゆっくりとしてくるといい、マモン。」


 フォティスがマモンを送り出し、その怪力に任せて壁を壊す。岩同士がぶつかり、破裂した先には下水道が現れた。


「さて、私も動き出すとしよう。アスモデウスの信徒達が西に移動する馬車にのせてもらうとするか。」


 第一段階、邪魔者の炙り出し、及び潜伏先からの脱出は成功だ。次は第二段階、邪魔者の排除である。既に狂信者達にアスモデウス様からだ、と依頼してある。フォティスはニヤリと笑みを浮かべ、下水道へと姿を消した。




「な、なんだ!?」

「あっちだ、金持ち共の屋敷だ!」

「崩れてやがる……何があったんだ?」


 夜がまだ覚めやらぬ内に、爆発で目が覚めた人々が騒ぎだす。

 それは彼のいる裏路地も例外では無かった。


「おい、クレフ……こりゃ臭うな……」

「あぁ、ただの事故ってこたぁねぇだろうな。」


 露天の前でクレフと露店商の男が立ち上がった。クレフが短剣を取り出すのを見て、露店商の男が一つ放り投げる。


「……? これはなんだ。」

「最近手に入れた悪魔を殺せるって装飾品だ。短剣に付けとけ。」


 クレフの短剣に合う様に加工されたそれを、クレフが短剣の刃に宛がった。掘られた溝にカチリとはまりこんだそれは、見たことのない輝きを放つ。


「高そうだな。」

「足りめぇよ、エルガオン商会の裏の品だぞ? 今度、代金徴収すっから、帰ってこいよ。」

「へっ、ありがとよリロエス。半額返すわ。」

「全額だ、バカ野郎!」


 走り出したクレフに、露店商の男が怒鳴るが彼はそのまま走り去る。その後を何処に居たのか、何人かの者が後を追った。


「ったく、相変わらず、すげぇ練度。盗賊団まるごと傭兵団にしちまえば良いのに。」


 露店商の男、リロエスはそう言って風呂敷を畳み始めた。彼の領分はここじゃ無い。やることやったら逃げるが吉という事だ……もっとも、それでも無事かは分からないのが現実だが。

 目の前を塞ぐ黒装束の仮面の男達に、リロエスは不敵に笑う。


「さて、狂信者共。俺と追いかけっこしたいなら三百人は集めたか? ホームの中じゃ、俺は捕らえられないぜっ!」


 壁と思われていた木の板を蹴破り、向こうの通路に躍り出たリロエスの後を、何人もの狂信者が追う。しかし、リロエスの姿は既に無く、裏路地は再び静寂に包まれた。




「だぁ、しつけぇ! ミフォロス、パス!」

「こっちに回すんじゃねぇよ! 対人は苦手なんだ!」


 射手であるトクスがミフォロスの後ろに退けば、狂信者達の群れがたちまちミフォロスに集まる。大剣を振り回し狂信者を弾き飛ばしたミフォロスの後ろから、その隙を狙う狂信者へ矢が射られ突き刺さる。


「こ、こっちが持ちません!」

「泣き言言うなよ! あの蠍型に比べたらマシだろ!」


 若手リーダーがパーティの剣士に怒鳴り、バスタードソードで狂信者の一人を袈裟斬りにする。仲間の死を恐れずに突っ込んでくる狂信者には、異様な威圧感がある。

 遠征やその護衛任務から帰ってない者も多く、少ない人員だった所へ集中的に攻め込まれている傭兵団「白い羽」の本部は、もはや壊滅寸前だった。


「くっそ、めんどくせぇ。」

「おい、お前ら! 少し下がれ! 責任なら俺が取る!」

「団長!? それはヤベェって!」


 壮年の男が荷台に樽を積んで敵陣に蹴飛ばす。勢いのついた荷台は止まることなく狂信者達にぶつかり、積み荷を撒き散らした。すぐに団長が火矢を放つ。ミフォロス達は咄嗟に得物を盾に屈み込む。

 直後、樽の中に大量に詰まった火薬が爆発を起こし、狂信者達と火を辺りに振り撒いた。


「よし、進めぇ! 俺等にケンカ売ったこと、後悔させてやれやぁ!」

「既に後悔してるとは思うが……成仏しろよ!」


 トクスの射る矢が後ろで怯んでいる狂信者の眉間を撃ち抜き、地面を赤く染める。主に爆弾のせいだが、その場は大惨事となった。


「こりゃ後で上と揉めるぞ……くそ、どうしようもねぇ。」


 ミフォロスは密かに頭を抱えて、この状況を嘆いていた。




 領主の屋敷でも同様に襲撃があった。悪魔を相手にする時点で狂信者達が歯向かうのは目に見えていたが、こんなに多いとは考えられていなかった。そのため、領主の屋敷ではきつい防衛戦が繰り広げられていた。


「兄さん、どうする?」

「さあな、お手上げだ。今我々に出来る事があるか?」

「だよねー。衛兵の真似事してたときに、もうちょっとマトモに訓練すりゃ良かった。」

「そんな事してたのか、お前は……」


 兵を動かした屋敷が爆発した煙はここからも確認できる。対象は逃げたか、此方に向かっているか……どちらにせよ、領主であるロルードとその弟であるロイオスは邪魔な存在だろう。生かして貰えるとは思っていない。


「悪魔が絡むだけで、こうも大事になるとはな。」

「バッドニュース、悪魔はまだ大きく動いて無い。そうだろ?」

「言うな、気分が重くなる。」


 ロルードに今出来る事があるなら、きっとこれだけだ。彼は戸棚から丁寧にくるまれた物を取り出し、それをロイオスに渡した。


「私よりも足が速いだろう。これを彼の元へ持っていってくれ。」

「これは?」

「悪魔の、新兵器というには哀れでおぞましい者を解析し、作成した。悪魔を対象から一時的に切り離す薬品だ。」

「よくそんなものが作れたな。」


 ロイオスは兄が顔を歪めた新兵器には、あえて触れずに返答した。しかし、ロルードは更に顔を歪めて答える。


「材料がその者達の心臓部にある謎の物体でな、未だに試作品でそれしか数が無いが……体内に入れることが出来れば契約者の呪いを打ち消せるだろう。」

「報告にあった怪力男か。刃に塗るのか?」

「そうだ、ソルと言ったか。傭兵団に良く顔を出す衛兵から、彼の剣は細かく動くと聞いている。うってつけだろう。」

「分かったよ、ほんじゃ行ってくら。」


 ロイオスはヒラヒラと手を振って部屋を出る。そんなロイオスにロルードが一言叫ぶ。


「死ぬなよ、ロイオス!」

「分かってるぜ、兄さん!」


 一人の男が曙の街に消えていき、ゆっくりと街が日に照らされだしていた。

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