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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
原罪と言う存在
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第四十一話

 領主に協力を誓い一週間が過ぎた。未だに動きは無い。

 そんな平和な日常に、怒鳴り声が響く。


「目線を隠せ! 剣も、刃筋を立てろと言ってるだろ!」

「目を隠してどうやって戦うんだよ!」

「狙いを目で追うなっつってんだ!誰が目を閉じるんだバカ!」


 ミフォロスの大剣が唸り、ソルを弾き飛ばす。練習用に刃を潰した物だが、金属で出来たそれは重く、衝撃は計り知れない。

 上手く着地したソルは、留まらずにすぐに走る。その後ろをミフォロスの大剣が打ち据えた。体力も上がり、段々と体の上手い動かし方も把握してきたソルだが、ミフォロスとの模擬戦では受け身ばかり上達している気がする。


「よし、今のはいいぞ! だが、走り出すときは膝を曲げたまま足を動かせ! すぐに後ろに跳ぶときに有利だ。」

「了解!」


 つい先日まで木剣で人形をポコポコ叩いていた少年が、化け物と渡り合うミフォロス相手に右へ左へ打ち合っている。周りの者は手が止まるか、一層激しくなるかの二種類に分けられた。


「よし、終了! 全く、とんでもない上達速度だな。」

「実践で、慣れるのは、才能あるって、言われたよ。逆に、座って、いくら学んでも、お前にゃ無理だとも、言われた。」

「確かにな。」


 魔術や魔獣の知識が豊富なソルだが、そのすべては痛い思いや成功経験によって覚えた物だ。早々に口で説明するのを諦めたミフォロスは、ソルに対する指導としては凄く正しい。

 マギアレクは見て聞いて覚えるタイプだったようで、ソルの指導に暫くかかった物である。


「さて、「白い翼」によって朝飯食うぞ。今ならもう空いてるだろ。」

「少し、休んでから、行くわ。」

「おぅ、先に行ってるぞ。」


 息を切らしたソルが地面に寝そべるのを、ミフォロスは跨いで本部の中に入っていく。「白い羽」の団員として登録していないソルは、本部では食事が高いのだ。そのため、毎朝「白い翼」に行っている。

 少し休み、呼吸の戻ったソルが本部を通り表通りに行く。近道をしようと裏路地に入ったときだった。


(……魔力にマナが引っ張られてる? 誰か魔術を……いや、引っ張られてんじゃ無い。捕まえられている。魔法だ。)


 ソルが慎重にその方向に行く。バンダナの下で、結晶の角がある右のこめかみが僅かに痛む。角まで歩けば、向こうに気配がある。

 マモン? いや、奴は魔法は滅多に使わない。魔力によって相手の魂を奪うだけですむからだ。

 アラストール? こんなところにアイツがいれば、今頃ここは火の海だろう。

 他の悪魔? だとしたら何故。それを突き止める必要がありそうだ。とりあえず魔法を使う奴に味方は思い当たらない。ならば次の行動は簡単だ。魔法と魔術の違いは、悪魔でも分かりにくいのだし。


「【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】。」

「【天衣無縫・法衣インヴァリアル・カーテン】。」


 飛び出したソルが飛ばした結晶は、光の布に阻まれ落ちる。

 風にそよぐそれは傷ひとつ無く、粒子を残し消える。


「「……何者?」」


 同時に問いかけ、再び止まる。どちらも戸惑うのは無理が無い。

 光の布で自衛したのは黒い外套を羽織る、年端も行かぬ少女。十四であるシラルーナよりも幼く見える彼女には、肉体があった。つまり、悪魔では無い。

 少女も驚いた事だろう。魔人実験に使われたのは十才以下の幼い子供。ソルの年齢はそれより遥かに上。つまり、暴走もせずに未だに生きている失敗作。

 二人の魔人の出会い。それは、今はまだ、大きく波乱を生むことは無かった。何故なら……


「きょ、狂信者だぁ!」

「誰かぁ!」

「お母さーん、お父さーん!」


 急に表通りから音が響き、驚いたソルが振り返ったからだ。ハッとしたソルが視界を戻したときには、既に少女は駆け出し遥か遠くに離れていた。


「おいっ、逃げんな……ちっ、間が悪いな!」


 腰に差した片刃の剣が、光を反射して輝く。表通りに飛び出したソルが、すぐに一人打ち据えた。倒れる彼を踏みつけ、辺りを見やる。

 襲い来る狂信者と、逃げ惑う人々。これだけ大事になれば、何か裏で行われていることも考えられる。襲撃にしてはあまりにも稚拙だからだ。だったら、事が終わる前に此方を終わらせてやれば良い。


「あー、もうっ! こちとら朝飯前なんだよ! とっとと静まれや!」


 近くにある本部から、何事かと駆けつけた傭兵が目にしたのは、悉く打ち据えられて転がる狂信者と、ポカンと道の先を見つめる人々だった。




 朝食を片付ける音が響く「白い翼」に、ソルが顔をだした。


「おー、遅いぞソル。もう食っちまった。」

「少し運動してきたんだよ。リティスさん、いつものお願いします。」

「ハイハイ、日替わりね。もうちょっと高いの頼む気無い?」

「正直ですね……じゃ、追加で野菜のスープと肉の煮込み物で。」

「おっ、太っ腹ぁ~。なんか良いことあった?」

「気紛れですよ。」


 つれないなぁ~、とリティスが厨房に引っ込むのを確認してミフォロスが口を開いた。


「で? わざわざ時間のかかるもん頼んだ理由を聞かせてくれんのか?」

「魔人がいた。あと、狂信者の暴動があった。」

「ちょ、ちょっと待て。何であんな短時間にそんな問題引っ提げてくるんだ?」

「俺が知りたいよ……」


 案の定、一市民に聞かせる内容では無かったが、想像の斜め上を行く回答である。少し頭を整理したミフォロスは、まず魔人について尋ねた。ソルは、クレフにしたのと同じような説明をする。

 実物も無く、異様な空気も無い中での説明は少し大変だったが、それでもミフォロスには伝わったようだ。


「胸糞悪ぃな。んで、暴動ってのは? 襲撃じゃなくてか?」

「いや、何か襲ってるってよりパニックだったな。なんかあったのは間違いない。」

「どうしたんだ?」

「地面に寝かせといたから、傭兵も衛兵も集まってたし、多分捕まってるよ。その後は知らない。」

「魔術使ったお前は、相変わらずガキの働きをしねぇよな……」

「いけ好かないか?」

「いや、楽しいな。」


 ミフォロスが笑った頃に、リティスが厨房から出てくる。両手に料理を持つリティスが、机にそれを並べる。


「はい、おまちどおさま! それとミフォロスさん、ソル君は私のですから手を出しちゃダメですよ?」

「あん? ……いや、俺にそっちの趣味はねぇよ。」

「俺はリティスさんの所有物になった覚えが無いんですけど。」


 若干話は食い違うが、只の冗談だったようで気にせずに机に着く。


「それで? 今朝はどうだった?」

「一発も入れられませんでした。」

「バカ、まず間合いに入ってから言え。」


 三人の和気藹々とした朝がまた始まった。




「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

『おいおい、そんなに走ってるとこけちまう、ぜっ!』


 どこかの屋敷の中。走る男が周囲の闇に溶ける。いや、それより黒い物に呑まれたのだ。すぐに姿を表した男が崩れ落ち、地面に伏せる。


『あー、あー、だから言ったろう? こけちまうって。』


 黒いオーラを回収したマモンが、今しがた奪った魂を味わいながら姿を現す。


『おいおい、ここまで怯えるかね? 俺が恐いみたいじゃ無いか。ねぇ?』


 記憶を舐めとったマモンが口を歪めながら、一角に呟く。すると、すぐ後ろの物陰から狂信者が駆け出した。


『日頃から悪魔信仰してんだろ? こういう時こそそれを発揮しろよな、もう。』

「し、死にたくなっ」

『うーん、今回のは微妙だな。もうちっと出来る奴居ねぇかなぁ。』


 マモンが徘徊する屋敷。狂信者達の隠れ家に、安全な場所は既に無くなっていた。契約者のお膳立ては魔界で開くオーディションによって、様々な魔界からの物に触れている狂信者達の魂。高いマナ濃度のよって鍛えられた魂は悪魔にとって上質な魔力になった。


『せめて核位は形成できるまで集めたいんだが……出来るかぁ?』


 マモンも地道に力を付けている。契約者の強欲な感情と、奪い取る魂によって。エーリシの街に、悪魔の影が立ち込めていた。




 廊下を歩くロルードは、その大量の書類を部屋に入ったと同時に文机に叩きつける。


「これは……違う。これは……現実的ではない。これは……使えるかも知れんな。」

「あれ、兄さん。何してんのん?」


 開きっぱなしの扉からロイオスが顔をだし、ロルードがちらりと見やる。すぐに視線を書類に戻しながらロルードが口を開く。


「過去の資料を漁っている。悪魔によって急遽統合に追い込まれたから、この街にも分かっていない道や空洞があるだろうからな。」

「あぁ、潜伏先か。それならこれとこれ、後はこれかな。その辺に無い?」


 ロイオスが示した資料を引っ張りだし、確認するロルード。しかし、彼は眉を潜めて資料を睨む。


「うん? 坑道は分かるが、下水道整理と不動産?」

「下水道の工事で地下の資料が残ってる筈だし、不動産の資料と市民の資料を付き合わせれば空き家が見つかるよ。はいこれ、市民の資料ね~。」

「こんなもの、いつの間に……」

「飲み仲間の伝~。後はお願いして俺は休むわ。」

「おい、それは仕事中に飲んで酔ったから寝ると?」

「成果は出ただろ!?」


 すぐに反論するロイオスに、非常時だから見逃してやる、と椅子に座り直すロルード。ほっと一息ついたロイオスは、真面目な兄から、これ以上お小言をもらう前に早々に立ち去った。


「はぁ、仕事は出来るのだがな……」


 もう少し真面目にしてくれれば、街を任せられるのに、とロルードのため息がこぼれた。

 そうすることもつかの間、すぐに仕事の顔で資料を見つめるロルード。ゆっくりと、しかし確実に物事は進展を見せていた。






「……おや、動くね。」


 星を眺める青年だろう人物が、何か見つけたのか呟く。

 真っ白なローブとフードが風に揺れ、荒れ果てた大地に眩しく映える。リュートを撫でた彼は、北に向けてゆっくりと、本当にゆっくりと歩き出した。


「僕の唄が必要かも知れないからね。きっと彼はこの世界で大きな働きをする……僕の行く道の先を、その身と存在で記しておくれ、愛しかった未来の人よ……」


 青年がリュートを引き始め、魔界に音が零れる。


「かーつて現世のそのはしにー

 ひーかりのさーす地がありましたー。」


「あーる時闇持つ人間がー

 そーの地を暗くそーめましたー。」


「やーみは集いて型つくりー

 翼を開いて飛びましたー。」


「世界を手中に納めようー

 全てを嘆くその前にー。」


「けーれど


 魔界の風が音を奪い去る。リュートの音色だけが奇妙に周囲に届いていた。

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