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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第三章 人の町へ
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第三十八話

「なんか、最近こんなの多いな。」


 意識を取り戻したソルが、自分の部屋のベッドから起き上がる。手を軽く動かしてみて、問題が無いことを確認すると下へ降りていった。

 今は深夜帯。流石に起きている者も居ないだろうと思っていたが、まだ明かりが付いているところを見ると人が居るようだ。


「おぅ、起きたかクソガキ。」

「呼び方戻ってんぞ、おっさん。」


 食べている物を置きもせずに話すクレフに、ソルは自身の空腹も思い出した。


「何日経った?」

「三日だな。爆発四散した蠍型も、やっと集めて捌き終えたところだ。」

「あれ、集めたのか。」

「当たり前だ。討伐証明まで分けてくれた、ミフォロスって奴に感謝だな。お陰様で今は盗賊なんてなぁ、やらねぇですんでるよ。」

「マトモになんのか?」

「もうちょい元手があればな。まだ全員分にゃ、ちと遠いからな。」


 相づちを打ったソルに、今度はクレフが尋ねた。


「んで? 魔術師様ってのは皆あぁなのか?」

「俺含めて三人しか知らないけど、二人そうだよ。」

「一人は?」

「新米だからかな、そこまでじゃない。」


 ソルがクレフの食事に手をつけながら答えると、クレフがソルの手を叩く。引き下がったソルは、クレフの後ろからパンを一つ「飛翔」で頂戴する。まんまと出し抜かれたクレフが、舌打ちをしながら立ち上がる。


「まぁ、報酬も臨時収入も得たしな。俺は帰るぜ。」

「そっか、ありがとな。助かった。」

「おぅ、縁がありゃまた会おうや。」


 宿から出ていくクレフを見つめて、ソルは部屋に戻る。外に出ようと思っていたのだが、少し腹が膨れて眠気が襲ってきたのだ。

 部屋に戻り、そういえばと鞄を確認する。クレフが持っていった鱗と現金の残りを確認しようと思ったのだ。


「やられた……あんの野郎、加減って知ってんのかよ。」


 根こそぎ無くなった現金と魔獣素材を確認して、ソルは溜め息を吐いた。明日、俺はどうしようか。ソルは、悩みと共に眠気に呑まれていった。




「……あの、何してるんですか?」

「ん~、イタズラ?」


 昨日床に寝たはずなのにベッドに戻っている、そこまでは良い。いや、本当は良くないが些細な事だ。


「なんで俺縛られてるんです?」

「いやいや、深い意味は無いよ? 本当に、うん。」


 密かに結晶を創り、縄を切るとソルは起き上がり部屋を見渡す。開いた扉はリティスが開けた物、鞄が放り出してあるのは昨日の通り。リティスがそっぽを向くのは嘘を着いていて隠す気が無いから。


「……もしかして宿代ですか?」

「ありゃ、バレちゃったか。」

「縛ってどうする気だったんですか……」

「そりゃもう、体でお支払して貰おうかと……ね?」

「普通に言うって手段無いんです?」


 窓から下を覗けば、荷物で一杯の荷車、空の水瓶、立て掛けられたモップ。確実に重労働だ。


「ミフォロスさんに三日前の報酬、俺も貰えるか聞いてきます。」

「なんで三日って分かったの? て言うか行かせないからね! 逃がしてたまるかぁ~!」

「担保です。」

「どこでそんな言葉を……お姉さんは悲しいよ。」

「じゃ出てきますね。」


 結晶の片刃の剣を差し出すと、ソルは着の身着のままで街をぶらつく。あれだけ大きな討伐の後なら、きっと本部に居ることだろう。

 そういえば朝食を取ってない事を思いだし、再びクレフに怒りが沸いてきた。今度あったら、夜食だけでなくサイフも盗ってやろうと誓う。

 本部に着くと、そこでは人だかりが凄く、入れるものでは無かった。


「おっ、坊主。ミフォロスでも探しに来たか?」

「あっ、弓使いの……」

「おう、トクスだ。それより中で話さねぇか? 生憎と今日は俺とミフォロスだけだが、色々と聞きたいこともあるからな。他の連中にゃ、許可さえありゃあ俺から話しとくからよ。」

「傭兵って詮索する人が多いですね。」

「滅多にしねぇよ。例えば最近噂の奴とか、魔界が少しキナ臭かったりしなきゃあな。」


 塔から思ったより北に来たが、どうやら魔界の拡大も知っているようだ。人間側の動きを知る意味でも、ソルは彼に着いていく事にした。

 人混みを避けて裏手から入っていったトクスに続きソルが中に入ると、ロビーも既に人が一杯だった。


「これは?」

「大型の魔獣の素材を買う人の群れだな。商人が多いこの街ならではだよ。小さくはなっちまったとはいえ、良い物なのは間違いないからな。」

「あー、それは……」

「別に責めてはいないさ。どうせ、バラバラにしないと殺せない奴だったんだ。」


 そんな会話をしている間にロビーを通りすぎ、奥の部屋に入る。そこでは傭兵団の面々が、食事をとったり武勇伝に花を咲かせる空間だ。今は仕事時なのか、ちらほら数が要るだけだが。

 その中の一人が大剣を磨くのをやめて、此方に手を振った。ミフォロスである。


「よう、坊主。起きたか。」

「あぁ、昨日の深夜にな。」

「そうか、なら良かった。」


 短い会話がお互いの間で交わされて、しばしの沈黙が落ちる。


「あ~もう! 不器用か、この野郎共! ズバッと言いたいこと言いやがれ、地雷だったら後で頭から酒被れ、それで御相子だろうが!」

「分かってるよ、言われずとも。」

「そんなルール知らねぇんだけど……」


 勿論こんなルールはこの大人達専用ルールだ。傭兵でもやっている者はほとんどいない。しかし、ミフォロスが口を開くには十分効果があったようだ。


「そのバンダナ、最初に見たときは獣人が流れてきたんだと思った。南から来たとか言ってたしな。」

「あぁ、耳か。」


 ソルの髪は少し長い。耳が隠れているので、バンダナに獣の耳を隠していると考えたのだろう。


「それが魔術師だというじゃねぇか。噂しか聞いたことがねえもんだ。」

「嘘は言ってねえ噂だよ。でも、魔術は魔法と違って誰でも使える筈だぞ、理論上は。」

「まずそれの違いが分かんねぇが……ともかくだ。お前は俺の出した課題をクリアしちまった訳だ。」

「ありゃ、無茶ぶりって言うんだぜ、ミフォロス。しかも想定以上の。」

「煩せぇから黙ってろ。」


 茶化していくトクスの存在を視界から閉め出したミフォロスが、ソルに向き直る。ソルも場の雰囲気から、佇まいを正した。


「とにかくだ、お前は俺の課題をクリアした。傭兵は嘘をつかねぇ。まだその気があるなら教えてやる。少なくとも、あの力任せな剣は直せると思う。」

「是非、お願いするよ。魔術師で良ければ、だけど。」

「問題ねえよ。此所じゃ、客は良く見て判断される。皆僅かなチャンスも逃したくねえのさ。」

「なんでお前が答えてんだ、お前が!」

「バカ、騒ぐな!表にバレる!」


 トクスが振り向いた先では、ロビーの数人が此方を見ていた。自分の求めている魔獣の素材を取ってこれそうな傭兵達を。

 ソルは、立ち上がり走り出した。

 トクスは、魔獣は御免だ!と叫んだ。

 ミフォロスは、休みをくれ、と呟いた。

 奥の部屋に一般人が入り込んだ日として、本部では暫くネタにされた。




「……って事があってな?」

「アハハ、ミフォロスさん、それで今日は大人しいんですね!」

「ほっとけ。」


 夜になって、「白い翼」には多くの酒飲みが集まっていた。懲りない事で有名な常連は今日もミフォロスを弄り倒す。彼もあの場に居たから、詳細を語れるのだ。


「しかも、坊主に弟子入り成功されて、明日っから始めるんだとよ。それでな? 俺に「弟子ってなんて呼べばいいんだろうな?」とか聞いて来てよ! お前は初恋した少年かっての!」

「なにそれ、モノマネ上手すぎですよ! アハ……ハ……。私、食事用意しなきゃ。」

「いやぁ、どんだけ慣れてねぇのって!おっかしくてっ!?」

「それじゃお前でシゴキの練習するわ。慣れるまで。」

「痛っ! 痛い痛いっ! 腕を捻らないでっ!? そっち外だよ? どんだけ本格的にやるんだょ……。」


 全員黙祷や合掌を捧げる辺り、日常と慣れを感じさせる雰囲気だ。酔っぱらいのテンションに着いていくのを早々に諦めたソルは、蠍型の討伐で得た報酬で遅い夕飯を食べていた。

 あの混乱の後、主に書類仕事をやっている傭兵団の人に相談し、裏の方で受け取っていたのだ。その間、表ではミフォロスとトクスが囮になっていたのだが。


「はい、ソル君。お待たせ~、いつものね。」

「えっ? 追加頼んでませんよ?」

「もう! そこは受け取ってくんないと、新顔さんに私が押し付けてるように見えるでしょ!」

「いや、リティスさんがミフォロスから逃げる為に、作ったやつでしょ。しかも代金取る気があるじゃないですか。」

「オー、坊主分かってきたねぇ、ここが。」


 常連の一人がソルを認めると、すぐさまリティスが頭を叩く。同意しかけたソルは、それをやめて食事に戻った。


「新顔って言っても、祝勝会に参加しただけなんだけどな……」

「なんだトクス、まだ居たのか。嫁さんに怒られるぞ?」

「まだ居たのかは酷くね?」


 外から帰って来たミフォロスが、新しい酒を注ぎながら言い放ち、トクスが大袈裟にショックを受けた格好をとる。


「まぁ、そろそろ切り上げるけどな。じゃあな坊主。また縁があれば仕事しようぜ。」

「あぁ、楽しみにしてるよ。」


 トクスが引き上げたことを切っ掛けに、宴が段々と片付いていく。ソルも自室に引き上げる事にした。

 階段を上り、部屋に入る。扉を閉めれば下の音が遠くなった。


「明日から色々学ばなきゃな。」


 ベッドに寝転んだソルの脳裏に、アラストール、マモン、アスモデウスが浮かぶ。強大な力を持つ悪魔達。いつか消滅させてやりたい存在。


「待ってろよ、すぐに追い付いてやるからな。」


 再び居場所は手に入れた。ならば後は励むだけである。ソルの決意を、月明かりが淡く照らしていた。

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