表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第三章 人の町へ
41/200

第三十五話

 街の関所にて、傭兵達も出ていき暇になった衛兵達が休んでいる。その横の物置小屋にて、クレフ達が仲間と合流する。


「奴は?」

「出ていきました。馬車での移動ですが、何頭か馬を入手して来たんで追い付けますよ。一人紛れ込んで印を着けさせているので追跡は簡単です。」

「そこに転がってんのと入れ替わったか。」

「若いので致しやすかったんですよ。こいつは?」

「アレとは無関係な雇われだろ、ほっとけ。そのうちどうにかなんだろ。」

「あいよー、ほっときやす。」


 この辺りの盗賊を全て追い出すか取り込むかした、大盗賊団の会話。可愛そうな青年は涙目で何かを叫んでいるが、縛られて猿轡を噛まされていては届かない。


「屋敷の方はどうでした?」

「何人か残してきたが、数人が出ていった。タイミングをずらしてな。」

「どっかに集まるんすかね? 狂信者の集会とかゾッとするんすけど。」


 そんな言葉に頷く者が多いなか、クレフは獰猛な笑みを浮かべる。


「何言ってる? またとないゴミ掃除の機会じゃねぇか。なんなら最近入手した、悪魔殺しの武器を振る機会もあるかもな?」

「うわ、流石だ親分。下手な奴よりおっかねえ。顔が。」

「怒らせたらいけねぇ人だよ、親分。主に顔が。」

「お前ら、先行しろ。」

「「えぇ、そんな!!」」


 その後、数人ずつ外で合流し、大盗賊団の進撃が始まった。




「……おや? 誰もいませんね。」


 資料から目をあげた白衣の悪魔、アスモデウスが辺りを探り呟く。狂信者達に人間の生活圏に流す品について少し()()した後、隠れ家として拠点を差し出してもらった彼は、今最後の調整に差し掛かった物を脇に置いて立ち上がる。


「本当に一人も居ませんね。もしや辺りの魔獣まで使った私の傑作をもう動かしたのでしょうか。」


 マナを動かせる魔力。それを直接動かせる悪魔は、魔獣を作ったり強化したりする事も出来る。原罪の悪魔ともなれば、それは易いことだ。

 魔獣はマナによって変異した生物。魔力を体内に閉じ込める代わりに、高い生命力や大きな体躯、強い猛毒等様々な力を得る。つまり死なないように、マナを大量に送り込んで植え付けてやれば良い。全身にエネルギーを満たすのだ。


「しかし、誰も居ないとなると彼でしょうか。資料にあった西からの輸入品が使われれば、彼は魔法を使えない……死にますかね。せっかくプレゼントを作ったと言うのに。」


 少し早いですがプレゼントしてあげましょうか、とアスモデウスの笑いが溢れる。しかし、事態はアスモデウスの想像を遥かに越えている。それはまだ芽吹いてもいないが……




 ソルの頭の上に影が差し込む。そして、その影は迫る巨体をうち据えた。


「ったく、坊主。その年にしちゃ腕が良いのは認めるが、無理無茶が過ぎるぞ。」

「……ミフォロス。なんで此所に。」

「俺は魔獣狩りの傭兵だぞ? 当たり前だろ。」


 横合いから飛んできた大剣に頭を振られ、混乱した蠍型に次々と矢が飛んでいく。合計五人の射手が目や関節を狙って、絶え間無い攻撃を繰り返す。


「おーい、ミフォロス。駄目だ、関節にすら刺さらん。」

「目は?」

「鋏で隠しやがった。尾がくるぞ!」


 古参リーダーの掛け声で、大剣を地面に斜めに突き刺して担ぐミフォロス。丁寧に磨かれた大剣の側面を滑り、蠍型の尾が岩を抉る。


「そろそろ僕らの光石も切れそうです!」

「よーし、撤退だ、撤退。全員地上に出ろ! なんだかここは体が重い。」


 マナ濃度が低く、思考力が上手く形に為っていないのかもしれない。この世界に生きる生物は、僅かではあるが、無意識にマナを補助に使い動いている。体を動かすと言う思考が魔力の動きとなり、マナに補助させるのだ。

 普通、気が付くものでは無いがミフォロスには感じたらしい。魔獣と何度も戦い生き残るには、勘も重要なのだ。


「坊主。お前も撤退だ。剣は足一本の代金として置いていけ。」

「分かってる。それと助かった。ありがとう。」

「その代わりお前も参加しろよ? 人手が足りねぇんだ、若いの。」


 ミフォロスの言葉に、ソルは一も二も無く頷く。想定外だったとは言え、死ぬかと思った所を救われたのだ。逆らう謂れが無い。


「さっきの石は?」

「ありゃ西の方にあるケントロン王国で採れるもんだ。光石っつって、光を貯めて水の中で光る性質があんだよ。原理は知らん。」


 ソルは、僅かに眩しさに眩んだ目を瞬かせながら走る。すぐに二人は前の九人に追い付く。二人ずつ連携を取っている剣士が左右のワームを斬る。


「この辺り、虫型しか居ませんね。」

「他の魔獣が居ねえからこんだけ早く来れたんだ。今は喜んどこうぜ。」


 剣を振るう若手リーダーに、新しい光石を手持ちの水槽に入れた古参リーダーが言葉を返す。彼は既に弓を仕舞い込み、任せる気満々のようだ。


「ミフォロス、蠍型は? てか、その坊主は?」

「お前が飲みに誘ってきた朝にいたろ?」

「あぁ弟子志願の。そういや、あのバカはあの後どうなった?」

「安心しろ、折ってはねぇから。」


 随分とスパルタな稽古だった様だ。

 若手リーダーが、そんな事より蠍型を、と話を促すと、ミフォロスは首を降った。


「止めるのは無理だ。ただ、足が一本逝ってるからな。あの巨体だと、慣れるまで通常より、すっとろい筈だ。」

「それってどんぐれぇ?」

「恐らく馬の早歩き位だな。」

「早ぇよ!」


 とは言いつつも、日頃から鍛えている彼等の足腰は頑丈だ。ギリギリの穴を通ってくる蠍型よりは速い移動が出来る。

 蠍型が無理に掘り進んだ通路は所々崩れ掛けているし、今回だけは巨体が仇となった様で未だに後ろには姿が見えない。


「このまま外に出て罠を張るぞ。蠍の尾は下に下がりにくいんだ。胴体ギリギリの高さにワイヤー張ってやれ。」

「少しは止まるか。大体二メートル位か?」

「先輩、あの中でそこまで見てたんですか?」

「そりゃ射手だからな、俺。」


 感心したのは若手リーダーだけでは無かった。古参リーダーと数人以外、ミフォロスの魔獣狩りの様子を初めて目にし驚いている。

 ソルの場合、討伐数は多いが魔人の力に頼ることが多く、ミフォロスの冷静な判断に頼もしく感じていた。とはいえ、そろそろマナの濃度も戻り始めた頃だ。ミフォロス達の前で魔法や魔術は使いたくは無いが、どさくさに紛れて新しい剣を創る位なら、古い剣を霧散させればバレないだろうか?


「ところで坊主。体力の方は大丈夫か? 馬でも追い付けねぇって、随分と早くから強行軍したんだろ?」


 そんな事はしていないが、日頃から鍛えていないソルは先程のおいかけっこで、体力の大半が消耗している。息を切らせているため、さっきから喋れないのだ。

 都合が良いため訂正はせずに、短く外までは持つと告げると、ミフォロスは頷いてそのまま走る。十一人はそのまま外に走り出ると、既に太陽は天頂を過ぎ去り辺りは僅かに赤い夕暮れに染まり初めていた。


「よし、すぐにワイヤーかけろ!」

「あの岩がいいな。」

「こっちは地面に入れたんで良いですか?」


 すぐに動き始める彼等の横で、息を整えたソルは魔力を動かして見る。マナが辺りに漂っていたのが、簡単に掴むことが出来る。

 念のため、ミフォロス達の固定した岩とワイヤーに付与をかけると、ソルはミフォロスの横に立った。


「もう大丈夫だ。俺は剣の回収に動いたのでいいか?」

「もう大丈夫って……あの剣、抜けるのか?」

「問題ないよ。」


 ソルの頭に巻かれた赤いバンダナを見て、ミフォロスは疑問を打ち消した様だ。大丈夫だと言い切るソルに、ミフォロスは任せたとだけ告げて洞穴の入り口にスタンバイする。

 それを見たソルは、自身も素早く蠍型の足に接近するために洞穴に近づいた。皆が配置につき終わり数分程たった頃に、地面を通して振動が伝わってくる。


「……来るぞ。」

「言われずともだろうよ。」

「やっべ、改めて緊張してきた.……」


 段々と張り詰める空気に、皆が無意識に力む。巨体のもたらす威圧感が、生物としての危機感が、ここから離れたがっている。

 あるものは経験が、あるものは誇りが、あるものは英雄願望が、あるものはその先の目的が、その場に彼らを止める。遂に洞穴から現れたその体は、ワイヤーを大きく軋ませて迫る。


「っ、横に転がれ!」


 ワイヤーが危ないと見たミフォロスは、蠍型の前から離れながらそう叫ぶ。慌てて動き出す彼等を尻目に、ソルは蠍型に接近した。付与によって頑丈になったワイヤーは、大きく軋んだがその体を一瞬しっかりと止めた。


「一本目ぇ!」


 剣を掴んだソルが、最大出力の「飛翔」でねじ込み拡散させる。深く入った剣が破裂し、無くなった事で蠍型の重量によってその足は見事にへし折れた。

 痛みからか、バランスを崩したからか、倒れようとする蠍型から、再び片刃の剣を創ったソルが跳び退く。倒れた蠍型に代わりに駆け寄ったのはミフォロスだ。


「もう一本だ!」


 その大きさに相応しい重量を持った大剣が、足の節目に向けて綺麗に振り下ろされる。ソルと違い、甲殻に擦る事もしない太刀筋は足の半ばまで断ち切った。

 その大剣の背を叩いて、柄の飾りを持ち更に横に捻る。ブチリと嫌な音と共に蠍型の体液が吹き出した。


「それ飾りじゃ無かったのかよ!」

「たりめぇだ、バカ野郎! 特注は高ぇんだぞ、役立たず作ってられるか!」


 矢と共に言葉を届ける古参リーダーに、ミフォロスが怒鳴り返す。そこには恐怖や諦めなんて感情は無かった。

 しかし、体が知っていると言うのはそれだけ重要だ。若く、経験の少ない四人の動きは、倒れているとしても、その威圧感に呑まれて止まっていた。

 もちろん、蠍型がそれを見逃す筈が無い。残りの六本の足を地面に突き立てて起き上がると、その大きな鋏を振るう。


「っ届け!」


 先の潰れた矢が飛来し、若手リーダーの肩に強い衝撃を与える。転げた彼の上を鋏は唸りを上げて空ぶった。


「た、助かりました!」

「よし、生きてんなら良い! すぐに動け!」

「はいっ!」


 たった一撃が致命傷になる。人間を相手に鎧を着けて戦っていては、まず一生体験しない事だろう。しかし、彼等も傭兵だ。命のやり取りを生業にしている以上、いつまでも動けない程一般人ではない。


「良いね、良くも悪くも狂ってる。」


 呟いたソルが、「飛翔」も使い大きく飛び上がり急降下する。そして、蠍型の頭に剣を突き立てて……その身に矢を受けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ