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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第三章 人の町へ
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第三十二話

 夕刻になった。暗がりに包まれた時間だが、宿もやっている料亭「白い翼」には今日も常連の人達が飲みに集まっている。


「リティーちゃん、こっち三杯!」

「なんだと! ならこっちは四杯!」

「変な競いあいで潰れたら出禁だからね~。」


 料理に酒に次々と注文が入り、リティスはそれを作っては配って回る。主に朝と夜に賑わう「白い翼」では珍しくない光景だ。

 ソルが帰ってきたのもちょうどそのころ。昨日も見たため驚きは無いが、相変わらず凄い光景だと思う。


「おっ、坊主。早速行ってきたのか? アイツはどうだった?」

「今回は残念だったよ。」

「珍しいな、アイツが掴んでないとはよ。」


 意外そうな顔を見せたミフォロスは、一息にグイッと煽るとジョッキを置いて座り直す。


「一体何を聞いたんだ?」

「ヤバそうだから黙っとく。」

「まぁそうだわな。あぁ、それとは変わるが俺を探してたって聞いたぜ? どうした?」

「色々と教わりたいと思ってな。」

「ウ~ム、そりゃ弟子入りしたいって事か?」


 ミフォロスが唸ると、周囲の客から声が上がった。


「やめとけやめとけ。そいつデカイだけだぜ!」

「魔獣狩りは儲かんねぇぞ! 準備がうざってぇ!」

「無理難題ぶつけられんぞ、死ぬなよ坊主!」

「うるせぇぞ! 好き勝手いってんじゃねえコラ!」


 酔っぱらいの口喧嘩は煩い物だ。段々とエスカレートする彼等に、唐突に帳簿が投げつけられた。


「響く声で怒鳴んないの、大人げない! 喧嘩なら他所でやれ酔っぱらい共!」


 リティスが次々とジョッキを下げて、彼等の頭をしばいて回る。良く怒られないな、とソルが見ていると一人の男がソルにジョッキを手渡した。


「少年、お前何歳だ。」

「16ですけど。」

「よし、飲めぇ!」

「ゴボッ!?」


 酒を片付けたリティスが厨房から戻った時には、その空間は酔っぱらいしかいなかった。




「……頭がいてぇ。あ~、最悪の気分だ。」


 内側からガンガンと頭蓋を叩かれる様な痛みと共に、ソルが起き上がる。昨晩は薄れる意識のなかで、なんとか自室に引き上げたが酷い目にあった。何事も過ぎたるは毒である。


「話にさえならないとは思わなかったな。つか、飲まされると思わなかった……」


 軽い吐き気を覚えながら、ソルが水を求めて下に降りる。そんなソルを見つけたリティスが、何人かいるお客に弁当や朝食を売り終えて近づいて来た。


「昨日はごめんね~。大丈夫?」

「水が欲しいです……」

「ほいほい、お水ね。はい、どうぞ。」


 水瓶から掬われた冷たい水が渡され、ソルはそれを一気に飲み干した。


「災難だったね~。もうやんないでって言っておいたから大丈夫だと思うよ。」

「ありがとうございます。もう大丈夫です。」


 コップをリティスに返し、ソルは周囲を見渡した。とても昨日騒ぎがあったとは思えないような、綺麗な店内に驚いたからだ。


「ん~? 探し物?」

「いえ、綺麗だなと。」

「そりゃ朝のお客さんはさ、綺麗な店内の方がいいじゃん?」


 やっぱり凄い人なのかもしれない、ソルはリティスにそんな感想を抱いたが、次の瞬間にはそんな考え事は吹き飛んでいた。

 突然、宿の入り口から人が飛んできて椅子や机を薙ぎ倒しながら倒れる。咄嗟に机を盾にして身を守ったソルと、ソルの後ろに居たリティスがそろりと顔を覗かせる。


「て、てんめぇ、何しやがる。」

「あっ、確かクレフ?」

「あん? ……てめぇ、あん時のクソガキか。」


 ゆっくりと悪態をつきながら体を起こしたクレフに、ソルが声をかけると向こうも気付いたようで僅かに警戒する。

 怯えるリティスと、にらみ合う二人。そんなものを気にしないように、黒装束に身を包んだ仮面の人物が入ってくる。目の部分だけ穴の空いた真っ白な仮面から、くぐもった声が聞こえる。


「……渡して死ね。」

「だから何の事だっつってんだ! 説明しろや!」

「……交渉決裂を確認。始末後に回収する。」

「そんな説明は要らねぇよ!」


 短剣同士のぶつかる甲高い音が響き、数秒後にクレフが押し負け頬に赤い跡を残される。咄嗟に逸らさなければ、その刃は首に吸い込まれていただろう。


「ちっ! 馬鹿力め!」

「……しぶとい男め。」


 再び睨み合う二人を見て、仮面の人物を見た衝撃から立ち直ったソル。すぐに二階に置いていた片刃の剣に「飛翔」を掛けて、手元に飛ばし握りしめる。


「リティスさん、あの仮面は?」

「へっ? あれ、いつの間に剣……」

「アイツは?」

「あ、アイツってどっちよ。悪名高い盗賊の頭? それとも狂信者の方?」

「それだけ聞ければ十分。ありがと。」


 敵対しても問題ない連中として確認が出来たので、ソルは「飛翔」も使い、片刃の剣を構えて突進する。


「伏せろクレフ!」

「っ!?」


 ほとんど勘で避けたクレフの上を、ソルの結晶の剣が煌めく。仮面に僅かに傷をつけた剣は、そのまま振り抜かれ翻る。仮面の人物が何か落とすが、それを拾う暇も無い。


「……試験体No.7705及びモナクスタロ。現在はソル。結晶の魔術師十六才、水色の瞳と黒に近い紫の髪の少年。」

「ぶつぶつ言うなよ、辛気くせぇな!」


 次々と振るわれるソルの剣が風を切る音が響く。後ろへと交わし続ける仮面の人物は、最初の一撃以降大きく距離をとっているため当たらない。

 反撃も無い事を妙に思いソルが下がると、隣にクレフが立ち並んだ。


「助かったぞ、クソガキ。」

「良かったな、おっさん。」


 片刃の剣と短剣が向けられ、仮面の人物は無言で動きを止める。二人相手では分が悪いと考えたのか、すぐに身を翻して走り去って行った。


「ちっ! 待ちやがれ!」

「待つのはお前だ、おっさん。」


 走り出したクレフの腕を掴み、ソルは経緯を問いただす。

 クレフの言い分はシンプル過ぎるものだった。「戦利品を捌きに街に入り次第襲われた。」それだけである。


「朝っぱらから襲われたって……どんだけ恨まれてんの。」

「狂信者相手に喧嘩なら売ってねぇよ。一般市民様だって丁重に収穫してんだぜ?」

「いや、盗む時点で恨まれてんだよ。」


 ソルが盛大な溜め息をこぼした時だった。包丁を持ち出したリティスが、厨房から駆け出してクレフに向かう。


「出てけ泥棒ー!」

「あぶねぇな。」


 軽く身を捻って包丁を避けると、クレフはリティスの腕を強く掴む。そのまま痛みを感じる程度に捻りあげて包丁を取り上げた。


「旨い料理に人間は使わねぇだろ?」

「ぎゃーっ、拐われる~、殺される~、乱暴される~!」

「煩い姉ちゃんだなぁ、おい。」

「いや、放してやれよ。」


 ソルが目一杯背伸びしてクレフの頭を叩く。渋々リティスを放したクレフに彼女が蹴りを放つ。

 一歩下がって避けたクレフだったが、何かにつまづいて僅かに体勢を崩した。そのクレフの脛に、リティスの鋭い蹴りが刺さった。


「っづ!!」

「……なにこれ。指輪? そういえばアスモデウスが似たようなの持ってたな。」


 クレフのつまづいた物を拾い上げたソルが、彫刻の施された金属の指輪を調べる。多分、さっきの仮面の人物が落とした物だろう。

 脛を押さえて踞るクレフに、リティスが椅子を叩きつけようとしていたので、ソルはそれを止めながらクレフに尋ねた。


「これ、なんだ?」

「あぁ? こんな時に……そりゃどうした?」

「拾った。さっきの奴だろ。」

「てこたぁアイツ狂信者か。」


 どうやらこの指輪は狂信者の印らしい。念のためリティスにも尋ねるとそうだと言っていたので、正しい情報と見て良いだろう。


「なんでリティスさん、あれが狂信者って分かったんですか?」

「街中であんな悪趣味な仮面着けてんのアイツ等くらいだもん。それより、その人大丈夫なの? 危険じゃない?」

「俺の方はお陰様で無事ではねぇな。ただ、今は財布も重いしあんたにゃ財産含めて手は出さねぇよ。リスキー過ぎる。」

「なら弁償しなさいよね……」


 ぶつぶつと、おそらく愚痴を吐きながら片付けに入ったリティス。街中で活動中は仮面なのか、と呟くクレフは始末した後の狂信者しか知らなかったらしい。とりあえず、これは貴重な手がかりになるかもしれないため、コートの内側にしまいこむソル。

 三者三様に反応を見せた後、クレフがゆっくりと立ち上がる。ソルを振り返って手を差し出すと、リティスに気付かれないように気を付けて口を開いた。


「とにかく助かったぜ、魔術師さんよ。俺はしばらく狂信者を追う。やられっぱなしじゃ、いつか参っちまうからな。」

「そっか、気を付けろよ。何かあればこれに火を着けてくれ。狂信者の集団は俺も興味があるからさ。」


 ソルが魔炭の木で作った、小型の簡易魔方陣をクレフに手渡す。助かる、と一言だけ言ったクレフは修理代と称して幾ばくかの硬貨を置いて去っていった。リティスが気付きやすいように、カウンターにそれを置いてソルが部屋に戻る。


「さて、これからどうしたものか……」


 正直、手詰まりだ。今出来ることが無い。ミフォロスを探してもいいが、傭兵である以上は仕事に出ている可能性もある。依頼が無くてもこの辺りの魔獣を狩るのもミフォロスの仕事だ。


「……そういえば、傭兵ってどうやって依頼とってんだろ。」


 街中で見た覚えが無い。呼び込みや張り紙では無いんだろう。

 そこまで考えたソルの脳裏に、ロイオスとの会話が思い出された。


『んで? 傭兵の君がこんなとこでどったの? 傭兵団の書庫ならあっちよ?』

『そんなのもあるんですか。初めて知りました。』

『えぇ~、結構目立つシンボル掲げてんじゃん。もしかして君ってば御上りさん?』


 傭兵団の書庫。傭兵団というくらいなのだから、何らかの組織だろう。少なくとも、どんなことをしているにしても、傭兵と無関係ではない筈だ。


「うん、ミフォロスに教わらなくても、自分で少しは学んでおいて損は無いよな。」


 中央の書庫には伝記や物語、図鑑が多く、マギアレクの纏めた資料の方が詳しかった。その為に興味が湧かなかったが、知らないことなら別だ。すぐに必要な知識でもある。


「よし、とりあえず行ってみるか。目立つらしいし分かるだろ。」


 リティスに出てくると伝え、ソルは「白い翼」を後にした。

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