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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第三章 人の町へ
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第三十一話

 方針は決まったが、今はミフォロスもいないし彼の場所も知らない。ならば、情報を知るためにも、時間を潰すためにも読書が良いだろう。

 興味がある内容なら面白いし、ソルには興味が無ければ眠気もくれる。本のある所でも聞こうと、早速下に降りてリティスを探した。宿の裏手に回ったところに、井戸から水をくむリティスがいた。


「あっ、いた。すいませーん。」

「おっ? あぁ、君か。ちょっと待っててねー。あーよいしょ!」

「……手伝いましょうか?」

「ホント? 助かる~。」


 急に重そうな動きをしだしたリティスに、おそらく彼女が言わせたい言葉を言うソル。案の定、待ってましたと言わんばかりに早々に縄を渡すリティス。

 受け取った瞬間に、ずしりと腕に重みが掛かる。16才の少年が、一瞬僅かに持ち上がる様な重みだ。思ったよりも演技では無かったのかもしれない。想像以上に逞しいリティスにソルは少し驚いた。


「……持ち上がんない?」

「いえ、少し驚いただけですよ。」


 とはいえ、このままだと腕が逝ってしまいそうなので、コートの下で結晶を使って魔方陣を創り、「飛翔」も使って上げていく。

 上げきった後に、桶を井戸の縁に押し出して縄を放す。振り返るとリティスは目を丸くして立っていた。


「終わりました。」

「君、見た目の割には力持ちなんだねぇ。それ、引っ張った縄をハンドルにかけて上げるんだけど、そのまま上げちゃうとは。お姉さん驚いちゃった。」

「えっ?」


 ソルが脇を見ると、確かにハンドルが設置されている。普段は雨風に晒されないようにカバーが付いていて気が付かなかったが。


「……傭兵ですから?」

「いや、お姉さんに聞かれてもねー。とりあえず、ありがとね。これ厨房に運んじゃったら、話聞くから。」


 幾つかの水瓶に中の水を分けて、厨房に運んでいく。手持ち無沙汰なソルもそれを手伝った。塔での生活がソルを家事仕事に慣れさせている。二人であっという間に運び終えると、リティスは机に突っ伏して休む。


「ふー、お昼の仕事終了ー。お手伝いありがとねー僕ー。」

「あの、ソルです。頭撫でないで下さい。」

「いいじゃんいいじゃん。おっさんの相手ばっかりしてると、癒しが足りないのだよ。例えば健気な男の子とかねぇー?」

「からかってます?」


 ソルが手を払って反対側に座ると、少し残念そうにリティスが頬を膨らませる。


「ケチ~。」

「そんな事より本のあるところって知ってます? 色々調べたくて。」

「そんな事!? お姉さん的には結構重要なのに……まぁいいや。えっと本だっけ? 内容は?」


 いいのかよと思いつつ、ソルがこの街についての事だと告げる。ちょっと待っててね、と奥に引っ込んだリティスが本と言うよりはポスターに近い物を差し出してくる。


「街への移住者を募集した時の物だね。これ以外はうちには無いかなー。中央になら書庫があったかな。一部なら一般解放されてたはずだよ。」

「ありがとうございます。えっと……交易の中心エーリシの街?」

「んー? 街の名前知らずに来たの? 珍しいね、ここって大抵の人は何か明確なお目当てがあって来るんだけど。」


 リティスの疑問を頷くのみで答えて、記された内容に目を落とすソル。

『様々な道を整えたこの街には多くの商人が集まる。それにともない最新の情報、素材、技術も集まる魅力的な街。アナトレー連合国随一の商業都市エーリシの街にようこそ。』

といった文の下に様々な風景や図面が並ぶ。確かに繁栄具合は伺えるが……


「これ、人が来たんですか?」

「なんの元手も持ってない浮浪者なら来たよー。この街の地図とか書いてないし、住める所とかの情報が無いんだよね。」


 魅力的な物だが、かなり胡散臭い。安定感と言うか、日常から離れすぎていて移住者は居ないだろう。実際、観光客と浮浪者しか反応が無かったらしい。


「一部の上の人達が自分の感性で作ったからね。無鉄砲か馬鹿か天才しか来ないし、天才とかそうそう居ないし。」

「つまり、失敗だったと。」

「揉めたらしいよ。それからは相談してからやってるみたい。」


 そっちの資料は無いらしい。まだ出回ってないのだろう。しかし、名前以外にソルの欲しいような情報は無いみたいだ。


「不満そうだね。どんなこと知りたかったの? お姉さんで良ければ教えてあげるよ?」

「えーと……買い物の方法とか、施設の利用方法とか、街ではどんな事が出来るかとか?」

「初歩的というか絶望的な質問だね。」


 少し恥ずかしげにソルが言ったのは、常識を知りたいという幼子のような質問である。普通に井戸から水をくんでいたり、傭兵として街に来たりできるのにそんな事が分からないとは言いづらいだろうな、とリティスは納得した。


「うーん、とはいえそれは教えづらいなぁ。何が分からないかこっちが分からないし。」

「ですよね……」

「ごめんね、力になれなくてさ~。」

「いえ、この街にいれば少しずつ分かってくるでしょうし。」


 どのみち目的はミフォロスが来るまでの暇潰しである。そこまで考えてソルは別の手段に思い至った。


「リティスさん。ミフォロスの居るとこってわかります?」

「ん~? さぁ、知らないけど。どうして?」

「傭兵として長そうでしたし、色々教わりたいなと。」


 まさか行動しやすい程度に馴染むためとは、夢にも思わなかったリティスは感心した表情をソルに向ける。勉強熱心な若者は活力に溢れていて良いものだ。


「ん~、でもミフォロスさんが人に教えてるの見たこと無いなぁ。」

「そうなんですか?」

「大抵、無理難題押し付けて帰っちゃうの。以外にケチよね。」


 誰にでもケチというのだろうか、この人は。そんな事を考えながらソルはこれからどうするか考える。

 ミフォロスの難題とやらをクリアするか、別の人を紹介して貰うか。どちらにせよ傭兵なんて足掛かりにするという人が多い。ある程度腕があって、ソルの方向性と似ていて、すぐに忙しくならない人で無ければならない。


「……思ったよりも難しいか?」

「まぁ、頑張ってねぇ。お姉さんも応援したげる~。」


 適当な応援を聞き流しながら、ソルは外に出る。とりあえずは中央にあるという書庫に行ってみるつもりだ。常連のようだったので、夕刻には宿に来るはずである。


「……そういえば、この宿の名前なんなんだろ?」


 振り返って仰ぎ見るソルは宿の入り口上に吊るされた看板に目をやる。


「……「白い翼」って。まぁ覚えやすくて良いか。」


 道に迷ってもあんまり人に聞きたくないな、としっかり道順を覚えながら書庫へと行くソルだった。




「やべっ、すっかり暗くなったな。」


 人間の戦争を題材にした物語から顔を上げたソルが、窓の外を見て呟く。丸々一つの伝記を調べながら読んだことで、街の歩き方やこれからお世話になるだろう施設は大雑把に把握出来た。

 後はどうせならミフォロスに傭兵としての視点や考え方も教われれば完璧だ。辺境から出てきた都市知らず位には見えるだろう。


「うん? おぉ、君。こんな所でなにしてんだ?」

「えっ?……あっ、関所に居た人。」

「おう、その人その人。」


 近づいて来る男は、私服だったため一瞬わからなかったが、昨日の夕方に滞在許可証を渡してくれた兵士だった。


「んで? 傭兵の君がこんなとこでどったの? 傭兵団の書庫ならあっちよ?」

「そんなのもあるんですか。初めて知りました。」

「えぇ~、結構目立つシンボル掲げてんじゃん。もしかして君ってば御上りさん?」

「えっと、そんな感じです、かね。」

「あらら~、そんじゃ結構大変だねぇ。まっ、どう大変か俺にゃさっぱりなんだけどね?」


 なら言うなよ……とソルが溜め息を吐くと、男は持っていた物を差し出した。

 いい匂いの漂う肉が串に刺さり、タレの反射がソルの目を刺激する。


「ゴメンゴメン、バカにした訳ではないんだよ。これ、お詫びに一本あげるね~。」

「いいんですか?」

「たはっ、結構食いしん坊さんだね、君。良いよ良いよ、御近づきの印って奴だ。たんと食いねぇ!」


 といっても一本だけだけどね、と自分の分も取り出してしゃぶりつく男。ソルも早速かぶりつく。肉の旨味と濃すぎないタレが、空腹の腹に行儀良く収まった。


「うん、旨い。」

「アッハハハ、そりゃ良かった! 奢りがいのある食いっぷりだね。美人の女の子ならもっと良かった!」


 心底楽しそうに笑う男が、最後の一口を食べ終えてゴミを片付ける。ソルのゴミも受けとると、ついでとばかりに自分の持ち物に放り込んだ。


「ありがとうございます。」

「うんうん、お礼はいいね! 人を暖かくしてくれる。そんじゃまたね! ソル君!」

「はい、それではロイオスさん。」


 ソルはロイオスの荷物から目を放して言った。キョトンとしたロイオスは自身の荷物にある名札を見てから頭をかいた。


「目敏いね~、君。大成するよ。」

「ロイオスさんこそ、俺の滞在許可証見たんでしょ?」

「凄そうな若手の名前は知っておきたいじゃん?」


 ソルのポケットを叩いて、ロイオスはニヤリと笑う。吊られてソルも頬が緩んだ。


「そんな訳で今後とも仲良くしようぜ、ソル君。」

「何かあったら頼りにしますよ、ロイオスさん。」


 ポケットに入れた木彫りのメダルを思いながら、ソルは「白い翼」へと帰路へついた。

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