第三十話
「……良し、通れ。次!」
前の衛兵が槍を上げて馬車を通す。ギリギリの時間だったがなんとか間に合ったソルは、関所の門に歩を進める。
しっかりと顔を確認され、持ち物を簡単に調べられる。一目で上質と分かる魔獣の素材、干し肉、立派な木彫りのメダル、ボロボロの地図。それと腰に差した結晶の片刃の剣と鞘。丈夫そうだが少し傷付いた新しいコートや肩当て。
「傭兵か? 若いな。名前は?」
「ソルです。でも、腕は確かですよ。」
「ははっ、この鱗を見て疑いはしないさ。足手まといが着いていけるチームでは無かったろうからな。良し、通っていいぞ。次!」
実力はあるが、経験と実績不足の流浪の傭兵とでも見られたのか。励ましの言葉を頂き、街の中に通される。
チームというか、タッグでの討伐だったが目立っても良いことはないので訂正はしない。永住するなら良いだろうが、通りすがりの街で目立つと厄介でしかない。特に今はアラストールに気づかれない方が都合が良い。
「お~、来た来た。ねぇ君、後何人くらい並んでる?」
「えっと……五組ぐらいですね。馬車が二つです。」
「マジかー、もうちょい掛かるな。早く帰りてぇ~。あっ、これ滞在許可証ね、無くさないように。」
「は、はい。」
入り口の人とは違い、かなり弛んでいるが良いのだろうか。ソルが呆れつつ歩を進めると、夕暮れに包まれた街が姿を表す。
「おぉ~、でっけぇ~。」
石や木で作られた街並みが、夕食を作る人の声が、帰ろうと駆け回る子供達が、仕事帰りに酒場に寄る男達が、その全てがその街の発展具合を示している。
きっとそこに住む人達にはいつもの代わり映えしない光景だろうが、多くても30人程度の集まりしか知らないソルには別世界のようにも見えた……ラダム達は文明らしい里を作っていた訳ではないので除外する。
「と、いつまでも眺めている訳にはいかないか。とりあえずこれを売って……売る場所、何処だ? と言うか売るってどうすりゃ良いんだろ。」
前途多難である。
すっかり暗くなった街で、ソルは宿屋で横になっていた。買い足した保存のきく食料品や、コートの下に着る替えの服、それにこの部屋。これだけを買い揃えるのに体力のほとんどを使い果たした。
蛇型の鱗を、半分程をエルガオン商会というところに流した資金はまだかなり残っている。しかし、街の人に聞いて回ってたどり着いた商会で、交渉という未知の物に触れたソルは既に今日動く気力は残っていなかった。今後も贔屓にしてくれと良い値段で買ってくれたエルガオン商会に感謝だ。
「はぁ~。情報って何処で買えるんだ?情報屋とか無いのかな。露店みたいな感じで。」
情報を物かと思うような無茶振りを言いながら、ゆっくりと起き上がるソル。その足で部屋から出て、宿の一階に降りていく。
「すいません、晩御飯って何処で買えますか?」
「ここでも買えるよ。食堂もやってるからね。」
元気の良い女性がカウンターから答え、此方へと歩いてくる。ちらほらと慣れた客も居るようで、遅い時間まで営業するのが日常なのだろうと分かる。
「はいはい、御注文は?」
「とりあえず、飲み物と食べ物があれば。」
「そりゃあるよー。うーん、お客さん食べられないものとかは?」
「特に無いかな。」
「んじゃ、適当に作っちゃうね~。」
魔界では土も食料だったソルに食べられないものは特に無い。しかし、近くで酒を飲み干している恰幅のいい男性から待ったがかかる。
「坊主、ちょっと待った! リティーちゃん、一番高いの持ってくるぞ?」
「ちょっと、そこ! 人聞きの悪いこと言わない! 一番良いものと言いなさい!」
つまり高いものを出すつもりだったらしい。ソルが一番安いので、と注文し直したら若干肩を落としながら厨房に入っていった。
「よう、坊主。隣いいか?」
「いいですよ。それと、さっきはありがとうございます。」
ソルとて、いつまでかかるか分からない旅路だ。資金は節約に限る。これからは気を付けようと思った。
「いや、構わねぇよ。ただあの娘も悪い奴じゃないんだ、嫌わないでやってくれよな。」
「大丈夫です、俺も売る側なら同じ気持ちでしょうから。」
常連の様で、慣れた調子で壊れかけた椅子を避けて座り込んだ男を見て、少しボロいがいい宿なんだろうと伝わる。周りにも数人頷く者もいるのが、偏った意見では無いことを裏付ける。
「ミフォロスさん、まーた新しい人に絡んで~。それ何杯目です?」
「まだ七杯目だ、取り上げなんて言うなよ?」
「うっわ、体壊しますよ。はい、君にはこれねー。」
有り合わせではあるが、きちんとバランス良く纏まった夕食を見て、ソルは無意識に少し乗り出す。干し肉生活も、早いもので二週間近い。そんなソルの反応に、リティーと呼ばれた女性は気を良くしながら次々と注文を取って回っていた。
「おっ、今日は肉が多い。運が良いな、坊主。こいつは日替わりだからハズレの日はサラダと間違えるぞ。」
「そこ、当たりの人には当たりだから! ハズレとか言わない!」
「うへっ、地獄耳。」
肩を竦めながらミフォロスは八杯目のジョッキに口をつける。元気な人達だな、とソルが考えながら食事に手をつけていく。みるみる減っていく皿の中身に若干哀れみをのせたミフォロスが、ソルに話しかける。
「んで、坊主。この街に何をしに来たんだ?見たところ慣れてねぇって顔だぜ。」
「ん?ふぉんなへはいほほろはのに」
「食ってから喋れよ。」
「ップハ。こんなデカイ所なのに余所者が珍しいのか?」
「いや、同業を案じてるだけさ。」
そう言ったミフォロスが、隅に立て掛けてある大きな剣を指差した。その後ソルのコートにその指を持っていく。
「その防具。明らかな同業だろ? 魔獣専門の傭兵だ。」
「魔獣だけだと依頼少ないだろう。」
「他にもやってるよ。得意だから数が多いってだけだ。と言うか急に態度変えたな。」
「いきなり詮索してきた人に、慣れない礼儀を尽くすのはいいだろ。」
「いいねぇ、そういう素直なのは嫌いじゃない。」
明らかに強面なミフォロス、さらに魔獣を相手にする傭兵だと言うのだから礼儀に煩い人では無いようだ。そちらの方がソルは気が楽でいい。
「んで? 結局何しに?」
「情報買いに。知ってるか?」
「何だ、情報屋か? 真っ当じゃねぇが腕が良いのを一人知ってる。」
「本当か? どこだ!?」
「タダじゃなぁ?」
声をかけてきたのはそっちの癖に、とぼやきながらソルが酒の代金を払う。こんな子供に何を集っているんだか、とリティスが冷めた目を向ける。
「おいおい、商売敵に生命線教えるんだ、これでも格安だって……っと、このメモの場所に行くと良い。んじゃあな、坊主。」
宿から出ていくミフォロスに、リティスが溜め息を吐く。
「ごめんね~。一応、悪い人では無いんだけどねー。」
「あの人もおんなじこと言ってましたよ。」
「何様のつもりなのよ、あのおっさんは。」
フォローから一転、扱き下ろし始めたリティスに代金を渡して、ソルは部屋に戻る。明日は朝早くに情報屋に会ってみよう、そう決めて眠りについた。
翌朝、若干迷いながらメモの通りにソルが行った先は、一つの暗い路地裏だった。
「こんなとこで人が来るのかな。」
ぼやきながら進むソルだが、この時代の情報屋は命を狙われても不思議ではないため顧客を選ぶ。すぐに逃げるためにも表通りよりもこちらの方が騒ぎになりにくいのだ。第一、顧客のほとんどは荒事を生業にするのだから当然だが。
「っと、あの露店かな?」
「ガキ? まぁいい……今日の予定は?」
「えっと……家の犬が枯れたから摘み取りたい。」
「あん? そっちかよ……何処で知った?」
「酒代の代わりだよ。」
ソルが硬貨を入れた小袋を渡す。中を数えた露店商は目を見開いた。
「お前……何を知りたくて、こんなに出す?」
「悪魔について。いや、最南東の街の事件について、かな。あと、最近の国の動きと魔術師の動向。」
「そりゃまた……ちと足りないな。」
「んじゃこれ。」
「あん? 金じゃねぇのか……おい。」
軽くソルを睨みながら露店商は手の中の物を突き返す。綺麗な光を反射する蛇型の鱗が数枚落ちる。
「足りないか? それ以外持って無いんだけど。」
「それもあるが、素材なんざ持ってると狙われやすくなるだろうが。金はそこいらにあるが、そんだけ上等な魔獣の鱗なんざそうそうねぇよ。てか、その情報は諦めろ、俺はまだ死にたくない。」
「そこまでか?」
「悪魔と国に睨まれて、西まで旅しろってか? 冗談じゃない。西には唯一活動してる原罪の悪魔がいるんだぞ?」
「嫉妬だろ? 知ってる。」
平然と答えるソルに軽く殺意を覚えながら、露店商は座り込んだ。そのまま手の中にある小袋を、手をつけずに返す。
「とにかくだ。俺は御免だね、そんな山。」
「出来ない訳ではないんだろ?」
「……嫌味なガキだな。早く帰れ。全く、最近録なのがこねぇ。」
これは長くなりそうだ。そう感じたソルは、早々に立ち去ることにした。
さっさと逃げ出したソルは、宿屋に戻り思考を巡らせる。どうやら欲しい情報は買う事は難しそうだ。国の動きは噂話程度で良かったのだが、今さら戻るのも気がひける。
とりあえず、情報を集めるためにも此所に留まって社会や街と言うのに慣れた方が良さそうだ。旅の魔術師より、流浪の傭兵の方が情報収集にも便利だろう。今のソルは人間の国を知らなすぎる。
「とりあえず、この街の名前くらい知りたいな。あまりに何にも知らないと不自然過ぎるし。」
ここは悪魔への強い禁忌感を持っているようなので、魔術師も良く見られないだろう。傭兵として最低限の常識を知りたかった。
「……夜まで待つか。ミフォロスとか言う人に聞こう。」
言わば傭兵社会の師匠ということになるか。渋られれば硬貨と素材でも渡したら聞いてくれるだろう。割りとお人好しの部類に感じた。
「いつアラストールにたどり着けるんだか。遠いな。」
ソルは溜め息をついた。それでも進むしか無いだろう。あれが居ては、そのうち全てが火の海になる。ソルは窓から見える賑やかな街並みを見て、決意を新たにした。