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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第三章 人の町へ
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第二十八話

「こっちだ、ついて来い。」

「こんなとこに何があるんだ?」


 暗い地下室に続く階段は、街の端にある牢獄から入ることが出来た。復讐を司るアラストールが興味を示したか、焼け跡が酷いように感じる。

 その牢獄に隠されるようにあった階段を抜けた先には、一際焼け焦げた部屋。石造りだったであろうそれは溶解していて原型さえよく分からない。


「場所や配置的に何かを作っていた研究施設だろうと思うんだがな。どうだ?」

「……多分当たりだ。趣味悪いぞ、これ。」


 ある意味この街は人類の英雄であり、残酷性の頂点かもしれないと思った。

 ソルが拾い上げたそれは、結晶で割った固まった溶岩の中から、半分溶けた形で出てきた。


「なんだ、それ?」

「No.92××、No.9×5×、No.935×、No.××21。あれから続いてたんだな、これ。」

「……もしかしなくてもコレと関係あるか?」


 クレフが取り出したのは、雫型の球体。果実にも見えるそれはネジで開く造りだ。その側には壺に鉄の棒だったであろうもの。更に色々な物があるが、全て使い方は一緒だ。犯罪者として追われるクレフには他人事ではない道具。


「そうだな、番号札はここで作られては無いだろうけど。」

「ガタガタに彫ってあるしな。熱しなかった鉄に彫り物ってどうやってんだか。」

「力任せだろ、人間にゃ無理だ。」

「……獣人か?」

「軍人が引き込もって研究すると思うか?」

「そりゃあ……そういや戦地の奴しか残んなかったんだったな。無ぇわ、そんなん。」

「そう言うこと。」


 ソルは自身の胸に下げているプレートを、コートの上から強く握る。SOLL……7705と彫られたそれを。確かに彼等は悪魔の実験に良かっただろう。悪魔の新兵器なのだから。

 だが、ソルがそうであるように、いやそれ以上に悪魔が出ていない奴もいた。ソルの後のナンバーなので詳細は分からないが、きっとここで働いていた者はどこか頭のネジが壊れた者しか居なかっただろう。


「これは悪魔の新兵器の番号表だ。」

「なんだ、なら良かったぜ。てっきり上の住人かと」

「子供に悪魔を入れて造った魔人って奴だ。」

「思った……はっ? ガキって……人間の?」

「中には人間と変わらないのもいた。大半は狂ってたか、悪魔だったからコレがどうかは知らないけどな。」


 唖然とした顔をするクレフに、ソルは自身の持つ鉄板を放る。それを受け取ったクレフは、小さな鉄板の数枚がかなりの重さを持っているように感じた。


「おいおい……いやまて、何だってお前はそんな事知ってんだ? まさか……」

「俺は魔術師だ。魔術師は悪魔の秘術を研究した者達。悪魔の事なら旅に出る前までなら粗方知ってる。」

「よく出来たな、そんな事。」

「狂ってんだろ、いい意味で。」


 それ、お前の事だろ? とクレフは思ったが、何処か他人事のように話すソルに辟易して言わないでおいた。先程の話でも、周りにその環境があるせいか聞いただけで腹が痛む。

 とにかくこいつはヤバい。喋ったらとっとと立ち去りたかった。幸い謎の部屋の疑惑も解けたし、思い残す事なんて無い。むしろ二度とこんな所に近寄りたくないものだ。


「さて、目的は分かったよ。アイツがここに来たのは多分アイツの頼みだな……」

「そうか、良かったな。それじゃ、さよな」

「次は軍について教えてくれるな?」

「……せめて場所を変えてくれないか?」

「それは賛成だ。ここは息がつまる。」




 ソル達が外に出ると、盗賊団の者達が目ぼしいものを集め終えた所だった。特に、再加工しやすく需要の高い鉄などの金属が目立つ。


「あんなにどうやって運ぶんだ?」

「知らんのか? 盗賊団は体が資本と言われてるのを。」

「……ご苦労さん。」


 細いやつでも、皆固そうな筋肉で身を包んだ若者だ。年寄りでも四十代ぐらいだろうか、クレフも三十代に見える。きっと彼等の足腰は毎日仕事で鍛え上げられるのだろう……真っ当な仕事ではないが。


「まぁ、そういう意味じゃ自警団や国軍も同業みたいなもんだな。」

「いや、それはおかしい。俺が知りたいのは真っ当な方の奴等の動きだ。魔界の様子、把握してるのか?」

「最近、魔獣の被害が多いのは把握している。それでてんやわんやみたいで稼ぎ時だぜ?」

「……当てになんないから街で聞くよ。次で最後だ。」

「失礼なガキだな。それで?」

「魔術師についてどれぐらい広まってんのか、耳の早い連中の意見も知っとこうかとな。」


 ソルが盗賊団の面々を見渡しながら言う。焼けた街は大きい街とはいえ、最南東という辺境だ。何度か足を運ぶのはかなりの時間が要るだろうに、いち早く情報を掴みこの辺境にたどり着いている。

 微かな噂でも彼等なら知っていそうだ。そう考えたソルの質問に、クレフはニヤリと笑う。


「いい選択だな、クソガキ。自分の身分はよく考えた方が良い。魔術師ってのは西に現れた悪魔の秘術を使う人間と聞いている。これを聞きゃ分かるだろ?」

「……悪魔と間違うように広めてないか?」

「いつの世も人間様の嫌うのは変化なんだよ。飽き性の癖にな。」


 吐き捨てるように言うクレフの顔は苦々しい物。しかし、何処か達観した大人の様な説得力があった。

 確かにもう十年近く悪魔の被害は縮小している。そこに悪魔の秘術を使う人間と言われて素直に戦力アップを喜ぶ方が少ないだろう。どんなに良いものでも、心構えなく急な変化をもたらされても、普通は訪れるのは不安だけだ。


「んじゃ、俺達は引き上げるが誰にも情報を垂れたりしないでくれよ? クソガキ。」

「お互いにな、おっさん。」


 豪快に笑いながら、戦利品を担いで引き上げていく彼等を見ながら、ソルは手近な街を目指して空へ飛び出した。






 暗がりの中で、赤い炎が揺れる。苛立ちを隠そうともしないアラストールが、その揺れる頭髪を押さえて歩く。


「まさかアスモデウスまで出ているとはな。一月かけて往復してきたと言うのに出迎えさえ無しとは。」


 覚束無い足取りのアラストールは、ゆっくりとアスモデウスの部屋の椅子に腰かけて大きく息を吐く。


「ともかく、増大した強欲は剥ぎ捨てて来た。暫くは大丈夫だろうが……難儀だな。いっそのこと焼き尽くしてやろうか。」


 自身の内側に燻る感覚に、そっと炎を差し向ける。しかし、激しい痛みの為にすぐに止めることになった。悪態をつきながらアラストールはゆっくりと休む。痛みさえも感じるならばこの体の同調はかなりのものだ。すぐに完璧に彼の物になるだろう。


「全く、本当に難儀な物だ……」





「理不尽だな、全く。」


 廃城の廊下を歩きながら復讐の悪魔が呟いた。彼は今、命の危機を逃れてきた所である。


「喰えば喰うほど満たされなくなるのなら、喰わねば良いものを。」


 先程まで全身の口で彼を呑み込もうとしていた、暴食の悪魔・ベルゼブブの事を思いだし悪態を垂れ流して歩いていると、彼の前から一人の悪魔が白衣を揺らして歩いてくる。


「アスモデウス様? こんなところに何を?」

「おや、復讐ですか。私は同胞の後始末ですよ。腹が空いたなら食べて眠ればいい。」


 アスモデウスの言霊には他人の潜在意識に入り込む力がある。きっとそれを使って彼を満足させるのだろう。

 かつてその声をかけられた悪魔の一人が言うには、その声に従うことで甘美な快楽の様な物に浸れるそうだ。今まで痛め付けることで、恨まれたり憎まれたりする事を繰り返してきた復讐の悪魔には理解しがたい力だ。


「そうだ、私の手伝いをしてくれませんか?そうしたら貴方が喰われにくい様に守護しますよ。」

「命令しないのですか?」

「貴方が拒否しても代わりはいくらでもいますからね。そうでなくても、手伝いが減っても必要な餌が減るのですから、私は損をしません。」

「……お願いします。」


 全く性格の悪い悪魔だ、と自分の事は棚に上げて復讐の悪魔はアスモデウスをそう評した。


「具体的には何を?」

「力をつけやすい場所と、ベルゼブブの現在位置を教えましょう。その代わり、人間の子供を持ってきてくれますか?」


 笑いかけながらされた摩訶不思議な手伝いに、復讐の悪魔は首を傾げた。確かにアスモデウスは研究家だ。何かを集めてこいというのは分かる。しかし、人間の子供等集めても使い道がないのではないか。

 復讐の悪魔がその疑問をぶつけると、アスモデウスは少し嬉しそうに話し出す。


「そこまで礼節を保ちながら私と話そうとするのは、貴方で二人目ですよ。特別に教えて差し上げましょう!」

「ありがとうございます。」


 そんな性格をしていれば逃げたくもなる。復讐の悪魔は若干呆れながら耳を傾ける。


「そうですね……何処から話したものか……ふむ、貴方は契約をしたことがありますか?」

「契約ですか? 人間の何かを多く貰う代わりに手を貸してやらねばならない儀式……でしたっけ。」

「そうです、その様子では無さそうですが。あれの上を生み出すための研究ですよ。人間の肉体を貰います。」

「実体を得ると?」

「えぇ、そうすることで我々は外界の影響を防ぐ殻を直し続ける労力だけで生存し続けられます。万が一にも消滅したりしないように、ね。」


 人間との契約を元にした現象というだけで、復讐の悪魔からすれば嫌な物だがその恩恵は大きい物の様だ。少なくとも使える力は大きく上がるだろう。

 興味があるか、と問うアスモデウスに首を振って答えた復讐の悪魔は、人間の街へと飛んでいった。


 アスモデウスに人間の子供を渡し、復讐心を抱きそうな人物のいそうな村を教えて貰う。そんな繰り返しを続けていた頃だ。人間の村で復讐劇を拡げては潰し、更に復讐を招く事を繰り返した彼はいつしか名を得ていた。一人の男を焼いたその時、唐突に自分の意識とは関係なく頭に名前が浮かんだ―――アラストールと。

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