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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第二章 魔術師と獣人
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第二十五話

 潰れた入り口ではなく、窓から入ってきたアジスがシラルーナに何か放り投げる。緩く放物線を描き彼女の胸に落ちてきたそれは、シラルーナの魔方陣が作られた本。


「取り敢えずその左腕でも治しておけ。終わり次第、我が同胞の治療も頼む。」

「は、はいっ!」


 我に帰ったシラルーナがすぐにライの足を治療し始める。斧を降った際に酷くなった自身の傷よりもライの足が酷く潰れていたからだ。

 治療の開始を見届けたアジスは、仲間の死体から抜け出した虎型を向き直り構える。


「他より大きいな。まぁ構わないが。」


 此方に飛び掛かる怒り心頭の虎型をそう称したアジスは、姿勢を低くしてしゃがみその爪を力に任せて頭上の腹へ振るう。

 急に腹を斬られた虎型が、アジスを獲物から敵と認識したのか距離をとって低く構える。アジスの方も、今の一撃が思った以上に浅く成ったことでこの虎型の評価を少し上方修正した。

 一方、離れたシラルーナ達の元に数人のベテランが近づいてきた。負傷者にてきぱきと治療を施し始める者や、周囲を固めて虎型が万一此方に来ても問題ないようにする。


「間に合った……とは言い難いか?」

「いえ、全員生きてるんで大丈夫ですよ、先輩。」


 気まずげな彼等に、問題ないと笑うライの顔は僅かにひきつっている。足の痛みは堪えきれる物では無いのだろう、その様に彼等は気遣わしげな表情で頷くしか出来なかった。


「そちらの魔術師殿もすまない。腕は大丈夫か?」

「ライさんに比べたら全然。なので、お気になさらないでください。」


 既に治療班の働きに任せて休んでいたシラルーナは、ややぼんやりとしながら頷いた。どうやら少し魔力を使いすぎたようだ。


「しかし、アジス様が来たからにはあの程度驚異にもならんだろう。悔しいがあの方は格が違う。心配なのはこの水晶だな……」


 ふと空を見る彼が見たものは、空へ立ち上る光線。一瞬思考が停止し、すぐに動き出す。


「そ、総員衝撃に備えてっ……!」


 僅かに遅れて熱波が襲う。結晶が集落から無くなっており、肌寒さも同時に消えた。何か崩れると言うことも無かったが、少なくとも皆の心に不安を過らせた。




『フム、まるでこたえないか。【統制消失(コマンドロスト)】で放出の圧力を四方に散らして威力を弱めた? 魔獣が魔法を使うとは、流石に原罪の欠片だな。』


 戦陣から粗方回収したものを全て放出した為に、戦陣は今や角蛇の全身さえも収まっていない。これでは意味が無いだろうが、再展開するには魔力を使いすぎた。


『少々不味いな。』


 全身が焼け焦げた角蛇だが、その鱗の下は無傷なのだろう。飛ばした結晶で削った鱗の場所からは焦げた肉の臭いもあるが、未だに元気に動くことが出来る様だ。角蛇が、黒く染まりきった角を白く染める。


『これはさっきの?【具現結晶・防壁クリスタライズ・ウォール】。』


 黒い霧を吹き出す角蛇に、ソルは壁を創ることで応戦する。今これをくらえば、全身が焼けてしまうだろう。そんなのは御免だ。


『しかし、私の魔力も少ないな。少しでも節約、しないとっ?」


 地面に降り立ったソルの瞳から、魔力の奔流が消えた。それと同時に瞳の色も水色に戻り、こめかみに痛みが走る。


「くっそ、こんな時に……せめて戦陣から回収!」


 残っていた戦陣が消え、ソルに魔力が戻る。朦朧としていた意識が戻り、頭痛が軽減される。しかし、結晶の角がこめかみを侵食する痛みは消えなかった。


(不味いな、魔法に集中しにくい……今ここで変換効率が落ちたら、奴の焼けた鱗を貫ける出力が出ないだろ。)


 少しでも回復する時間の欲しいソルだが、それを許す角蛇ではない。その巨体に有り余る生命力に任せて、ソルに体当たりを何度も仕掛ける。ギリギリの「飛翔」で回避するソルだが、このまま続けばソルの魔力切れが早く訪れるだろう。


「あ~もう! 連戦は無いだろうよ!」


 ぼやくソルは痛む頭で必死に打開策を探る。

 口に飛び込んで中で暴れる?出来るなら嗜虐がやっているだろう。

 頭に取り付いて体力勝負?魔力は減らなくても体力で勝てるわけがない。

 地面に潜ってやり過ごす?その間自由になるこいつが危険すぎる。

 考えては消える選択肢。細かく逃げ続けるソルに嫌気が指したのか、角蛇が大きく息を吸い強酸の霧を吐く。大きく後ろに飛んだソルは、体勢を崩して手を着いてしまう。角蛇が口を広げた瞬間だった。


「オオオオォォォォーーーンン!!!」


 大きな遠吠えが響き、振り向く角蛇に掌底が打ち込まれる。頭を揺らす角蛇に向き直り、ラダムが構える。


「魔術師。少々複雑なようだが、今は共に戦おう。」

「……助かる。【具現結晶・付与クリスタライズ・エンチャント】、【具現結晶・武器クリスタライズ・ウェポン】。」


 ソルの瞳が紅く輝き、ラダムとソルに付与がかかる。更にラダムの爪を結晶によって大きくし、ソルには片刃の剣が創られた。

 ラダムが鋭く光る、結晶の爪を打ちならして呟く。


「……本当に規格外だな、魔術とは。」

「あの短時間で動けるようになる貴方が言いますかね? それ。」


 ソルも地味に結晶からの回収を分けてはいたが、死なないかと思うぐらいだ。なのにここに立って戦うと言うのだから、ソルの中で獣人の常識がまたひとつ塗り変わった。


「やるか、魔術師。」

「いつでもいいぜ、氏族長。」


 二人の前で、角蛇が立ち直り吠える。空気を裂く高い威嚇音が響き、三者が一斉に踏み出した。




 林の暗がりから続く這いずった跡。角蛇の大きな跡を撫でながらアスモデウスが溜め息を吐く。


「彼の力は終わってしまいましたか……あの怪我では嫉妬の魔獣も長く持たないでしょうし……里の者も小物の邪魔のせいで趣が変わってしまいました。残念ですが、ここではもう収穫は無いですかねぇ。」


 遠くを見ていた目を戻し、彼は翼をはためかせて飛び立つ。その方角は魔界。一度今までの記録を整理する為だ。


「こんなところで果てないで下さいね、モナクスタロ。貴方は私の研究対象にまで上り詰めたのですから。孤独の貴方が何故魔人となって消えていないのか……実に興味深い。」


 妖しく光る赤い瞳は、その視線を魔界に戻し飛んでいった。




 しなる漆黒が空を裂いて唸る。ラダムの爪がそこに置かれ、逆らう力で強く切りつける。具現結晶・付与クリスタライズ・エンチャントによって逆らう力をかけても壊れることなく、ラダムの体は爪を押し込む。異なる感覚にすぐに動きを合わせたラダムは、深い傷を残しながら攻撃を避けていく。

 尾を振るう角蛇の首は無防備だ。ソルにはラダムの様な技術もセンスも無いため、「飛翔」の力も加えて剣を力任せに刺す。その傷から吹き出る血液は結晶化させて拡散させる。大きな抉れた傷を残し、ソルは大きく回避する。


「氏族長! いつまで持つ?」

「今日は調子がいい。よく集中できている!」

「まだ大丈夫そうだな。」


 一撃でも貰えば、ぼろぼろな彼等の体はもう起き上がれない。一見優勢な戦闘も、その実危うい綱渡りだ。

 致命的な隙。それがいる。何か決定打を打ち込める隙。作るには二人とも手一杯な状況では無理がある。ソルの牽制とラダムの技術があればこそ成り立つ均衡は崩せない。


((待ち続ける。この勝負、隙をさらした方が狩られる!))


 決定打を持つソルたち。一撃で仕留められらる角蛇。

 体力を消耗した角蛇との均衡は先が見えない。負けるとも分からないが勝つとも言えない。しかし、賭けの要素にしてはあまりに危険だ。均衡を崩したいのは三者共だった。


「【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】! 氏族長、集落の方はどうなってる?」

「分からん。だが、アジスが行ったからには心配要らん。援軍は望めるか分からないが……」

「そりゃぁ残念。」


 ソルの剣が振るわれ、角蛇が身をよじり避ける。すぐに舌が突き出されるがラダムが掴みに行く。それで一度手痛い思いをした角蛇は、ソルに届く前にそれを戻す。

 ラダムがその勢いで胴体に爪を入れれば、すぐに強酸が吐かれる。ソルの結晶がラダムの前に現れ、結晶の前の地面はドロドロに溶けた。


「助かったよ!」

「そちらもな。」


 あまりにも終わりの見えない攻防に嫌気が指したのか、角蛇がいつの間にか黒く染まっていた角を再び白く染める。

 大きく口を開けて黒い霧を吐く角蛇。無数の裂傷を負った今、魔獣の生命力でもなければ動くことさえ難しいだろう。


「いまだ! 息止めろよ、氏族長! 「突風」! 二連【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】!」


 ソルの魔力が魔方陣を描き出し光輝く。吹き荒ぶ風が黒い霧を飛ばし、その向こうに大口を開けた角蛇が見える。

 毒々しい赤の口内へ一直線に飛ぶ結晶は、二つ。先に小さな結晶が、角蛇の喉に叩き込まれ、黒い霧を止める。間髪いれずに口内に侵入した大きな結晶が顎につっかえ、閉じて飲み込むことも防ぐ。


「やっちまえ、氏族長。拡散!」


 大きな結晶の一部がはじけ、中から閃く結晶が一閃する。柔らかい口内から口を裂かれ、真っ赤な血が迸った。

 深く避けた角蛇の顎はもう閉じられない。残った結晶も弾け、中からラダムが姿を見せた。


「去らばだ角蛇。」


 ラダムの貫手が口蓋から脳を貫く。高い悲鳴が響き、角蛇が地面に倒れ付した。倒れる角蛇から飛び降りたラダムがソルの横に着地する。


「……色々と聞かせて貰いたい。」

「後でな。今は少し無理だ。」

「そうか、俺もだ。」


 疲れはてたラダムと、魔力の切れたソルが倒れる。終わりを告げた死闘の果てを、夕陽が淡く照らしていた。

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