第二十三話
「何っ! 集落が?」
「アハハっ! 間に合ったねぇ。今回のゲストは虎型の魔獣さん、十二頭でぇーす!」
「ちっ!」
「行かせないよ?」
蛇型の尾がラダムの前の地面を叩こうと振り下ろされた。しかし、ラダムはその尾を払うことすらせずに加速して進む。
「はぁ? 面白くないの。いいよ、それなら僕が自分で邪魔したげる。」
「くっ、分が悪い!」
蛇型に阻まれて動けないアジスを尻目に、嗜虐はラダムへと迫る。悪魔の接近に、構えをとるラダムに嗜虐の魔法陣が光を放つ。
「【統制消」
「【具現結晶・狙撃】。」
嗜虐に向けて鋭い結晶が飛来し、嗜虐の集中がそれる。集っていたマナが霧散し、魔法が発動しない。
「この結晶! モナクスタロか、邪魔すんなよ!」
「あれはあのときの!」
「おー、犬のおっさん……でいいのか? ラダム士族長も、角蛇と蛇型を任せていいか? これは俺が貰うから。」
結晶の武器を創りながら、ソルが嗜虐と向き合った。
また一頭の虎型が倒れ、獣人の叫ぶ声が響く。
「怪我人、疲労した者は下がれ! お前は隣の班の若いのと交代!」
「先輩、もう行けます!」
「よし、あっちの爺さんと代わってやれ。」
倒れた四頭は邪魔にならぬようにどかされ、獣人達は人員を入れ換えながら迎撃する。元々がギリギリで怪我人も出ているため、休憩はほんの僅かに数人出来る程度だが、一切の休息のない魔獣相手に少しずつ優位性が出てきた。
「怪我人は此方へ! 回復します!」
シラルーナも危なそうな場面には援護をしつつ、今は治療を出来る余裕も出てきた。しかし、魔力の残りが少ないのが辛いところだ。
そんな時だったから気づけなかったのだろう。物音にシラルーナが振り返った時には、既に十一頭目の虎型が牙を開いていた。
「っ!」
丈夫なローブを貫いた牙が、シラルーナの細い腕に刺さる。赤い血が走って、空気中を彩った。
「「鎌鼬」ぃ!」
咄嗟に放った魔術は、虎型の顔を掠めて血を飛ばす。ダメージにさえならないような傷だが、怯んだ虎型がシラルーナの腕を噛み千切るのは防げた。
「シラルーナちゃん!?」
誤射でも被害になりにくいようにした援護ではなく、殺傷性の高い魔術が飛んできた事に驚いたマカが振り向いて異変に気づく。
「で、伝令! 集落内部に二頭います!」
「何!?」
いつから潜んでいたのか、後方からの襲撃によって防衛戦が崩壊した。
乱戦。怪我人を抱えた獣人の方が気にする対象が多いため少々不利だ。どこから来るか分からない魔獣に神経を磨り減らす。既に疲労の色濃い先頭の獣人達は、休むことさえ出来ずになけなしの体力で戦場に立ち続けた。
「シラルーナちゃん、無事だった?」
「ライさん。私は大丈夫ですけど、怪我をした人達が……」
「それなら僕が運ぶから任せといて。ライ、シラルーナちゃん頼んだよ。」
マカが数人の休憩していた仲間と共に、重傷者を集落の奥に運ぶ。集落から飛び出した虎型達は、ベテランの獣人によって既に戦闘に入っている。
「後八頭か……今ので何人かやられたし、耐えきれるかな……」
「わ、私も頑張りますから。」
噛まれた腕を簡易的に縛って止血したシラルーナが、ライの袖を掴む。随分と弱々しい励ましだったが、ライにはそれでも十分だった。
マカが協力者を連れてきて、自分はアジスに怪我を負わせた。負けん気の強いライには、自分に散々心配をかけたマカが自分のフォローをしている様で嫌だった。その上、今は自分より小さな彼女が戦場に立っている。
シラルーナに一言言われただけで、逃げ出したい気持ちなど吹き飛んでしまった。マカにも、彼女にも絶対に負けない。強くそう思う。
「私も張り切っちゃうよ! 援護よろしく!」
「は、はい!」
シラルーナの魔術がライを包む。風を纏ったライが軽やかに爪を振るっていく。倒せはしない。大きな傷も残せない。けれども一陣の風となった彼女は戦場で多くの注意を惹き付ける。
「今だ! 押し返せ!」
死角となる背後が分かりやすい虎型に、他の獣人が襲いかかる。先程まで逃げ腰だった者達も、活気づいた周囲に圧され次第に勢いづいていく。
「えー、ライばっかしずりぃ~。僕にもかけてよ、シラルーナちゃん。僕も走るのは得意なんだぜ?」
「分かりました。気を付けてくださいね、思うより速くなると思いますから。」
「へーきへーき。任しといて。」
戦場を駆け回る風が二つとなるのに、そう時間はかからなかった。背後からの奇襲は乗り切った。戦場は再び拮抗した。
「【統制消失】。切り裂いてやるよ! モナクスタロ!」
「嫌だよ、普通に。お前が斬れろ!」
剣の抵抗力を消失することで、ソルの結晶さえ安く切り裂く嗜虐に、ソルは結晶を飛ばすことを諦めて剣を構える。
剣ならば斬られても強引に当てに行ける。此方も斬られないように注意しているため、両者なかなか攻めきれない現状が続く。
「はあっ!」
飛び回るソル達が地表に近づけば、ラダム達の声がその耳にも届く。風を纏ったラダムは、あの角蛇相手に劣らない戦いを見せている。攻めることは出来ずとも、あの猛攻を完全に殺しきっている。
アジスも蛇型を圧倒している。【統制消失】の抑制力を消す力によって理性が消えた蛇型は正に狂戦士の様だ。しかし、既にラダムの猛攻に曝されボロボロの体で無理に暴れるだけでは、アジスにあしらわれ切り裂かれるだけである。
「結晶の! 此方は直に終わる。手助けはいるか?」
「士族長はいいのか?」
「下手に手を出すと邪魔になる。お前はどうだ!」
「空を飛べるならお願いしたいけど。それよりは、シーナを頼む!」
地表すれすれで攻防を繰り広げる二人に、アジスが叫ぶが却下される。アジスも端からわかっていたので、軽く頷き了承する。
既に虫の息の蛇型に、アジスの牙が突き立てられ首が嫌な音を立てる。蛇型はそのままにおいておき、アジスは集落の方へと加勢に走る。
「僕を前にした時は僕だけ見て怯えてろよ!」
「何処に怯えるだ? 歪んだ性癖か?」
「ハハッ、なにそれ。欠片も面白くないっての!」
嗜虐の剣が次々と振るわれる。しかし、相手はソル。「飛翔」を得意とする魔術師である。その間合い管理は今まで嗜虐が相手をして来た飛べない相手とは格が違う。
「あー、もう! 飛ぶなよ! 反則でしょ、それ!」
「鏡見てから言ってろよ!」
苛立ちを盛大に全身で表す嗜虐を、ソルの片刃の剣が捉える。今まで嗜虐にとって空中は安全地帯だったので、相手を煽るように感情表現が大袈裟なのだろう。しかし、その癖はただの隙でしかない。
「痛いなぁ! 何で君が攻撃するの? 君で遊ぶのが僕のする事なのに!」
「言ってろ。【具現結晶・狙撃】。」
放つ結晶は真っ直ぐに嗜虐に迫る。そのすぐ後を突撃するソルは剣を前に突き出す構えを作った……作りきっていた。
「二名様ご案内~!」
「えっ?」
嗜虐の嬉しそうな声と共に、周囲が黒い霧で包まれる。角蛇の角がみるみると白く戻る。
「【統制消失】。なんか溜めてたから早めに使って貰っちゃったぁ~。巻き添えとか嫌だしねぇ~。」
自分の意思とは関係なく暴発した霧に、無茶な動かされ方をした角蛇さえ僅かに苦しむ。その霧はラダムとソルを飲み込み、すぐに二人に収束する。そこから出て来た二人を見て、嗜虐は舌を出して気持ち悪そうな顔をした。
「もしかしたらと思ってたけど、それ嫉妬の力? 同じ傷っていっても君の生命力と彼らじゃ段違いでしょ。えげつなぁ~。」
自分のやったことを棚に上げて批判する嗜虐。
地面に横たわる二人はそれほどにひどい有り様だった。魔獣の放つ魔法だからか、シラルーナの魔術に守られたラダムは未だに動ける様だ。しかし、抉れた右目が見えることは恐らく二度と無いだろう。
問題はソルだった。霧を吹き飛ばさない【具現結晶・付与】では、防げなかったのだ。ラダムより遥かに深く抉れた右目は赤い血が凄い勢いで溢れだし、全身の裂傷が更に出血を増大させる。
「酷い怪我だねぇ~。凄く痛そうだ。僕ならこんな死にかたしたくないなぁ~。」
宣う嗜虐に、角蛇が大口を開けて襲いかかる。牙を剥き出して迫る顎に、魔法陣の光が映える。
「【統制消失】ぉ~。はい、顎外れきって閉じれない~。ざぁ~んねぇ~んでーした~!」
ついでとばかりに地面の摩擦を奪い去り、角蛇を転がしておく嗜虐。その頭を踏みつけたまま、ピクリとも動かないソルに愉しそうな嗤いを向ける。
「ねぇ。この辺りだと貴重だろう? その傷に塩贈ってやろうか? それとも拭き取る? 土しか無いけどね!」
愉しそうに嗤う嗜虐に、嫌悪を込めてラダムがにらむ。それさえも嗜虐には堪らない。
「いいね! 凄く美味しいのに、自分と違って他人に嗜虐心を抱かせるのって大変なんだ。でも、今は君から感じ取れるよ! ご馳走さまぁ~。アハハっ!」
「悪魔めっ……!」
既に立ち上がっているのも辛そうなラダムに、嗜虐はゆっくりと魔法陣を向ける。愉しそうな笑みにラダムは背筋の毛が逆立った。
「そんなに心配なら、恩人君で遊ぶのは君がしなよ。攻撃性と理性のブレーキ外して上げるからさっ!」
「止、めろっ……!」
「嫌だよぉ~。【統制消」
『【具現結晶・戦陣】、及び吸収。』
壁が、床が、柱が。
剣が、槍が、鎚が。
辺り一帯を膨大な魔力が結晶となり覆い尽くす。それに触れる全てのエネルギーを遠慮なく奪い取る。独りの存在以外を平等に。
魔力が、熱が、一切を奪い尽くして行く結晶から、唯一そのエネルギーを与えられて、立ち上がる者。
『私こそが最大の最小単位である孤独だ。雑多な物が粋がるなよ?』
バンダナを引き裂いた大きな結晶の角が、太陽の光を受けて煌めいた。




