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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第二章 魔術師と獣人
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第二十一話

「なんだよ、これ……」


 誰かが呟いたその言葉は、その場の全員の気持ちを代弁していた。ボスの知人の纏める里。最も近いと言うこともあり、交流もあったそこは、今や無惨な形になっていた。

 建物は辛うじて残っているが、焼けた里は生き物の気配を完全に絶っていた。


「一体何が?」

「ここに来れば大丈夫だったんじゃないのか!?」

「ママ、お腹空いたよ。」

「敵は!? これをやった奴はどこだ!」

「くそっ、アジス様達はまだ戻らないのか!?」

「暮らす場所がねえと魔獣どもの餌食じゃねえか。」

「周囲が草原だ、防衛力がない拠点は不味いだろ!」


 騒ぎの増す獣人達は、若い者が多く収集がつかなくなっていった。戦闘班のベテランは離脱のタイミングが遅く、まだこちらに合流できていない。それに、今はまだ昼を過ぎた頃。戦闘班は魔獣を寄せている真っ最中だ。

 子供の泣き声や、大人の怒号が飛び交う中で疲労から徐々に腰を下ろすものが出始める。連れてきた家畜達も、各々が場所を見つけては座り込む。


「ちっ、どうなってるんだ。魔獣は増えるし、里は追われて根無し草になるなんて。」

「ボスの判断が間違ってたんじゃないか?」

「おい、滅多な事言うなよ。後で睨まれるぞ。」


 良くも悪くも実力主義の目立つ獣人達。若い者はラダムが実際に戦う姿を見ない者も多い。不可抗力に近くとも、現実に里を追われた彼等の中でラダムへの疑心感が芽生えていた。




 血の臭いが漂う林に、ふわりと白衣の男が降りる。


「おやおや、貴方にしては珍しい。所詮欠片、ということですか?」


 右目の周りが抉れた角蛇は、猿型の魔獣の物量に押されてその鱗も多く失い、出血と低体温によりぐったりしていた。

 僅かに顔を上げた角蛇は、その男から少し距離を取った。


「やれやれ、そのような元気があるなら速く傷を治してください。遂に彼が現れたのですから。それに、この里に居たもの達にも美味しい者が出てきましたしね。」


 そう言うと彼、アスモデウスは周囲の溶けた魔獣達を見渡して顔をしかめる。蛇型は既に去っている様だが、この分では無傷では無いだろう。


「しかし、派手にやりましたね。少し臭う。不快です。」


 特徴的な山羊の角を撫でながら、アスモデウスは角蛇に向き合う。嫉妬の魔獣。我が友の欠片。


「仕方がないですねぇ。少し助力してあげますよ。力を変えなさい、与える方へね。」


 アスモデウスが角を撫でると角蛇は僅かに身動ぎし、瞳を閉じる。


「そのまま眠るのですか? 礼儀も教えるべきですね、レヴィアタン。」


 身を翻したアスモデウスは翼を広げ、夜の近付く空へ飛んでいった。




「……まぁ、こうなるとは思ったけどね。」

「ソルさん……どうしましょうか?」


 シラルーナ達と合流したソルが、気絶した三人を運んで来たのは夜になってからだった。強い月の光が出ているため夜でも輪郭位は見える。夜目のきく獣人ならばきっともっとはっきり見えている。

 つまり、自分達のボスや仲間が血塗れで人間に連れてこられたのが、だ。当然、見えなくても威嚇されていると分かる位唸られている訳で。


「よりによって説明できる奴が全滅って言うね。」

「僕が説明してくるぜ?」

「あの状態の彼等を説得する影響力持ってんの?」

「……力不足です。」


 すばしこく、センスのあるマカとライだが群れの中ではかなり若輩者の部類。先輩の中には、話すら聞いてくれない者も要るだろう。


「仕方ない。俺はその辺で寝とくよ。マカ、シーナ頼んだ。」

「良いのか? そんな簡単に。」

「何かあったら許さないからな。マカなら防いでくれると信じてる。」

「あんなの見せた後に、んなこと言うかねホント。」


 嫌な顔をしたのはなにもマカだけでは無かった。


「ソルさん一人で外に居るんですか?」

「だって、三人を助けられるのお前だけだろ?」

「ソルさんは怪我してません?」

「この三人前に怪我人とか言えねーって。というか、シーナだって魔力ギリギリだろ?」


 むしろ三人とも満足な治療は出来ないだろう。魔術以外の治療方法をよく知らないシーナには、せめて危険でない状態に保つことしか出来ない。それも持って数時間。あまり悠長にしてはいられなかった。


「……分かりました。ただし、ソルさんも安静にしててください。」

「ん? ソル怪我したの?」

「さぁね?」


 これ以上何か言われる前に退散するソル。なんだかシラルーナが随分と色々言うように成ったなぁ、と感じるソルだった。




 朝日が差し込み、その光が艶やかな毛並みを照らす。

 光の中で、瞼が持ち上がり瞳が顔を覗かせた。


「……ここは、廃屋、か?」

「目が覚めたようですね、ボス。」


 隣から聞こえた声に振り向けば、簡素な寝具に寝かされているアジスがこちらを向いていた。右腕に巻かれた包帯が痛々しく、思わずラダムは眉を潜める。


「このまま目を覚まさないかと思いましたよ。右腕に肩の怪我、胴体と顎も一部折れてたみたいですよ。良く動けましたね?」

「……お前は大丈夫なのか? 他の者は?」

「起きてすぐに働かさないで下さいよ……はっ!負傷者5名、軽傷者28名、行方不明及び死者4名、帰還者1名、総員37と1名確認済みです。」

「そうか……4名、か。」

「あれ相手なら大健闘と言った所でしょう。」


 蛇型が潜む林の中で大規模な猿型の群れと戦闘、更に角蛇の捜索も合わせて行う人員が37名。確かにかなり部の悪い任務だった。ラダムもせめてこの倍はいれば……と考えたものである。


「しかし、随分と傷が浅いな。」

「それは協力者が居まして。命の危険があるものから一晩中かけて治療したと聞いています。」

「一晩で、だと?」


 もう一度自分の体を見るラダムは怪訝な顔をして問い返す。朦朧としてはいたが、少なくとも一月二月は治らない傷に見えた。それが今や傷痕と読んで良い状態になっている。


「……協力者というのはマカの連れか?」

「はい、魔術という魔法に似た力を使う者です。隠れて実践して見ましたが、道具さえ揃えば我々にも使える物でしたので魔法では無いでしょう。」

「そうか……本人に聞く方が早そうだな。協力者は?」

「彼女なら眠っています。魔力がどうとか言っていましたが……マカも良くわかっていないようでした。昼には起きるようです。」

「ではそれまでに出来ることをするか。」

「今は休むことですよ、ボス。」


 アジスに先手を打たれて起き上がるタイミングを失ったラダムは、大人しく傷を癒すことに専念した……昼までは。



 昼を過ぎた頃、食事を取ったラダム達の元にマカがやって来た。アジスが定期的に連絡を寄越すように言ったからだ。


「ボス! 目覚めたんですね。」

「お陰様でな、助かった。」


 ラダムが礼を述べた事で恐縮してしまったマカに、アジスが経過を聞く。その声に姿勢を正したマカが、口を開く。


「はっ!彼女もライも、今は安定しています。他の重傷者の皆さんは意識を取り戻しました。今朝から死者は増えていません。医療班の見立では峠は越えたと。」

「そうか、ご苦労だった。今は皆どうしている?」


 ラダムが訪ね、アジスも聞く姿勢を作る。目覚めてから起き上がれていない二人が廃屋の外を知ってはいない。


「……戦闘班の人達で、軽傷者の皆さんは巡回中です。若いのも加わっていますが……一部、姿が見えません。それと、食料はともかく家がありません。」

「なに? ここはあいつの集落だろう?」

「焼けていました。生き残りは遠出していた者達数名。襲撃は一月近く前、消えない炎を操る悪魔だと……」

「……そうか。」


 どうやら未だに混乱は収まりを見せないらしい。しかし、ラダムやアジスの眠っている間に、大きな問題は起きなかった様だ。


「彼女の持っていた物で魔術の治療が出来てます。簡単な物らしいですけど、後数日で良くなるようなのでそれまでは任せて下さい!」


 若干、必死さが先行している感じはあるが先輩達も居ることだし大丈夫だろう。あと数日ならば問題無い。むしろそのあとが問題だ。


(あの蛇達はどうしたものか……再び来ないとは限らない。今のうちに対策を練らねば。)

(炎を手繰る悪魔か……あの水晶をばらまいていた魔術師を名乗る少年も気にかかる。ボスの気苦労が知れるな。)

(なんか荒れてる奴も多いし、しっかりしねぇと。ソルの奴、もしなんかあったら許さねぇらしいし。)


 三者三様の懸念事項を胸に抱えて、日々は過ぎていった。




 あれから四日が過ぎた。怪我の癒えたアジスが活動を始めた為、昨日頃から集落の復旧作業は良く進んでいる。

 やっと立ち歩いていいと言われたラダムが集落を歩いているが、確かにその有り様はかつての友の里とはうってかわっていた。


「あ、ボスだ!」

「ヤバッ! 私、ちょっとあっち手伝ってくる!」

「ライさん? 何で急に……」


 騒がしい一角に目を向けるとちょうど走り去るライが見える。大方、勝手に行動した事を咎められるのを嫌ったのだろう。アジスが叱りに行ったと聞いたのでラダムが言うことなど残っていないと思うのだが、本人はそう思わなかったようだ。

 誰もいない裏道だからか、マカが周囲を警戒しながらラダムに寄ってくる。後ろを着いてくる少女が協力者だと察したラダムがまず先に挨拶をした。


「ここの士族長をさせてもらっている、ラダムだ。今回は世話になった。礼を言わせてくれ。」

「いえ、此方もお願いを聞いてもらいたくてやっていることなので、気にしないで下さい。」

「そうか。俺の出来る範囲でいいのなら、是非聞かせてくれ。」


 ラダムがそう言った時だった。ラダムの後ろから獣人の一団が出て来て三人を取り囲む。


「それは出来ないな? ラダム。」

「お前ら!ボスになに言ってんだ!」

「マカは黙っとけよ。俺達はラダムに言ってんだ。」


 ここ数日姿を見せなかった獣人達は、爪を出して牙を向く。その矛先をラダム達に向けながらリーダーなのか、先頭の男が叫ぶ。


「今から、無能な頭の追放を行う。二度と帰れないようにしてやれ! そっちの余所者のガキは身ぐるみ剥いで遊んでやれ。マカも邪魔するならのしていい。」

「ほう? 見境ないと?」


 ラダムの瞳が捕食者の光を帯びた。

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