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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第二章 魔術師と獣人
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第十九話

「ボス、戦闘班の準備、完了しました。避難の準備も直に終わります。」

「そうか、ご苦労だった。」


 既に皮鎧を纏い、準備を終えたラダムのもとにアジスが訪れる。

 アジスが顔をしかめながらラダムを見る。


「ボス、本当に行くのですか?」

「当たり前だ、この程度の傷は問題ない。それよりも同胞の危機が最優先だ。」

「しかし……」


 いいよどむアジスを押し退けてラダムが家屋をでる。その力強い足取りになにも言えなくなったアジスは、黙って後を着いていくことにした。


「ボス! 私も戦闘班に加えてください!」

「ライ! お前はいつの間に……」

「ダメだ。」


 アジスの小言を遮り、ラダムはライの申し出をバッサリと切り捨てた。その視線は包帯のとれていないライの足に固定されており、断った理由は明白だった。


「もう走れます! 足手まといには成りませんから!」

「……そんなにマカが心配か?」

「っ!」


 今回の戦闘班は年のいったベテランが多い。目的は足止めであり、例え指示が無くてもすぐに退ける経験と実力がいる。

 経験が浅く、マカの事で気をとられた怪我人では、とてもでは無いが連れていけないだろう。


「彼ならばきっとここに帰って来るだろう。しかし、ここに誰もいなければ奥の里に移動できる筈だ。」


 奥の里。彼等の同胞の暮らす里だ。ここから離れた森の中に同じように作られている。魔界からも離れるルートではあるし、避難したい旨も伝えた。了承は貰っていないが、待っている時間も無い。顔馴染みであるし、無下にはされないだろうが。


「お前は避難していろ。マカを迎えるのに、お前がいなくては顔向けできないだろう?」

「分かり、ました。」


 顔を俯かせながら避難する集団に紛れるライを見ながらアジスが言った。


「分かっていませんよ、彼女。それに、話の限りではマカの生存は……」

「だろうな。若いうちは割り切れるものじゃない。だが、信じたい気持ちも分かる。」

「だったら、どうします?」

「警戒班に伝えてくれ、保護対象も含むとな。」

「はっ!」


 去っていくアジスを見つめながら、ラダムは「俺もそうそう割りきれんよ」と微かに呟いた。すぐに顔を上げた彼に、先程の弱々しい顔は無く、集団を率いる強い目をしている。歩を進め、息を吸い込んだ彼が、その声を響かせる。


「オオォォォォーーン!!」


 その遠吠えが空気を震わせたのを合図に、戦闘班が駆け出した。次々と林に繰り出す彼等の最後を走り、ラダムが声を張り上げる。


「行くぞ、我が同胞よ! その牙で驚異を引き裂け!」


 ラダムの声に同胞の咆哮が四方から答える。今は見えぬ角蛇が潜む林が大きく揺れ動いた。




 木々が倒れ、葉が舞い散る。地を駆ける獣人達の声がそこかしこから響き、鮮血が飛ぶ。


「そっちに行ったぞ! 三匹だ!」

「くそっ、先日まで逃げ回ってたくせに!」


 猿型の魔獣が木から木へと飛び回っては、獣人の集団を襲う。蛇の気配に怯えていた頃と違い、急に襲うようになった魔獣はその爪で獣人に傷を残す。


「そっちは!?」

「二人やられた。自力で撤退は出来そうだ。」

「蛇さえ会ってないってのに、きりがないぞ!」


 林に数人ごとに散った獣人達は、魔獣を引き受けることで避難を援護する戦闘班だ。襲われるのは作戦が上手く進んでいる証拠ではあるが、ここまで数が多くなるとは思っていなかった。

 ふと、獣人の背後が暗くなり、振り向いた先に爪が走る。顔に深い傷が入り、また一人倒れ付した。


「なっ、大きい!」

「魔獣の群れのトップか……?」


 角蛇、蛇型二頭、更に猿型の群れ。いつ襲われるか分からない戦いは、徐々に彼等の神経を蝕む。そのなかでの大猿の出現は、いつもの何倍か絶望的に感じた。


「……小型をやれ! 大猿は俺が相手をする!」

「アジス様っ!」

「はっ! 御武運を!」


 魔獣の密集地にアジスの部隊が合流して、アジス本人は大猿と対峙する。大猿は、アジスを敵と定めた瞬間には既にその太い両腕を叩きつけている。


「遅い。ボス程では無いが、俺も易い相手とは思うなよ?」


 背後に回り、蹴りを入れて距離を取ったアジスが、大猿を引き付けて走り出す。本来なら蛇に挑もうと思っていただけに少し焦りはあるが、今は目の前の驚異から片付けるべきだ。大局を見すぎて目先の部下を救えなくては、またボスに悲しい顔をさせてしまうだろう。


(ばれてないと思っているのか、ラダムの奴め。俺達に格好付けすぎだ。気苦労ばかり増やすなよ、ボス。)


 ふっ、と笑ったアジスが足を止めて大猿に向き直る。

 生き物の気配が去った場所に、圧倒する勢いで突進する大猿を睨み付けて口を開く。


「ワオォォォォーーーン!!」


 その咆哮に込められた思いは、覚悟。

 殴りかかる大猿を待ち受けて、爪を置く。刻む力は相手の物。自分は体を壊さないように運び続ける。ラダムが獣人の体になってから編み出した対大型魔獣用の戦闘術。最も身近に居続けた彼は、自己流に直しながらそれをやってのける。

 出来る。覚悟が確信と共に作戦へと変更されていく。アジスの中でこの戦いが予定調和へと織り直されていく。


「俺を越えられると思うなよ? 魔獣共っ!」




「……見つけましたっ!角蛇です!」

「来たか。ご苦労だった。」


 林の中心にて体を休めていたラダムの元に、数人の部下が走り寄る。その警戒班の報告を聞いたラダムがゆっくりと立ち上がる。

 その足下に散らばる猿型の魔獣を避けて進み、ラダムが方角を訪ねる。

 答えた警戒班を休憩の後に蛇型の捜索に行くように命じ、ラダムが駆け出した。駆け抜けた先には既にもぬけの殻となった里の残骸。昨日までの平穏をうち壊したそれに、牙を剥き出したラダムが唸る。


「肩慣らしにも飽きてきた所だ。存分に楽しめ、角蛇。」


 首に降りて、爪での一閃。治りかけた傷が再び切り開かれる痛みが、角蛇に悲鳴を上げさせる。角蛇がその首を振るう頃には、ラダムは地を踏み締めて立っていた。


「来い、角蛇。せめて俺達に牙を剥いた事、後悔させてやる。魔獣に後悔が出来ればな。」


 ラダムの爪が、光を反射して輝いた。




 いつもは安心する林の薄暗さが、今は不気味に感じられる。先程まで一緒にいた避難者は、そろそろ林を抜ける頃だろうか。林中の魔獣は既に戦闘班に引き付けられており、彼等の負担を考えれば胸が締め付けられるようだ。しかし、そのおかげで避難者は無事に奥の里までたどり着けるだろう。


(私も皆と行けば良かったかな……いや、そんな事じゃダメだ。マカはあの時もっと震えてた。)


 今ではお調子者のマカも、小さいときは後ろにいてばかりの臆病者だ。それなのにあんな風に走っていって、どうするつもりなのか。


「絶対なにも考えてないし、あのバカ!」


 無理やり叫び声をあげて怯えを隠す。自分さえ誤魔化せれば、魔獣のいない林は簡単に過ぎることが出来る。

 ……魔獣がいなければ。


 唐突に開けた場所に出たライの目の前は壁。いや、それは毛並みに覆われた背中。


「ライ!? お前、よりにもよって……!」


 アジスの声と共に強い衝撃が伝わる。背中で木にぶつかると、肺のなかの空気が粗方出ていった。

 目の前に佇むのは、傷だらけの大猿。振り切った腕を戻しながらライに向き直る目には嘲りと余裕が浮かんでいる。


「うぅ、マ、カ。」


 ゆっくりと起き上がるライに、振り下ろされる腕が勢いを増す。

 林に、不釣り合いな赤が宙を舞った。




 赤。舞い散り、地面を染める。

 緑。払われ、暴れては静かに落ちる。

 一瞬の静寂、再び轟音。林の中で行われる戦いに、常人の入る余地など欠片も無い。

 宙を舞った鱗が地面に刺さり、大きな体躯が小さきを払う。角蛇とラダムの戦いは一進一退の攻防だった。攻撃せずとも傷がつけられ、攻撃しても傷がつく。ラダムの技ある爪と、角蛇の硬い鱗は自身を守りながら互いに傷を残していった。


(不味いな……このまま続けば、まず間違いなく体力のあるものが残る。そして、それはあの巨体を誇る角蛇だ。受けきるくらい出来ると思ったが……想像以上に重い。)


 時間は稼げては要るだろう。しかし、あのようなかすり傷をいくら増やしても、奴は追ってくるだろう。せめて面倒な敵だとは認識させたいラダム。攻撃の手を緩めるわけにもいかず、その体は更に酷使されていく。

 一方の角蛇も攻めあぐねていた。どんなに襲おうとも、どんなに潰そうとも、するりと抜け出ては爪を這わせてくるラダムに、隙が出来ない事に腹を立てていた。

 きっかけ。ほんの些細なきっかけを四つの瞳が伺っていた。


「ぐッ!?」


 何度目か分からない、その攻防に変化が起きた。全てを受けきれないその重量が、ついにラダムの右腕の傷を開かせた。流しきれずに残りの衝撃はラダムを吹き飛ばし、崖に叩きつける。

 やっと訪れた変化。しかし、角蛇は欲をかいた。更なる変化を求めた角蛇の次の動きはその大口を向けること。そこから飛び出す細く鋭い舌。


「間違えたな、角蛇。」


 痛む体を僅かにずらしたラダム。心臓ではなく右肩を貫いたそれをしっかりと掴むラダムは、その舌が戻る勢いに連れられて角蛇の顔へと跳んでいく。


「オオォォォーーン!」


 遠吠えが響き、牙が食い込む。角蛇の右目が深く裂け、大きな悲鳴が細く空気を裂いた。

 些細なきっかけをつかんだのは、ラダムだった。しかし、痛みにのたうつ角蛇から数回跳んで離れたラダムもまた動ける体ではない。目玉を吐き出したラダムは、退路を探る。それが幸運だった。背後から舌が突き刺さり、地面を抉る。咄嗟に飛び退いたラダムは膝をつきながら振り向いた。その先に待つのは部下を殺した蛇の片方。


「新手、か。」


 背後で怒りに満ちた角蛇が、ゆっくりと起き上がる音が嫌に耳に響いた。

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