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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第二章 魔術師と獣人
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第十八話

「あいつ、俺の結晶を解除できる。いや、正確に言うと真似ている……?」

「どういう事だ? 解除と真似って全然違うだろ。」

「いや、そうでもないんだ。俺の魔力は、他の介入によって極端に力を減らされるからな。真似されたことで、不安定になって崩れたのかもしれない。」


 結晶は安定したバランスで、強固に結び付いているから存在できる。経験や記憶がほとんど一致していたら別だが、元々魔力は別の魔力に弾かれる。ソルは孤独の魔力特性であり、それはより顕著に現れる。


「それなら、途中から攻撃が通らなくなったのも……待てよ、どっかで聞いた力だな……」

「そうなのか?」

「あぁ、思い出せない。相手の強化を真似る……何だっけ。」

「ソルさん? それより傷見せてください。治療しますから。」

「えっ? あぁごめん。」


 考えることに没頭していたソルが、コートを脱ぎながら声を掛けたシラルーナの方へ移動する。所在無さげなマカが、何か出来ることがないか、シラルーナに訪ねた。


「そうですね……私の治療は、簡単に繋げるだけなので基本は安静にしていないとダメなんです。何か固定できるものとか探して来てくれませんか?」

「それならお安いご用だな。良く怪我するから必要な物を集めるのは慣れてるぜ。」


 それはそれでどうなのかと思うが、シラルーナにもソルにも骨の治療法など分からない。繋がりはするので本格的な物は必要ないが、応急処置的な作業でも知っている方が遥かにいいだろう。


「それじゃ、固定解いてください。でないと治せませんから。」

「分かった、解くぞ……」


 飛翔で位置をずらさないようにしながら、固定を解く。治せる様になった骨に、シラルーナが魔術によって細胞を活性化させて癒着していく。

 魔力を持つものは魔力に抵抗がある。そのため、その治療はかなりゆっくりと行われていた。


「おい、とりあえず枝とか木の皮持ってきたぜ。」

「此方が終わったら処置お願いしますね。包帯はこっちにありますから。」

「了解……しかし、すげえ形相だな。大丈夫か?」


 布を噛み締めて、骨が肉を押し退けて繋がる痛みに耐えるソルに、若干の怯えを孕んだ視線を送るマカ。しかし、ソルにそんな事を気にする余裕は無いようだった。

 結局、痛みが落ち着きソルが眠れるようになるまでに夕暮れの時間が訪れた。シャツの上から木の皮や枝で肩まで補強されたソルが、食器を片付けるシラルーナに問いかける。


「なぁシーナ。お前は覚えてないか? 角蛇の力。どこかで聞いたんだよなぁ。」

「似たような物は聞いてないと思いますけど……もしソルさんの結晶に干渉したなら、悪魔の魔法に近いんじゃ無いですか?」

「「魔獣が魔法って、絶望的なんだけど。」」


 つい、マカも口を出したがその通りだ。魔獣はその肉体のみで十分すぎる生物兵器だ。それが魔法なんて使いだしたら、悪魔よりも強いまであり得るだろう。

 しかし、今までソルの結晶が崩されたのは不断の【真実不定(トゥルーフラックス)】のみ。一笑に帰せない分、質が悪い。


「魔法ってことは悪魔か……? 誰のだ?」

「しってんのかよ? そんなに悪魔に詳しいって、まじで何者だよ。」

「魔術師ナメんなよ。悪魔は観察対象って言い切るんだぞ。」

「うわぁ、無いわ。」


 その魔術師がマギアレク以外も指しているとは考えていないソルと、ソルとシラルーナから少し距離を取ったマカとで、少し誤解がありそうだが誰も気付かなかった。




 夜が明けた洞窟に朝日が射し込み、マカが目を覚ました。


「おっ、朝か。とりあえずはあいつも見つけらんなかったみたいだな。」


 洞窟の外を確認して、草や木が無事なのを確認したマカが、ほっと一息をついた。ソルのケガは酷いものだが、放っておけば治ると言われている。あそこまで人外な様子を見せられて、魔術師に常識(獣人のだが)を当てはめようとは思えなかった。


(今日の昼までにゆっくりと動いたとして……明日には帰れるかな。あれから三日か……ボス達、無事かな。)


 マカが里の心配をしていると、洞窟から体に包帯を巻いたソルが歩いてきた。中に枝とか木の皮が詰められているからか、少しぎこちない動きで隣に並んだソルに視線を向けつつマカは聞いた。


「もう動けるのか?」

「俺はちょっと特殊な体質だからな。ケガの治りは早いんだ。まぁ、まだ少し痛むけど、移動だけなら問題ない。」

「そうか。」


 頷いたマカに、今度はソルが訪ねた。


「それで里まではどれくらいだ?」

「この洞窟、俺が落ちた崖にあるみたいなんだ。だから、上れるところが見つかればすぐに林は見つかる筈だ。」

「結構進んでたな。」

「予定にない速度で移動したからな。」


 あの蛇、怖すぎんだもんよ、といい募るマカに同意したソルも頷く。後は、見つからないことを祈るばかりだ。

 今のソルは飛行に耐えられるか分からないため、結晶で妨害するしか出来ないだろう。壁は崩される為あまり長く持たないし、飛ばした結晶も一瞬視界を塞ぐのみ。あの巨体で追いかけられれば少し難しい道のりだ。


「とりあえずシーナを起こしてくるよ。」

「今日はケンカすんなよー。」

「笑う奴がいなきゃ大丈夫だよー。」


 洞窟の中に戻っていくソルに変わり、レギンスが起き上がる。どうやら出発の様だと察したらしい。随分と賢い馬だな、とマカが感心していると、洞窟からソルが出てきた。


「おう、シラルーナちゃんは起きた?」

「昨日の今日ですぐに歩き回るなって怒鳴られた。」

「ははっ、結局ケンカしてるしっ!」


 笑い回るマカに、蹴りを入れるか迷っているソルに、コートが渡された。受け取りながらそちらを向くと、シラルーナがマカを不思議そうに見つめている。


「何かあったんですか?」

「持病だろ。」


 適当に流したソルが、レギンスを引きながら出発した。シラルーナとマカもその後を追う。

 しばらく崖沿いを移動していた一行だったが、しびれを切らしたソルが、傾斜が緩いところに結晶で道を創り進んだ。


「とっととこうすりゃ良かったんじゃね?」

「滑るからあんまり長くしたくなかったんだよ。」


 ソルの結晶は、その表面が滑らかで良く滑る。ソルが武器として使うときは、魔力を通して摩擦が発生しているがソルの魔力が無いブーツや馬の蹄は恐る恐る進むしか無いのだ。

 今はソルが摩擦を発生できるように足下に魔力をしっかりと這わせているから辛うじて歩くことが出来た。ソルの膨大な魔力量でも、後で休憩しなければ魔力切れが起きそうだ。


「んじゃ、なんでそんなに急いでるんだ?」

「動きが変なんだ。角蛇は出来なかったけど、お前を襲ってた小さい方。あっちに着けた結晶なんだけど、さっき探知できてな。この辺りを探ってる。今見つかると、角蛇が来るまで暴れられるかもしれないだろ?」


 ソルが急ぐ理由を聞いて、マカとシラルーナの足も知らず知らずのうちに速くなる。里に着くまで、速くても明日。長く続くことになる緊張に、三人の顔には既に疲労が見え隠れしていた。






 角蛇発見より、三回目の朝日が照らす林の木々が崩れ、辺りには土煙が漂っている。そんなものはお構い無しに、それは辺りを破壊して回っている。


「すぐにボスに報告を。思ったよりも急いだ方がいい様だ、とな。」

「はっ、分かりました。アジス様はどうされますか?」

「もう少し調べてみよう。角蛇の動きが鈍い等、絶好の機会だからな。」

「お気を付けて。」

「どうかご無事で。」

「お前達もな。」


 新しく指名した直属の部下を見送り、アジスは角蛇に視線を戻す。

 ゆったりと動く角蛇は、朝早い故の低体温なのか。それにしても随分と鈍い。何かあったのは間違いないだろう。


(何か癖や弱点でも見つかれば……ん? あれは?)


 木々に身を隠し上に下に移動するアジスは、角蛇の頭の後ろを見て、目を止める。

 そこには魔獣特有の驚異的な体力故か既に治りかけているが、四日前には見ることの無かった傷がある。鋭利な刃物を、元々軍人の家系からいえば半ば力任せに突き込んだ跡。深く差し込まれたそれは既に抜けている様だが、明らかに自然に出来た物では無い。それに気づいた時、アジスの毛並みは逆立った。


(こんなものに挑むような奴がこの辺りにいる!)


 獣人は武器を作れない。体毛があるため、大きな火が使えないのだ。石よりは自前の牙や爪が強いため武器を使わない。つまり、あれは良くて第三者、最悪これを狩るような魔獣だ。魔獣の爪ならば種類によってはあんな傷跡になるだろう。


(手負いで気が立っているかもしれない。気にも止めて無いかもしれないが……とりあえずこれ以上の深入りは危険だな。)


 それは、希望か、絶望か。

 どちらにせよ、俺たちはボスに着いていくだけだ。アジスの足取りはこんな中でも確かな物だった。




 里の奥の家屋。そのなかではボスが体を休めていた。


「失礼します。」

「アジスか。良いぞ。」


 ボス、ラダムの許可が降りてアジスが部屋に入る。彼は未だに傷は塞がらないものの、毒は抜けており顔色もいい。これならばあまり激しいものでなければ、すぐに動くことも出来そうだ。


「報告に参りました。」

「聞こう。」

「はっ、角蛇を里の周辺にて発見。動きが鈍いので観察したところ、首の後ろ、脊椎の辺りに深めの刺し傷を発見。治りかけていましたし、致命傷では無さそうですが。」

「なにっ? 刺し傷、か。……お前はどうみる?」

「更なる驚異であることに違いはありません。恐らく魔獣。良くて、流れの人間の傭兵でしょう。」

「どちらにせよ、あの巨体に手傷を追わせる身のこなしはかなりの物だろうな。」


「動くぞ」。その一言によって、その日獣人の里は鳴動した。

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