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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第二章 魔術師と獣人
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第十七話

「おーい、機嫌直してくれって。別に悪気が……あったな?」

「悪化するから止めてくんない?てか、馴れ馴れし過ぎない?」


 先頭で馬を引いてさっさと歩くシラルーナに、笑いを堪えながらマカが声をかける。ソルからしたらよっぽど殴ってやろうかと思う顔だ。


「いや、お前も同罪だろ?」

「……もうしねぇよ。」


 なんでこんなことになったのか、それは簡単な事だ。

 寝惚けたシラルーナが馬から転倒し、ソルの上に落ちたのである。少し後ろを歩いていたマカからすればそれはもう見ものだった訳で。

 起きたばかりで朦朧としているうちに、爆笑されて「重い」等と言われ、更に自分の知らないうちにかなり移動していた。そんなシラルーナが混乱する様をあんまりにもマカが笑うために、拗ねてしまったのだ。

 そもそも、こんな風に醜態をさらさないためにソルには交代制を申し出たのに、起こしてくれないで馬に載せられるとは思わなかった。


「……というか、シーナ道分かってる?」

「蛇の跡があるので分かります。」

「いや、崖で通れなくて迂回するから……。」

「……前、歩いてください。」


 終始、顔すら見ずに話すシラルーナに内心どうしようかと悩みながら、前に出る。マカも引きずって。そんなマカから小声で抵抗される。


「ちょっと、なんで俺も?」

「顔すら合わせてくんないって、あんなに怒ったシーナ見るの久しぶりなんだよ。流石にあの年でお菓子じゃ機嫌直してくれないだろ?一緒に考えてくれって。」

「お菓子でって……いつだよ。」

「じいちゃんが出てったのが三年前だから……二年前。」

「割と最近じゃん。まだいけるだろ。」

「でも、もう十四だしな。」

「……まじか、十才位かと思った。」


 こそこそとかなり失礼な相談をしながら前を歩く二人に、羞恥で赤くなった顔のシラルーナが着いていく。そんな事をしていたからか、それに最初に気づいたのは獣人の感覚を持つ二人ではなく、ソルだった。


「っ!【具現結晶・防壁クリスタライズ・ウォール】!」

「どうした!?」


 咄嗟に創られた結晶の壁に、重い何かのぶつかる音がする。透明な結晶の向こうに見えるのは真っ黒な色。すべやかなそれは……。


「蛇の鱗……でも、半端無くでけぇ……。」

「あぁ、知ってるよ。」


 結晶越しに見える物を鱗と判断するマカに、上を向きながらソルが答える。そこには、結晶の上から立派な角を揺らす大蛇が顔を覗かせていた。


「シーナ、魔獣を蹴散らして先に行け! 俺だけなら飛べる!」

「分かりました! マカさん!」

「くっそ、死ぬなよ!」

「当たり前だ。俺は、初代魔術師の一番弟子だぜ?」


 角蛇とソルの目が紅く輝く。魔術まで惜しみ無く使用した事で、荷物ごとシラルーナを乗せたレギンスが勢い良く走り出す。見事なギャロップに、ぴったりと着いていくマカを納得させる為にも、膨大な魔力をつぎ込んで魔法を発動させるソル。


「【具現結晶・戦陣クリスタライズ・フィールド】ぉ!」


 床が、柱が。

 剣が、槍が。

 聖戦の跡地のような荘厳な輝きと虚ろを持った聖域が姿を表す。あの時程で無くても、高ぶる感情に乗せた魔力は十分な働きをしてくれた。


「吸収。【具現結晶・付与クリスタライズ・エンチャント】、【具現結晶・武器クリスタライズ・ウェポン】。」


 片刃の剣を握りしめて、ソルは角蛇と睨み合う。まるで準備をわざわざ待っていたとでも言うようなタイミングで結晶の壁を打ち砕いた角蛇が戦陣に侵入してくる。霧散する結晶の中を近づいた角蛇の体温が、魔力が、結晶に吸われていく。


(即席とはいえ、結晶を割ったな。それに、吸収自体をものともしてない、か。そこいらの魔獣とは格が違うな。)


 こんなのがここにいれば周辺の生き物は、魔獣でさえ軒並み逃げだすだろう。シラルーナ達も暫くは走ることに専念できる筈だ。


「まぁ、やるしかないよな。「飛翔」!」


 空を飛ぶソルが、角蛇の後ろに回る。大きな分、少し鈍いのか角蛇の反応が遅れる。その隙に、ソルの剣が突き刺さる。

 首筋に深く刺さった痛みか、固い鱗を持つ背中側からの攻撃に驚いたか。どちらにしろ大きくのけ反った角蛇の首は格好の的だった。


(流石に簡単すぎないか?)


 蛇型は何度も倒した魔獣だったが、最初の奇襲に気づけなかった以外の驚異が未だにない。しかし決定的なチャンスが来たことに違いはないはずだ。

 比較的柔らかい表の首筋に、ソルの剣が迫り……その表面を撫でて通り過ぎた。


「はっ!? 斬れてない?」


 振り向くソルに見えたのは黒。全てを飲み込むような黒はソルを強くうち据えた。


「がっ!?」


 体当たり受けたソルが大きく飛び、地面に落ちる。打たれた胸を押さえた感触と激痛に、骨が折れている事を確信した。呼吸は出来ている。肺は無事の様だ。

 角蛇は、その紅い瞳でソルを見下ろした。口を開けた角蛇に、ソルは手を翳す。


「【具現結晶・貫通クリスタライズ・ピアース】。拡散。」


 角蛇の口蓋を打ち付け、拡散した結晶に紛れてソルも距離を取る。角蛇は、頭こそうち飛ばされたものの、すぐに体勢をたて直し、無傷の口内を見せつけて威嚇する。


「「飛翔」、【具現結晶・固定クリスタライズ・ロック】。……痛いもんは痛いな。」


 肋骨を元のように固定し直したソルは、角蛇を睨み返す。


(最初に攻撃した箇所こそ固い部位の筈だ。首筋も口内も通らないはずがない……というか、重心の整っていない体当たりでここまでの破壊力があるなら、なんで奇襲の時に防げたんだ? 付与をした俺の体は、結晶に近い耐久性があるのに……

 何か、どこか変わったタイミングがあるはずだ。魔獣に何かが介入したタイミングが……)


 ソルが動かないことに焦れたのか、角蛇は威嚇を止めて突進してくる。その牙を剥き出しにして襲い来る様は、その速度もあって圧巻だ。


「くそっ、考えてる時でもねぇか! 【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】!」


 目を狙って放った結晶が角蛇の視界を一瞬潰す。その隙に戦陣の中心に戻ったソルが、結晶から回収を行う。


「これで魔力と体力は少し戻ったな。残りはくれてやるよ。放出。」


 ソルを追って戦陣のなか深くに入っていた角蛇に、光の槍が乱舞した。明確な出口を設けていないエネルギーが四方八方に無差別に放たれたのだ。

 大きな角蛇の体を様々な角度から焼く光線。その間にソルは上空にいき、大きな結晶の剣を創っていた。


「これを落とせば、斬れてくれるか、埋まってくれるだろ。そうすりゃシーナ達に合流してっ!?」


 角度を確認しようと下を見たソルに、光線で暖まったのか素早い動きで飲み込もうと飛び込む角蛇。ギリギリで回避したソルが、振り返り様に巨大な剣を落とす。


「あの光線でも無傷って……まじで生物かよ?」


 純粋な熱の塊を魔力やマナで圧縮と共に放たれたのだ。焼けて軟化すれば圧力で穴ぐらい開くと読んでいたのだが。


「とりあえず、剣で埋めるのは成功だ。すぐに出てきそうだし、逃げよう。」


 くの字に埋まった角蛇から離れるように飛ぶ。空は目立つが、四の五の言っていたら追い付かれそうだ。あんなのにしつこく絡まれたら殺されかねない。

 と、加速したソルのすぐ後ろを何かが貫いていく。慌てて確認すればそれは舌。ソルの足を掠めていたそれは、次の瞬間には角蛇の口内へと戻っていく。


「こんなとこまで届くのかよ……すげえ執念。」


 こちらを睨み続ける角蛇の紅い瞳を見返し、ソルは踵を返した。




 洞窟の側にレギンスを見つけて、そこに入るとマカが出迎えた。


「おっ、まじで帰ってきたよ。お疲れ。」

「シーナ、悪いけどこの周辺に隠れる為の魔術ありったけかけてくれ。」

「はい、分かりました。」


 ソルの言葉にすぐに抱えていた本をめくり、魔術を重ねてかけていくシラルーナ。その様子にマカも気を引き締めた。


「あれは?どうなった?」

「埋めて逃げてきた。まるで歯が立たない。」

「埋められたのか、あの巨体を。」

「デカイ剣を下に射出した。多分、すぐに抜け出てくるぞ。」


 ソルが簡単に説明していき、マカも顔を険しくしていく。道は半ばだというのに、この先が危ぶまれる。


「シーナ、まだ大丈夫か?」

「はい、幸い魔獣もいませんでしたし、マカさんがこの洞穴を見つけてくれましたし。」

「んじゃ、治療お願いしていいか? 舌に切られた足はすぐに治りそうだが、胸の骨がやられた。」

「それを先に言って下さい!!」


 大急ぎで治療用の魔方陣を作ったページを探すシラルーナに、固定しているから大丈夫だと宥めるソル。そんなソルにマカが、訪ねた。


「固定って、木もねえのにか?」

「こんな感じで固めたんだよ。」


 その辺りの水を地面に放るソル。するとそれは、コンコンと音を立てて地面に転がる。


「……水晶か?」

「いや、水。そこの窪みに溜まってるだろ?」

「冷たくねぇ。氷じゃないのか。」

「あぁ、水だ。」


 それをしげしげと眺めて、マカは振り返って言った。


「これで防御すれば良かったんじゃね? 自分にはかけらんねぇのか?」

「固まって動けないだろ。一応、少し弱い付与はかけて……」

「ソルさん?」


 急に動かなくなったソルに、シラルーナが声をかける。ソルは少しして、シラルーナに結晶のナイフを渡した。


「シーナ、それで俺が斬れるか?」

「はい? えっと、なんでですか?」

「俺、まだ【具現結晶・付与クリスタライズ・エンチャント】解いて無いんだ。」

「えっ?」


 シラルーナとソルの視線は、ソルの足に注がれている。射程距離ギリギリの攻撃。しかも舌。そんなに威力のある攻撃に思えない。第一、ソルの結晶はそうそう割れるものでは無い。結晶も付与も簡単な攻撃に壊された? いや、壁に至っては霧散さえしていた。


「指、少しだけ切りますね。」

「あぁ、頼む。」


 シラルーナが少しだけ力を込めると、柔らかい皮膚を貫いて血がにじんだ。


「……治しますね。」

「ありがと、シーナ。はぁ、やっぱりか……」

「おい、なにがだ?」


 一人、話しについていけないマカに、ソルが答える。


「あいつ、俺の結晶を解除できる。」

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