第十六話
悪魔。今も続く、大陸を巻き込む戦争の根元。
魔術はともかく魔法は悪魔の特権だ。ソル自身、人間が強く出てはいるが半分は悪魔である。今も小さくても確かにある、バンダナに隠した角の様な結晶がその事を忘れさせない。
しかし、幸いに魔術はあまり知られておらず、魔力が体内に閉じ込められている獣人は余計に魔法と違いがわからないだろう。
「悪魔と無関係ではないけど、基本的に人間が使うために作られたのが魔術だ。実際にシーナも使える。」
「そっちの子も使えるんだ? あの氷飛ばした奴。」
「氷じゃ無いけどな。」
ソルがフェイク用に作った結晶の腕輪が、魔法陣により発光し結晶を創る。それをマカに放って渡すと、マカはひっくり返したり光にかざしたりと、興味深げに眺めた。
「へぇー、立派なもんだな。水晶なのかな?」
「いや、魔力の塊だよ。しばらくすれば消える。」
ソルが言うが早いか、即席の結晶は弾け霧散する。マカは空いた手で椀を受け取りながら、シラルーナに訪ねた。
「僕の治療もこの魔法、じゃないか。何だっけ?」
「魔術。」
「そう、それ。でしてくれたのか?」
「そうですよ。私は本に纏めてるんです。」
「これが。僕も出来るかな?」
「難しいんじゃないか?」
ソルは簡単に魔術について説明する。ついでにマギアレクが調べた獣人の体質も。
「んじゃ、僕達は練習以前の問題か。まあ、悪魔の力なんざ使いたくはねえけど。」
「んじゃ聞くなよ。」
ソルが最もな事を言うと、マカは食事に手をつけながら答えた。
「良く分かんないもん、里に入れらんねぇじゃん。」
「確かに。」
「それでは、私たちは入れてもらえるんですか?」
「んー、まぁ恩人でもあるし、戦力はあっても困んないだろ。ボスに会わせてやるよ、里の外でも良いか?」
「まぁ構わないよ。怪しいのは自覚しているし。」
唐突に敵の秘術そっくりな物を使いこなし、白い忌み子の半獣人なんてこの先見るかも分からない者を連れた魔界の方角から来た辺境の旅人。
怪しむな、と言える集団じゃない。唯一まともなのが荷物を積んだ年配の馬では、フォローのしようもないだろう。命の恩人として出会えたのは、マカには悪いが幸運だった。
「それじゃ、今夜はここに寝といて明日に出発だな。シーナ、食器は片付けておくから先に休んどきなよ。朝早くに移動する事になるだろうし。」
「それじゃ、お願いしますね。しばらくしたら交代ですからね。」
「分かったって。」
さっさと食器を洗い流して、結晶で丸太の様な椅子を創る。そこに腰かけて、草に燃えうつらないように石を積んだ焚き火に、薪を追加しておく。調理中に燃やした薪が音を立てて崩れた。
「隣、いいか?」
「構わんよ。ほれ。」
焚き火の横に結晶で同じ椅子を創り、ソルが進めた。
「お前は寝ないのか?」
「あの魔獣が戻って来るかも知れないし、あれだけと楽観できないからな。見張りだ、見張り。」
「そうか。所で今さら何だが、お前達はなんていうんだ?僕はラダム氏族のマカだ。」
「ラダム?」
ソルが聞きなれない言葉に反応し、問いかける。待ってましたとばかりに胸を反らしたマカは、自慢げに説明する。
「僕達のボスの名前だ。散り散りになった後、あっという間に皆をまとめ上げて移動。んでもって森を少し整理して、里を築き上げて、僕達見たいな若手の指導もしてくれんだ。三十路過ぎた今でもバリバリの現役でトップの狼の人でな、その爪は鋭く牙からは逃れる事は……」
「とりあえず、凄ぇお前が尊敬してんのは十分伝わったよ。」
説明を聞けなかった氏族長とは、集団の長を分かりやすくする為の物だろうと見当をつけて、ソルは話を遮る。でないと永遠と聞かされそうで、それは勘弁願いたかった。
「それで、お前達は?シーナってのはともかくとして魔術師って名前じゃないだろ?」
「魔術師は魔術使う人の事だよ。俺はソルだ。あっちで寝てんのがシラルーナ。俺の妹弟子だ。」
「成る程。アジス様の言う同門見たいなもんか。」
「多分そう。」
ソルが薪をつつきながら返事をする。新しく放り込んだ薪は良く燃えている。
「……悪魔と無関係ではないけどって、どういう意味か聞いていいか。」
先程までの気軽な物とはうって代わり、有無を言わさない口調でマカは訪ねた。此方が本命だったのだろう。ソルが一人なのを見計らったのは、半分とはいえ獣人であるシラルーナに配慮したのだろうか。
(シーナはともかく、俺にとっては完全な敵地って訳か……気をつけて行動するか。)
半分は悪魔であるソルが一層の警戒を強めたのを感じたのか、マカの追及は、少し強いものとなった。
「どうなんだ、話せない事なのか!?」
「悪魔との関係ってのは。」
「話すのか?」
「そっちが信じるかは別だけどな。まぁ、悪魔を研究したのもあるが……悪魔と会話したんだ。それで纏めた資料もある。」
嘘は言っていない。孤独の悪魔・モナクスタロの記憶でマギアレクと話し纏めた資料もある。魔術とあまり関係が無いだけだが、隠したいような情報を話すことで、ボロが出にくくしたかった。
「会話って……成立する相手じゃないだろ。」
「本懐の感情にもよるさ。増せば増すほどに耐え難くなる感情もある。」
そういう悪魔はとにかくその先を求めて集めまくる者と、完全に惰性で生きるものがいる。名持ちまで行けば大概が後者だ。例えば孤独とか。
前者だと、ソルが知る限りは暴食のベルゼブブだろうか。他にも名持ちでは無いが絶望や拒絶なんていたはずだ。皆、印象に残ってはいないが。
「そいつはどうしたんだ。」
「帰ったよ。とてもじゃ無いけど敵わない。」
ソルがそう言うと、幾分か力が抜けたようにマカは笑った。
「まぁ、悪魔と手組んでるでもなけりゃいいさ。少し怪しいけど嘘の匂いもはっきりとしないし。」
「そんな事分かるのか?」
「人間は鼻が弱いもんな。汗とか、結構匂い変わるぜ。」
もしかしてシラルーナにも全部見透かされていたかと冷や汗が出る。特に隠してきた事もないが、内心を悟られるのはいい気分ではない。
「別に怯えなくても良いだろう? 人間の方が怖いこと色々やってるじゃないか。尋問とか脅迫とか。」
「並ぶのがそれの時点でだよ。後、怯えたんじゃ無くて……」
ソルが焚き火から目を離してシラルーナに目を向けると、マカは納得したように頷いた。
「そうか、人間はバレたくない事も隠せるもんな……」
「やっぱり分かるのかな? 半分でも。」
「さぁ……その辺りは本人に聞くしか。」
「だよなぁ。」
ソルが薪をつつきに戻ると、マカが焚き火を覗き混む。そして眉を歪めた。
「なにしてんだ?」
「魔方陣描いてる……これでよし。後は少し待っとけばいいさ。」
つついていた結晶を放り出すと、それはくるくると回った後、地面につくことなく霧散する。それを目で追いかけたマカの後ろで、焚き火から火とは異なる光が溢れた。
「これが魔術って奴か!?……なんも起きないぞ?」
「まあ、分からんわな。外から近づくと爆音がする魔術だ。この魔炭の木は一晩くらい持つし、これで眠れるな。」
「は〜、魔界の知識か? 次元が違うな……」
「魔界の周辺ってだけで、魔界に住んでねぇから。」
魔界から出てまだ七年位なのだが、そこはそれ。あえて考えない事にした。
夜が明けて、三人を朝日が包む。燻っている焚き火が崩れ、火の粉を吹いた。
「あつっ!……場所ミスったな。」
あの後、わざわざ動くのも面倒なソルはその場で寝た。そのため、顔に火の粉の一部がかかったのだ。
「まぁ、消えそうだからちょうどいいけどさぁ……二人ともまだ寝てるな。」
後ろで安全に眠っている二人に、理不尽な妬みも込み上げてくるが、八つ当たりなのは承知なのでなにもしない。焚き火を片付けて、出発の支度を整えるだけだ。
レギンスに一切の荷物をくくりつけているとマカが目を覚ました。
「おっ、おはよう。早いな。」
「寝起きいいな、お前。」
すぐに立ち上がり元気な挨拶をしたマカに少し意外に思いながら返すソル。マギアレクは生活リズム等考えないし、シラルーナは寝起きは頭が働いていない。自分以外で起きてすぐに行動する人を初めて見た。
「そうか? 普通だろ?」
「まぁどっちでもいいさ。おはよう、マカ……さん?」
「マカでいいって。見た感じそんなに幼くないだろ? お前。」
「そうだな……確か十六歳だ。」
「えっ、年上かよ……」
「はっ? 年下なの?」
「十五だ。」
若干気まずげに告げるマカ。ソルは改めて獣人とは分かりにくいと認識しなおした。これから獣人の里に行くのに、更に違いを感じそうなのだ。少し構えておかねば大きなミスをしそうである。
「んじゃ、そろそろ行こう。とりあえず林を見つけないとな。」
「それはあっちだけど、途中で崖を落ちたんだ。水が溜まってたから助かったけどあれは登れないわ。」
「そんなの飛んで……いや、生き物は飛ばせないか。」
急ぐ訳でもないし、いつ蛇に襲われるか分からない。あの程度ならソルには問題無いとしても、大きな奴がいたとしたら全員が動ける場所が好ましいだろう。
「……ところでさ、それは良いのか?」
「何が?」
マカが指差したのはレギンスの上。荷物と共にシラルーナが乗せられている。いや、載せられている。ソルはそれを見て頷いた。
「これはしょうがないことだな。迂回するなら急ぎたいし。里、あんまり持たないんだろ?」
「あぁ、そうなんだけど……誘拐に見える。」
「俺も薄々思ってたんだ、言わないでくれ。」
目を反らすソルに、人間でもこれは悪い絵面に見えるのかと思うマカだった。