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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
炎と飾り
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第79話

「お、目が覚めたか、魔人サマよぉ。」

「あぁ……オルファか?」

「けっ、寝ぼけてやがる……オレはもう、折れそうだってのに。」


 ぼんやりと揺れる視界の中で、小麦色の代わりに赤と黒が映る。何事かと目を見ひらけば、見える光景は赤い舌が天を舐めていた。


「炎の林みたいだ……まさか奴が!?」

「誰のこと言ってんのか知らねぇけど、この中で動いてんのは獣人だけだ。あのデカブツ、人間に合わせた声を出してるみてぇで、頭骨も耳も変わってる奴にゃ効果が薄いみたいでな。」

「どうりで余裕こいてた訳だ……お前も平気だったのか?」

「魔人サマよりはな。つか、早く起きてくれ。オレが死ぬ。」


 暴れている蝙蝠がいるから辛うじて拮抗しているが、燃えている狼が暴れている跡はそこかしこで見られる。オルファがいなければ、自分も危なかったのかもしれない。

 他に生きているのは、御者の男だけだ。いや、元々ほとんど生き残ってはいなかったが。


「それで? なんでアイツはここにいた?」

「簡単だよ、街があったからだ。アイツは……オレの母親が捕まった原因だ。ケンカジャンキーなのさ、だから生き物がいりゃ襲う。」

「そりゃ、見れば分かるけど……」


 蝙蝠の首筋に飛びつき、牙を埋めて血を啜る。そんな火達磨を見れば、自ずと想像は着く。なにせ、奴の音波は人への調整。獣人である彼は逃げ切るのも容易になる。なのに戦う理由は……戦いたいから、なのだろう。


「……う、ぐ。」

「お、起きたかオッサンも。逃げようぜ。」

「……逃げる? 何を言っている。目の前に、アイツがいるというのに!」

「もしかしてオッサンが探してたのってアレなのか!? いや、特徴は一致してるけど……燃えてるやつっていえば良かったんじゃね?」

「俺の知る限り、そんな力は無かった。」

「悪魔憑きの前から厄介なやつだったみたいだな。オルファ、助かった。下がってろ。」

「えぇ……魔人サマもやる気かよ……」


 オレはもう知らねぇぞ、と捨て置いて周囲の生存者を探し始めた彼女に、ソルは密かに【加護】をかけておく。


「……過保護な事だ。」

「やらなかった後悔よりは良いだろ。」

「……そうだな、守れるならばそうする。」

「それで? 狙いは蝙蝠か?」

「……そうだったんだがな。アレがいるなら話は別だ。」

「まぁ、そうなったんだろうな……」


 周囲のどう見ても助かりそうになり肉塊から、彼の獣人への敵意が見て取れる。もしシラルーナが半分で無ければ、きっと殺しあっていた。


「……アレは俺がやる、俺の獲物だ。手出しはするな。」

「勝てるのか、その満身創痍な状態で。」

「……勝つだの負けるだのはどうでも良い。殺すのだ、俺が。やつを。」

「そうか、なら一回帰っとけよ。火達磨相手に金属着込んで勝てねぇだろ。」

「……どう引くつもりだ? 背を見せればあの獣共は俺達を狙うだろう。」

「そこはコソコソするプロに任せる。」


 そう言ったソルは、結晶を足下から広げつつ周囲を探る……ついでに強襲の際に落としたシュンも足下に回収しておく。

 獣人の男がそれに気づき、駆け出した時点で捜し物は見つかった。どこまでも黒い、暗い魔力。接近するそれに向けて、獣人の爪を剣で受けながら叫ぶ。


「アルスィア! この火達磨に夢を見せてやれ! 対価はリツって女の子の身柄、どうだ?」

「身柄の譲渡までしっかりと含むんだろう、ね!」


 辺りを包む霧から飛び出し、刀を横薙ぎに一閃する。殺意に塗れた一撃を屈んで回避し、そのままアルスィアの顎を蹴り上げた獣人が爆発する。

 結晶で防ぐソルに、回り込むように駆けた男だったが目前の道を大槌が叩き潰す。


「……お前だけは、死んでも殺す。」

「ほう? 随分な恨みだな、何があった?」

「……我が主君を、白磁の城を、全てを壊したあの夜を! 忘れた日は無い! あれが無ければ、あの外道に蛮行を許すこともなかった!」

「ふん、知らんな。叩き潰されるような弱者の事など随時、記憶に残りはせん。貴様も、その主君とやらと、その外道以下の木っ端だっただけの事だ。」

「……その首、潰してやる。」

「戯言を。」


 振り回される槌を真正面から叩き返し、燃えるその爪を鎧に這わせる。甲高い悲鳴と火花が金属から叫び出され、えぐり出された雫が空中で冷えて固まった。

 高温になった鎧に焼ける皮膚の臭いが襲うが、嗅覚の悲鳴を完全に無視し、もう一撃と槌を落とす。


「これほどの質量を振り回すか! 随分といい体幹をしている、楽しませてくれるでは無いか。」

「……殴り返す、お前から聞くセリフでは無い!」

「くく、そう吠え猛るな、もっと楽しめ。頭を冷やす方が……先かぁ!?」


 鎧も含めれば、考えるまでもない重量の筈だが、その肉体が蹴り飛ばされて宙を舞う。水飛沫を上げて湖に落ちると、泡が水面を踊って消えた。


「……オルファ、頼めるか?」

「アレを引き上げて退けって? マジで言ってんのかよ、魔人サマ。」

「俺は蝙蝠と目の前のアイツ止めるから。他に装備解除して離脱出来るやつがいない。」

「ダァーもう! 分かった分かった、分かったよ! ここで見捨てちまったらおチビに見放されちまう……!」


 駆け出した彼女が引き潰されないように、蝙蝠を水辺から引き上げる。その為には飛んでもらうのが簡単だ。


「【具現結晶(クリスタライズ)戦陣(フィールド)】。」


 上書きされようとも関係の無い程の物量、魔力の低下による倦怠感とエネルギーの移動による寒気が足元から這い登る。

 それを嫌った魔獣は、当然のように上に逃げる。当たり前だ、ソルが展開していないのがそこなのだから。


「魔人サマ、コラ! 走りにくいんだよ!!」

「避けて走れよ、なんで一直線で行くんだよ。」

「そっちんが速い!」

「あぁ、そうかよ。なら頑張れば!」


 力場の魔力で彼女を押し飛ばし、結晶の上を走った炎から避難させる。つまらなそうに此方を見た獣人が、己の身体から迸る火をチラつかせた。


「先程から面妖な、見たことの無い現象だ。」

「見えてないだろうからな。」

「ふん。狩りならば爪を、牙を使え。思考をめぐらせ、罠を貼り、地を活かし、己で駆けよ。貴様のそれは……つまらん。」

「テメェの理解できないもんは認めないってか、ガキだな。」

「安い挑発だ、聞く気にもならん。」

「聞かなくてもいいよ、俺にご執心でいてくれりゃな。」

「つまらん貴様だろうと、武器を失った半身の女や焼け爛れ溺れた男よりは楽しめるだろう? 空のヤツが降りてこない以上はな。」


 結晶を警戒しているのだろう、ソルを視界に抑えたまま高度を保とうとバタついている。撃ち落とせれば骨くらいは折れてくれそうだが、この距離で上書きのタイミングを測るのは難しいだろう。結晶以外で狙撃するには、物が無い。

 やはり、目の前の男に集中するのが良さそうだ。燃える狼。噂に聞くことは無かったが、それなりに長く活動しているようだし、悪魔との交戦経験もあるようだ。警戒が足りない事は無いだろう。


「あの愚直な黒いのは、もう来ないのか?」

「お前が存在を覚えてるうちは潜んでるかもな。」

「不意打ちに全てを賭けるか。技巧が足りぬなら悪い選択肢では無いな。」

「そうまでして殺しあって楽しいか?」

「お前はヒリつかないのか? 死を感じるこの瞬間を。戦に生き、死を呑み生きるこの時を。我が身はコレしか愉悦を知らんのだ。」

「悲しい生き物だな、お前。悪魔の在り方に近いとも思うよ。」

「アレに? ……まぁ、それも悪くは無いかもしれん。永遠にこの宴を享受できるのであればな!」


 飛び込んだ獣人が振り上げた爪が、ソルの結晶に突き立てられ、あろう事か削り跡をつけて焼く。燻るような音を垂れ流し、限界の後に結晶が霧散する。


「ただの火じゃないのか。」

「炎とは信仰であり侵攻、実態の無い現象だ。見るものと違うのも当然の結末ではないか?」

「何を願った。」

「飢え、渇くのだよ……この身になり、より一層。頭の奥が燻るのだ、焼き、喰らい、満たせと。それを願っただけの事。」

「一番、根源に近い願いって訳か……魔王の力に近いな。」

「これがなんだろうと、どうでも良い……ただ衝動のままにこの肉を動かし、骨を軋ませるのみ!」


 熱量の光が尾を引き、揺らめいていく。爪が何度も乱舞し、後退するソルの眼前を焼き払う。結晶が成らない、この空間からマナが消えている。


「蝙蝠……は遠いしな。その火、認識してようがしていまいが、エネルギーに対して焼失させるのか。」

「細々とした事を考えて何になる? 貴様のような細かい者は、些事に囚われて滅亡していったぞ!」

「何も考えないで生きてた戦人達は、禁忌に突っ込んで獣になったらしいけどな?」

「殺す!!」


 牙が打ち合わせられる音がソルの耳元で響き、吹き出した熱に汗が垂れる。浮いて移動するソルに慣れないのか、彼の攻撃は空を灼く。

 ソルの魔力か彼の体力が尽きるまで続きそうな膠着状態に、突然の終わりが訪れた。広がる炎がソルの戦陣を焼き払ったからか、蝙蝠が急降下し獣人を襲う。


「お前も昂るのか……! こい!」

「魔獣にそんな思いがあるかよ、多連【狙撃(ショット)】!」


 結晶の槍が何本も飛び横槍を入れる。身をひねる獣人と上書きする蝙蝠が、衝突を止める。僅かに止まった戦闘の隙に、蝙蝠の首筋に影が差す。

 あっという間に上書きされ、路から追い出されるアルスィアだが、その手に持つ武器は魔法じゃない。


「目ん玉くらいなら……通るでしょ!」


 投げつけられたナイフが網膜を破り、透明な液体と血液が悲痛な声と共に撒き散らされる。 自分を無視する魔人に面白くないものを感じたのか、着地地点に炎を広げる獣人が爪を広げた。

 火だけならまだしも、獣人に襲われれば戦闘経験の少ないアルスィアに勝ち目は無い。彼の本分は一撃決殺、打ち合いに興じる獣にいつ勝るというのか。

 即座に外套を広げ、落ちた影から刃の波を放つ。炎をかき消すように展開された【蛮勇なる影】に、獣人の男は踏み込めない。


「なんで魔法が使えるんだよ!」

「はぁ? 君のは使えないわけ? あぁ、マナ欠乏か……光や力場の特性は大食いだもんね。」

「お前の固有魔法だって大差ないだろうが……!」

「負け惜しみなら使えてから言いなよ。それで? どうするつもりだい?」

「そんなにあの子が大事か?」

「……君から対価を出し抜きたいだけだよ。」


 協力の意志を見せつつソルの隣に立つアルスィアは、炎が回らぬうちに外套の内影から刀を切り出す。いつもを考えると随分と短い、それでもソルの身長程はありそうな刀。おそらく、必要以上にソルの結晶を絶たないようにだろう。

 戦陣の吸収は、着実に熱を奪っている。ブーツ越しに受けるアルスィアより、素足で踏みしめる獣人の方が体力の消耗が早いことを狙ってか。それだけ、自分の一撃が届かないことを懸念する相手らしい。目の前の獣人が牙を剥き、隙間から炎が盛れた。

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