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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第6章 異変の兆し
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第78話

 更に数日が経過し、白い雲がゆったりと頭上を揺蕩う時間。宿の裏で、墓守――シュンは杖を払って一息を落とした。


「これで……一段落ですね。」

「結構かかったな、ここまで。指が解呪残りになった時とか、ポロって落ちないか不安だったけど。」

「肉体の変異ですから、皮膚が爪になるようなものですよ。取れないでしょう?」

「…………まぁ。」

「ソルさん、そこで間を置かれると怖いですよ。」


 かつて【極破裂】の練習をしていた時はミスをしてポンポンと飛ばしていた気もする。指先は全て結晶化していないので、右手でも飛ぶ時は飛ぶのだ。もっとも、その程度なら数日で治るのだが。


「後は腕でしょうか?」

「いえ、そこまでは……侵食も止まってますし、移動に問題なければ逃げ遅れることもありませんから。」

「いや、不便だろ。指先の感覚とか結構違うんじゃ無いか?」

「う……でも……」


 言い淀む彼女はの左手は、手の甲を中心に翡翠のような鉱石に変質している。髪を自力で整えなかったのも、左手の指が親指と幾つかの第一関節しか動かないからだろう。

 魔力過多等による魔法の暴発で骨や溜まりから突き出たソルと違って、表層から覆うように変質しているため、動かすのに支障が出る。彼女の好きな料理だって、これでは今までの様には出来ない。


「まぁまぁソルくん、そう言わないの。残ってる利点もあるだろうし?」

「……お前、いつ帰ってんだよ。」

「ちょっとお散歩して帰ったらリッちゃん居ないんだもん。ソルくんに聞こーかなって? 帰ったら居るし?」

「見てみて〜、お菓子もらった!」

「奪われた!」

「誰ので買った?」


 確か路銀を持っていなかったが、この男。あとで財布を確認する必要がありそうである。


「そんなことより。ソルくんは彼女を置いてくのかな?」

「なんでそうなるんだよ。」

「さっきも言ったでしょ? 利点があるって。あの手の固有魔法は言ってしまえば眷属にするみたいなもので、他の悪魔からの干渉に対する抵抗になる……ソルくんもケントロンで見なかったかい?黒い魔力の影響を受けてない契約者達を、さ。」

「悪魔に呪われたり、契約するような奴があの魔力に侵されても変化薄いだろ。」

「いや、そうでもないって。ほら、そこの二人とか穏やかだし! ノエルちゃんとか、その上で長く暮らしてたのにまともだったよ?」

「シーナはお前の所為だし、ノエルちゃん誰だよ。」

「プネレウマス卿。」

「あぁ、死人と話せるっていう……不敬すぎないか?」


 呼び方が。そもそも歳を重ねた男性にちゃんと付けて呼ぶのは侮蔑以外にあるのだろうか。特に意味もなく語感で繋げてそうでもあるが。

 しかし、そんなことよりも。


「自罰で縛るっての、あんまり嬉しくないな。」

「私もいい気分はしないですけど……必要なんですよね、それが。」

「あれ、俺ってば信用されてる? なんで?」

「別に信用してないです。」

「てか、俺じゃダメなのか?」

「だってシラちゃん、いっつも誰かと繋がろうとするから孤独のソルくんとは相性が悪いでしょ。広がりにくくていいかもなんてやってて退けられると思う? 他の悪魔の呪い。 」

「腹立つな。」

「え、八つ当たりじゃない?」


 咄嗟に頭とお腹を守ったベルゴだが、今回はソルも手を出していない。間抜けな格好の男が一人、出来上がっただけだった。

 足元でお菓子を頬張っているリツが、片足をあげたベルゴを押す。転げた彼をソルが見下ろして、シラルーナが覗き込んだ。


「お前、どこまで予想してんだ。」

「何がァ? というか、今なんで俺、転がされたの?」

「随分と準備が念入りだろうが。悪魔が確実に乱入してくるって知ってるみたいだ。」

「いや、知ってるって言うか……え、なんか皆、顔怖い。」


 上体を起こして座り直したベルゴが、面倒くさそうに口を開く。


「こうなったら全て話すよ、俺がこの数日で辿り着いた真実ってやつに……そう、エーリシの甘味は」

「皆、全身金属鎧の無愛想な巨漢見なかった!?」

「ケントロンよりお上品……なに、金属が無愛想?」


 勢いよく開け放たれた扉から、納屋の方に入ってきたリティスに全員の視線が集まった。彼女の手には紙切れがある。


「さっき風のイタズラでこれが落ちてきてさ! 私が普段使わない棚の上にあったんだよ!? 酷くない!?」

「お話の前にお尋ねいたします、その便箋は何なのでしょうか。」

「あ、これ? バカヤローの置き手紙。「アレを借りる、すまん」としか書いてないのを置き手紙って言うならね!」

「誰に何を持っていかれちゃったんですか?」

「アイツの弓だから持ってかれて困ることはないけどさ……せめて顔くらい見せやがれ! 私は物置か〜!」

「苦労してるんだねぇ……」

「つか、そんなん持ち出して何を……」

「決まってる。今朝からオルファちゃんも見てないもん、二人して行きそうなとこなんて一つよね。」

「なに、デート?」

「もうお前黙ってろよ……正解じゃないよな?」


 ベルゴを踏んで宿に入ったソルが、念の為に確認する。ソルにとってあの二人は、まだまだ未知だ。ベルゴの方が分かっている。もっとも、分かっていてもそういう態度を取るかは別だが。

 そんなソルの懸念は当然のように否定され、エプロンを投げつけられる。受け取ったそれをどうするのか聞く前に、リティスは髪を下ろして金庫を隠している。


「追っかけるのか?」

「返すって言われてないからね。ほっとくと死にかねないから、援軍でも押し付けてやる。」

「援軍って……」

「あのね、ソルくん。傭兵が武器を担いでいく先なんて、鍛冶屋か戦場しか無いの。今この街に、まともな鍛冶屋があると思う?」

「蝙蝠か?」

「そんなことまで知らないけどね!」

「怒ってるねぇ、あの子。」

「気持ちは分かりますけどね。」

「悪かったって……」


 飛び火した。リティスが行く先は「白い羽根」のメンツがいる場所だろう。シラルーナもこの町で動くことに賭けて早々に逃げようと判断し、オルファとリティスの言う手紙の主を探しに行くとする。


「ベルゴ、菓子代。」

「え~?」

「あ?」

「南西の湖の中。」

「了解、残りはツケとけ。」

「えぇ!? 頑張ったのに!」

「知らねぇよ、金返してから言え。シーナ、その子頼んだ。」


 リツの世話を任せ、口を挟みあぐねたシュンを引っ付かみ、空を舞う。この街に暮らすリティスの勘は正しかったようで、人が中央に集まっているのが喧騒でわかった。


「あの、何故、私は運ばれているのでしょうか。」

「シーナとベルゴといるか?」

「それは遠慮したいですが……」

「なら良いだろ。空を飛ばれると厄介なら、止めちまえばいい。星の魔法の模造品なら、アイツの能力を縛れるかもしれない。」

「黒い魔人の事ですか?」

「いや、アレは飛ばねぇから。この近くにデカイ蝙蝠が出たんだよ。アレを潰したらアスモデウスの嫌がらせになるだろ? 勝手に動かれて魔王だなんだとされても癪だしな。」

「それは素敵な提案ですね、貴方には建前というものでしょうが。」

「……お前、思ったより嫌な奴だな。」

「そうですか? 申し訳ありません。」


 なぜ、一言余計なのか。とはいえ、どうせここで別れる身だ、気にするような事でもない。今回の討伐に同行させたのだって、必要だからと言うよりは、ここに置いてく地盤作りみたいなものだ。


「南西の湖……あれか?」

「何か見えるのですか?」

「目ぇ悪いんだな。」

「普通です、魔人と同じでは無いだけで。」

「……そういや、そうか。」


 シラルーナは少し近眼気味だという先入観のせいか、己が目が効く事を忘れていた。と言うより、この高空から人とものを見ることが少ない。

 そんな高さなのだが、東部には珍しく霧がかかっていた。故に見分けにくいのだが、その霧の発生源の異様な気配はそれで隠せるものでは無い。


「なんだか熱いような気がするのですが。」

「だろうな……初めて見るが、多分。獣人の悪魔憑きだ。」

「はい?」

「湖に入って休んでて、その周辺が煮え立ってる。多分、発熱するタイプのやつだ。んで……まぁ、周りの奴らはまだ生きてるかもな、半分。」

「何体か居るのですか?」

「見た方が早いと思う、突っ込むぞ。」


 結晶の槍を降らせつつ、それに混ざって地表へと急降下する。突然の襲撃に驚きつつも、即座に対象は反応する。黒い毛並みが紅く燻る、半身火傷の隻眼の狼だ。


「何者か!」

「飛来する結晶、らしいぜ!」


 振り上げられた力任せの爪の一撃に、剣を合わせてガードする。近くで槌を杖にする男の傍に降り、即座に結晶で武装した。


「……お前は。また会ったな。」

「後ろ盾って言うには、随分と構わないんだな。怒ってたぜ?」

「……戻れば謝りにいく。」

「たぶん、迎えのが早いよ。この場所も「白い羽根」に聞いたんだろ?」

「……お見通しか。」

「縁があってな。」


 近くの街まで、馬車に乗せてもらった御者の男。あの時より強固に全身を金属鎧に包んだ彼からは、僅かに肉の焼ける臭いがした。

 近くの粉砕された肉塊は、毛量から見るに獣人達だったものだろう。紅い槌を見れば、犯人も自ずと予想がつく。

 それより多いのは、金属や革の混ざる焼死体だ。大きな爪痕から見るに、目の前でこちらを睨む者が作った作品だろう。


「よもや、悪魔の技法を使う者が二人もいるとはな。面白い、実にいいぞ。我が渇きも癒されるやもしれぬ。」

「二人? アルスィアの奴もいたのか?」

「……長い片刃の剣を使う黒い者なら、さっきまではな。そこの下郎が姿を現し、「白い羽根」の面々を焼き切った頃には隠れたが。」

「出会った事なぞ無いが、この顔に思うところでもあると見える。狼の面は闘争の証、満たされぬ飢えと渇きに生きる狩人よ。大方、同胞に手痛い目でも見せられたか。」


 実に多弁な事だが、二人して話しかけているソルは見ていない。熱く熱く、互いの喉笛を睨んでいる。


「しかして、惜しいな。終いだぞ、デカブツよ。」

「……何が言いたい。」

「なに、問うまでも無い。この身を冷まそうと水に浸かったまではいいが……すっかり失念していた。起こしたようだ。」


 次の瞬間には水面が膨れ上がり、鼓膜を劈く高音がその場の生き物の脳を揺らした。

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