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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第6章 異変の兆し
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第76話

 かつては領主の館としてそびえていた建物は、今は見る影もない。資材と難民に溢れた建物は飾り気や清潔とは程遠く、辛うじて薬品と香料の匂いが廃墟の二文字を遠ざけている。その玄関を開け、ロイオスはソルを手招く。


「さ、入った入った。外をよそ者がぶらつくもんじゃないよ、今のエーリシには余力は少なくてね、色んな人がいるからさ。」

「別に困んないけどな。」

「こっちが困るかな、人が減っちゃうと、さ。」

「殺さねぇよ。」

「弱ってれば処分されかねないんだよ、領主様が禁止してるとはいえ従わない人なんて幾らでもいる。」

「平和主義者じゃ、統治は難しいか。」

「そもそも、ウチの家系は財形管理だったからね。統治地政は……国が落ちた時に失われて、エーリシ公国の生き残りは商人と騎士だけだったから。」


 そういえば、この男はお偉方だった、と話される情報から思い出す。


「数ヶ月でこの有様だよ。変化は何時だって一瞬だ……」

「蝙蝠か?」

「あぁ、あれがそうなのか。あんなに腕が立派だと思わなかったな。小さくて可愛いって読んだんだけど。」

「可愛いか?」

「少なくとも、今ここに来ているやつは全然。」


 座り込む人の波を抜けて、上の階にある部屋に入る。どうやら自室らしく、そこには散乱した資料と折れた剣が無造作に置かれている。

 鍵が閉まる音に、この部屋の中身は他言無用らしいという事は何となく伝わった。財産的価値のある場所でもないのに、鍵なんて高価なものはつけない。人を配置した方が安上がりだ。


「そりゃ魔獣はな。殺し合いの為の肉体が可愛くはならんだろ。」

「分からないぜ? 男を魅了してくる魔獣ってのも聞いたことがある。」

「悪魔憑きじゃなくてか?」

「下半身が蛇だったらしいよ、上は美しい女なんだと。」

「趣味悪いな。というか蛇の下半身ってどこからだよ。」

「さぁ? 俺に言わせりゃ、抱けない女の体なんて興味無いし。目の前に居ないんじゃ、ねぇ。」

「……趣味悪いな。んで、どうせ報告は来てるだろうに、呼んだ理由は?」


 口説ければ蛇でも行くのかと。少し距離を取ったソルが、足元の資料を拾いながら尋ねる。街中の人の動きや出入りした資材の数、更には下らない噂話まで書き留められている……とりあえず、リツと呼ばれていた少女が何処にいるかはわかった。


「久しぶりなのにツれないなぁ……まぁ、良いけど。要件なんて聞かなくても分かるだろ? この街の防衛の要、退魔薬が奪われたんだ。」

「知ってる。しかし要ってのは?」

「それほど悪魔の被害が出てないとはいえ、ゼロじゃない。それに東の地はアゴレメノス教団の活動が活発だ、悪魔憑きも居るんだよね、去年のファティスみたいな奴。」

「誰?」

「マモンの欠片との契約者。」

「あぁ、剛力の……」


 何度か襲われた記憶がある。なるほど、あれを無効化できるなら有効なのだろう。そして、そう言わざるを得ない程には来るらしい、そういう手合いが。


「君に防いでくれなんて、そんな事を言える義理は無いけどね。だけど君は魔術師だ。俺たちより悪魔の知識は深いだろ?」

「だとしたら?」

「悪魔憑きをどうにかする術が欲しい。高く買うよ?」

「この財政下でか?」

「俺達に無価値でも君にそうじゃないもんもあるかなぁって。例えば、魔人と呼ばれていた彼等の情報、とか。」

「別に興味は」

「何処にいたと思う? 俺達が魔界に行く程の力は無いよ。」

「……はぁ、女を口説くチャンスくらいならやるよ。その対価ならそれで良いだろ。」

「口添えも期待したいかな。」


 やっぱり、知っていた。ソルが連れてきた者の正体を。本当に食えない男である、根が善性でなければ関わる気も起きない。

 それよりも、魔人実験の成果て達の溜まり場が気にかかる。ソルの知っている成果ては不断の悪魔であり、その姿は異形であった。それに、記憶にある捨て場から塔まで、かなりの距離を動いていたとはいえ何年もかけての事。それだって偶然に相性が良く、肉体が生き残っていたからに過ぎない。

 仮に人間の手出しできる領域に居たとして、それ程の行動が可能な状態の魔人に人が適う筈がない。即ち……流通があった事実に他ならない。


「ちなみに聞くけど、それはイヌか? ネズミか?」

「洒落た言い回しするね、応えるならネズミだよ。幾ら人類の為とはいえ、商売には真摯に向き合うさ。俺、エーリシの民だぜ? 婿入りした兄と違ってね。」

「ん? でも、「白い羽」の今の団長さんって……」

「いや、あの人は元々あっち。親の代から繋がりがあったからね、産まれからアスプロスだよ。」

「アスプロス……」

「まぁ、その頃には「エーリシ公国のアスプロスの街」、って言うのが正しかったけどね。公国も街になって、あげくに今では廃墟だ。でもまぁ……いい所だったよ。」


 遠い目で壁を見る彼の視線を追えば、風景画が飾られていた。少し朽ちてはいるが、額で保管されたそれは白い街並みが見て取れる。大理石などの石工技術の建物が多かったらしい。下の縁に張られているラベルは、絵画の題だろうか。


「白磁の街……」

「近くに鉱山があってね、金属が豊富だった。だけど加工する熱源を確保できないから、道具を流通する訳には行かない。大量生産が困難でね。」

「だから石材を?」

「そ。金属の道具じゃないと、加工は難しいからね。ここいらで金属は南に行かないと無いけど、南は武装国家だ。流通なんてしない、同盟のあったメガーロ以外ね。だから、比較的南にあったアスプロスの鉱山は貴重だったのさ。あの街は防衛力に優れた騎士団もいて、身を守るくらいは出来たしね。」

「この辺に鉱山なんてあったか?」

「……それも含めての滅亡、かな。色々あったんだよ、ここも。」


 白磁の街。どうやら歴史は真っ白とはいかないらしい。


「しかし、結構食いつくね。こういうのは興味ないと思ってたよ。」

「いや、なんか気になってさ……あの街の景色、見たことないはずなんだけどな。」

「ふぅん、君の方がよほど底が知れないけど。そんなに気になるなら関連図書でも探るかい?」

「そこまでじゃないからいいよ。」

「そう? ならいいけど。」


 あっさりとした終わりとともに、ポンと投げ渡された束がソルの手の上で広がる。記されたものは、地図とリストのようだ。


「拾った……というより、保護だったんだけどね。最初は。」

「それでこのリストか。移民登録とかか?」

「子供だったし、孤児院の登録とかも考えてたんだよ。その子達の一人がシスターを殺すまでは、ね。」

「それであの惨状か?」

「身を守るためさ……あの子達の身も含めてね。だからこその無力化の薬だったんだ。何度も実験したし、成功した子もいた。でも解放された悪魔は辛うじて何とかできても、復讐はダメだった……全部、アゴレメノス教団の示唆だけど。」

「へぇ……その言い方だと、随分な言いがかりに聞こえるな。」

「まぁ、俺は確信してるから。」


 ソルが示すのは資料の後半、メガーロについてまとめられた物だ。流通の記録や行軍の記録まで、透けて見えるのは「この辺りで集団と接触する機会があったかどうか」という意図。要は、メガーロにアスプロスを潰す目的があるかどうか、ということが焦点になっている資料だ。

 つまり、ロイオスはメガーロの街とアゴレメノス教団の繋がりを疑っている訳だ。双方の利害一致か、協力関係があるのかは知らないが、アスプロスに不完全な魔人を押し付けて内部瓦解を狙ったことに、元帝国が関与していると。


「ちなみに推理は?」

「簡単だよ、兄が……ロルードが邪魔だから。実際、変な女の子がいなければ死んでただろうしね。」

「女の子?」

「真っ白で静かで、天の御使様みたいな子でね。薄衣みたいなもので炎を振り払ってた。魔人たちの一人だったよ。いつの間にかいなくなってたけど。」

「あぁ、そういうことか……なんで東の方にあいつがいたのか不思議だったけど、フラフラ引っ付いてたのか。」

「あれ、知り合い?」

「まぁな、知り合いだ。」

「世界は狭いね。幸せそうかい?」

「笑っちゃいたよ。」

「うん、なら満足だ。」


 椅子に腰掛け、山になった資料から無事なものを取り出し、羽根ペンを壺につける。ジワリとインクを吸い上げるのを眺めつつ、彼は雰囲気を変えて口を開いた。


「さて、ソル君。それじゃ質問の時間だ。メガーロのやり方と逸れる以上、こっちの防衛は必須でね。彼女を……フェイスの一人、シュン・ネペイアを取り入れる策を練ろうじゃないか。」

「……誰?」

「ん? あれ?」




 シュン・ネペイア。様々なものが埋もれている砂漠の入口として機能していた砦の者たちの頭、ネペイアという名を襲名した最期の一人。

 悪魔や獣人の驚異により、アナトレー連合国が出来る前より砂漠への探索は打ち切られ、入口となっていた拠点のネペイアの砦も没落。更には悪魔の襲撃もあり、その地に集っていた者たちの大半が息絶えたという……


「その後、悪魔と契約し、家族や配下の眠る地に固執して、死んだその土地で林業まで始めたアゴレメノスに取り入られた人……知ってるよね?」

「いや、名前しらなくて……それとフェイスって?」

「アゴレメノス教団の序列のトップだよ、彼等しか呼ばない呼称だけどね。四人いるんだ、幹部格って言う方が分かりやすいかな? 確かケントロンの方では討伐懸賞の関係でそう呼んでたよね?」

「あれ、ケントロン関係なのか。懸賞とかでるの知らなかった。」

「君、知ってることと知らないことの落差酷いね。どこから知識得てるんだい?」

「場当たり的に……」


 そういえば、ベルゴを除いた情報源が、襲ってきた者しか居ない気がする。狂信者と言い悪魔と言い、使う言葉をどこで拾ってきたかなど知る由もない。


「まぁ良いや。その彼女なら、防衛能力として申し分ないし、執着していた土地が消えた今、取り入る隙もあるかもしれない。」

「……ただシーナを治せれば良かったんだけどなぁ。」

「まぁまぁ、いいじゃない。物資は無くても路銀ならあるよ? 使う宛が無いから溜まっててね、報酬くらいはさ。」

「物資を買えよ。」

「ケントロンは遠いし、近場にエーリシ以上の備蓄は無いよ。」


 思った以上に厄介な山になりそうであった。

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