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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第6章 異変の兆し
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第75話

 アスモデウスの取引と、目的。改めて自分以外から見るあの悪魔の行動を聞き、予測は確信になった。

 魔王の常駐、悪魔の進化。そして……おそらく、人間との成り代わり。己を生み出した、地上でもっとも感情に富んだ種族への下克上。


「なら、奴らは……」

「来るだろうね、また。なにせ、ここは人が多い。欲望も渦巻いていて、嫌いじゃないよ。さすがは商業都市だね。」

「お前、ソルのダチにしちゃ悪魔の言い草だな。」

「コレと同じにしないで貰えるかい? 僕が君らに迎合してやっているのは、あくまで手段だ。この絶望を振り払えるなら、僕はなんだって良いんだよ。」


 片手間にナイフを弄びながら、目も合わせずに吐き捨てる。執拗に傷を入れられる小指から、緩く血が漏れ始めていた。


「絶望の悪魔か……昔、ケントロンの南部で幾つか話が流れてたな。」

「お前、噂が流れる程に活動してたのか?」

「ベルゼブブやアラストールから逃れた先に、フラフラと突っ込んで来たバカがいただけだよ。斬り捨てただけで何かした訳じゃない。逃げる奴を追う気も無かったし、用済みを生かす理由も無かったからね。」

「……ケントロンの王都でやってたのは、有耶無耶になったもんな。」

「そもそも、あぁなっていたから僕も行ったんだ。便乗でもしないとリスクが大きすぎるじゃないか。」

「何があったんだよ……」


 距離をとるミフォロスに嘲笑で返戻し、弄んでいたナイフを仕舞う。垂れた血を指で広げ、結晶の上に陣を描いていく。


「何してんだ?」

「君達の懐古話に付き合う義理はないしね、僕は僕ですることがあるのさ。」

「ベルゴなら」

「アレはもう良いよ、焦る必要も無さそうだし。それより興味深いのが居るからね、少し話そうと思ったのさ。」

「誰だよ……」


 アルスィアは、ソルよりも肉体を上手く調整しているらしい。地上が見える高さではないと思ったが、アルスィアには人の区別もしっかりと着くようだ。

 描かれた魔方陣は「射出」であり、指向性を決めるだけの簡単な術式。あっという間に書き終わっていた。


「じゃ、後でね。」

「まだ話は終わってな」


 ソルが言い切るより早く、外套を射出して街へと消える。斜めに飛ばされた布切れは、影に解けたアルスィアと共に街の端の方に広がるボロ屋が急増された地区へと飛んでいった。

 風でやればいいのではと思ったが、肉体が損傷した彼に風の特性が残っていないのかもしれない。急に魔術を優先しだしたのも、影という限られた戦場を脱する為だろう。少なくとも、完璧に修繕が終わるまでは風の特性を引き出すのは難しい可能性が高い。


「逃げられたな。」

「まぁ良いけどさ……と、聞きたいのは今回の旅についてか?」

「それもあるが、お前さんのことだ。そっちはそう心配してねぇさ。」

「なら建設的な話か。」

「あぁ、あのハゲ鳥を討伐したい。」

「うん、蝙蝠な?」

「なんだそりゃ。」


 やっぱり東に蝙蝠はいないらしい。となると、生息域から大きく外れたあの個体は、やはり人為的……否、悪為的ものが正しいのだろう。


「クチバシはないし、卵も産まない。指と思わしき関節もしっかりと存在してる。鳥とは別種の生き物なんだよ。」

「ほぉん、まぁ生き物ってこたぁ殺せるんだな。あんまりに酷いミテクレしてやがるから、悪魔の一族かと疑いもしたぜ。」

「悪魔は人型……とも言えないか。」


 思い出すのはテオリューシアで争った侮蔑の悪魔。虎の姿へと転じたその魔法があるなら、魔獣と思ったら悪魔でした、も有り得てくる。

 とはいえ、今回は出血を確認しているので肉体がある。悪魔でないことは確かだ。中に悪魔が憑いていない限り。捕食活動等という感情に寄らない行動は取らない筈だ……中身にいるのが食欲の権化ベルゼブブでもない限り。


「別に命の危険を感じる案件じゃないし、討伐に手を貸す自体は構わないけど……」

「アレで危機感を持たねぇのか。」

「トロイからな、力も瞬間的なら押し負けないし。魔力は削られるだろうけど、俺は持久戦は得意だし。」

「そんなもんか、魔人ってのは規格外なもんだな。お前さんに人の倫理観が備わってて良かったよ。」

「あんがとよ。」


 人の倫理観とやらが、果たしてどれだけの人間に備わってたっけな、等とひねくれた事を考えながら生返事を返す。

 そんなソルの内心を知ってか知らずか、ミフォロスは話を続けた。


「それで、急ぎの旅なんだっけか?」

「まぁ、腰据えて大捕物をする程の時間は、少しな。」

「なら、それまでに奴の巣穴を見つけるか、もう一度誘き出すか……って所か。」

「流石にあれだけの大物は倒せないって事なのか?」

「そうだな。撃退はまぁ、俺達くらいの規模の傭兵団なら出来る。元は籠城好きの騎士団崩れだしな。だが討伐となると……決め手にかけるな。せめて、ケントロンくらいの大穹兵器が一機でもあれば違うんだが。」

「無いのか。」

「あれ一つで幾らすると思ってやがる。商業都市にんなもんがいると思うか? ここいらの魔獣なんて、デカくて蠍の中型だぞ?」

「いや、まぁ……要らねぇか。」

「こうなること考えるくらいなら、そんな土地は捨ててるよ。普通のやつならな。」


 当たり前だ。兵器の運用、維持にも経費がかかる。土地は余るほどあり、危険を察知できる段階では壊滅的被害を受けていることも多い。そこから巻き返すような武力を持てば、あっという間に囲まれてつぶされるだろう。それさえも撥ね退けるには、よほどの内外交戦術か、圧倒的差を持たねばならない。それこそ、メガーロやケントロンのように。

 南部は土地に執着して生きられる世界ではないのだ。事実、生存圏はこの五十年でかなり北上している。悪魔の、魔獣の脅威に対抗するには、人類の基盤は弱かった。


「ま、無いもんねだりも虚しいだけだ。ダメならもう少し北へ行くさ。その為の商業都市よ、根回しはお手のもんだ。」

「そういや、一年前も街が焼けたばっかだったな。」

「被害者が多かったから、移民も少なかったがね……今の領主様の管轄内だったし、すぐに終わってな。」

「今度はそうも行かないか?」

「あぁ、管轄が第四席の……なんだっけか? まぁ、あんまり仲良くないんだよな。どっちかっつーとメガーロよりの派閥だ。」

「メガーロとアナトレーってダメなんだな。」

「方針が違うんだよ、生活と防衛に重きを置くウチと、侵略と競争に重きを置くメガーロとじゃあな。」

「……そうだったか?」


 この都市も大概だった気もするが。ソルの記憶にあるのが、悪魔やアゴレメノス教団との諍いの期間だったからかもしれないが。

 いや、そういえばメガーロでは、食事処や享楽施設はとんと見なかった気もする。区画的なものではなく、国の文化的なものだったのかもしれない。


「まぁ、大変ってのは分かったけど……シーナの準備が出来たら行くよ。魔王の目覚めが近いなら、それまでにケリもつけたい。」

「だよな。しかし、そいつを待つ程に強いのか? あの嬢ちゃん。」

「正直に言うと、足でまといかもな。でも、俺の目的がアラストールの殲滅ってだけなら、だ。シーナがいれば、獣人の連中と話も着くかもしれない。それなら、アラストールの燃料を除去するために付近の生き物を殲滅する必要が無くなる。そっちのが好みなやり方かな。あんまり死ってのは与えたいもんでもない。」

「……そりゃ、まぁ、大事だな。」


 ずっと生きる為だった。でも、それならテオリューシアに着いた時に終わっていい旅だった。あそこにいれば、ティポタスがいる。何もせずとも、国は守られる。そういう契約だから。

 けれど……


「叛逆なんだ、俺の。」

「ほう?」

「まだ、よく分かんないけどさ。孤独に対する、俺の叛逆。死人と縁は結べないしな。」

「……へっ、なんだ。てっきり女にカッコつけてんのかと思ってたよ。」

「まぁ、それもあるかもな? アンタと一緒だよ。」

「言いやがるじゃねぇか。」

「師が師なもんでね。」


 軽口の応酬が出てきたなら、もう話はお終いらしい。下降を始めた結晶が街を離れていき、無事な北門に着地する。

 こっちには、昨日避難してきた人も集まっている。人探しにはちょうどいい。


「じゃ、俺はこれで。」

「おう。とりあえず、団長に掛け合って捜索隊でも出してみらぁよ。防衛と討伐補助、任せていいんだな?」

「ちゃっかり増やすなよ、ついで程度にしかやんないぞ。」


 シラルーナがこの都市にいる以上、逃げられることはない。何より、逃げる必要を感じない。先の会話からそう判断したのだろうミフォロスの軽口に、律儀な返答を返しながらソルも歩き出す。

 此方に来る前、建国祭中のテオリューシアでリロエスには出会った。だが、ロイオスとロルードの二人はこの街にいるはずだ。アスモデウスの影響がどこまで広がってるか、確認もしなくてはいけない。何をしたのかもそうだが、影響の範囲も気になるものだ。


「薬品の普及率とか、消えたときの事業の変化とか……アスモデウスがどこまで情報を持ってるかとかな。」


 相性的に強く警戒することはないが、手の内を知れるなら探っておくべきだ。アスモデウスには、他の悪魔にはない狡猾さがある、知らない手札はできる限り減らしたい。

 薬そのものは、聞く限りは恐れる必要はない。だが、その薬効によっては、ソルの手札を潰しかねない。無駄な手に期待を抱けば、隙になる。例えば、「闇の崩壊」の効力と薬効の対策が同じものなら、アスモデウスにはあの魔術は通じないということになる。


「あれ作ってたのは、多分ここの領主様だよな。アラストールに焼かれた街の、地下の実験部屋があの人の物かは知らないけど。」

「あれは確かに兄のものだよ、実状までは伝えてなかったけどね。」

「……ロイオス?」

「やぁ、ソル君。背が伸びたねぇ。」


 ニヤリとする軽薄な男が、建物の影から手を振っていた。

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