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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第6章 異変の兆し
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第70話

「何故、あの人を置いていったのですか?」

「煩いだろ?」

「それだけですか?」

「……まぁ、単純にいま、シーナに会わせたくないってのもあるけど。アンタだって中々に複雑なんだ、いっぺんにアイツとの面談も済ませたらシーナの負担になる。」

「負担ですか……」


 それが例え、シラルーナの為になったとしても。少なからずあの苦しみが必要だったとしても。それで諸手を挙げて喜んで終わりなわけが無い。ましてや、ベルゴは事前に何も言わない。

 自ら嫌われにいっているようにさえ感じる。その他に理由があるなら、それも含めて知りたいところだ。ただ、それは今では無いが。彼の追求には、悪魔やアゴレメノス教団の影がチラつく。深追いするのはゴタゴタを片付けた後でいい。


「まずはアラストールを潰す。あれが今、俺達を襲ってないのは他の場所があるからってだけだ。襲えば襲う程に膨らんで強くなるアイツが、いつまでも来ない道理は無いからな。」

「それほどに好戦的なのですか、その悪魔は。」

「そうだな……人が飯を食う、眠って起きる、そういうのが悪魔にとっては感情を貪る事になるんだよ。アイツは復讐心、それには復讐する相手が必要だろ? 人間をそれに定めたし、人間に恨まれるのも自分が良いんだろ。」

「随分と歪んでいますが……まるで愛情のようですね。」

「傍迷惑極まりないな、それ……そう思うと寒気までしてくる。」


 孤独の魔人には縁遠い感情だが、少なくとも悪魔になるような感情では無い事は分かる。だが、そんな心を向けられた結果があの地獄なら……それは呪いと呼べる。あれを愛情と評価するとは……


「とりあえず、アンタとは分かり合えそうに無いってのは分かったよ。」

「そうですか? 何故でしょう。」

「勘。」


 利害さえ一致すれば良いので、これ以上踏み込む必要は無い。それきり、互いに無言で歩き、ソルの知る通りまで出てきた。

 墓守の格好はそこそこに目立っていたが、隣を歩くソルのことを覚えている人も多かったようだ。騒ぎになるほどではなかった。


「確か、この辺りだったはず……あ、あった。」

「ここは……」

「前に世話になった宿でな、今も使わせてもらってる。隙があれば売り込みかけてくるから気をつけろよ。」

「金銭なら持っていないので心配ありません。」

「……別の意味で心配なんだけどな、それ。」


 扉をソルが開こうとすると、ゴトンと何かつっかえた。いや、閂くらいあるのだろうが、今は昼前。閉めていることを見たことが無いので、意外という感情が勝る。


「こういう時って、開けても良いもんなのかな。声掛けようにも、裏にも居そうにないし……」

「いつ見たのですか?」

「さっき結晶を飛ばした。」

「隠していないのですね。」

「もうバレてるしな、この街では。」


 そう言いながらノックをすると、中でドタバタと音がする。普通に居たらしい。


「すいません、いまダメ!」

「なんかあったんですか?」

「あれ、ソルくん? ならいっか、良いよね?」


 返事の前に閂が抜かれたのだが、良いのだろうか。


「なんで抜いた!? まだダメだろ!」

「アレにそんな配慮求めんなって、無駄だから。嬢ちゃんの知り合いならいいんじゃねぇの?」

「いや、ダメじゃねぇか? 魔人サマだからこそ。」

「何してんだよ、中で……」


 というか、知った声がする。足を負傷したはずのトクスだ。もう歩けるようなのは一安心というところだろうか。


「えっと、散髪会……的な?」

「……努力の後は見えるな。」


 魔術師が見れば垂涎物な光景が広がる食堂には、キラキラと反射している僅かに透明な白髪が散らばっている。これ一本で安い硬貨なら山になる。

 ただ、この場にいる者にはそれはどうでもいい。どちらかと言えば、鏡を見て唖然とする少女の方が心配である。


「仕方ないんだよ~、だって他人の髪なんて切ったことないし……切ってくれる人、この前の襲来で死んだり逃げたりしちゃっててさ……近隣の人も昨晩の警報でみんな北に行っちゃったし、そもそもシラルーナちゃんが髪の毛あんまり見られたくないって……」

「だからって自分で切るかね……」

「真っ先に逃げた人に言われてもねぇ~。」

「俺は娘の散髪して泣かれたんだよ!」


 下手くそらしい。とりあえず、綺麗に整えていた髪が大分バッサリと短くなり、まだ不安定な箇所も見える。伸ばせるものではない、切って整えるしかないが……そろそろ限りが見えてきそうだ。


「シーナって自分で切ってなかったか?」

「長い髪と短い髪じゃ、結構整える感覚違うよ?」

「オレは伸ばし放題だから分かんねぇや。気づいたら切れてるし。」

「それ、どっかに引っかかって切れてんじゃねぇの?」


 雑だ。癖の強い髪質が、整える必要を無くしているのかもしれない。それが似合うのだから不思議なものだ。


「おーい、シーナ? ……思ったよりショック受けてるな、これ。」

「固まってんなぁ、チビ助。いや、ほら、今のも似合ってるぜ?」

「それは怒られるんじゃねぇの、流石に。シーナ、普段は気ぃ使ってんだし。」


 箒で髪を集め、食堂の机を戻せる場所を作っていく。ガタガタと動く周囲の環境に、入口に取り残された墓守が困惑する。


「えっと……宜しいのですか?」

「ん? なにが?」

「いえ、彼女がそのままですが……整えなくても?」

「下手が何しても酷くなるだろ。」

「……切りましょうか? 今よりは良くなるかと。あの街の子供たちは私がお世話をしていましたから。」

「ところで、その人誰、ソルくん。新しいお客さん?」

「北の街の管理者。」

「ざっくりだねぇ、名前とかは?」

「知らん。」

「えぇ……」


 なんで一緒に来たのだろう……と疑問が降り注ぐなか、墓守にハサミが渡る。許可も出ないなかで道具だけ渡された彼女が、どうしたものかと立ちすくむ。


「つか切るなら部屋いけよ。」

「オレたちの部屋、床がガタガタだからよ。切ったもん片付かないぜ。魔人サマの部屋も似たようなもんだった。」

「一応、悪魔が欲しがるもんだから燃やしとけよ。」

「え、そんな厄種だったのか……リティー、どうする?」

「はいそこ、女の子の髪に厄種とか言わない。というか、もうこんな時間じゃん、お昼ご飯食べてくでしょ?」

「ぞんざいに切ってたのは誰だよ……」


 流れるように会話が飛び交って行く四人の、誰にも話しかけづらい。とりあえず、用があるなら声でもかけてくるかと待っていることにする。


「おーい、チビ助。そろそろ復帰しろ〜? いつもは頭巾被ってんだから大丈夫だって。」

「そういう問題じゃねぇんだろ? 見様見真似ならできるけど……髪の短いシーナって見たこと無いからイメージ湧かないんだよなぁ……」


 結晶で刃物を作るソルが、リティスを観察しつつシラルーナの髪を手に取る。ビクッと動き出した彼女が、ソルの手を握って止めた。


「ソルさん、生きた人の髪と素材の剪定は違うので……せめて練習してください。」

「今よりマシにする自信はあるけど。」

「いえ、頑張って自分で直すので……」

「そういえば、さっきソルくんのお客さんが散髪出来るって言ってなかった?」


 全員の視線が墓守へ向き、シラルーナが目を見開いた。


「……ここに来るんですね。」

「連れてこられたので。」

「ここなんですね。」

「他に安全なとこも無いからさ、それに……ここならいざってときにやりやすい。周りの地形覚えてるから。」

「え、なに? 私の店壊したら全員許さないからね?」


 包丁を持ちながら言うと洒落に聞こえない。彼女が台所へ引っ込んで行くまで全員が押し黙り、少しの間静かになった。その間に、シラルーナも感情を整えたらしい。幾分か柔らかくなった語調で再びソルへ聞く。


「それで、その人からは聞けましたか?」

「何も。ただ、シーナの足は治せないかやってもらおうかと思ってな。俺の魔術の完成を待ってる間、その歩きにくい脚じゃ南に行くのもままならないだろ?」

「それは……そうですけど。」

「私を恨んでおりますか?」

「恨み……とは、違うんだと思います。」


 ソルから視線を移し、墓守と向き合えば、意外そうな彼女の顔が見える。


「貴女が捕えなくても、いつか私達は捕まってたと思います。無事に南に行けることは、あの時と違って無謀なことだとちゃんと分かってるつもりですから。」

「ですが、御家族の死は私の命令ですよ。理解していようと」

「恨みたく、ないんです。私が、誰かを。だから、貴女のことは好きじゃないけど……これ以上、私の大事な人達を傷つけないでいてくれれば、それで良いんです。」


 釈然としない、というような顔の墓守に、話は終わりだとばかりに台所へ手伝いに行くシラルーナ。


「チビ助……ツンツルテンじゃなけりゃあなぁ。」

「おい、余計なこと言うなって。机を片しとけよ姉ちゃんよ。」


 バッチリ聞こえていたようで、散髪用のシーツがオルファに投げつけられた。




 大きな鍋にグツグツと煮えた汁を囲み、六人が座り込む。湯気で中身が見えないが、匂いで察するに……


「……虫か?」

「蠍だね。」

「なんで?」

「疲れたからお肉欲しくて?」

「リティー、多分だが甲殻類を食うのはこの辺りだけだ。ほかの土地にはそもそもいねぇって聞くしよ。」


 アナトレー南部は乾燥地帯だ。石や砂が多く、土壌に水が貯まらない。結果として、脂質が多く必要な生き物や、感想に弱い地肌や体毛を持つ生き物が弱っていく。植物も少なく、可食部は豊富とは言い難い。

 要は大量の畜産に向かないのだ。なんでも食文化として取り入れるのは、この土地の文化としては正しいのだろう。蠍は可食部は少ないが、数が多く分布が広い。故に採取に困らない。


「西の地では食べないのですか?」

「なんだかんだ、畑ができるくらいだしな。山羊や羊も育てられるし。」

「なんだ、意外に高いのか? そっちは海が見えるって聞いたが。」

「急勾配だからな、山に近いと標高は高いよ。シーナは食える?」

「えぇ、こっちにいた時に何度かいただいてるので。」


 一人でモグモグと山になったものを食べるオルファの横で、四人がサッサととりわけ始めた。ソルの好みに合わなかったかと、別のものを用意しに行ったリティスには、大丈夫なら早く言ってくれと怒られたのだが。

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