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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第6章 異変の兆し
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第68話

 レンガの壁と、石畳。周囲より一段低く作られて居た場所は、どうやら地下に隠された場所への入口としても機能していたらしい。街中で一階だと思っていた場所は、実は二階だったということだ。

 踏み抜かれた石畳の下は小さな通路。少し進んでハシゴを登れば、木造の広間があった。天板は厚く、光は届かない。中が見えるのは、ソルの魔人の目と辺り一面に散らばった光石のおかげだ。湿気たこの場では、光石は途切れることなく輝いていた。


「この街、地下に水とか貯めてるだろう? それを管理する人達の休憩施設と、その非常口。通常の入口は、もう埋まってる。崩落の後に急遽直したみたいで、埋め立てられてて開かなかったよ。隙間から覗いたら、瓦礫の隙間に土砂が詰められてた。」

「崩落……あぁ、心当たりあるな。」


 マモンの残滓がこの街で暴れた時だろう。アルスィアが見つけられなかった理由は不明だが、タフォスの頭が身を隠すにはピッタリという訳だ。入口が埋めれて久しいならば、利用者は別に行ったか死んだか……何も無い伽藍堂のここは、人が来ることは無いだろう。


「彼女は寝かせてるよ。人の身にはキツイお香を焚いて、ずっと閉じ込めてたからね。眠くて仕方がない筈さ。」

「お前は?」

「外ブラついてたから。リツちゃんは宿屋。」

「アルスィアから、良く逃げられてたな?」

「だぁって彼、意地でも人前に出ないんだもん。人通りがあってずっと明るくすることを心掛けてたらそんなに困んないよ。」

「普通はその灯り、用意できないんだけどな?」


 魔法的な物でない灯りなど、限られている。光石は高価で、燃料も限りがある。薪や炭は煙が多く、場所がわかりやすい。

 ベルゴは宝石商だと言っていた。手持ちの光石をばら蒔いた部屋でも作ったのだろう。ちょうど、ここみたいに。もしアルスィアが人と話すならば、あっという間に見つかるほど噂になっていそうだ。


「んじゃ、弁明の続きする? それとも、彼女を起こそうか。」

「起こせるのか?」

「この香、水溶性が高くてね。外で少しお水を飲ませてあげたら、少し待ったら目が覚めると思うよ。」

「なんの草だよ。」

「体温と代謝を著しく下げるんだって。あんまり長くやってると起きなくなるから、定期的に外で抜いてるし、効果は保証するよ。」

「何でそんなもんを持ってんのか聞いてんだけどな。」

「まぁまぁ、そこは良いじゃないか。」


 良くない。良くないが、さして重要でも無い。無言で先を促すソルに、肩を竦めたベルゴが香の火を消した。


「はーい、出て出て。ここ水浸しにするから。」

「おい、外でやれよ!」

「だぁってソルくん来たなら寝かす必要ないもん。俺も外よりここで寝たい〜。って事でえい。」

「ったく……!」


 狭い通路を何度も通るのは嫌だ。面倒なのでベルゴごと宿に放り込む事を勝手に決定し、魔法でベルゴと墓守を外へ放り出す……いや、石蓋が開いてなかった。


「頭割れそう……」

「うるさい。」


 ベルゴが弁を引いた為、部屋には水が流れ込んで来ている。真っ先に通路が水没するのは、想像にかたくない。開け方が分からないので吹き飛ばし、三人で路地裏に躍り出る。


「乱暴〜。」

「黙ってろ。」


 石畳を強引にハメ直し、水漏れが無いことを確認する……次回に開ける人が居たなら、きっと災難だ。

 そんなソルの横で、周囲の人気を確認したベルゴは皮の水筒を墓守の口に突っ込んでいた……水死しなければ良いが。


「ところでさ、あと一つの許さないのってどっちだったの? アルスィア君を唆したのと、今出てきたの。」

「唆した方。タイミングは、どうせドンパチ終わったのを惰眠から覚めて見つけたから来た、とかだろ。」

「いや、うん……そうなんだけど……」


 言い方もっとなかったの? と言いながら空になった水筒を放り捨てるベルゴが、少し見ていられない顔面になった墓守を地面に寝かせる。美人も表情が大事なんだと認識し、視界から外したソルが座り込みながら空を見る。

 青い。雲ひとつない晴天だ。上からの強襲はすぐに気づけるだろう。


「まぁ、彼を煽り立ててたのは……欲しいから、かな。」

「何が。」

「繋ぎっていうか……予備? アラストールの存在が危険なのは、本人にさえ止められないからなんだよ。今までは復讐心さえあれば良かったのに、今のアレは飢餓に満ちている。止められないんだ。」

「その割には誰も動かないけどな。」

「動けないんだよ、喰われるから。悪魔が手を組むことなんて基本的に無いし。魔王や原罪は、そもそも驚異として見てないから野放しだし。ほら、暴食の時も放置だっただろう? 成長できない悪魔だから、逆転されることも無い。」

「それで、俺の予備って? アラストールを滅したいから。」

「そうそう、そんなとこ。取引出来るのなんて、めちゃくちゃ貴重なんだよ?」


 こっちとしては知ったことでは無いが。何を煽り立てたのかは知らないが、乗り気な理由は説明がつく。どうせ、ろくでもない交換条件でも出したに違いない。


「言っとくけど助けないからな。悪魔との取引なんてどうなろうと自業自得だ。」

「魔人、でしょ? 本懐の感情を求めない悪魔なんて存在しない。」

「……かもな。」


 それなら、モナクスタロはなんだと言うのか。実験の前から魔人だったとでも? あの時、確かに自分は……とまでソルが記憶を掘り返している時、隣からビシャリと音がする。

 振り向けば、墓守が水を吐き出していた。激しく咳こんで嘔吐く姿は少し心配になる。


「あ、いつもの事だから大丈夫。」

「あぁ、そう……お前、意外と冷淡だよな、人の扱い。」

「そう? こんなもんでない? ほら、捕虜みたいなもんだし。」

「捕虜なら丁重に扱えよ。」


 捕虜に対する認識の違いが気になるが、それよりも目が覚めたのなら警戒する必要がある。ベルゴが抑えていた手段は、恐らく【色欲】の欠片を切っていたのだろう。有限ならば温存しておきたい。

 街中で大きく広げる訳にもいかず、走って抜けられる程の距離を結晶で囲む。床が、剣が、この一角だけを儚く美しい戦場へ変えた。


「ソルくん、そんなにしなくて良いよ。この人、争う気無いから。」

「何でそう言えるんだよ。」

「取引したから?」

「お前……本当にお前……」


 切る手札はどこから出てきたのか。勝手にソルの事も勘定にされていそうな気配に、頭が痛くなる。


「う……ここは……」

「やっほー、おはよう。」

「あぁ、そうでしたね……貴方が管理してる場所でした。」

「別に管理者じゃないんだってば。気分は?」

「最悪という言葉で足りないぐらいです。」

「そっか、いつも通りね〜。」


 程々に清潔にされたタオルを投げ渡し、顔を拭かせている。墓守という立場上、タフォスでは修道着と作業服を合わせたような装いだったが、今は町娘のような服に身を包んでいる。こう見ると、随分と若く感じるものだ。


「それで? 今回、起こされたのはモナクスタロの件ですか?」

「そうだね。ソルくん、どこから聞く?」

「お前は何を聞いたんだよ。」

「過去と目的と協力関係? ほら、シラちゃんの手足も石のままだと怒られるし?」

「自分のことばっかりだな。」


 聞いておくとはなんだったのか。最初からソルに任せるつもりだったのか、予定が狂ったのか。

 ため息混じりに向き直ったソルを、荒い布で拭って少し赤くなった顔が迎える。


「あの町を壊したのは許しません。ですが、あのまま続けていても……仕方がなかったことも、理解しています。なので、貴方の頼みを無闇に断るつもりもありません。」

「質問には答えるって?」

「内容によります。気に食わないなら、殺してくださって構いません。」

「死に急ぐなよ、気分悪いだろ。」


 戦陣を回収したソルが、その場に座り込む。街中で騒げば、立場が崩れるのはソル達の方だ。目の前の女性はアゴレメノス教団のお偉方で、既にこの街では鼻つまみ者なのは違いないのだから。

 故に、いつ戦闘になってもいいようにベルゴには人払いに行ってもらう。言わなくても理解しているのか、フラッと消えた彼はその寸前には真面目な顔だった。


「一番に知りたいのは、魔界の現状だな。どこまで来てるんだ?」

「南方の事に関しては、私より貴方々が詳しいのでは? 私はあの街で生涯を終えるつもりでしたから、外のことについてはあまり知り得ません。ウーリは良く気にしていましたが……彼の話はそう真剣に聞いていませんでした。」

「顔にでかいキズのあったヤツか。」

「えぇ、彼も死んだと聞きました。土地主様……いえ、あの悪魔に一矢報いた最期だと。」

「土地主……?」


 冒涜の悪魔が、何年前にあの地に降りたのかは分からないが、少なくともシラルーナが訪れた七年前には、あの体裁が整っていたのは想像に難くない。倍の年月が過ぎていても何らおかしくは無いのだ。


「……なんで、アレと契約したんだ?」

「契約等と……! いえ、そうですね。私は悪魔の手を借りた愚か者です……対等に取引をするのだと虚勢をはれたのも、あの不思議な悪魔が手を貸したから……その上、あの悪魔はウーリの身体が目当てで私の条件を呑んだに過ぎなかった。」

「つまり、自罰と取引をするために、アンタは偽善と契約したのか?」

「あの悪魔の名前は知りません。似つかわしくない、白い鳥のような翼を持っていたのは覚えていますが。」

「間違いないな、そんな悪魔は他に知らない。」


 その名に、どれほどの意味があるのかとでも言うように、自嘲的な笑みを浮かべて聞き流している彼女は今を見ていない。

 元々なのか、街が崩壊してからなのか、投げやりな態度が見て取れる。張合いが無いといえばそれまでだが、危険がないのならソルに文句は無い。しかし、あまりに他人事で話しづらい。


「まぁ、それは良いや。あとは狂信者のお偉方なら、アスモデウスがコソコソやってるもん知らないか?」

「知りません、あんな狂人の集団は。」

「塔の事とか……」

「塔とは固有名詞ですか? 思い当たるものはありませんが……」


 あの街で書記でも探すべきだった。ソルがそう思って天を仰ぐのに、そう時間はかからなかった。

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