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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第6章 異変の兆し
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第66話

 珍しくもぬけの殻で店仕舞をした昨晩のおかげで、朝早くからピカピカの「白い翼」では、ホールで暇を持て余したリティスが椅子で寛いでいる。

 そんな一階へ、階段を降りてくる女性が一人。髪を掻きむしりながら大欠伸をしているのは、オルファである。


「ふぁ………ぁ〜あ。ん、朝早いんだな。オレも結構、早起きだと思ったんだけど。」

「おはよう、オルファちゃん。宿屋の娘ならこんなもんよ〜。ほら、パンとかお肉とか仕込みしとかないと。」

「そういう事か。大変なんだな〜。」

「何か食べる? 朝メニューは夜より安いけど。」


 ひらひらとメニュー表を振る彼女は、空いた片手で輪っかを作る。お買い得、なのか。儲けもん、なのか。とりあえず客にするものでは無いと思う。


「ん、そうだなぁ……チビ助は朝は食わないだろうし、魔人サマも戻って来ねぇし。オレも良いかな、一人分だけ作るってのも手間だろう?」

「まぁね〜、でも暇だから売れる方が有難いかも?」

「んなら、パン二つと肉類、あとサラダと汁モン頼むわ。」

「そんなに食べてその体型……」


 惜しげも無く披露されている、健康的に焼けた引き締まったお腹をながめ、理不尽だとぼやきかが奥へと引っ込んでいく彼女。

 なんの事だよ、と不貞腐れながら手元のコインを弄んでいる彼女の耳に、ゴソゴソという布の音が聞こえてきた。少しすれば煩くなるかもな、と思いながら火にかけられた肉の匂いに鼻をヒクつかせた。


「お、豚か。」

「この辺りだと安いからね。ほら、食べ物がなんでもいけるから。その分、味は落ちちゃうんだけど。」

「そこ気にするってこたぁ、前は家畜の餌にも少し拘ってたのか?肉が食えるだけでも儲けもんな気がするけどな。」

「牛は特産だったんだから。そんな余裕も無くなっちゃったけどね。干し草でさえ、今は人間様のご飯ですよ、っと。」


 どうも、思ったより切羽詰まっているらしい。早めにメガーロを出てきて正解だった、こうなった人間がする事なんて、戦争しかない。そうすれば、あの都市は真っ先に動くだろう。いちばん長く戦火に巻かれるに違いない。

 自分の選択を褒めそやしている彼女の前に、スライスされたパンに油っぽい肉、小ぶりなサラダが並べられる。スープだけは、しっかりと味の着いたポタージュだった。


「出した側が言うのもなんだけど、食べ切れる?」

「むしろ物足りねぇくらいだよ。」

「食べたもの何処に消えてるの……? 胸か、胸なのか……?」

「いやぁ、筋肉じゃねえかな。」

「ごめん、ウチに来るの肉ダルマばっかりだから、オルファちゃんは細く見えるかな……」

「結構、鍛えてるつもりだったんだが……」


 一応、商人のはずなのだが。傭兵と肉体を競っている彼女を、そうと言える者は少ないだろう。

 残念そうなオルファが肉にかぶりついた所で、ガタンと大きな音が上から響く。ついでドタバタと足音がし、二階からシラルーナが転げでてきた。痛そうな光景に、つい身が縮こまる二人の前で立ち上がった彼女が、オルファにしがみつく。


「ソ、ソルさんは!」

「ん〜、魔人サマなら外って聞いたけど。ちゃんと帰るってよ?」

「それなら……良いんですけど。ソルさんが私を眠らせてきたの、本当に久しぶりだったので……」

「なんか嫌なタイミングだったのか?」

「だいたい、ソルさんが黙って遠出したり外泊したりする時ですね。」

「あ〜……」


 遠い目をするオルファにも、似たような経験があるのだろうか。当時のシラルーナを思えば、連れ歩けない年齢なのは違いないのだが。


「そういう時のソルさん、大怪我してたり魔力欠乏になってたり……もうちょっと生きようとして欲しいんですけどね。」

「いやぁ、オレから見たら死にそうに無いんだけどな。」

「私も〜、ソルくんなら首が飛んじゃっても生きてそう。何となく、人間離れしてるって言うかさぁ、死んじゃうところ想像できなくって。」

「それは……そうですけど。」


 ソルは見栄っ張りだ。自分に対して嘘をつき、誤魔化している。そんなふうに平気な顔をしていられるほどに、魔人の生態は肉体に頼らない。そしてソルの魂は、魔力は、「滅びない」という一点に置いては非常に優れている。孤独であるものの滅びは、自我の崩壊と時間による摩耗ぐらいしか存在しないのだから。

 そんな彼が、死ぬところを想定するのは難しい。仮にマモンとの衝突を見ていたとしても、アレを切り抜けたのだから、その印象は強くなるぐらいだ。だが、シラルーナにとって、自分の身近な人というのは死んでしまうものである。特に、優しくしてくれるのに離れるような人は。


「良いんじゃねぇのか、不安だ寂しいだとワガママ言えるのは、チビ助ぐらい若い時だけだぜ。」

「オルファちゃんも若いと思うんだけどなぁ……」

「よせやい、オレが言ったってみっともねぇよ。チビ助みたいに可愛くはねぇ。」

「甘えベタさんだね、二人とも。カァ〜ワイイ♪」


 跳ね回っているオルファの髪を撫でる彼女に、ムスッとした顔で手を退けようと格闘する。四本の手による追いかけっこが酷くなって来た頃に、カランとベルが鳴る。


「……何してんだ、お嬢ちゃん達よォ。」

「あ、トクスさん。朝に来るの、珍しいですね?」

「良いからよ、その子離してやんなよ。お前さん、それ俺みたいなオッサンがやってたら殴られるぞ?」

「いーじゃん、頑丈だし。」

「殴る前提で話すな〜? 俺はなんにもしてねぇだろ。」


 いつの間に取り出したのか、お玉を手ににじり寄る彼女を追い払い、足を庇いながら座る。真正面に座られたオルファが、怪訝な顔をしながら次の一口を頬張った。


「いや、食うの止めろよ。」

「ひゃなほっは、ふへるほひにふっほうんだよ。」

「なんだって?」

「食べられる時に食べるんだって言ってるんだと思います。」

「あぁ、そう……しっかし対象的なくらい、ちまっこい嬢ちゃんだな。ちゃんと食べてるか?」


 頭巾の上からポフポフと頭を叩く彼に、どうしようとオルファに視線を送るシラルーナ。だが残念なことに、彼女は目の前の食事を口に運ぶのに忙しそうである。


「トクスさーん? ソルくんに怒られちゃうよ。」

「お前さんに言われたかねーよ……だがよぉ、お嬢ちゃん。ちと頭骨が特殊だな、混ざり者か?」

「っ……!」

「あぁ、いや、別に責めてる訳じゃねぇんだ。ただ、この街に居るならある程度は把握しとかないとよ、使う道具や射掛ける優先順位が変わってくる。俺達の団にされた依頼は、街ごと中の人を全て守れ、だからな。お嬢ちゃんもその中って訳だ。」


 ぐしゃぐしゃっと手を動かした彼は、懐から手紙を取り出した。既に開けられた跡のあるそれに、リティスが首を傾げて拾い上げた。


「なにこれ。」

「今朝、支部に休みを貰いに行ったらコイツを貰ったんだよ。奴からだ、多分ここにも飯を食いに寄るだろうさ。俺達には顔を見せねぇからな、知らせるならお嬢ちゃんだろうとな。」

「……ふーん、そっか。ま、せっかくくれるなら貰っとくね。」

「おう、そうしな。」


 手紙を開くことも無くヒラヒラと振りながら奥に行くリティスに、素直じゃねぇ奴だ、とボヤいた彼がオルファのパンを摘み口に運んだ。


「あ、オレの!」

「ケチケチすんなよ、腹減ってんのさ。」

「テメェで頼めよ……」


 睨みつけるオルファに、トクスはチラッと奥に目をやると噛みちぎっていたパンの最後の欠片を喉奥に放り込み、口を開いた。


「ここに泊まるなら無関係でもねぇし、いい事教えてやるよ。あの手紙を寄越したヤローは、俺らの仲間さ。「白い羽」は、「白い翼」って傭兵団が元になっててな。とある国の片翼が前身だ。」

「仲間……ってこたァ、遠征か?」

「いや、翼から羽が抜け落ちた時、一緒に消えたんだ。最近になって戻ってくるようになったのさ。一年ぐらいか……そんぐらいだな。」

「ソルさんが、テオリューシアに入った頃ですね。」

「そうなのか? 坊主が去ってからそんなに経つか。」


 話が逸れかけた事に気付きオルファが机を軽く叩けば、気まずげに咳払いをしたトクスが続ける。


「今の団長はな、傭兵団になった時には副団長だった。前団長が失踪して、改名する時に繰り上がったのさ。ここの領主様とのご親戚だよ。」

「そうだったんですか!?」

「傭兵と領主が? ……いや、アナトレーなら有り得るか。」


 元々、国の崩落が相次いだものを止める為に、連合国となった国だ。今の身分が出自に繋がるとは限らない。それに、トクスの話では傭兵団も元々は別の集団である可能性が高い。


「ま、そんな感じで切り替わったもんで、団長を慕ってた奴らは彼女を探す方が優先だった……古株の奴らも、それに協力してるって訳だ。」

「じゃあ、手紙の贈り主さんは……」

「あぁ、団長にゾッコンだった。神かなにかでも拝んでるようだったさ。この宿屋も、俺達にとっちゃ馴染み深いもんだし、アイツにとっちゃ我が家みてぇなもんだった……リティーは、さしずめ娘って所か。ちとデカイけどな。」

「なんでそれを、オレ達に言うんだよ。」

「ここに泊まるなら、顔も合わせるだろうしな。ちと気にしてやってくれ。不器用な奴なんだ。」


 頼む、と頭を下げた彼に、戻ってきたリティスが首を傾げてパンを差し出した。


「何話してるの?」

「うぉ!? 早かったな。」

「そうでも無いでしょ、別に。まぁ良いや、それよりもさ……」


 じり、と距離を測りながら詰め始めたのは、オルファの隣でサラダを分けてもらっているシラルーナだ。

 敵意は感じないものの、警戒するに余りある仕草に椅子を降りた彼女だが、ここはリティスにとって勝手知ったる我が家である。部屋を借りてる身で避けていいのか、などと遠慮をしているシラルーナが逃げられる訳が無い。


「階段で転げた時に見えたぞ〜! バラバラの前髪!」

「わ、や、頭巾は……!」

「ダメ〜! 女の子がそんな髪してるなんて見過ごせないー! お姉さんに揃えさせろー!」

「お前さん、切れねぇだろうが……」

「前髪くらいできますー!」


 ドタバタと騒ぐ二人だが、内容が内容なだけに止める気も起きない。オルファも、初日のトクスの反応を見てからは、屋内くらいならば場所を選んでシラルーナが羽を伸ばせれば良いという考えだ。多少荒療治だが、これで壁が取り払われればいい。自分が顔をよく見たいという欲望もあるのは本音だろうが。

 数分後、絶句したリティスと頭を抑えるシラルーナが、二人の前で止まっていた。流石に、ざんばらに刈られた髪を整える技量は、宿屋の女将には無かったのだった。

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