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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第5章 南下
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第65話

 近くに降ってきた大剣に、アルスィアが顔を青くした。いや、その身を包む結晶のせいかも知れない。


「モナク、あの人間は使い捨てて良かったのかい?」

「あー。俺も悪魔消すよりかは魔力使わないと殺せない魔獣相手に若者庇いながら粘ったり、マモンの残滓相手に大盤振る舞いする人間だからさ。多分、死なねぇよ。」

「……悪魔憑きかい?」

「さぁ、それらしい気配は無かったけど。個体差だろ、人間の。あれよりオカシイのも居るしな。」

「あぁ、そう……アスモデウスが人間に固執してた理由が少し分かった気がするよ。」


 ローブの影に溶け、結晶をすり抜けた彼が妖刀を取り出す。連続して風刃を飛ばし、標的の皮膚に着弾したものを数えていく。

 何をしたいのかは知らないが、あの強度の生き物を灼き抜くには十分なエネルギーは集まった。もう供給源(アルスィア)には好きにしてもらっても支障は無い。


「まだ撃たないのかい?」

「集めて射出するのに適正な状態に調整する必要があんだよ。雑にやるなら問題無いだろうけど、この量をミスると爆発しかねないし。」

「なんでそうなるわけ?」

「圧縮の維持と指向性の指定が一番、面倒だから。常に再調整が必要なのに、動かして変化させてる中でそれをやるんだぞ、失敗回数も増えるだろ。」

「知らないよ……」


 純粋な魔力の操作など、アルスィアは行わない。必要が無いとも言える。力場の特性ならば近い感覚ではあるが、彼の魔力は漆黒。紙切れ一枚程であろうと、透かして見ることなど出来ない影だ。

 そもそも、魔法とは記憶と感覚の結末にあるもの。悪魔にとって、操作や調整を行うものでは無い。魔術とは因果関係が逆転しているのだから当たり前だが、根底が異なってくる。筋書きを用意して魔法を行使しているソルが異端なのだ。


「なんとなく、君の肉体が保たれてる理由が分かった気がするよ。」

「そりゃどーも。」


 砲塔となる結晶を残し、残りの戦陣も回収されていく。今回の相手は、細く速い。ただ真っ直ぐに撃つだけでは外す可能性もある。出来れば致命傷でも与えて、南の古巣へと逃げてもらいたいのが本音だ。

 故に、混ぜ込む。重ねた術式でもって、緩くだが追尾を行えるように。その上で、圧力と熱量を失わず、太く。付与した術式が灼け切れる前に到達できるように、初速にも妥協しない。


「こんなもんか……」

「これだけのモノを掌握しておいて、その反応なんてね……名持は皆、こうなのかい?」

「お前だって名持だ。魔力の総量が低いのは、元々のモンだろうし。第一、自己喪失してる奴が、感情の源泉が豊富なわけ無いだろ。」

「僕は僕だ、いい加減にそういう事を言わないでくれるかい?」

「半分でも記憶を掘り出してから言ってくれ。」

 

 一つの大きな結晶を残し、全ての戦陣の回収が終わる。膨大なエネルギーは光と熱を辺りに振りまきながら、六角錐の芯へとその輝きが移ろっていく。


「三発の後に二発分消失、等間隔だけど大きなダメージの後は四発分の消失の後に六発分の休憩だったよ。マナも混ざってるなら、少しは変わってくるんだろう?」

「さっきから、それ測ってたのか。」

「街を壊されれば、リツも危ないだろうしね。素直で無力なアレは僕に必要なんだ、多少の手間なら惜しまないさ。」

「そういうとこだぞ、お前がシーナに嫌われてるの。」

「心底どうでもいいね。」


 夜闇から刀を斬り出し、ソルの左手が添えられる結晶の横に立つ。射出の後に切り込むつもりらしい。


「タイミングは?」

「君に任せるよ、影がないとして遅れるほどじゃない。」


 これ以上、消耗する気は無さそうなので、仕方なくソルの方から動く。結晶を魔獣に突き刺し、それをミフォロスへの合図として発光させる。

 アルスィアの言うことを信じるなら、環境の上書きにもインターバルがある。そして、せっかくならその上から叩き潰してやるつもりだった。

 放った結晶は、発光と同時に消された。その瞬間を狙って、最速で放つ。隣から聞こえた舌打ちは無視を決め込んだ。


「イィィーーン!!」

「生き物の声かよ、これ……!」


 まるで金属体を高速回転させるような音。今までの自己防衛に基づいた超音波ではなく、肺の縮小による絞り出される声。すなわち、悲鳴である。

 断末魔だと言い切れればいいのだが、目の前の光景がその期待を否定していた。アルスィアの妖刀を振る左腕を、しっかりと捕まえている巻角の悪魔。


「絶望のアルスィア……貴方は壊し無くすこと以外に出来ることが無いのですか?」

「アスモデウス……!? 去った筈じゃ」

「回収ですよ、受け取るために近くに居るに決まっているではありませんか。それより、コレを始末してもらっては困ります。これだけの手傷を負わせれば、満足でしょう?」


 足元へと逸らされたソルの熱線は、魔獣の左側を焼き飛ばし、歩行を困難としていた。左翼も根元が細まり、羽ばたくのも苦しそうな相貌で這っている。


「また来るじゃないか。」

「その頃には居ないでしょう。貴方に関係がありますか? なんの利益が。」

「そうだね、強いて言うなら気分がいい。」

「なるほど……今でなければ私の部屋へ招待したいところです。」

「ゴミしか出てきた所を見たこと無いけどね。」

「自虐ですか? だとすれば先見の明がありますね。」


 自由な方の腕でアルスィアの頭を掴むと、その掌から星が振る。簡単に人の頭骨を貫いた悪魔は、迫るソルへと視線を移した。


「意識を飛ばせと命じたのですが……私が起こしてしまった彼はともかく、貴方もしっかりとしていますね。」

「生憎、お前の声は耳障りでね。何言ったか分かんねぇよ。」

「左様で。何はともあれ、目的は達しました。友人が居たので想像以上に容易でしたよ。あぁ、少し急げば、貴方も我らが王の再臨に間に合うでしょうが……いらっしゃいますか?」

「好き好んで火に飛び込むのは、虫だけだろ。」

「貴方も貴方で失礼ですねぇ……」


 チラと南方の空を確認し、頭を振ってアスモデウスは翼を広げた。刻限は近いらしい。


「サタンの奴が目覚めたら、魔界はどうなんだ。」

「変革が起きるでしょう。獣人の生息域くらいは呑まれるかもしれませんねぇ。」

「そんなに変わるのか?」

「王がその気になれば……ですね。」


 では、と一言を落として翼を広げた悪魔は、次の瞬間には視界から消えている。器用で素早く、頭が回る。厄介な奴に目をつけられたな、と去っていった空を眺めていると、下から叫び声がする。


「おぉい! ソル! お前のツレがすげぇことなってるぞ!」

「あ、忘れてた。生きてるかな……」


 掴まれた頭を貫かれているので、脳は損傷していそうだが。肉体の理解はソルよりも進んでいそうなので、修復は間に合っているかもしれない。

 だが、如何せん脳である。しばらくは動かないだろうし、鼓動や呼吸も止まっているかもしれない。火葬される前に隠すくらいしてやろう。


「なぁ、なんか痙攣してんだが。生きてるのか? これは。」

「俺に聞かないで下さいよ、分かんねぇんですよ、コイツのこと。」

「死んでたら焼くだけだからいいよ。」

「仲間じゃなかったのかよ、お前さんよぉ!?」


 結晶を刺して魔力反応を見るソルは、反応がない部分を結晶化させていく。アルスィアが切り捨てた部分を、壊死しないように固定化しておくのだ。完璧には止まらないが、それまでに生存活動を再起させるくらいにはなるはずだ。

 頭に集中している意識のせいで、表情だけは目まぐるしく、首から下は脊椎反応のみが現れている光景は不気味だが。とりあえず死んではいないらしい。


「魔人って奴か。」


 フードの取れたアルスィアを見て、その角に視線を走らせた団長が呟いた。畏怖の中に感嘆さえ混じっているような様子に、胆力の強さを感じる。


「これは街の外に隠しとくよ。この調子なら、明日の夜には歩けるくらいにはなると思うし。街の方は頼んだ。」

「治せるのか?」

「俺は手伝うだけ。そういうのはシーナの方が得意なんだけど、多分嫌がるからな。」


 他人に無関心、自分の命も天秤にかける、そんなソルに生命維持や治療の魔術は上手く扱える筈がない。怪我や死傷を受ける時には魔力も切れている事が多く、自力で人体を修復したことも少ない。というか、ソルの魔法で致命傷を貰うこと自体が少ない。

 その点で言えば、アルスィアの方が肉体の補修は慣れているだろう。ならば、保護と魔力の供給だけで足りるはずだ。死んだなら、利用されれば厄介なので焼けばいい。


「昼までには一回戻るからさ、オルファにもそう伝えといてくれ。シーナが心配すると思うから。」

「分かったよ、使われてやる。その代わり何してんのか、ちゃんと話せよ。」

「了解、帰ってから話すよ。」


 目の前で血が止まり、肉が蠢き、傷が塞がっていく光景は気味が悪い。早々に帰る団長と、大剣を拾いに行くミフォロスが反対方向へと歩き出す。

 とりあえず危険は去ったと確認し、結晶を宙に固定したソルがアルスィアを放り投げる。どうせ、この状態では痛覚は死んでいる。

 アラストールの炎は強力で暴力的だ。しかし、アルスィアの固有魔法はその上を行く。こと絶対性においては、類を見ない程に。魔法の肉体を持つ悪魔を狩るには、乱入者としては最高だ。死なせては惜しい。


「しっかし、王の再臨か……アレが目覚めたら、また全部焼けるんじゃねぇかな。」


 ソルの記憶の一部はモナクスタロのもの。あまり交流は無かった悪魔だったが、自分に対する危機くらいは知っている。あの頃のモナクスタロにとって、脅威などは二柱だけだった。

 一つは魔界全土で恐れられた、暴食の悪魔ベルゼブブ。物体だろうがエネルギーだろうが、口と定義した部位に放り込みさえすれば、分解吸収を可能とする魔法は、己の器さえじわじわと蝕み、呪いと称しても良いものだった。遭遇する度に狂気を増していた悪魔は、モナクスタロでさえ撤退以外の策は思いつかなかった。

 そして、もう一柱。それがアスモデウスに王と呼ばせる存在。憤怒の魔王サタンである。噴き上がる炎は裾野を広げ、飲み込んだものを己と同質なものへと変えてしまう。例えば悪魔ならば炎の塊へと、大地ならば魔界へと……魔獣が攻撃的方向へと進化するのも、アレと同質になるからだ。


「俺の寿命がどんくらいか分からないけど……サタンも、そのうち対処しないといけなくなるかもな。」


 やる事が次々と増えていく。何も無いより、良いのかもしれないが。英雄でいるのも楽ではないと、思い息が漏れた。

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