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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第5章 南下
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第63話

 飛び去ったアスモデウスを怪訝に見つめ、近くに降りてくるソルを睨む。


「僕の入れない領域で、楽しくお喋りかい? 随分といいご身分じゃないか、モナク。」

「そういう事を言える奴もな。というか、風の特性があるなら上手くやれば飛べるだろ。」

「……は? どうやって?」

「知らん。じいちゃんはやってたから、理論的には可能だろ。」

「実例を出されたのに理論的にはって締められるの、大分おかしいでしょ。その人の事、人とも思ってないよね?」

「いや、じいちゃんだし……」

「人間の祖父は人間だと思ってたんだけど……?」


 食い違いが出来ているような気もするが、それは重要でも無い。ソルが話しているのを確認し、敵ではないと判断したミフォロスが武器を下ろしながら掴みかかって来たからだ。


「いたたたたたたた!!」

「何がどうしてどうなった……? 今度はキチンと話すよなぁ、クソガキぃ……」

「うわぁ……」


 出会った人間の中でも、一二を争う恰幅を誇るミフォロスの掌は、長く握ってこられた金属の柄に慣れている。デカく、硬く、強い。

 耳のいいアルスィアには、人体の中でも剛性が低い頭骨とはいえ、歪む音が聞こえている。嘲笑うより先に、なんとも言えない同情が湧いてでた。


「そっちのヒョロいのは、街の防衛に協力してくれたんだよな。感謝するぜ、どこの奴だ?」

「君に比べれば殆どの人体は細いと思うけどね……」


 囁かな反論を試みながら、肉体の修復を停止して差し出された手を取り立ち上がる。こうなった以上は、身を隠せない。それならば、友好的に接した方が楽で良いだろう。

 アルスィアからすれば、ソルに逃げられれば魔術の知識が得られないのだから。右腕の蘇生の可能性に加え、飛ぶことの可能性まで見えてきた。是が非でもソルの育った塔とやらに行かねば行けない。ソルが孤独から逃れる事が出来ている術も、見つかるのなら尚更いいのだが。


「アルスィアだ、流れの旅芸人だよ。護身用に、ちょっとした剣技は収めてるけどね。」

「ちょっとした、ねぇ……余程の業物なんだな?」


 辺りに倒れている獣は、断面がくっきりと分かる。ソルの戦陣による燐光は、月明かりよりも乏しい。その中で見て分かるということは、肉だけでなく骨は体毛に至るまで、一直線に、歪むよりも早く切断されたという事。

 刃を通した時、ほんの僅かでも抵抗があれば、刃に押された物は歪む。刃が通り過ぎれば、戻った歪みは断面を隠すものだ。どれほど研ぎ澄まそうとも、動くもの相手には消すことの出来ない極小のズレ。


「ま、ソルの知り合いってんなら、なんとなくはな。もう少し言い訳の練習はしとけよ。」

「なぁ、そろそろ離してくれよ……」


 頭痛に負けたソルの声は、力無いものだ。成人からすれば小さな体格とはいえ、魔人の頭骨に有効打を与えるとは。

 手の届く範囲には行かないようにしようと、立ち上がった後は一歩引くアルスィアに、ミフォロスが何かあったかと聞こうとした時に、頭に木の棒がぶち当たる。先端を布で覆っているとはいえ、細く固いそれは十分痛い。


「あんのやろぉ、声くらい張れよ……わぁったよ!」

「何が分かった訳?」

「足が痛えんだろうよ、早く持って帰れってこった。」


 悪魔に一矢を放ったなど、街を守った英雄と言われてもいいものだが、荷物のように言われている。これが、ここの傭兵たちの距離感らしい。

 面倒だという気持ちを一切隠すことなく、ズカズカと帰って行く彼。二人の魔人も後に続き、魔獣の死骸だけが外に取り残される。死臭が、夜空に流れて行った。




 あまりに綺麗に焼き払われている穴は、消毒の必要はなさそうだったが。暫くは歩き回るような事はしない方がいいだろう。


「くっそ、光ったと思えば穴が空く……なんだってんだ。」

「俺に聞くなよ。そういうのは、てんで分からねぇ。」

「熱で脆くなった部位が、斥力の効果で飛ばされて散り散りになるんだ。俺の熱線みたいなものだよ、あれは力場の魔力と高エネルギーの熱だから、少し違うけど。」

「なんて?」

「あの悪魔が使う魔法の話だよ。熱したら鉄のような硬いものも簡単に穴が開くだろう? その原理さ。」

「あぁ、納得。」


 勝ち誇った顔で見下してくるアルスィアに、腹立ちまぎれに八つ当たる。


「で、どこ行たんだよ。」

「僕一人で彷徨いて、問題にならないとでも? 顔を隠すか角を晒すか……まぁ、フード越しても違和感はあるけどね。」

「隠れてたって事か? 潜伏出来るような場所あったっけ。」

「ここの地下に、崩れたままの水路があってね。誰も来ないし、暗いし、ちょうど良かったんだ。夜にはあのノッポとリツも探してるんだけど……中々、ね。」


 アルスィアが夜闇の中で人探しをして、見つからないとは。どうやらベルゴは、随分と上手い隠れ家を見つけたらしい。


「あの鎖女の反応も無いんだよね。話を聞いた後に片付けたのかもしれないけど。」

「なぁ、物騒な話を人の家でしねぇでくれねぇか? これでも荒事を持ち帰らねぇ主義なんだよ。」

「所帯を持って丸くなりやがって。まぁ、気持ちは分からんでもねぇか……そういう訳だ、若ぇの。続きは場所を移そうや。じゃあなトクス、団長には俺から言っとくから、しっかり養生しろよ。」

「おぅ、往生しねぇようにするよ。」


 ヒラヒラと手を振ったトクスが、家族を起こさないようにそっと包帯と薬を棚に戻していく。そんな彼を置いて、三人は街の中へと歩き出す。静まり返った街は、既にこの静寂に慣れているようにさえ思った。


「さぁて、俺は避難してるだろう西住の奴らを迎えに行くかね……悪魔は失せたんだろ?」

「悪魔はな。モノの回収をするから、それは邪魔すんなってよ。」

「モノ?」

「薬だと。なんでも、魔力とマナを分離するとか何とか……じいちゃんの手記から言い方を学んだろうから、こっちだと別な言い方かな。」

「もしかして、領主様の作った「特効薬」か?」


 心当たりはあるらしい。ソルには知らない存在であり、どこにあるかも分からない。きっとミフォロスが上手いことやるだろうと、ノータッチを決め込んだ。


「ねぇモナク? 聞いただけでも危ないんだけど、まさか、それを? アスモデウスの奴に渡すつもりじゃないだろうね。」

「だって俺にはどっちでも良いし……成分の分析くらいはしたいけど、用途が思いつかないんだよな。魔法のキャンセルするなら、薬をかけられる距離なら叩いた方が早いし。」


 結晶を創り、クルクルと回して陣を描くソルに、それは使う場合だろうと呆れた顔を向ける。

 細めた赤い瞳は、フードの下から飛び回る結晶を捉えている。小さな真空の刃に、【切望絶断】を載せて飛ばせば、二つに切断される。苦い顔をしたソルに、アルスィアは消えていくそれを指し示して問う。


「君の結晶とか、あの子の石化も解けるんじゃないかい?」

「発動した魔法を解除できるとも思えないんだよ。せいぜいが、潜んでる悪魔をたたき出すくらいだろ。それも結晶でした方が早い。」

「君には需要が無いって事は分かったよ……僕は欲しいし渡したく無いけどね。」

「ならお前の好きにしろよ。俺は不干渉でいく、アスモデウスとやり合う方が嫌だ。」

「……まぁ、あの悪魔は準備無しに相手はしたくないけどさ。」


 妨害するか、便乗するか、悩みはじめた彼の後ろからミフォロスが顔を出す。太い腕に強引に肩を組まれ、アルスィアがガクリと頭を落とした。

 そのまま、吊り下げるのかという勢いでアルスィアを捕まえた彼は、ソルの方に視線を落とした。


「なぁ、ソル。お前にとっちゃどうでもいいのかも知れねぇが、俺たちは困るんだ。止めることは出来ねぇか?」

「出来なくは無いだろうけど……二年前の暑い頃、マモンの欠片とやり合ったろ? あれの軽く十倍は酷くなると思う。流石に魔獣の群れに呑まれることは無いと思うけど……あと二〜三くらいは悪魔が出てもおかしくない。」

「アレのやりそうな手だね。」

「マジかぁ……まぁいいや、そういうのは団長と領主様の考える事だしな。」

「一傭兵団が、行く末を決めるような事態に口出かい? 随分と人手不足だね。」

「あの人は特別なんだよ、親族だしな。」


 アナトレーの国の領主ということは、元は国を治める立場に近いという事。その親族が、何をどうしたら傭兵団など率いる事になるのか。


「あ、気にしても教えてくんねぇぞ。あの人が話してるとこは聞いた事がねぇ。俺はその時から居た人に聞いただけだからな。」

「聞く気も無いよ。人の生き方に興味を持てる程、自分がしっかり生きてる訳でも無いしね。」

「人生の悩みってやつか? 若ぇなあ。」


 抱え込んだアルスィアの頭を、フード越しにぐしゃぐしゃと撫で回す。瞬間、ビリリと音がしてフードから角が覗いた。


「あ……悪ぃ、そんなに長いと思わなくてよ。」

「えぇ、どうするのさ、これ……」

「朝までに縫えば良いだろ、そんぐらい。」

「糸と針の使い方なんて知らないよ。」

「なら出して歩けば?」

「君ね、もう少し考えて物を言いなよ。大騒動でも起こすつもり?」


 睨み合う二人の後ろで、裁縫が出来る知り合いを思い出していたミフォロスが、ふと上を見る。星が見えない黒塗りの天井は、どうやら曇天らしい。


「おい、お前さんら。静かにしな。」

「はぁ? 元はと言えば君が破ったから……何か聞こえる。」

「へぇ、お前さんにゃ音が聞こえるか。いい耳してんだな、俺には圧迫感と酩酊感しか感じねぇ。」

「何の話してんだよ、二人して。なんかあったか?」


 月明かりが、雲の切れ目からぼんやりと透けている。それが、ほんの一瞬だけ隠れた。


「西に向かってやがる。」

「このまま、通り過ぎると思うかい?」

「お前さんはどうだ? 目の前に飯があって、平らげた後に横に肉でも香ばしく焼けてたらよ。」

「腹具合によるかな。」

「そういう事だ、行くぞ。」

「報酬は貰うからね……!」


 二人が連れ立って行く中、置いていかれたソルだけが残された。

 が、どうやら西区格の避難は無駄では無かったらしいことだけは理解する。上空では分からないが、地表まで降りてくる巨体を見逃すほど、魔人の目は闇に弱くは無い。


「ミフォロスがいってた、羽のない鳥か……死骸も食うなんて聞いてねぇんだけどな。それにこんなに早く勘づくなんて……アスモデウスの奴、なんか手引きしやがったな?」


 街にはシラルーナが居る。それに、知らない街でもない。撃退くらいは手伝うかと、ソルは再び西門へと飛行した。

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