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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第5章 南下
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第62話

 星さえ隠れるような夜、寒さが肌を撫でるより、汗が滲むほどに体温が緩く上がっている。目が効かない闇夜の中で、記憶を頼りに走る二人の後ろで、ソルは暗視を付与した瞳を紅く染め上げていき、門が見えた途端に飛んだ。


「坊主!?」

「生命体の数が多い、先手をとって制圧する。」

「おぉい、ソル! 門を壊すなよ!」


 剣を持っていないミフォロスが、駆けつけて何をするつもりなのか知らないが、門を心配する余裕はあるらしい。

 ついでに結晶で創り出した大剣を射出し、その場に突き立ててから街の外へ躍り出る。簡易な結晶を幾つも創り、地面へと射出する。


「【戦陣(フィールド)】。」


 突き立った結晶から広がる支配領域。燐光を帯びる結晶が、床となり壁となり天井となり。剣となり槍となり槌となり。地を、天を、空間を埋めていく。

 闇夜を払ったその空間に、切り裂かれ息絶えた魔獣の群れが浮かび上がる。そして、その中で翼を広げる、巻き角の男。


「おや、モナクスタロ。貴方もここへ来ていましたか。モノを回収しに来ただけだったのですが……実に好都合。」

「アスモデウス……!?」

「もう少し眺めていたかったのですが……観察の時間は終わりですね。貴方にも興味があったのですよ? アルスィア。」


 燐光の中で、影から追い出されたアルスィアがソルを睨んでいる。辺りに散らばった魔獣は、彼が斬り捨てたものだろう。

 ここで生息するには、あまりに大きく厳つい。おそらく、アスモデウスが南の方から連れてきた個体。種類も豊富だが、蠍を主とした群れだ。


「モナク、君ってとことん僕と相性悪いね。」

「息が上がってる奴の第一声か、それ。数相手にやるには向かないだろ、お前の魔法。帰ってろよ。」

「させませんよ? 貴方の付与と、彼の闇……実に面白い。それを使いこなせれば、我々にさえ迫る可能性。私に見せてください。」

「【狙撃(ショット)】。」「【風よ(アネモス)】。」

「話を聞きませんねぇ……」


 あまりにも雑に、しかし常人なら簡単に死ぬような暴力現象に、アスモデウスは袖を振り払って応える。

 金属の粉末のようにキラキラと散った軌跡が、数瞬の後に輝いた。その一瞬で背後の門が崩壊する。


「相性や物理現象など、考える必要が無いんですよ。貴方々程度なら、ただ出力を上げて迎撃すれば良い。手が遅れる事もありませんから。」

「本体かよ……」

「らしいね。紛い物だった去年のマモンより、遥かに危険だ。」

「なら逃げれば良いんじゃねぇの?」

「僕が? 冗談だろ、魔王になるにも魔人になるにも、アレは一番邪魔なんだよ。」

「物騒なモノだ。平和的に行きませんか? 私としては、確証と知見さえ得られれば、貴方々と対立する必要は無いのですよ。」


 返答を待つ構えの悪魔だが、次の瞬間には接近したアルスィアが妖刀を振るう。飛び上がって回避したアスモデウスだが、上にも広がる戦陣から、無数の光線が射出された。


「なるほど。」


 短く呟いた山羊角の悪魔は、二対四枚の翼が畳まれ、その熱線を受ける。僅かに焼けたその内側が輝いたかと思うと、開いた瞬間に魔法が展開される。


「【流星群ディアトン・アステラス】。」


 それは、今まで見たどの魔法よりも鮮烈で苛烈だった。認識したその一瞬があれば、既に着弾、貫通しているような湾曲する光線群。あらゆるものを破壊する、星空の涙。

 魔法陣を読み先んじて対策をすることで優位を取っていたソルも、射出と着弾がほぼ同時では間に合わない。対応速度には自信を持っていたアルスィアでさえ、距離を無意味にされては間に合わない。


「これが……原罪か。」

「マモンのような器用貧乏とは違いますからねぇ。如何に知識や経験ごと奪おうと、混ざりものがある身では選択や抵抗の遅れが発生しますから。」


 暗にソル達を紛い物と呼び、余裕を崩さない悪魔にはソル達を見下す姿勢が見える。そこにある意思は敵意では無い、獲物を見るだけの捕食者の立場だ。


「観察対象を示して貰えないならば、退いて頂けますか? 私とて暇では無いのですよ。」

「何しに来たんだよ、こんなところに。」

「言ったでしょう? モノの回収ですよ。」

「君の利益は僕の不利益になりそうだし、出来ればお引き取り願いたいけどね。」

「おや、貴方が北で、私の従僕を斬り捨ててくれた事で、十二分な不利益ですが?」

「正確には君のじゃないでしょ、あれ。」


 話にならない、と悪魔が頭を振れば、アルスィアの周囲を光球が滞空する。この距離での回避は不可能だろう、彼は口をつぐまざるを得ない。


「通して貰えますか?」

「断ると言ったら?」

「彼が死にます。」

「俺に関係あるか?」

「そうですか? それなら、後ろの街が消えるのならば困りますか?」

「回収、出来ないけどな。」

「どうせ破棄する予定ですから。」


 睨み合う二人の間で、静かな空間だけが横たわる。重い空気の中で、風切り音がそれを裂いた。飛来する矢を大袈裟に回避し、アスモデウスは指先一つで光を放つ。

 力場の魔力により、全力で辺りを押し潰したソル。ほんの僅かに逸れた矢が、遥かに後方でトクスの足を貫いた。ひび割れ、沈んだ地盤からソルが飛び出し、アスモデウスに掴みかかる。


「ほぅ、光の魔法を落としますか。大層な出力の魔法ですが、そんな使い方で持ちますか?」

「だからお前とやり合うのは嫌いなんだよ、効率が悪すぎる。」

「私も貴方は好みませんねぇ、【色欲(ラグネイア)】も光の魔法も、貴方の孤独の結晶とはあまりに相性が悪い……貴方を狙うなら、ですが。」


 街へ向けて、再び魔法を展開しようとするアスモデウスを、ソルが引き上げる。自分と共に上空へ射出した悪魔の腹へ、続けて魔力を高めた掌を叩き込む。


「【具現結晶(クリスタライズ)破裂(バースト)】!」

「それでは無いのですがねぇ……私の見たい魔法は。」


 更に高くへと飛ばされた悪魔は、二対の翼を広げてブレーキをかける。めいっぱいの風を受けて膨らんだそれに、ソルの結晶が突き刺さる。


「おや。」

「涼しい顔しやがって、やり辛ぇ!」


 羽ばたくことを止めた悪魔が落ちる……ということも無く。そもそも、悪魔が飛ぶのは翼で物理的には飛んでいない。補助機関として発達しているのは確かだが、目の前にある像は魔力体。アスモデウス程の緻密な操作を得意とする悪魔ならば、慣れれば翼を使わずとも飛べる。

 だが、問題はそこでは無い。ソルが存分に魔法で引きずる取手が出来たこと。ソルの魔力である結晶は、実によく彼の魔力を受け付けるのだから。


「これで勝手に街には行けねぇな。」

「貴方がそんな事を気にする……十年も前には考えられませんでしたねぇ。」

「ごちゃごちゃ煩ぇよ。俺も私も、お前は嫌いだ。」

「会話は不快だと? 嘆かわしいですね。」


 少しばかりの思案の後に、翼を畳んだアスモデウスが掌を見せる。警戒を高めるソルの前で、悪魔はピッと指を立ててみせた。


「一つ、取引と行きましょう。私は以前、この街で悪魔の心臓の欠片を回収して回っていました。」

「なんで、そんなモンが出回ったかは、この際置いといて。その続きをするとでも?」

「まさか。その時に回収は終わりましたよ。しかし、その時に面白いものを見つけましてねぇ。アラストール殿に滅ぼして頂いた、ここより南のアスプロスという街。その血族がここに逃れ、研究を完成させていると聞きまして。」

「研究? ……まさか。」

「えぇ、私には見えましたよ。先程の彼が矢先に塗っていた、あの小瓶がそうでしょうね。魔力とマナの分離……原理が非常に気になりますから。回収をした後、驚異になる前に破棄します。」


 人類の手札は大きく減るだろうが、それは魔術師の需要上昇にも繋がる。なるほど、彼の目的はソルにとっては悪くない。

 だが、取引という以上は明確な利益を提示する筈だ。積極的に邪魔をする理由がないというだけでは、悪魔の利益を手伝う気にはならない。ソルのその気持ちを、目の前の元凶(アスモデウス)は理解しているだろう。


「さて、これで貴方にとって致命的な事をしようとしている訳では無いことは理解していただけたと思うのですが。」

「長々とありがとよ、それで何をしてくれるって?」

「このまま戦い続けても、私の予定は狂い、貴方は死にはしない。私の損です、それならば、少しばかり払ってでも予定を遅らせたくないのですよ。」

「何をそんなに焦ってるんだよ。」

「王の再臨ですよ、それまでに成果を出しておきたい。貴方も興味深いですが、それは私の個人的な物。器の件とは無関係ですから。」


 何を言っているのか、分からない。そもそも、悪魔には感情は一つしか存在しないはず。色欲の悪魔に好奇心など、根底からおかしい。

 故に、何を言っても不信感しか、ソルには感じられなかった。そもそも、話す気も無いのだろう。のらりくらりとしているのは、ソルに隙が出来るのを諦めていないだけだ。


「それで、何してくれんだ?」

「散々、話が逸れましたね。失礼を。」

「良いから。」

「……本当にツレないですねぇ。ま、良いでしょう。私から提供するのはコレですよ。」


 鉄板に彫物をした、雑な板。ソルの首にかかる、ナンバープレートと同じようなもの。


「なんだコレ、魔方陣か……?」

「契約の魔方陣ですよ。悪魔で無ければ描けないものでしょう? 契約の軌跡は魂に出ますから、人には観測できませんからねぇ。」

「こんなん、何に使うんだよ。」

「アラストールを探しているのでしょう? 貴方が彼とやり合うなら、きっと必要ですよ。彼は、それを使いこなしているのですから。」

「……それってなんだよ。」

「それは、私の口からは言いませんよ。観測してみたいですが、貴方を驚異としたい訳でもない。何より、あのティポタスに睨まれたくはありませんからね。」

「何の話だよ……」


 会話をする気は無いという事は分かった。情報を伝える気は無いが、点をばら撒く事はしたいようだ。

 繋ぐのにも、圧倒的に情報が足りないが。モナクスタロの記憶が、仮に全てあったとしても、きっと分からない。


「回収は私の部下を使うとしましょう、貴方にはそれらの活動が滞りなく行われるのを見届けて欲しい……ここまで妥協すれば、如何です?」

「……わかったよ、俺は引く。お前とやるのも危ないだけだしな。アルスィアは知らん、そっちで止めとけよ。」

「彼には【色欲(ラグネイア)】は有効ですから。侵攻を止めれば、刃向かう道理もありません。」


 分かってて、こんな手段を取ったらしい。手の乗せられたものが、罠に思えて仕方が無かった。


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