第58話
軽鎧の上から、肋骨に響くほどの衝撃。甲高い音は硬質で、つま先まで金属であることは疑いようがない。
しかし、これが契約者としてのものでないのなら、別の何かで破壊力を増加させているということになる。脚を切り落としたとして、無力化は出来ないと考えた方がいい。
「オラオラ、どうしたぁ! そんなもんで調子こいてた訳じゃねぇだろハンパモルモットォ!」
「さっきから口が悪ぃんだよ、金属脚が!」
腕を一振して地面から結晶を巻き上げ、壁にしてから射出する。広い範囲の制圧攻撃に、男は一度、引かざるを得ない。
「変な呼び名つけてんじゃねぇよ、スカポンタコヤロー。俺様にはエディアって名前があんだよ、覚えとけコノヤロー。」
「悪ぃ、人の名前覚えるの苦手なんだよ。あと顔も。」
「はっ! 素直なこった、スカスカボケアタマが!」
片足で上空まで跳ね上がった男……エディアが体制を整えて急降下する。また、目で追い切れない。結晶の精製は間に合わない、「飛翔」のような形式が決まった魔術では起動に時間がかかる。
魔法で感覚的に体をねじ曲げ、結晶の侵食した右腕で防ぐ。出力を調整する時間がなく、肩が嫌な音を立てるが、鉱物質な物体のぶつかる音が響いた。
「てめぇ、グローブの下は人体じゃねぇな?」
「お互い様だろ、ハンパモン!」
近づいてきてくれたのは好都合。至近距離で結晶で穿とうとするソルだが、その魔力が流れを産む前に吹き飛んだ。
伸びきった脚には、人を蹴り飛ばす力なんて発生出来ない筈だ。それに、ほんの僅かではあるが、魔力の流れが感じられた。
「お前……触れたものを自分から遠ざける力か?」
「あぁ? 半分当たり、だなぁ。俺様の願いは、くたばる力だ。テメーだろうがヤローだろうが、なんでもいい。俺様に触れるもんは全て、使い捨ての矢みてぇに飛んでっちまえば良いってな。」
「なんで……」
「イラつくな、オオボケムシケラヤロー。なんでもかんでも聞きまくりゃ済むとでも思ってんのか? 全部死にゃいいんだよ、その時死ぬのは……死神に好かれたツイてねぇ奴ってこったろうよ!」
ソルの【射出】に近い軌道、だが力場の魔法にしてはあらゆる面で効率が良すぎる。魔法として魔力の消費や使用が静かすぎる。
だが、その出力は遜色がないどころか勝るまである。直線にしか飛ばない、弾き出したような雑な発射、その一瞬に集中した力だ。
「下らねぇ命令ばっかりでイラついてたとこなんだよ、オメェも憂さ晴らしになってちょうどいいだろ? ハンパアクマモドキ。」
「うるせぇよ、死にたがり。」
やりづらい。全部を覆いかこってしまえばいいのかもしれないが、それだけ戦陣を広げれば被害も大きい。それに、己の体内だけで完結する魔力流に、金属の義足でしか結晶に触れない高速機動する相手は、戦陣の吸収効率が悪すぎる。
何より、決定打に欠ける。ソルの最速は戦陣として具現済みの結晶を使う魔法。いつ、どこからでも発生するのは脅威だが、命のやり取りに慣れた者なら、視認さえしていれば対処可能な速度。
一方の相手は、人の視野で終える速度と言うには限界が近い。彼は矢と表現したが、そんな生易しいものでは無い。まるで昇る朝日から逃げているような気持ちだ。空気を置き去りにし、踏み出した音が蹴られた衝撃よりも遅く来る。
「くそ、硬ぇなぁ!? 俺様の蹴りに反応できる上に堪えられるなんざ……流石にクサレアクマモドキは違うなぁ、おい!」
「それより良いのか? せっかくデカくしてんのに、死にそうだぜ?」
「へ、なんで俺様がこんな事してると思う? 終わったらとっとと始末するため……ってな!」
突き刺した結晶が吸い取るエネルギーから、瀕死を察してソルが忠告するが、意にも介さずエディアは蹴りこんでくる。
凄まじい負荷がある筈だが、何度も蹴り込み、結晶に打ち付けられるその義足は歪みが見られない。これも、生半可なものでは無いのは確かだ。
「おら、どうした! 俺様を殺そうと思わねぇのか!?」
「興味ねぇな。つか急いでんだよ、失せろ。」
「なら俺様を殺してみろよ!!」
空中で自身を撃ち出して、有り得ない挙動で角度を取って上から蹴り下ろしてくる。戦陣の中では場所を把握出来るが、速さで追いつかない。【反射する遊星】の付与を取りやめ、頑健なものを創って盾にする。
八つの遊星を等間隔にバラし、最小限の動きでカバー出来るように準備する。自分は動かず、遊星に集中して防御に集中していけば、やがては敵の疲労が勝る。ソルは戦陣から回収が出来るが、エディアには無いのだから。
「ちっこいのばかり浮かべやがって、ナメてんのかよジミクズハムシがぁ!」
「そりゃ怒りと焦りどっちだよ、人間。」
「悪魔がぁ!」
「そう呼ぶな、俺は半分だ。」
急に浮力を弱め、蹴りこんだ瞬間の反動を殺す。一瞬、離脱が遅れたエディアを、八つの遊星が囲んで潰す。
小刀程度の大きさはあるその菱形は、彼の肩や胸でミシリと音を立てて喰い込む。力も使い、手で払い除けていく彼だが、その手の動きは人間のもの。契約者の力では無い……つまり、ソルの方が早い。
「【具現結晶……」
「カハッ……! 来いよぉ、ハンパモン!」
「破裂】!」
嬉しそうに笑い、最後の一撃とばかりに蹴り込む男を、ソルの右掌が迎え撃つ。ぶつかり、衝撃。その力が具現化され、結晶として形になっていく。
形とは存在であり、力。簡単には消えなくなった衝撃は、加算乗算され膨れ上がり、義足の足首を押しやり、歪め、へし折る。
時間さえあれば、【極破裂】の術式を組めたろうが、それでは逃げ切られていたに違いない。現に、吹き飛んでいくエディアの身体にめり込んでいる結晶は残り二つしか無く、離脱する直前であった事が伺えた。攻撃に転じてくれなければ、片足も破壊できなかったかもしれない。
「とことん相性が悪いな……俺とは。」
「ソイツは褒めてるつもりかよ、ゴウマンエセヒーロー。これで勝っただのと言わねぇよな?」
「終わりだろ、お前の力は動き出すのは問題なくても、踏み込んだり着地したりの動きが出来ないんじゃ、姿勢の制御が出来やしない。ぐねぐね踊りながら跳んだところで、俺に有効な一撃があるのかよ?」
「…………チッ、殺せよ。」
「やだ、そっちの方がお前が嫌がりそうだし。それに、倒すのは面倒だけど、いつ襲われようとも負ける気がしねぇ。そう伝えとけよ、お前の親玉にもさ。」
舌打ち、否定はなし。親玉がいるのは間違いないらしい。
悪魔のツテか、狂信を患った者達か……どちらにせよ、この自信。実力者と認められる人間なのは間違いない、いい警告になるだろう。
「何度も言わない、失せろ。その玩具を直してろよ、暫くな。」
「舐めたマネしやがって……その冷えた面ァ踏み潰してやる、首洗って待ってやがれミエッパリトウヘンボク。」
「顔なのか首なのか、ハッキリしろよ……」
片足で、遥か上空へと跳んでいく。その方角は南……僅かに西か。
「よりによって目的地に近づかなくても良いだろうに……いや、獣人の文化圏に鍛治技術は無いか。」
精巧な造りで、頑丈な金属の義足。おそらく、ケントロン産なのだろうと見当をつけていたが、別の国の技術なのかもしれない。金属加工となれば……今は滅びた、西や南の国なのだろうか。
「魔人サマよぉ! なんだよアレ、いきなり現れたように見えたぜ!?」
「……魔獣とは、魔界から北上してくるものでは無いのか?」
「高濃度なマナを持ち運ぶ器があるんだ。それを大量に使えば、閉所なら生き物を魔獣化することも出来る。犯人なら、さっきどっかに行ったよ。」
「……逃がしたのか?」
「人間だったけどな?」
「……ならば良い。」
前線を張っていたのだろう、得物の血を拭いながら歩いてきた二人がぶつけてくる疑問に、適当に返答しながら視線を巡らせる。
少し離れて、人々の傷の手当を始めているシラルーナが目に止まる。なるほど、この二人は後処理には戦力外通告を受けたらしい。
「結構、荒れてないな。こんなことがあったなら、怒鳴り声とか乱闘とかありそうなもんだけど。」
「……その気力も無いのかもな。こんな世界だ、家畜が全滅すれば数日で食料も尽きるだろう。」
「良くて移民、大抵は盗人か狼藉モンってところかよ。かぁ〜、哀れなもんだぜ。」
「……まぁ、その辺は国長達の管轄だ。俺達の気にすることでは無い。」
「クニオサってなんだ?」
「……王や帝と言えばいいか? そういう立場のものだ。」
変わった言い方すんなぁ、と呑気に応えたオルファが、軽く辺りを見渡してから満足そうに頷く。
「こんだけ広くて、火の手もある。焼くか!」
「……あれを食うのか?」
「魔獣って、硬ぇばっかで不味いぞ?」
「デカくなったばっかだしいけんじゃねの? まぁ、食ってみてから考えりゃいいさ。腹壊すもんでもねぇだろうしさ。」
「そうかあ……? まぁ、試したいなら良いけどさ。」
ソルとしては、好んで食べたいものでは無い。とはいえ、燻製にでもすれば保存食としても携帯できるし、何よりここの住民にお金を落とす理由にもなるだろう。
野党が増えて困るのはお互いさま、金銭で困っている程でも無いので、ここで落としていっても悪くは無い。多少なり、エーリシで謝礼を貰えるかもという思惑もある。領主が変わっていなければロルードのまま、彼はそういう誠意や面子を気にする性格だ。
皮袋の中の硬貨を数え始めるソルの手元を覗き込み、満足げなオルファがブツブツと言いながら離れていく……聞こえてきた数が、皮袋の中身いっぱいを使う気に思えるのだが、自分のお金はどれくらい持っているのだろうか。商談に来て、そのまま着いてきた彼女が潤沢とは思えないのだが。
「……買い取るのか? それならば、俺の荷馬車の路銀も使うといい。食料品も切らしているから、ちょうどいい。」
「良いのか? 食えたもんか分からないけど。」
「……獣人共を狩っていれぱ、自然と盗品が集まってきてな。金銭は入用という訳でもないんだ、後ろ盾もあるのでな。」
「アンタが良いなら止めないけど。それなら早めに話をした方が良いかもな。」
村人に聞くまでも無く、死体を切り分け始めているオルファを誰も止めていない。怒られる前に話を通す為、二人は足早に人だかりの方へと向かった。