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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第5章 南下
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第57話

 右の肩を貫いたのは、干草を纏めるようのフォーク。骨の隙間にハマりこみ、重力によって神経を抉るように揺れ動くそれは細く、傷は大きくない。

 とりあえず痛みを何とかしとようと、固定化することで揺れることは防ぎ、村の中へサッと視線を落とす。だが此方を監視する視線は無い、狙われたものでは無いのだろうか。


「あ、悪魔か……!?」

「一緒にするな。」


 抜き取った農具を地面に落とし、結晶化で止血したソルが入口に降りる。この重さのものが飛ぶなど、通常の火事では無いことは明らかだ。


「何がいるんだ?」

「そんなこと知らねぇよ! 俺は……俺達はいつも通りに働いてただけなんだ!」

「落ち着いてくれ、別にアンタらを罰するつもりも無いし、潰す気もない。ただ、何があるか知りたいんだ。」

「何……分からねぇよ、何なんだよアレは。俺達の豚が、牛が……!」

「あぁ……もう分かった、いいよ。」


 考えるまでもない。すぐ後ろの牛舎が避け、天井から角が見えている。ただマナが集まるだけならば、感知できるような流れは生まれない。周囲の濃度が下がるくらいだが、普段を知らなければ意味が無い。

 これだけ大型化するのは、不自然。人為的なものなのだろうが、目的が分からない。犯人を探そうにも、お昼時であったこの時間、各家庭で火を使っていたのだろう、村の中は炎と煙に呑まれ、視界が自由では無い。飛んでもそれは変わらない筈だ。


「お前らも災難だな、急な変異に苦しんだと思えば、火であぶられるなんてよ……」


 肉体を強引に変えられる感覚は、ソルも知っている。大きさや作りは変わらないものだったが。だが、想像を絶する痛みが神経に直接たたきつけられるような時間を、易いとは言いたくない。

 何倍もの大きさになることを考えれば、変化の差で肉や血管が千切れては繋がれ、骨だって折れることもあるだろう。そりゃ、暴れるというものだ。


「とりあえず、コイツらを自由にしたんじゃ、被害が広がる一方だし……楽にしてやるか。」


 とっくに逃げた村民に許可を取ることは諦める。まぁ、牛はともかく豚は屠殺以外の道は無いだろうから、問題ないだろう。牛も魔獣化したものを管理できる訳でもない。

 鋭く尖らせた結晶を二つ、頭上に創り射出する。角により位置が把握出来ていた牛は一撃で眉間を貫いて、一度の痙攣で息絶えた。

 その影に動いていたものにも撃ったのだが、どうも急所を外したらしい。激しく暴れ始めたそれは、泥を撒き散らしながら走り始めた。


「豚の大型か。変異種じゃないだけマシだけど、タフなんだよな……」


 魔界の生き物よりは脆い筈だが、分厚い皮膚と筋肉は致命傷を遠ざける。頑丈な骨格は傷を負ってもその巨体を易く支え、行動に支障を来さない。

 モゴモゴと動かす口に何が入ってるのかは考えたくは無いが、折れた拍子に飛んできた農具は金属であり、噛まれれば容易に千切られるのは想像に難くない……悪魔でも無ければ。


「被害を抑えるなら、歯を砕くのが手っ取り早いかな。」


 容易で確実な手段から、少しづつ試していく。戦陣を広げたソルには、消耗戦という概念が無いのだから、リソースを考える必要は無い。

 それより、未確認の戦力がいるのなら、いつ其方に手を回しても良いように、成果が出やすいものを優先する。魔人として様々な戦闘を行い見出した、持久戦の極地に至った【具現結晶】の運用法だ。

 太く、そして重く。質量を付与した結晶の槍を、歯茎を目掛けて力任せに射出する。突出した牙の二対のうち、一本が幾度もの衝撃に耐えきれず、根元が破砕してへし折れた。


「大きさの割には頑丈でもないな。急成長の弊害か、それとも栄養状態の悪い個体だったのか……健康体より討伐しやすいからありがたいけど、貪欲になりやすいのが困りもんだな。」


 魔獣はエネルギー過多による物体の変化が、生き物に起きたもの。このエネルギーがマナである以上、魔力がより多く渦巻く方が変異が進む。

 生きたいという、生物にとって最も純粋で強力な業。足りず、欠けているからこそ、真摯に手が伸びるそれは、生き物として優秀とは言えないからこそ、優秀な兵器としての道を舗装する。

 詰まるところ、変異種に成りやすくなる。そうでなくても、マナと魔力が多量に閉じ込められている個体は魔力抵抗が高まり、代謝の異様な加速により傷の治りも早い。強制徴収するソルには、関係の無い話だが。


「変異はしてないし、今のうちに沈められると良いんだけど……この速度で変異すんなら、アスモデウスのヤツが絡んでるだろうしな。」


 後に控える捜索を考えれば、ここで長引きたくは無い。ろくでもない事だろうし、潰しても問題無い筈だ。ついでにアラストールの事も聞ければ御の字か。

 サッと村の中を見渡すが、怪しい影は無い。誤魔化すのが上手いのか、潜むのが上手いのか……と考えているソルに、多量の泥が飛んできた。


「液状のは防ぎにくいんだけどな……!」


 結晶で大きな盾を創り、力場の魔法でたたき落とすように押し込む。視界を塞がれたので、咄嗟に上に退避して飛んできた方向を見るが、再びの泥。


「豚が吐き出してんのか、浴びたところで問題無いけど……気分は良くねぇよな。」


 魔方陣を創り、丁寧に魔力の流れを調整してやれば、爆発のような暴風が泥をはじき飛ばす。単純で雑なものだが、咄嗟に【具現結晶】で創った魔方陣でも吹き出された泥を飛ばす位はできる。

 連続してそれを展開し、風圧で目を閉じる大型の目の前に着地し、額に左手を添える。素肌で触れる分厚い皮膚からは、悪魔には感じることの出来る濃密なマナの感覚が流れてくる。


「試してみるか……「光煌星明」。」


 元を考えれば簡易的とはいえ、複雑怪奇な魔方陣が結晶として形になり、魔力が流れて輝く。手元から溢れる光が熱を持って物体を貫いていく。

 分解される光、その分解対象は「力」という概念そのもの。生き物が形を保つのに培われている、物理的な結合から意識的な集合まで。全てに「斥力」を与えていく極小範囲の光線群が【煌めく超新星】。

 その簡易版は、対象を限定し、出力を落としている。その対象はマナだ。強引に魔獣となったばかりの今なら、肉体からマナを引き剥がす事も可能だ……理論上は。


「ま、暴れるよな……」


 強引な変化を再発させるのだ、せっかく落ち着きかけたものも暴れる。だが、まぁ実験はできた。焼けている皮膚から、マナが剥がれた傾向は無い、失敗だ。


「シーナの腕と足と、すぐにでも治してやりてぇんだけど……つか、熱の排除が完璧じゃねぇな。これ斥力与えてる振動での発熱か?」


 改善点は多いらしい。食おうとしてくる豚の口から距離を取り、更に高空に登ったソルは街の入口の方へ目を向けた。そろそろか、と思っていれば、街道を馬車が走るのが思ったより近くに見えた。


「シーナの魔術、思ったより練度が上がってるな。空飛んでた時は眠くて気づかなかったけど……魔術の解析、シーナにも相談した方が早いかも。」


 兄弟子としては、誇らしいような情けないような複雑な気持ちだが、長く放置してると石化が進む可能性も高い。自分の感情は抜きだ。

 馬車の上で獲物を構えている御者は、あの距離でも見える豚の魔獣を狙っているのだろう。任せる前に少し援護を置いておくか、と関節に何本か結晶を突き刺して地上に戻る。

 サッと見渡せば、壊された畜舎の瓦礫が四つ、巨大化が最後まで成功していたのは二頭。残る二頭は、途中で死んだのか瓦礫に混ざって血肉の混ざった塊になっている。


「残りの奴らは……食われたのかな。それなら、魔獣化の隣にのんびりしてるって事は無いか。離れて経過観察すんなら、火も煙も回らずに見えやすいところ……」


 低所で、四箇所と等距離で乾燥物から離れた場所。


「……まさか、ここか?」


 日を浴びさせる為か、柵に囲まれた広場。豚も放されるからか、一角には泥池が作られており、近くには水も貯められている。

 衛生面を考えれば近寄りたくは無いが……命の安全を考えればここである。歩きたくはないので、飛んで上から覗き込んでみる。


「……流石にいねぇか。」

「居るわけねぇだろ、クソバカチビガキヤロー。」


 水面に映った踵に、咄嗟に後ろに弾き出され、回避する。そこいらを水浸しにしながら、土と金属を撒き散らす中で、怠そうに立ち上がる影が一人。


「なぁんで避けるかねぇ、手間が増えんだろうがフワフワクズレモドキが。」

「悪魔憑き……? 玩具じゃなかったのか。」

「アァン、なんだってぇ!? 聞こえねぇのよ、遠くてよォ!」

「うるっさ……」


 聞き漏らさないように集中していた分、急に叫ばれれば迷惑だ。顔を顰めているソルに、男は靴の汚れを乱雑に散らしながら周囲を見渡した。


「なぁるほどなぁ、ここに居りゃまとめて観察出来るわけだ。まぁ、臭ェから無しだけどな、不合格だトンチキクサレコジキ。」

「口が悪い奴だな、それよりどっから出てきたよ。」


 そう、ソルは飛んでいた。低空で浮く、という程度ではあったが、上を取るとしたら飛ぶしかない場所。

 ましてや、ソルの探知力は決して低い訳では無い。近くになるまで、その圧を感じるまで気づけなかったのだ。


「上だよォ、上。分かんだろ、上から踏んだんだからよ、ココがおマヌケかぁ?」

「説明になってねぇよ。」

「そこまで話してやる義理があるかよ、甘ったれんじゃねぇボンクラハコイリボウズ。」

「そりゃごもっとも……!」


 会話にならない、それを察したソルが【武装】を纏って急接近する。突き出した剣を蹴り上げた男性だが、振り上げられた脚は次の瞬間には急降下している。

 力場の魔力を使い、軽鎧を纏った腕をはね上げてガードする。骨に響く衝撃は、人体のものではない。


「硬ぇな、その鎧。氷じゃねぇのか、ハンパアクマヤロー。」

「そっちこそ、人間の骨や皮膚じゃねぇよな。どんな契約したんだよ。」

「こりゃ自前だ、トオノメモウモクザルが。」


 腕を一振したソルの横から、結晶が放たれる。それを蹴り上げた男の後ろから、軸足を掠めて剣がソルの手元に戻る。

 バラりと斬られて下がった裾から金属光沢が光って見えた。


「義足か、それ。そんなもん作れるのは……」

「グダグダ考えんのは終わりだ、オリコーサンモドキ。どうせ、くたばるまで殺り合うだろーがよ、イカレトンチキ!」


 反応を許さない一瞬の間に、ソルの胸を男の足が蹴り抜いた。

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