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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第5章 南下
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第55話

 揺れ続ける馬車の上で、積荷が跳ねる。落ちないようにそれを支えながら、男達が遠巻きにソル達に視線を向ける。

 灰色の頭巾を深く被り直すシラルーナと、歯を剥いて威嚇するオルファ。その横で寝息を立てているソル。あの後、白い軍馬が怯えることが無かった為、三人とも同伴することを許された。この馬車の持ち主は御者の男のようで、誰もその決定に異を唱えることは無かった……言葉では。

 今もなお、ヒシヒシと感じる視線にうんざりしたものを感じながら、オルファが舗装された道に視線を落とす。


「思ったより損傷があるな……」

「当たり前だろ、こんだけ荒れたご時世だぞ。ここ数年で、やっと落ち着いたってのによ。最近ふざけた知らせしか聞きやしねぇ。」

「そうなのか?」

「ケントロンの崩壊に魔獣の活性化、エーリシやメガーロにも悪魔が出たって聞くし、魔界も近づいてるって話だし、今度は獣人騒ぎ……まるで三十年前の繰り返しだ。あんたは聞いた事ねぇのか?」

「聞いちゃいるが……遠い世界のことばっかだよ。それに、今までだって無かったわけじゃないだろ。」

「若ぇのはあの頃を知らんから、どうとでも言えるんだ。また起きたらと思うと……やってらんねぇよ。」

「……少し静かにしろ、その話題は気が滅入る。」


 シン、と静まりかえった車上に満足したのか、御者は緩く握った手綱を持ち直し、前に向き直る。言葉の途切れた車上では、視線は御者に集中したが、何処吹く風だ。


「なぁ、あの人はなんなんだ?」

「俺達も知らんよ、だが南に行こうなんて酔狂者は彼だけだったんだ。俺達は家族が待ってるから帰らねぇとって奴らさ。」

「家族……ねぇ。」

「あぁ、こんな時に離れてられんだろう?」


 男が取り出したのは、家族の絵のようで。精巧に描かれたそれには、子供二人と共に笑う両親が座っている。

 それを覗き込んで、オルファは軽く鼻を鳴らすと、離れて腰を落とした。


「そういうもんかい。」

「アンタだって、娘さんが居るじゃねぇか。気持ちは分かるだろ。」

「娘? ……え、この子の事か? オレはこんなに可愛い娘がいるように見えるか? そっかァ、いや参ったなぁ、ハハハハ!」

「……違うのか?」


 急に上機嫌に笑いだしたオルファに聞くのは諦め、シラルーナに視線を移す男性に、肯定の意味を込めて頷いた。


「煩いのと静かなのと……この揺れの中で眠れる奴か。変な奴らだな、アンタらも。」

「そんなに煩いか? オレは。」

「かなりな。」


 ムッとしたように黙り込んだ彼女に、分かりやすい奴だな、と声を落として男性も静かにする。道の舗装が脆くなってきたからだ。いつの間にか森林に近い地形となり、岩肌と言うよりは、土壌という言い方をしそうな地面が広がっている。西に逸れているのだ。

 より激しくなる揺れは、迂闊に口を開けば舌を噛みちぎりそうである。第二席の在中する商業都市に行く道にしては、あまりに心もとない。


「な、なぁ旦那。道外れてねぇか?」

「……街道沿いでは、襲撃数が大きく落ちる。それに、お前の村に直行するルートだ、文句はあるまい。」

「落ちるって……襲われてぇのかよ!?」

「……そうでない者が、今、南に行くのか?」

「んな狂った理由なんて思わねぇだろ!!」


 男が叫んだ瞬間、車を引いていた白馬が前脚を振り上げて嘶いた。急停止した車の上で転げ回る者たちを後目に、御者の男は飛び降りて武器を構える。

 短さの割に巨大なウォーハンマーに、重厚な盾。全て金属で作られているようなソレの重さは考えたくも無い。


「……お前達は荷物を盾に立て篭もっておけ。奴らは俺の獲物だ。」

「言われなくても……!」


 皆が従う中、逆らうのは二つの影。馬車を飛び降りたオルファと、羽の無い扇を開いたシラルーナだ。


「……邪魔はするなよ。」

「アンタが行き過ぎた獣人嫌いってのは分かったけどさ。んじゃ丸々任せますって訳にもいかんだろうよ。」

「逃げるお手伝いくらいは、私にも出来ます。」

「……いや、殲滅する。それに俺は獣人を嫌っている訳では無い。」


 ほんの一瞬、影が刺す。誰も反応が間に合わなかった黒い猫型の獣人の奇襲……だったもの。

 横薙ぎに振り抜かれたウォーハンマーに叩き潰され、樹木に紅い大輪を咲かせていた。咄嗟に目を覆ったシラルーナと、吐きそうな顔で舌を出すオルファに、御者の声が届いた。


「憎んでいるのだ、特に隻眼の狼をな……!!」




 二人が何をするまでも無く、瞬く間に鎮圧した彼が生き残りを集め、血を拭った武具で威圧する。身体のあちこちを潰された獣人達は、まさに寄せ集めと言える風体だ。細った体の特徴は様々だが、どうも身軽な者が多い。猫、狐、猿……そういった者達だ。

 半分ほどは死に絶えた集団が、怒りと怯えを持って御者の男を睨む。それを意にも介さず、彼は口を開く。


「……片目の狼が居るはずだ、出せ。」

「ウチの奴らに狼は居ねぇ。」

「……なら用は無い。」


 ハンマーを高く上げた男が、重さも利用して振り下ろす。衝撃を伴って土を巻き上げたソレの横で、風に吹き飛ばされた狐顔の獣人が、逆だった毛の間から怯えた目を覗かせている。


「……訳を聞こうか、少女。」

「もう彼等に戦意はありません。殺す必要は」

「……ある。奴らは獣だ。」


 ずっと注目を避けるために黙っていたシラルーナが、声を上げた。その事実に反応をするでもなく、話半分に却下を突きつけると、立ち上がろうと震える脚で土を蹴る獣人に向きなおる。


「まぁ待てよ。」


 金属を打ち合わせたような硬い音が響き、透明な結晶が武器を打ち上げる。何事かと皆が驚く中で、獣人たちの上にソルが降りてくる。

 宙に浮く青年が腕を一振すれば、結晶は砕けて霧散する。それを見つめ、少しして理解し、周囲の敵意が跳ね上がる。


「契約者か……!」

「さぁな、それより逃げなくて良いのか?」

「ちっ……顔は覚えたからな!」


 走り出す者たちを追おうとした御者だが、ソルが邪魔をする。睨む男へ彼は肩を竦めた。


「人探しなら、潰せばいいってもんじゃないだろ。」

「……何が言いたい。」

「探してる強い奴がいる、獣人なら向こうから探してくれないか?」

「……隠れられたら?」

「情報を隠そうとすりゃ、痕跡が出るだろ?」

「……分かった。先に行く、馬車に戻れ。」

「了解、今度いい情報屋を紹介してやるよ。」


 二人揃って馬車に戻ろうとしたとき、ソルの顔に剣が突きつけられる。


「今のは何だ、説明してくれんだよな? できんなら。」

「そこのお嬢ちゃんもだ。扇の羽根が生えたのもそうだが、仰いだくらいで遠くの獣人が飛ぶわけねぇ。」

「なんだよ、今さら! オレたちのこと判断すんのはそこのでかい奴だけだろうが、この相乗り野郎ども! てめぇの馬も車も無い分際でオレのチビ助に文句あんのか!?」

「だまれ、お前だって怪しいもんだ。」


 売り物なのだろう剣は真新しく、ブレており、不慣れなのが丸わかりだ。これで脅せると思っているのか、と呆れを含んだオルファが鉄爪で打ち上げて、シラルーナと自分に向けられた剣を弾き落とす。


「おい、それ俺の商品っ!」

「みみっちいこと言うなよ、女々しいな。」

「……それくらいにしておけ、契約者だろうが魔術師とかいう奴らであろうが、お前たちの旅路に関係があるのか?」

「そんな奴ら、信用出来んのかよ旦那。」

「……なら、その剣でどうする? 信用できない力のあるものに、そんな態度を向けるのか?」

「チッ、分かったよ。」


 今回の件、どうやら御者はソル達の味方をしてくれるらしい。少し早まったかと今後の展開を考えていたソルは、引き続き馬車に乗れることに安堵しつつ地に降りて歩き始める。


「そんじゃ、終点までよろしく。」

「……何人乗っていようが、俺のやることに変わりは無い。好きにしろ。」

「そりゃどーも。」


 彼の利益は分からないが、ここでソル達を追い出すつもりも商人を降ろすつもりもないらしい。

 礼を言うシラルーナの頭巾を深く抑え直しながら、馬車の上に戻ったソルが視線を戻す。ついさっきまで踏んでいた土に滲む血が、濃い臭いを漂わせていた。


「魔獣は?」

「獣人が暴れてるんだ、互いに牽制してるみてぇにめっきりだよ。ってか、結局アンタはなんなんだ?」

「旅の魔術師だ、エーリシに知人が居てな……って言って、信じるなら説明するけど?」

「はん、さっきまで寝コケてた奴が偉そーに……」

「ま、彼にとっちゃ等しく積荷みてぇなもんらしいし。荷物仲間としてよろしく。」

「嫌味なガキだな……」


 仲良くする理由もない、嫌味には嫌味で返し、ソルは再び横になる。重厚な物を引いてるとは思わせない馬力で進む馬車は、再び激しく揺れながら森林の道を動き始めた。

 整備こそされていないものの、馬車の通れるこの道は、街道として往来があるのだろう。何度も踏まれただろう土は固く、車輪がハマることも無かった。

 先の衝撃と、舌を噛む懸念から、沈黙を保つ荷車にはありがたい時間でもあった。もし止まれば、気まずい沈黙を殺す振動音は去ってしまうだろうから。


「……街道に戻る、衝撃に備えろよ。」

「え、あげねぇの!? せめて降りるとかっ!」

「……彼女ならそのまま登る。丸まっていろ。」


 ここは脇道であることは確かなのだろう、森林が薄くなった頃には石畳が見えてきたが、その段差は無視できないもの。

 車輪の三分の一はありそうな高さを馬は簡単に乗り越え、その勢いでぶつかる荷台がぶつかる。前へつんのめり、盛大に頭突きをかます皆を乗せたまま、街道へと乗った荷車が何事も無かったように進み始めた。大惨事の中、比較的静かになった中で御者の声は叫び声から低い声へと戻る。


「……あとは何も無いだろう。俺の目的もこの先にチャンスは無い、ゆっくりしていろ。」

「せめて積荷直させてくんねぇかな、旦那よぉ……」

「……動いているから好きにしろ。それと、故郷が近づいたら言え、積荷を下ろす手伝いくらいはしてやる。」

「街道からそこそこ離れてるっての。エーリシで馬借りた方が早ぇよ。」

「……ならば目的地は同じか。」


 それだけ確認すると、御者が緩く手綱を揺らした。それを合図に速度をあげた牝馬の後ろで、まだ余力があったのかと意思が一つになる荷台を、夕日が照らし出していた。

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