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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第一章 賢者の搭と二人の子供
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第十二話

『...ーナ。..ルーナ。』


 声が聞こえる。微睡みの中で遠退く曖昧な記憶を追いかける。けれどその声がまた引き戻す。


『シラ...。シー..。」


 じれったいけれど思い出せない。直前の夢が遠ざかり、また現実に逆戻りする。嫌だ、このままゆらゆらと漂っていたい。ここには悩みも寂しさもないのに。今の私は認められているのに。




「..ーナ。シーナ!」


 ソルの強い声にシラルーナが目を覚ます。朝日の差し込む中で焦点の合わない目がしばらく迷ってソルを見つける。ソルは右目の辺りを大きく包帯で覆った顔でシラルーナを覗き込んでいた。


「良かった、目が覚めたか。今水でも持ってくるよ。」

「……うん。」


 ぼーっとする頭で頷くシラルーナを残し、ソルが部屋を出る。シラルーナの部屋として使っているそこには様々な家具がある。

 物置から随分な様変わりだ。マギアレクがなにかというと何も言わないシラルーナに買い与えた結果、センスはかなりごちゃ混ぜだが、女の子の部屋らしい品揃えはある。


「えと、ここは……そっか、私の部屋だ。なんだ、あったよ私の居場所。」

「いきなりどうした? 夢でも見たか?」


 いきなり入ってきたソルに、驚いて跳ね上がる。

 ソルは水と一緒に、パン粥を置いて椅子に座った。


「じいちゃんが帰ってきててな。久しぶりのパンだよ。肉と野菜しか取れないからな〜、この辺。」

「御師匠様が!?」


 勢いよく跳ね起きたシラルーナが顔をしかめて戻る。


「まだそんな動くなって。腹に穴空いたんだぞ、お前。無茶苦茶しやがって。」

「お腹に、ですか?……そっか、渓谷で。あの魔獣はどうなりました?」

「魔獣って……まぁ、そうだな。消えたよ多分。」

「消えた……ですか? というか、その包帯は?」


 半分は人間なのだが訂正する必要も感じなかったソルは不断の成れの果てを魔獣として話した。渓谷で起こった遭遇の始終の全てを。


「それで、意識を失って次に起きたらここ。じいちゃんが運んで治療してくれたみたいだ。俺は右目が流血してたみたいで安静に。シーナは傷消えるまで安静に。」

「あの、御師匠様は?」

「下の方にいるよ。資料漁ってるんじゃないかな? 書き足したい事もあるみたいだし。出てた間の事とか、俺から聞いた事とか?」

「そうなんですか……」


 頷いて、食べ終えたパン粥のお皿を置いたシラルーナはソルに向き直る。


「ソルさんは悪魔、なんですね……」

「まぁ、半分だけど。じいちゃんはなんとなく察してたみたいだよ。悪魔憑きと思ってたみたいだけど。」


 悪魔憑きとは悪魔の契約者や、悪魔の憑代にされた者の事だ。ソルは半悪魔。悪魔たちの言い方では魔人である。


「じいちゃんにも根掘り葉掘り聞かれた。まぁ、悪魔の実験の失敗作だよ。俺は人間が強く現れすぎてるんだ。魔力が多くて動かせる、固有の魔法を使えるだけの人間、かな。悪魔からすりゃ邪魔者だね、確実に。

 それじゃ、俺はちょっとじいちゃん手伝って来るよ。ちゃんと休んどけよ。」


 早口で言い終えたソルは、空のお皿を掴むと早々に部屋を出ていってしまう。シラルーナは慌てて声をかけた。


「あ、あの!」

「ん?」


 ソルは足を止めたが、振り返りはしない。シラルーナも今は頭がごちゃごちゃしていて、上手く言葉が出てこなかった。


「えっと、その……夜中に、最上階に来てくれますか?」

「……分かった。」


 互いに少し落ち着く時間もいる。ソルはひとまず了承し、皿を片付けた後にマギアレクの元に戻る。

 図書室に入るとマギアレクが、紙に書き記した内容を確認していた。


「おぉ、ソル。シラルーナの容態はどうじゃったかの?」

「目を覚ましたよ。魘されてるみたいだったから声かけたら起きた。」

「どこまで話すんじゃ?」

「アイツが実験体じゃなくて魔獣ってのと、コレは嘘ついた。」


 そう言ってソルは包帯の巻かれている右のこめかみを叩く。

 マギアレクは不思議そうな顔をして聞き返す。


「魔人の事は話したのに、ソレは話さんのか。」

「目から流血したのは話したよ。でも、これは話す必要もないだろ? アイツは俺と同じ魔人じゃなくて魔獣って事にしたんだし。」

「まぁ、あんなのは知らん方が良いじゃろうな。」


 バケモノは跡形もなく消えたがマギアレクは魔界常連である。魔獣に喰われかけた成れの果てを見たこともある。中には不断より酷いものもあった。


「さて、じゃあ続きじゃな。それで? 力のある悪魔に、自然に名が付くのは分かった。しかし、明確な条件は無いのかの?」

「まだ続くのかよ!? あー条件、条件か……()の方は孤独に恥じない様な活動をしてたからよく知らないんだよな……」


 ソル達の話は熱中し、夕方まで続いた。






 透明な壁に囲まれた部屋に、月明かりが差し込む。天井さえなければ空中に浮いているようにさえ感じる部屋で、シラルーナは透き通るような白い髪を靡かせて立っていた。


(……どうしよう。なんだか、ソルさんが遠くに行っちゃうみたいで呼び止めちゃったけど、私は何を言いたかったんだろう。)


 今までは平気なフリもすることが出来た。けれど、ここで暮らしていくうちに寂しさを我慢出来なくなってしまった。置いていかないで欲しい、離れたくないと思ってしまう。その事にシラルーナは戸惑っていた。


(私は半分だけ罰の呪いを受けた獣人で、悪魔の味方の白い忌み子で……本当なら今までがおかしかったのに。)


 今まで助けてくれた人が皆無だった訳もない。何処にでもお人好しという物はいる。しかし、それは対悪魔を志す者にとっては望ましくない。悪魔を滅ぼす為なら手段を問わない者達は、悪魔に有利となる白い忌み子も、それを庇うものも許さない。第一、シラルーナは悪魔を呼び込んだと言われる獣人の血も混じっているのだ。

 獣人達とて、気の毒には思ってもいつまでも置いておけるほど悪魔を恐れない訳でも無かった。白い忌み子は悪魔に追われ続ける。最近は名持ちの悪魔こそ探しているとまで言われている様だ。

 今までシラルーナにとって、シラルーナの側こそ危険その物だった。故に今回も、シラルーナは自分がいたからソルが怪我をしたとまで思った。もっとも、バケモノはシラルーナを探していたものの、ソルには完璧な逆恨みで襲いかかっているため彼女のせい、という訳でも無いが。


(やっぱり、私が我儘を言っていられない? いつまでも御師匠様やソルさんの優しさに頼ったら……)


 ――――また失ってしまう。

 思考を止めて、夜空を見るシラルーナに星たちが瞬く。

 光を、明るい世界を綺麗だと思えるのも、ソルの指輪のお陰だ。そっと左手の中指に光る指輪に触れる。シラルーナの魔力で形を保っているからか、十四才となった今でもサイズはシラルーナにぴったりだ。


(本当に、私はどうするべきなんだろう。)

「お〜、今日は雲も無いから綺麗だな。」


 呼び出した当人が迷っているところに、ソルが入ってきた。階段を登って来ずに、真ん中の吹き抜けを飛んできたソルは、夜空を見て感嘆の声をあげている。


「ソルさん……」

「どうした? 辛気くさい顔をして。あっ、もしかしてまだ歩き回るの辛かったか?」


 ソルが心配そうに様子を伺って来るが、別に具合は悪くない。あの状態から僅かに傷痕は残れど、完治したのは魔術が奇跡と呼ぶに相応しい完成度だったからだろう。


「いえ、お陰さまでもう元気ですよ。ありがとうございます、ソルさん。」

「いや、助けてくれたのはシーナだろ?、シーナ助けたのもじいちゃんだしさ……」


 互いに顔を見合わせて、くすりと笑う。


「なんか、シーナが来た日の夜みてぇ。あん時もいきなり礼とか言われて戸惑ったな。」

「あの時からソルさん、変わってませんね。」

「えっ!? 結構成長したろ!?」

「さぁ、どうでしょう?」

「え~、なんだそれ。」


 そんなに変わってないか? と悩むソルに、シラルーナは頷く。


「あの時からずっと、ソルさんは優しいままです。強くて、頼りになるソルさんのままですよ。」

「……急だなぁ、ったく。」

「えっ? えと、ごめんなさい?」


 急に顔を手で覆ってしまったソルに何か悪いことを言ってしまったかと謝るシラルーナ。しかし、直ぐに持ち直したソルが彼女に問いかける。


「それで、なんでここに?」

「あっ、それは……」


 良いよどむシラルーナに、ソルは更に質問する。


「俺が魔人だって事?」

「いえ、そうじゃなくて……」

「えっ? 違うの?」


 お互いに沈黙して、顔を見る。少し血の気がない顔と半分包帯に覆われた顔。更に静になった。


「「……えっと。」」

「……あー、先にどうぞ?」

「はい、えっと、私が言いたかったのは……ただの我儘なんです。ソルさんが魔人だったのは少しは驚きましたけど、ソルさんはソルさんですから。」

「てっきり、悪魔だったのに騙してたのかとか言われるかと思ってたんだけどな……調子狂うなぁ。」


 頭を乱暴にかいたソルが、ふと気付いたようにシラルーナに視線を戻した。


「結局、我儘って? 俺、聞いてないんだけど……」

「それは……言いません。ソルさん、きっと大丈夫だって言ってくれちゃいますから。」

「叶うと都合が悪いのか? 我儘なのに?」


 心底分からないといった顔のソルが問いかける。シラルーナは少し考えて、返事をした。


「ソルさんに、危ない目にあってほしくないですから。」

「……これの事を言ってんのか?」


 ソルが包帯を叩き、シラルーナが頷く。その反応に「黙ってたのは間違いだったか」と溜め息をはいてソルが包帯をとった。


「っ!? それは?」

「これ、俺の自滅だぜ? あのバケモノも俺の知り合いだ。シーナは巻き込まれただけだよ。」


 ソルのこめかみには、小さい透明な結晶が生えている。いや、むしろ結晶になっていると言った方が正しいだろう。悪魔が前面に出てきた為、強大な力の一部が溢れて暴走したのだ。失敗した魔人の共通の特徴である。


「もしかして、あいつを連れてきたのは自分だと思ってないか? 違うぞ?」

「えっ? それ大丈夫なんですか?」

「あぁ、特に困ったことも無いよ。なぁ、シーナ。危ないとか言っても、一番危ないのは俺の力だぜ? 我儘位言ってくれよ、シーナって何でも我慢するじゃないか。」


 ソルの自信に満ちた声があまりにもいつも通りで、つい口に出た。


「私は……貴方の側に居ていいですか?」

「勿論だ。好きなだけ居てくれよ、シーナ。」


 世界の激動が始まろうとしている。なんとなくその気配を感じている二人も、それでも大丈夫だとお互いの手の温もりにそう思った。

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