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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第4章 墓場の街
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第52話

 朝日が登り、石像が照らし出される。枯れ果てた木々と、細く伸びた半透明の腕が、風に吹かれて揺れた。

 割れて、斬られて、荒らされた石像は墓地に集まっている。争いの中心はサッと見ただけで明らかだった。

 真っ二つになった傷みきった聖堂と、焼け果て、地震で崩れた家屋。その中から、黒い外套の土埃を払いながらアルスィアが顔を出す。


「リツは居ないか……あのノッポが連れてったのかな。」

「おい、探してんの荷物だろうが。」

「散々吹き荒らしたからね……飛んでなくなってるかも。」

「路銀もメシも貴重品もあん中なんだが?」

「良いじゃん、エーリシで合流するんでしょ? あの街なら宝石さえあれば大概の物は揃うでしょ。」

「それだけじゃねぇんだって……お、あれか?」


 それらしい鞄を見つけるも、近づいて見ればまるで違うものだった。中身も覚えのないもので、枝や木彫りがギッシリと詰まっている。


「なにそれ。」

「……家族とか神とか、そんなんかもな。」

「他の何よりもそれを持ち出そうとしたって? はん、死んだら意味無いだろうにさ。」

「なに持ち出しても、この荒野じゃ死ぬだろうけどな。次の街までかなりあるし。」

「それもそうか。石になって良かったのかもね、少なくとも死にはしない。」

「俺は御免だけどな。」

「僕もね。」


 廃墟を漁る二人の魔人の口数はどんどん減っていき、空が青くなる頃には無言で作業を進めている。結局、見つけたのは昼になった頃だった。


「俺とシーナのはあったけど、お前は?」

「この中。」


 外套を翻して影を広げてみせるアルスィアに、便利なこってとだけ返して歩き出す。まだ目が覚めないとは思うが、移動するならシラルーナも運ばなければいけない。

 鉱物になった片腕と両脚では、目が覚めても歩けるか分からないが。


「それ、なんともならないんだ?」

「シーナの感情を形にしてるだけだからな。術式そのものを破壊するくらいしか無いだろ。」

「出来るの?」

「今考えてる。こういうの苦手なんだっつーのに……」


 それでもアルスィアに斬れと言わないのは、シラルーナの意思を尊重してなのか、単純に信用していないのか……取引をふっかけるのに良さそうだし、早く折れないものかと目の前の魔人を眺めるが、それも長丁場になりそうだった。


「じゃ、僕は先に行くよ。アレがリツの面倒をいつまで見るかは分からないし。急ぐに越したことはない。」

「もう動けるのかよ?」

「君と違って無駄に魔力があるわけじゃないからね。いつもの程度になるならすぐだよ、ここは僕にも居心地いいし。」

「あーそうかよ、気分悪いけどな。」

「気分で言うなら僕も爽やかとはいかないさ。恐怖も辺りを彷徨いてるだろうから、君は残るなら気をつけなよ。まだ対価を貰ってない。」

「ベルゴに言えよ。」


 歩き出したアルスィアだが、アナトレーの位置は分かっているのだろうか。アラストールと殺り合うなら、「燃やされない」事が味方の大前提だ。そういう意味では、乱入者として最適ではあるのだが。

 とはいえ、わざわざ引き止めてやろうという気になるような相手では無い事も確かであり、早々にシラルーナの眠る場所へと戻る。この昼中、そうそう何も起きないだろうが、離れている理由もない。


「とりあえず、移動手段だよな……街ではあるんだし、街道くらいあっても良さそうなもんだけど……馬車とか通ってねぇかな。」


 この辺境ではそれも無いか、と諦めて外に向けていた視線を街中に戻し、荒れ果てた墓地を探す。目印になりそうなものは全て吹き飛んでいるので、元の位置に戻るのも一苦労だ。

 ソルの【具現結晶】は放っておけば無差別にエネルギーを統合する。回復を待つシラルーナの身体に障るばかりなので、戦陣は消してきたのだ。

 とはいえ、戻れなければどうしようも無い。少しは残しておくべきだったかと、今更ながら後悔した。どの辺だったかな、と勘を頼りに歩いていれば、目の前を刃物が通り過ぎた。


「……一応聞くと、なんで?」

「こんな有様の街から出てきた、角付きの男……警戒して然るべきでは?」

「なるほど、ごもっとも。でも一つ言っとくと、俺は嵐も吹かせないし地震も呼ばないし、気持ち悪いだけの腕も持ってない。」

「巻き込まれたと? 幾ら悪魔憑きでも、多様な悪魔相手に生き残れるとは思えないがな。」


 チラと目を向ければ、この季節にしては薄着な女性だ。持ち手がない刃物が、フラフラと揺れている軌道は、振り子運動。なるほど、細い糸かと感心する。

 透明度の高いそれは、植物由来では無さそうである。動物性となれば、恐らく虫。メガーロ以北の地域で生産されるものだろう。

 薄着は、全身で糸を振り回す為だと予想する。服の上からでは感覚が鈍るから、素肌に糸を当てるため。となれば、一挙手一投足が予想外な動きの刃物に警戒する必要がある。


「慣れてんのな、こういう荒事。火事場泥棒か?」

「貴様と一緒にするな、ここへは取引にきただけだ。」

「別に俺も泥棒じゃねぇんだけどな。取引なら帰れば? もう相手も居そうにないし、そもそもこんな街で買うモンもする事も無いだろ。」

「知らないのか? ここは良質な木材の製造所だ。悪魔の恩恵により、土が肥えていた。でなければこんな土地に、人が暮らせるものか。」


 仮にも取引先だったはずだが、酷い言い草である。というよりも。


「木材ったって、北の方には腐るほどあんだろ。」

「アレが木材になるものか。堅くはあるが、細く曲がっている。それに、あんなに湿気ばかりの地ではすぐに腐る。」

「木が生えてりゃ良いってもんでも無いんだな。」

「それより、貴様は何なのだ。何故ここにいる。」


 初手が殺意でなければ、素直に答えていたかもしれないが。生憎と今のソルは虫の居所が悪い。だから、口よりも先に手が出た。

 足を結晶に閉じ込められ、刃物を地面に深く踏み込まれ、目の前の青年が悪魔憑きなどでは無いと悟った。結晶の出現、人外な馬鹿力、反応できない程の高速機動。とても、一つの魔法だとは思えない。悪魔の出現した気配もなかった。


「まさか……魔人か?」

「こっちまで知られてんだな。」

「北の地でアゴレメノスの奴らを半壊させ、魔獣を狩り、悪魔を狩り、人を狩り、放浪するという……」

「いや。それ、多分、俺じゃないな。」


 東では、魔人と言うと別人らしい。ヘラヘラと嗤う、隻腕の人物が浮かんだが、すぐに頭から叩き出した。居ない時に考えたい奴では無い。


「んじゃ、ま。ツレが目ぇ覚めたらどっか行くし、俺の事には構うなよな。」

「ツレ……彼女のことか? 今は貴様……いや、君と居るのか?」

「今はって……シーナのこと知ってんのか?」

「知っているも何も、彼女はオレの大切な人だ。特に生き方を変えられた訳では無いが……世界を見る目を変えてくれた。」

「シーナが?」


 ソルにとって、生きることを諦めていた、自分嫌いの子ども。それがシラルーナだった。今は色々な人と交流を持ち、強かにもなってきたが、どちらかと言えば人の在り方を学んでいくタイプに思える。

 目の前の女性がシラルーナを知っていたのは、きっとソルが会うより前。その時の彼女は、ソルが知らないシラルーナだったのだろうか。


「彼女は……幸せか?」

「本人に聞いたらどうだ? 今日中には目を覚ますと思うけど。」

「オレが会うのを止めないのか?」

「帰ってくる前に見つけてたみたいだし、なんかすんなら、もうしてんだろ。」

「そんな所へ彼女を放り出したのか。」

「こんだけ天災みてぇに派手なこと起きといて、来るやつ居ると思わなくてさ。死にたがり?」

「半分な。」


 結晶を解除してもらった彼女は、足の調子をブラブラとさせて確かめてから、ソルに頭を下げる。


「悪かった。確認もせずに襲った事、謝らせてくれ。」

「別に。怪我することも無いだろうから、何度きても怒んねぇよ。」

「……はは、言ってくれるな。」


 そう笑った彼女の口元に、並んだ犬歯が映えていた。




 ほの暖かい感覚は、被せられた革だという事が匂いで分かる。やがて裏に貼り合わせられた布が感触で分かり、着ていた人の匂いも知覚できた。

 落ち着く匂い、シラルーナにとって安全と憧れの匂い。濡れた土と乾燥した空気が邪魔に思い、身体を丸めてコートの中へ閉じこもる。


「…………っ!」


 かなり遅れて、気絶する前の記憶が蘇り、飛び起きる。砕ける石となった遺体、恐怖心を掴み出されショック死する人々、荒れる風、冷たい結晶。

 早鐘を打つ心臓と浅くなった呼吸、それを抑えようと胸を抑える手が、人の皮膚では無い感触を与える。


「両足と片手……手は一部だし、まだ大丈夫かな。」


 しかし、少しづつ広がっているのは確か。早めに処置が出来ないと、いずれは全身がこうなるのだろう。コンコン、と音が反響する鉱物を爪で弾きながら、ソルの右腕を思い起こした。そんな場合では無いのだが、何となく少し近づけた気がする。

 それでも。また、足を引っ張って終わってしまった。役に立ちたくて、隣に並びたくて着いてきたのに。どこかへ行ってしまいそうなソルに、追いつけるんだと信じたくて着いてきたのに。結果は大した成果もなく、悪魔の固有魔法で歩くのに難儀な身になっただけ。


「置いて……かれちゃうかな。」


 安全のためだと分かってはいるものの。悔しさと寂しさを拭えるわけではない。足だけでも治せればとは思うが、切断して石化を取り除いても、その怪我を治す時間がいる。と言うより、治る怪我となるかも分からない。

 星の魔法なら、術式を根本から崩せるようだが、そもそも踏み砕かれた足は動く状態なのか……鉱物になった状態では分からなかった。


「歩く練習、しとかなくちゃ。」


 近くに誰かがいる気配は無い。だが、この状態で放置されるとも思えない。荷物を探しているか、墓守と呼ばれていた女性に話を聞いているのだろうと考え、街の残骸の方を目指した。

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