第50話
「【煌めく超新星】。」
落ちる巨星は悪魔を押しつぶし、そのまま地上まで迫る。岩石の巨大な腕が伸び、握り潰そうとするが魔法を乱すその光を壊すには至らない。
「【貫通】、放出。」
出口を絞られたエネルギーが、指向性を持って溢れ出す。上を見あげていた自罰ごと貫いた魔法は、人間の願った凶星を弾けさせた。
術式を乱すなら、そんなものを組まなければ良い。有り余ったエネルギーの保有量が可能にする、思考を捨てた荒業である。
「おい、デカいの。シーナから離れろよ。」
「孤独……! 貴様はいつも、我らを砕くつもりか!」
「俺に迎合しないのが悪い、これでも許容範囲は広くとってるつもりなんだよ。」
「変わる違うと嘘ぶきながら、やはり貴様も悪魔か……!」
「二度と開くな、その口。」
ソルが突き出した手で空を握れば、見えざる手によって顎を掴まれたように自罰の顔が歪み、潰れる。岩石をいとも易く砕いた魔人は、ぐったりと眠ったままのシラルーナのもとへ行き、顔を歪める。
「役に立たなかったか、ベルゴのやつ……」
「君が人間相手に下手を打ったのも一因じゃない?」
「んな事ぁ分かってる。お前、これ戻せたり……」
「断られたよ。報酬によっては薄く削いでいって上げてもいいけど、この中でやることじゃないね。」
「もっと安全な方法でな、とりあえずはコイツら潰すのが先決だけど。」
いつの間にか傍に立つ魔人から、引っ込んでいろとばかりに魔力を奪う。吸収に集中した結晶には、触れているだけでも朦朧とする。睨んでくるアルスィアも、疲弊した身では数秒と持たなかった。
「恐怖は……ちょっとは削れてるか。多少はほっといても、墓守サンとやらは死なないかな。」
決め手となる【戦々恐々】だけは、見つけ次第撃ち落としていく。シラルーナと、ついでに近くに居たアルスィアは結晶で囲いこんで守りを固める。
「ベルゴは……この辺りには居ないか。あの女の子連れて離脱したのかな。」
放っておけば帰ってくるだろう、そう結論を出したソルが潤沢な魔力を結晶へと変えていく。
長く膠着した墓守との戦闘は、彼女の魔力や周囲のエネルギーを回収するのに十分な時間を与えた。有り余る魔力は目を覚まさせ、少しばかりハイになっている気もする。
「目標は悪魔の殲滅と、目的の人間の確保……なんだけど。傷のあった男は諦めるしか無さそうだな。」
流石に死体を回収しても意味は無い。死体を語らせる魔法もあるが、ソルにもアルスィアにもそれは不可能だ。
そうなると、残りは一人。今なお、鎖をかけ続け、恐怖の悪魔を苛立たせている彼女である。彼女は自罰を大事にしていたようだが、恐怖の悪魔は別らしい。
「余所見とは余裕があるな、孤独。」
「そう呼ぶの止めてくれるか?」
「モナクスタロ、と呼べとでも?」
「やっぱしゃべるなよ、お前。」
空中に何本も槍を創りだし、正確に射出する。顔に飛んできた【狙撃】を腕で防ぎ、岩塊を纏って叩き付けようと跳んでくる自罰に、結晶の剣を創って振りかぶる。力場の魔力を存分に使い、力任せの一撃。結晶と鉱物のぶつかり合いが、耳障りな音を周囲に響かせた。
砕けた岩石の中から、結晶の刺さった腕が現れ掴みかかる。剣だった故に岩石と化すことは無かったが、剛力である悪魔から取り返すのは難しい。剣は諦めて拡散させ、更に接近して掌底を叩き込む。衝撃が結晶化し、剣片にひるんだ自罰の悪魔に突き刺さる。
「ぐ……だが、この距離なら逃がさない。【地縛罪業】!」
「逃げる気なんざ無ぇんだよ、吹き飛べ!」
己の体を介して戦陣から魔力を回し、掌から生える乱雑なクォーツから放出する。中から吹き出す魔力の奔流が、自罰の右腕を肩から吹き飛ばした。腕がなければ触れる事は適わない、当然、触れたものの感情を引き出し物質化する魔法は不発になる。
だが、相手は悪魔だ。半身が消えたところで滅せるわけではない。魔力の大半は核にあり、像を形成しているものなどごく一部に過ぎないのだから。
「やっぱり、悪魔相手だと時間かかってやれねぇんだよな……アルスィアの奴、起こしといても良かったかも。」
「悠長なことを言っていれば、我等に崩されるぞ!」
「その程度の力を身につけてから言えよ、名前も無い代替品が。」
「貴様ッ!」
見下され、舐められていては関心を寄せられない。それでは本懐の感情が得られない。悪魔としての存在意義が、そういった反乱分子を許さない。
本能に従い、挑発的なソルを消そうと魔法を行使する自罰の悪魔を、再び結晶が穿つ。夜の闇、暗い中では燐光を放つ透明な結晶は昼よりも目立つが、認識するよりも貫く方が早い。
「これが……名持か!」
「いや、先に魔法を展開してるだけだ。戦陣の形が変わるだけなら、大した術式は要らない。お前らでもできる簡単な技術だよ、弱い人間が生き抜くための手段の一つだ。」
「そんなものに、この我が押されるとほざくか!」
「目の前にいるのが人間だと? 残念ながら、俺は魔人とやららしいんでね、小手先のモン使ってるのは、楽だからってだけだ。必要に駆られたもんじゃない。」
暇潰しとばかりに無駄話を挟みつつ、四肢を奪うように結晶を飛ばし、伸ばし、囲っていく。
戦陣を展開した以上、放っておけば魔力を吸収していく。核に届くまで弱らせるのは、時間に任せるだけなのでソルに積極的に動く目的はない。
逃げられないように邪魔をする事にも慣れ始め、恐怖の悪魔の方に目を向ければ、縛るために伸ばし続けられる鎖を爪で切りつけ、少しづつ距離を詰めている。
「くっ……立ち去りなさい、悪魔め!」
「ヒハ、人間にしちゃ大したもんだが、一つしか魔法を使えねぇのにオレに適うとでも思えてんのかよ!」
「この街は……この街だけは! 私が!!」
「こんな死んだ土地にしがみついて何になんだよ、死に急いでんのかァ? 未練があんなら……オレが消してやるよ!」
そういった悪魔が展開するのは、火の魔術。生き物の根源的な恐怖の象徴。
それを降り撒けば、切りそろえられた木々や街の建物があっという間に燃え始める。乾燥した土地、水は地下深くの水脈だけ。周辺に比べて明らかに植物の多いこの土地は、あっという間に火の海へと変わる。
「自罰の奴も、もう離れるだろうさ。この土地は終わったんだよ。だが安心しろよ、オレの手でお前らも纏めて送ってやるからよ! 引きずり出せ、【戦々恐々】!」
街へと行こうとした一瞬の隙、それで距離を零にした恐怖の悪魔が手を伸ばす。
青ざめるのは、死の恐怖か、魔法の影響か。身体が硬直した墓守が、死を覚悟する。
「はい、『二人とも止まれ』。」
「ぐ……これはアスモデウスの……何処の誰だ! 出て来やがれ!」
恐怖の悪魔が叫ぶが、その顔に布が被せられる。視界を奪うのは燃えるまでのほんの一瞬、しかしそれで十分だ。
動けなくなった墓守を担ぎ上げ、燃えている街に走り出すベルゴがソルに叫ぶ。
「彼女から聞き出しとくから、その悪魔達任せるねソルくん! アナトレーで落ち合おうよ、りっちゃんと二人で待ってるからさぁ!」
「あ、おい! はぁ……アイツ、マジで許さん。」
自罰の悪魔を何本もの結晶で刺し止め、追いかけようと飛ぶ恐怖の上を取る。敵意を感じて見上げた恐怖に見えたのは、紅い双眸と燐光を放つ掌だ。
「【具現結晶……」
「モナ」
「破裂】!」
悪魔を戦陣へと叩き落とし、霧散した結晶の残光を払いながら降下する。戦陣の中に降りた孤独の魔人の前には、結晶が刺さった悪魔が二柱。
「くそ……想像以上に持っていかれるな。」
「お前は遭遇したことが無かったか、あの摩天楼に。」
「遭遇して生き残る奴が稀なんだよ。」
空中にまで戦陣が広がっていくのを見届けながら、渇いた笑いが漏れる。飛んで逃げるのも難しそうだが、目の前にいるのは試作段階の失敗品。全盛期のモナクスタロはこれ以上だったのだろう。
「なぁ、お前はどうやって逃げた?」
「ここまでになる前に地面の下へ逃れた。始動が遅いことが奴の魔法の欠点ではあるからな。」
「つまり?」
「手遅れだ。迎撃するぞ、恐怖。肉体があるならそれを破壊すれば死ぬ、悪魔とやるよりは楽な筈だ。」
「出来るならな!」
炎の海が結晶を這い、ソルへと迫る。「圧縮」を付与した巨大な扇を創り、炎を叩き潰して消火する。
そのまま力任せにぶん投げた扇が砕け散り、二柱の悪魔に更に破片を食い込ませた。もちろん、それも吸収を開始する。
「動かねぇならすぐにでも楽にしてやるよ、どうする?」
「舐めやがって……触れさえすればオレの勝ちなんだよ! 【戦々恐々】!」
「そんなスっとろいのに捕まらねぇって言ってんだよ。」
戦陣の中は結晶の魔力倉庫、【具現結晶】であればほぼ無制限に使用可能だ。ここまで大型化した戦陣の中ならば、名を持たない悪魔相手なら多少増えたところで負ける気はしない。
背後から来ていた【戦々恐々】の腕を斬り払い、飛びかかってきた自罰の悪魔の腕を【捕らえる力】で捻りあげる。そのままネジ切ろうと魔力を込めるソルに、炎の波が襲う。
「なんだよ。悪魔の癖に連携なんて、随分と頭が回るじゃないか。」
「貴様も絶望を買収していたではないか。」
「ありゃ俺じゃなくてベルゴだ。」
「誰だぁ、それは。オレの分からねぇことで盛り上がってんじゃねぇよ!」
続け様に火球を降らせる恐怖の悪魔には、右手のグローブを翳す。結晶で繋いだ魔方陣が魔力を流し、熱をソルから退ける。急激に冷えた炎は燃焼を維持出来ず、傘のように開いて霧散した。
「鬱陶しいな。」
「恐怖、影も無い上に炎も効かないのではお前の出る幕は無い。有難くはあるが、固有での遊撃に専念するんだな。前衛は我が行う。」
「あん? 死にてぇのか。」
「勘違いするな、モナクスタロには距離が関係ないだけだ。」
「……おう、そっか。」
摩天楼に呑まれた経験から、そう判断したのは理解出来る。遠回しな死刑宣告になんとも言えない表情を返し、恐怖は裾野を広げ、腕を伸ばす。戦陣の外へと漏れたものは、きっとこの街の民を喰いに行ったのだろう。
「モナクスタロ、貴様が立ちはだかる限り、我等は全力で貴様を消す。」
「出来ることだけ宣ってろよ、石ころヤロー。」
戦陣に足を叩きつけ、孤独の魔人が挑発した。