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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第4章 墓場の街
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第43話

 交代で仮眠を取り、最後に寝たソルが起きた頃には日が落ちる直前。ここからは闇夜、影の時間である。


「どうする? 僕がさっさと行ってきても良いけど。その顔に傷のある男とやらに聞けば良いんでしょ?」

「嘘かもしれないけどね。俺が聞いたのは、確かにアゴレメノスの幹部さんだったし。傷持ちの男は居なかった筈だよ。」

「そもそも、幹部格ってなんだよ。そんなちゃんとした組織だっけか? 狂信者共って。」


 話し合う長身二人に合わせ、少し浮きながらソルが疑問を投げつける。

 どう説明するかと思案するベルゴの横で、アルスィアが鼻で笑いながら吐き捨てるように話す。


「アイツらの中でも格別に悪魔から優待された四人の事だよ。要は、強固な契約を結んだ奴らさ。多くの代償を払ったバカとも言えるし、盲目的な偏愛主義者とも言える。一人は君もあった雨降りだよ。」

「あとはこの街の彼女と……アルスくん、残り知ってる?」

「興味無いよ。それよりどうするのさ? 僕はあの女、嫌いなんだけど。自罰を探して喰って来てもいいかい?」


 どう探すつもりなのか、この影の中では聞くまでも無い。それより、アルスィアが自罰を抑えてくれるなら、二手に別れて話を聞きに行っても良い。


「この子はどうするんですか? まさか、連れていく気じゃ……」

「悪魔の心臓まで持ち出した契約だ、憑代っていうのも何かしら恩恵があるんだろうし……故郷を使うなら、リツは安全に持ち運べない。ここに置いとくよ。」

「そんな言い方……!」


 睨みつけるシラルーナに、軽薄な笑みと見下す紅い虹彩を向け、少し上擦った声で魔人が問を投げかける。


「そんなに上っ面の言葉が大事かい? 僕が彼女を欲しているのも、傷つける気が無いのも同じじゃないか。それ以外、君が気にすることがあるのかい?」

「貴方の人を軽んじる姿勢が嫌いです、こんな子供に、貴方を頼ってるような子にその気持ちを向けるのは許せません!」

「はん、なら愛でも囁けって? ありもしない感情を上辺に乗せて口ずさむなんて、アスモデウスでもやらないよ。」

「はいはい、ストップ。そんなに心配なら俺とシラちゃんで見とこうよ、傷の男は悪魔憑きって言っても魔法は無さそうだし? ソルくんは墓守様お願いね。それでいい?」


 両目を紅く染めていたソルが、ベルゴに問いかけられて肩を竦めた。渋々と頷くシラルーナの横で、アルスィアはソルへと視線を向ける。


「何をする気だったのさ。」

「少し分からせてやろうかとな。」

「そんなに大事なら、肌身離さず持っておけばどうだい?」

「大事な()ならな。でも俺はシーナだから大事なんだ、意思も言葉も縛り付けちゃ意味無いだろ。」

「ふぅん? ……なるほどね、それが人間のやり方なら、僕も取り入れてみるか。」


 傍らの少女を揺り起こし、ベルゴへと手招きをしながら、瞼を擦る幼子へ問いかける。


「ねぇ、リツ。今から夜のお墓に調査に行く。でもね、僕は早く終わらせたいから、君をいつもみたいに連れて行けないんだ。」

「おるすばん?」

「まだ寝てるね? まぁいいか。一人も危ないだろうからってこの怪しい細長いのが君を連れていくって聞かなくてね。」

「俺っち、そんな言い方してないし、君も似たような体格じゃない?」

「煩い。とにかくそういう事でね。君はどうする? ここで待つか、怖い街に入るか。」


 どうも人質でも取られるのを警戒しているのか、言葉の節々から「待っている」と言わせたいのが伝わるアルスィアに、ベルゴとソルが呆れたように目を合わせた。

 人質としての価値を二人に証明しているようなものだが、いいのだろうか、と。幼子一人であれば、ベルゴだって簡単にどうとでも出来る。シラルーナがいるので滅多な事はしないだろうが、人質として彼の前に返さない事だって可能だ。何より、劣化とはいえ【色欲】もあるのだから。


「待ってる方が怖いから、一緒に行く。」

「僕の傍は危ないから無理だ。」

「うん、だから、お姉ちゃんと。」

「……あー、うん。そっか。」


 かなり迷っていたものの、結局は説得の言葉は見当たらず。引き下がるしか無いアルスィアがリツから離れた。


「で? 君はそれで良いのかい、モナク。」

「話になるか不安だけどな、まぁ止めとく分には易いだろ。他の有象無象がどこ行くかまでは知んないけど。」

「自罰はいらないんだ。」

「そもそも悪魔に会いたくない。そっちは勝手にしろ、あれなら危険も無いだろうし。」


 肩を竦めたソルに、会話の終わりを察して絶望は影に溶ける。悪魔の喰い合いに巻き込まれないように、ソルはシラルーナに結晶を手渡した。刻まれた魔方陣は【具現結晶・固定】の簡易版、防衛にも拘束にも使える筈だ。


「反射も付けてるから、簡単な盾にもなると思う。強めに叩き付けたら割れて発動するし、使ったのは俺も分かるから。上手く使ってくれ。」

「はい、ありがとうございます。」

「え? ソル君、俺には?」

「無いけど。その子の盾にでもなれば?」


 魔法陣が光り、【精神の力】がソルを上空に運ぶ。夜の闇では小さな魔人は見つからない、空を行く方が楽で良い。下から聞こえる文句には耳を貸さない、面倒くさいし魔力だって有限だ。使えば疲弊する。

 敵の全力も未知数だし、アルスィアが信用できるかも分からない。仮に取り逃がせば、自罰も自分が抑える必要がある。ソルから離れた結晶である以上、半端な防衛手段でしかなく。一つ増えてもそう変わらない。


「まぁ、シーナもいるし、あの男も比較的協力的だったから、そんな血腥い事にはならないと思うけど……」


 寄り道をする前に、現状が聞ければ程度だったというのに。ソルにとって、あの塔は全ての始まりだ。それより前の記憶は朧気で、何とか生きていた、くらいの知識にしかならない。

 出来れば知りたいと思うくらいには気になる。ソルの魔術師としての知識の全てが、そこにはあるのだから。文字も、歴史も、人も、世界も、地理も、科学も、魔法も……縁も。


「とりあえず、とっとと話聞いて撤退するのが優先か。なんか、シーナもこの街にいるの、少し嫌みたいだし。」


 サッと地上を見渡せば、明かりが灯る建物……建物というには粗末だが、とりあえず人の動いている気配が無いのは確かだ。

 奥の布や廃材が混ざらないくらいの建物になれば、明かりもチラホラと見え始める。この街では夜は眠るものというのは、一部の立場を持つ上層部は例外らしい。

 墓守と呼ばれていた彼女は、確実にそのうちの一人だろう。つまり、明かりのある場所を探せばよい。最悪、その場にいる人が知っているだろう。


「とりあえず、一番奥から見ていけばいいよな。一番偉い人っぽいし。」


 スっと下降し、影に潜る魔術を展開したまま、もっとも大きな建物の裏手に回る。例えるなら聖堂だが、この地ではそんなものより呪われた儀式場とでも呼びたい雰囲気を持つそれに、窓を開けて潜り込む。

 簡単に周囲を見渡すが、人の気配は無い。上だろうか、と階段が見つからないか歩き始めたソルだが、方向が見当違いだったらしい。礼拝堂と思われる大きな空間で、一つの石像が掲げられている。


「あれも人なのかな……まぁ、関係ないか。」

「止まりなさい、異教の者。」


 折り返そうとした矢先、背後からの声に動きを止める。結晶を展開しなくても、物騒な杖を向けて魔法陣の上に立つ女性が見えるようだった。


「やっぱりここに居たんだな。」

「別に隠していませんからね、今夜は警戒していました。ウーリから、貴方々の目的を聞きましたから。」

「口軽いなぁ、アイツ……それなら話は早いけど。どうすれば話してくれる? 自罰でも取り除いてやろうか?」

「ふざけないで! あの方こそ、我等を救ってくれる方。悪魔の力こそ、我等の希望!」

「なんだよ、マトモそうだと思ったけどそっちかよ……ならコレが手っ取り早いだろ!」


 腕を一振して振り返るソルの足元から、結晶が溢れ、広がる。辺りを呑み込む戦陣は、あっという間に礼拝堂を覆い尽くす。天井を、床を、壁を、空間までも埋め尽くし、結晶は煌めきにエネルギーを閉じ込めていく。

 寒さと脱力感に端正な眉を歪め、彼女は杖を振る。足下の白い魔法陣が広がり、結晶が押しのけられる。魔法を狂わせる星の光は、孤独の結晶を消し去るようだ。


「ずいぶんと強力な魔法だな、どんな犠牲を払ったらそうなるんだ?」

「足下の僅かな面積しか征せず、なにが強力な魔法だと?」

「ただの悪魔憑きが、名持ちの魔人に張り合ってんだ。誇れよ。」


 ソルが軽く腕を振るえば、優しく指揮を受けたように結晶が隆起し、迫り出し、飛来する。虚空を結ぶ白い鎖が、墓守の身を守り、鎖に触れては制止する結晶が段々と彼女を覆っていく。


「貴方なんかに……! 悪魔なんかに、もう何も奪わせない!」

「悪魔崇拝じゃ無いのかよ?」

「誰が! 魔法も契約も、生きる為に必要なだけ! 私は、私だけでも生き延びないと……!」


 床へ杖を突き立てて、重ねるように魔法陣を展開する墓守に、ソルが警戒を強める。穿ちすぎた結晶は視認性を下げ、魔法陣の読み取りを困難にしている。少し舐めすぎたか、と「闇の崩壊」を展開していくソルの上に、眩いばかりの光源が出現する。


「大本の詠唱まで出来んのかよ……!」

「墜ちなさい! 【煌めく超新星ランピリズマ・スペルノバ】!」


 辺りを包む光が上へ貫いて行き、集合した光源が星となる。ただただ膨大なエネルギー。現象へと変質していない魔力の奔流は、辺りのマナを引きずり、引き込み、かき乱す。その過程で生まれる流れは魔法を阻害し、マナを引き込めない魔術は発動さえしない。熱と光を発し続ける暴力的な高エネルギーが、そこに誕生し、降下を開始する。

 マナを捕まえているわけではない魔術は、単純だろうと精巧だろうと取り合いに負ける。「闇の崩壊」の導が霧散し、せっかくの準備がパーになる。


「間に合うか、これ。」


 食らったとしても致命傷にはならない。そう判断したソルだが、自罰も抑える事を考えれば防ぎたい。反射は墓守が灼けてしまいそうなので無しだ。

 何もしないよりはと辺りの結晶をせり上げて己を囲んだとき、地に落ちた新星は爆ぜ、街を昼間より眩しく照らした。

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