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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第4章 墓場の街
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第42話

「それじゃ、俺はソル君みたいに待ってあげないので? お話しよっか、シラちゃん。」


 パチン、指を鳴らす彼の髪が、風に踊って紅い両眼を晒す。軽薄な男の双眸とは思えず、一気に警戒のレベルが上がる。毛が逆立ち、膨れ上がった尾に視線を流し、ベルゴはヘラっと顔を崩す。


「ヤダなぁ、別に取って食おうって訳でも無いし。俺はただ、シラちゃんがしたい事あるんなら、我慢しない方がいいんじゃないってお話をね?」

「別に、我慢なんて」

「本当に? 良いんだぜ、どうしようも無い事だとしても、抗っても。叛逆の時、って奴だ。タイミングって逃せば戻ってこないよ?」

「私の勝手じゃないですか。」


 特に、あれには聞かれたくない、とアルスィアを振り返るが、彼は寝転んだままだ。こんな話をしているのに、関心の一つも示さないとは。聞きだそうとしたのは意地悪だったのだろうか。


「君の勝手、で済むなら俺がこんな事する? めんどっちいの嫌いなのにさ。シラちゃん、アラストールってなんの悪魔か覚えてる?」

「復讐、ですよね。」

「ソルくんはね、そこそこ割り切ってるのよ。単純にほっとくと危ないって、誰より知ってるだけ。でも君のこの街への想いは? あの悪魔の餌に、ならないって言える?」

「それは……」

「あ、やっぱりソッチの感情なんだ。」


 ニヤッと笑ったベルゴが、緩く睨むシラルーナの顔を観察する。不躾な視線に嫌悪感を感じる彼女が身を引くと、ようやくいつもの調子に戻ったベルゴが手を合わせて軽く謝罪した。


「うんうん、なんとなぁく想像できたよ。そういえば、君って寒さや霧に慣れてそうだったね。」

「そうやって詮索されるのは、あんまり好きじゃないです。」

「ごめんね、でも大事な事じゃん? 俺は面倒な事はしたくないけど、面倒にならない為なら努力を惜しまない。君のモヤモヤを残されて魔界に近い南に行くのは、きっと怖いことでしょ。ソルくんは、君の全部を背負うつもりだろうけどね、俺っちはそんなに盲目的じゃないんですよ。」


 サラッとソルに対する懸念を口にすると、ベルゴはソルの荷物から飴玉を取り出して頬張った。その甘味を享受しながらゴロリと転がると、残りをシラルーナの方へと放る。


「あげる。」

「ソルさんのじゃないですか。」

「食べないの? 甘くてフルーティで美味しいよ?」

「……いただきます。」


 一つ放り込めば、口角が少し上がってしまう。残りはシラルーナが戻しておき、その視線は自然と空へと向く。まだソルは帰ってこない。この街での用など早く終わらないかと、朝を待ち遠しく思った。




 魔人とはいえ、肉体は人間である。高空から見えるものなど、余程目立つものだけで。メガーロが鎮火しているという事と、辺りに街は見えない事だけが分かっただけであった。

 まぁ、大きな変化は無いという事は大きな事件も無いという事。


「自罰は出てこなかったか……」


 自罰の悪魔。モナクスタロが天災として魔界にいた頃、滅ぼしかけたらしい悪魔。ソルの記憶にはないが、マギアレクの塔についてアルスィアに話した時、対価として教えてもらった。

 孤独の悪魔は対話や取引に応じない。ただ魔力の集まる土地に赴いては辺りを結晶で呑込み、城として鎮座する。それは全てを無色透明の魔力へと変換し、エネルギーが枯渇すると一夜にして消える。そして次の土地にふらりと現れるのだ。

 自罰の悪魔は生き物の感情を使い、表面を岩石へと変換する魔法を使う。全ての感覚を封じられ、罪悪感に包まれた生き物達の自罰的な感情は、辺りに濃厚な魔力溜りを作ることになり、悪魔にとっては最適な環境……孤独の悪魔にとっても。


「どっかではやってんだろうけど……何が居たとか何があったとか、気にしてなかったもんな、あの頃。」


 認識できるものは自己とそれ以外しかなく、それ以外の物に興味など無かった。否、自分にさえ関心はなかったかもしれない。ただただ、埋まらない色褪せた空白を、魔力というエネルギーで満たすのみ。

 だが胸中に広がるその魔力こそ、孤独感である。満たされる訳がなく、ひたすらに空虚な空間を広げ続ける。それ以外に、する事も無かった。


「ほんと、なんで俺は魔人実験なんかに協力しようとしたんだっけな……」


 少なくとも、感情も自由も力もある境遇には満足している。シラルーナの望んでくれた「英雄」という像も、孤独や虚無から逃避するには良い役柄だ。

 だが、そうなると分かっていた訳では無い筈で。何が自分(モナクスタロ)を動かしたのか、どうにも思い出せない。


「ま、それもアスモデウスにでも聞けば分かるか。そのうち、とっ捕まえてやりたいけど……ん?」


 ぼんやりと地上を眺めていたが、最後にと視線を流したソルを違和感が襲う。なんだろう、見慣れない光景が飛び込んだはずだと、もう一度、視線を凝らしていく。


「あ、あれ……墓石かと思ったけど、石像か? ってことは、アレが自罰のコレクションか……」


 自罰の悪魔がどんな奴か覚えていないが、悪魔なのでろくでもない奴だろう。特に岩の奴らは閉じこもりがちで嫌いだ、ソルの同族嫌悪である。

 どうしてやろうかと降りたち、精巧で多種多様な鉱物に包まれた人々の間を歩いていく。この鉱物も、なにかの法則性があるのだろうか、それとも気紛れなのか。少し湧いた興味に、不謹慎だなと首を振って払う。


「あそこまで凝り固まってんなら、アルスィアでもキツイかな……解放できそうにないなら、壊すのもありか。」

「やめておけ。」


 誰か来たのかと首を回せば、水桶を持った男が立っている。頬に傷が残る男は、確か……


「ウーリ、だっけ。」

「む……そうか、悪魔は名前を大切にするのだったな。そうだ、それが今の俺の名だ。」

「悪魔じゃないけどな。」

「そうか、すまない。まぁ、どちらにせよ、それには手を出さない事をオススメする。それらにも家族があり、今も変わらず生きている。心地の良いものでは無いだろう。」


 話すか、と問いかけながら去っていく男に、後を着いて歩きながら周囲を観察する。老若男女、東西南北を問わない者たち。中には獣人さえ混ざっている石像は、ただ静かに慟哭している。


「なぁ、それだけじゃないだろ。ここを壊されると、あの悪魔憑きに怒られるとか?」

「それもあるが。単純にここは我らの生命線でもある、壊されると俺も困る。」

「それは俺には関係ないな。というか、お前は俺を嫌ってないのか。」

「あの方に恩はあるが、この街に心寄せる事も、あの方の敵を恨む事も無い。俺は俺の義を貫いて生きたいだけだ。他のことは関心は無い。」


 端まで行き、ひび割れた土の穴へ水を捨てる。ボロ布を近くに干して、桶を逆さに置く。


「それに、君にも利点がある筈だ。気にしていた少女は、おそらくこの石像が壊される事は望まない。」

「やっぱり知り合いか、お前。」

「俺の事を知っているかは知らないが、俺は彼女を覚えている。随分と昔のことだから、かなり印象は変わっていたが……白い忌み子の半獣人など、そう居ない。」


 少し良いか、と確認をして座り込んだウーリが、頬の傷を撫でながらソルを見る。


「この街には何を?」

「話を聞きたくてな。南に行ったやつがこの街にいるはずだ。」

「獣人達なら多いが……はぐればかりで、紹介は無意味だ。」

「それよりも南。」

「……亡国の土地か。何を聞く?」

「悪魔の塔って呼ばれてるトコ。」


 なにか知っていそうだ、と話を続けるソルに彼は天を仰いだ。


「それを聞くのは骨が折れるぞ。」

「知ってんのは墓守様だろ? あれなら俺一人でも」

「いや、俺だ。」


 立ち上がった男がナイフを抜き、ソルの前で軽く振ってみせる。それをスっと腕に通せば、ゆっくりと赤い血が流れ……止まった。


「契約者か。」

「いや、憑代と呼んでいた。深層での結合……らしい。」

「どうも意味が違うみたいな……魔人みたいなもんか? そこまで可能になっていたなんて……」

「今は出払ってるが、すぐに戻ってくるだろう。俺を憑代とした悪魔は……自罰の悪魔。お前を毛嫌いしてるはずだ。」

「じゃ、さっとここで話してくれたりは?」

「利点が無い。俺の手札に価値を見出すなら、相応の対価を払うべきじゃないか?」


 ナイフの血を拭った彼が、緩くソルを睨む。対話の雰囲気は終わったらしい。


「目的は分かった、だが協力は確約できない。俺は契約でこの地の守護を任されている、早々に去ってもらおう。あの方と悪魔を同時に相手にしたくは無いだろう?」

「最後に一つ、お前が魔人って訳では無いんだな?」

「人間如きと混ざるのは御免だという事だ。心臓を使うといっていたのは関係あるか?」

「変なやり方編み出してんのは確かだな……アスモデウスがそこまで便宜したなら、自罰だかこの土地だかになんかあるのか……まぁ、いいや。」


 魔方陣に魔力を流したソルがその足を地から離す。去る雰囲気を察した彼が、綺麗になったナイフをしまい込んで地面に落ちた血を足で拭い消す。

 僅かに感じる白の魔力に、墓守の接近を察知して、ソルが速度を上げて空の上へ消えていく。それを緩く見送り、ウーリは後ろを振り返った。


「墓守様、騒ぎの方は。」

「落ち着きました。何人か捕縛致しましたので、あとで数日ほど拘束して頂けますか?」

「確認しておきます。」

「魔人が二人も来た以上、穏やかに済むとは思っていません。貴方はよく尽くしてくれますが、時々に無茶が過ぎます。人の身で受け負えない相手は、私を呼んでくださいね。」

「承知しております。」


 深く頭を下げたウーリに礼を言い、彼女はそのまま墓地の奥に消えていく。彼女の巡礼が終わる日は来るのかと、一つ一つの石像を慈しみ嘆く墓守を見て、足元に伸びた根を踏みにじった。

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