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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第4章 墓場の街
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第40話

 葉も枯れおちた木々が、細枝を揺らしている。人工的に育てられたまっすぐな木々は、やがて伐採されてその屍をバラバラにされ、組まれていく。その為だけに生きている。

 その下に広がる土地は、この地では墓所と呼ばれるものだが、地面の下は根ばかりであり、名を掘られた墓石等は並ばない。並んでいるのは、人影ばかりである。

 ピクリともしない者たちの間を縫い、ただ一人歩き回る人物。冷たい空気が肌を刺す中で水にその手を浸し、布を絞る。それを使って拭くのは、周囲の人影……石像である。


「墓守様、新参が来ました。高等な身なりが三人、浮浪者が二人。」

「道中に道連れとなったか、それとも人買か……しかし、私に報告する必要がありますか?」

「一人が大粒の宝石を地面にばら撒き、広間が大混乱に。」

「まぁ……すぐに行きましょう。何があの方の機嫌を損ねるか分かりませんから。」


 濡れた布を桶の縁にかけ、裾を簡単に払った女性が立ち上がる。黒を基調とした修道服のようだが、この場ではそれは喪服にしか見えなかった。

 灰のような白い髪を下ろせば、腰にまで届いてボサリと広がる。サッと撫で付けた彼女は、頬に傷を残した男へと振り返る。


「ウーリ、案内を。」

「此方へ。」




「俺のモンだ!」

「どけ、届かない……!」

「私のよ、それ!」


 耳を劈かんばかりに響く人々の声が、広間の中央で響いている。それをボヤーと眺めるベルゴが、手持ちの空になった袋をヒラヒラと風に流した。


「それで、なんで?」

「こうした方が手っ取り早いですから。」

「いやぁ、シラちゃんがこんなことするの、意外だなぁ。」


 あの宝石群は、大半はソルの魔法で作ったダミーだが。無色透明な結晶は素人目には宝石にしか見えず、一部混ざった本物のせいで信憑性は非常に高い。

 ちなみに残りの本物の宝石はソルが必要なものと交換するために持っていっている。人選基準は旅慣れ、自衛力。そして無駄遣いをしないこと。


「ねぇ、私も拾った方がいいかなぁ。」

「さっきも言ったけど、ほとんど偽物だよ?」

「でもね、アルスが行っちゃった。」

「……えぇ、何してるの彼。」


 言えばあげるのに、とでも言いたげだが、それが嫌なのだろう。だがぶち撒けた物を拾っただけなら、報酬の前払いともならず、逃げても契約違反では無い。

 冷めた目で群衆を見るシラルーナを意識的に視界から追い出し続けていると、通りの向こうが騒がしくなってくる。


「お、釣れたみたいだよ?」

「そうですね。」

「……シラちゃん、なんか怒ってる?」

「いえ、何も。」


 この騒動の発端は、とても単純だった。ベルゴの探す人物が、何処にいるどんな人物か、何一つ彼が知らなかったのである。とりあえず立派な建物などと軽く考えていたが、どの掘っ建て小屋も倒壊寸前、目星などつかなかった。

 聞き込み派と吐かせて片付ける派で別れて紅い目で睨み合っていると、ベルゴの袋をもぎ取って、中身をソルのコートの結晶と取り替えたシラルーナが広場の真ん中へ歩いて振り回したのである。

 その結果が、今。広間に入ってきた女性が、手に持つ杖を地面に打ち付けれぱ、一瞬で静寂が広間に満ちる。


「何事です? 飢える気持ちを満たす為だけに荒れるというのなら、獣にでも堕ちていなさい!」

「うわ、結構ガッツリ言うね。」


 いつの間にか横に戻ってきていたアルスィアが、シラルーナへと視線を落としながら呟く。彼女の言葉に苛立ちを顕にした獣人達を見れば、その視線の意味も分かるというものだ。


「あの人が墓守様だろうねぇ……もしかしてシラちゃんってこの街に来たことあったりする? あの人の思想を知ってたりとか……」

「ベルゴさんに関係ありますか?」

「いやぁ、はは……ごめんなさい。」


 怒気を含んだ声という訳では無かったのだが、有無を言わさない圧力につい謝罪が口を付いてでる。そんなベルゴを鼻で笑ったアルスィアに、鋭い杖の尖端が突きつけられる。

 殺気を感じない警告に、余裕を崩さずに視線を戻した彼の前で、墓守様と呼ばれた女性が杖を押しつける。


「貴方もです、その拾った物を返却なさい。」

「ヤダなぁ、ツレが落としたガラス玉の中から、大事なのだけ回収しただけだって言うのにさ。それとも、君はこの街の落し物は持ち主じゃなくて自分のモノだなんて言い分を持っているのかい?」

「では何故、幾つかを履物に隠しているのですか?」

「君の懐みたいなポケットでね、全部は受け止めてくれないのさ。」


 追求に、煽り文句だけを悠々と返していく彼の顔は、浮ついた嗤いが張り付いている。


「アルスくーん、悪いの出てるよ。」

「君にその呼び方を許した覚えは無い。」

「私の質問に答えなさい!」

「それ以上前に出ない方がいい、大事な胎に穴が開くよ?」


 アルスィアの手にしたナイフの冷たさが、服を割いて肌に伝わる。あまりに淡々と、呼吸のように死を押し付けてくる。底が見えない水面のような暗さに、彼女の足が二歩、下がる。


「も~、ファーストコンタクト失敗……観察だけしたかったのに。」

「僕のせいとでも言いたげだね?」

「嗜虐の悪魔は君の一部なんでしょ~、君のせいじゃん。」

「悪魔……?」


 怪訝な顔で聞き返す墓守様に、ベルゴが口を押さえるものだから彼女は確信を得たらしい。アルスィアを見る目に含まれた感情は複雑であり、二の句に迷う。ごまかすべきか、どう言って?

 無言のにらみ合いが続く彼らは、少しずつ周囲の人に取り囲まれていく。彼らがどちらの味方をするのか、隣に立つ傷の男が剣を抜いた為に分からなくなった。悪魔の呼称が出た相手を女性一人に任せる光景も異様だが、こうして取り囲まれる統制者と言うのも珍しい。

 どう出るかを悩むベルゴとシラルーナの横で、面倒だという感情を隠しもせずに抜刀するアルスィア。それが雰囲気を更に剣呑な物にする。数少ない獣人達の唸り声が場を支配する、痛い程の静寂。血が見えるだろうという瞬間が刻一刻と近づいていくなか、ふと空気が冷え込んでいく。雰囲気がと言うものでは無い、物理的にである。


「顔を見るんだって話じゃ無かったか?」

「空を飛ぶ人間……まさか、孤独? ウーリ、皆を下げて。」

「墓守様はいかがされますか?」

「この地を守ります。」


 ソルに向き直り、ボソボソと呟いた彼女の杖が発光する。白い装飾を周囲の空間に彫り込んでいるその杖は、悪魔の強い気配を醸し出している。物、もしくはそれを媒介として発動する能力だと当たりをつけ、誰よりも早くアルスィアが駆ける。杖を狙う一撃に、女性が動くより早く傷の男が割って入る。

 気にせず振り切ろうとする彼の自信に、刀を避けて腕を蹴り上げる。がら空きになった胴へ剣を薙ぐが、荒れる風が男を吹き飛ばす。


「静まりなさい、貴方に興味はありません。」


 女性が杖を地に打ち鳴らすと、白い鎖がアルスィアを縛り付ける。先手をとられれば、影の無くなった今は頼れるのは風のみ。しかし……


「魔法が出ない……?」

「星の下に、平等に沈黙なさい。」


 再び杖を打ち鳴らすと、極光の鎖はシラルーナとベルゴをも縛る。彼女の足下に広がる魔法陣に、ソルは眉根を潜める。迫る鎖を固定させ、広げていた結晶から放出した光線で焼き切った。


「人間に星降りか……随分な犠牲を敷いたみたいだな、アンタの契約者。」

「関係ありますか? 孤独の魔人。」

「興味ならあるけどな。俺に関係あるのは、敵になるか、そうじゃないか、だけだ。」


 シラルーナを見て、墓守の杖を打ち抜こうと魔法を展開する。射出された結晶だが、杖で打ち払われて地面へと転がった。見切って合わせた動体視力もだが、壊す勢いで放たれた結晶を打ち落としたことが驚愕だ。魔法発動を阻害するのかと思ったが、ただの星の魔法では無いらしい。


「全ての魔法解除か。【煌めく超新星ランピリズマ・スペルノバ】か?」

「貴方に答える物はありません。」

「聞く権利くらいあるだろ? それに、こんだけ派手にやって、その……おいアルスィア、なんだっけ?」

「脳ミソを鶏にでも借りたのかい? 自罰だよ、僕の推測だけどね。」

「そうそれ。それにバレるんじゃねぇの?」


 ソルが懸念を口にすれば、彼女は杖を振り上げて怒りを露わにする。


「貴方のせいで……!」

「ん? 俺なんかした?」

「モナク……君、本当に覚えてないんだね? 奴が来たの、君のせいでもあるよ。」

「だとしても、それ悪いのは自罰だろ。」

「世迷言を。私の敵意は貴方に向けられている!」


 光り輝いた魔法陣がソルの足元にも展開されるが、アルスィアの投げたナイフが墓守の腕を刺して止める。


「モナク、どうでもいいけど、それ止めるか僕ら解放するかしてよ。」

「解放してもいいけど退け、斬るなよ?」

「分かってるよ、まだ何も聞いてないんだし。」


 ソルの虹彩が紅い光を放ち、地面ごと魔法陣を破壊する。見えないナニカに握りしめられた土が、ボロボロと崩れてアルスィアにかかった。

 リツを外套でかばいながら、文句の声を荒らげるアルスィアが影に解ける。二人の鎖も斬ってくれるかと思ったが、逃げられた。


「まぁ良いか、テストにもなるし。」


 結晶で象られた魔方陣がソルの手に創られる。複雑怪奇なそれはゆっくりと象られていき、それが終わるより先にソルが動く。

 宙を変幻自在に飛び回る魔人に、墓守が杖を構えるが届かない。あわよくば感情を得てやろうなどと考えるアルスィアと違い、ソルは演出などしない。如何に強力であろうと、契約者は人間だ、負ける気はしない。

 何度も星が飛び、それを悠々と避ける魔人が、ふと荷物を投げる。ベルゴの足元に落ちたそれに、皆の注意が逸れたその一瞬。墓守の後ろにソルが降り立つ。


「はや……!」

「辿れ、「闇の崩壊」。」


 とん、と魔方陣を出現させた左手で肩を掴む。魔力の糸が滑り、杖に辿り着くと絡まり、散らした。途端に足元の魔法陣も砕け、シラルーナ達を拘束していた鎖も消え去った。


「ベルゴ! 荷物持って走れ!」

「人使い荒いんだからぁ、もう!」


 すぐに杖の光を再展開する女性からは、契約の解除は見受けられない。どうやら、発動している魔法のみを解除出来たらしい。

 それより早く杖を撃ち落とし、ソルは霧散した結晶を流し見る。


「契約は悪魔とは別モンか。出来ねぇ事もあるし、展開に時間もかかる……実験は安全な所でやるのが良さそうだな。」


 チラと広間を見渡せば、とっくに逃げ出した人、遠巻きに見守る人、武器を構えてにじり寄る人、そして此方を睨む女性。


「ここまで恨まれてるとは思わなかったな……まぁ、協力ゴクローさん、じゃぁな墓守様!」


 強力な力場で地面をひっくり返し、乾燥した土埃を巻き上げて飛び上がる。四人は街の外に行ったはずだ、合流するために、ソルは西へと飛んで行った。

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