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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第3章 結晶と断絶
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第37話

 焚き火に照らされて毛皮に包まるリツの傍で、アルスィアが座り込んで口を開いた。


「こっちのお子様は眠ったよ。」

「こっちはまだだな。」

「シラちゃんなら寝てるよ?」

「お前だよ。」

「え? 俺一番年上だけど。」

「んじゃ茶化してねぇで黙ってろ。」


 口を結晶で塞がれたベルゴが、火にあたるだけの置物になったところで、ソルが火の中を掻き回す。炭と木が入れ替わり、パチリと火花がハゼた。


「さぁ、モナク。取引の時間と行こうか、ケントロンの時みたいにね。」

「そっちのカード。」

「助力と情報。それと簡単な手土産。そっちは?」

「魔術知識と魔方陣、他には?」

「上等、十分だ。」

「ノるとは言って無いけどな。」


 梯子を外すような物言いに、ハメられたと眉間に皺を寄せる。何が欲しかったか、何処までが要求か、その情報を引かれた。

 しかし、仕方ない部分もある。未だ肩までしかない右腕、消耗した魔力、自衛を期待できないリツ、負けている人数差。いや、そもそも……


「それ、結局は何者? 不確定要素過ぎないかな。」

「それを聞こうとしたらお前が出てきた。」

「あぁ、そう。じゃ、僕の推測でいい?」

「好きにしろよ。」


 投げやりなソルから視線を逸らし、ユラユラと身体を揺らす非力そうな男を見る。【故郷に還る影】に捕らえた時、はぐらかされた自己紹介を思い出す。


「悪魔。」

「俺が生かしておくと思うか?」

「『ずっと昔から親愛なる隣人、君の友人のベルゴ君でっす』。この一言でね、僕はそうなのか、そうだったかもしれないって思わされたんだよ。笑うだろ?」

「それがなんで悪魔になる。」

「一つ、僕は自由が好きだから誰の傘下にも入らない。二つ、人の肉体は魔力の揺れを俯瞰的に観測するのに向いている。三つ、僕はアスモデウスが嫌いだ。」

「……おい、まさか。」


 ソルが振り向いた先には、今まで見たことの無いくらい表情が抜け落ちたベルゴが立ち上がっていた。

 武器を構えた二人の魔人の前で、両手を上げて待ったをかけた彼が、口元の結晶を叩く。ソルを、じっと見つめて。


「……分かった。」

「人の話聞いてた?」

「どっちにしろ孤独の俺には通りが悪い。お前も違和感には気づくくらい慣れてんなら良いだろ。」

「良くないって。」


 アルスィアの制止は完全に無視を決め込み、魔法を解除する。霧散した結晶の煌めきのなかで、ベルゴは長く舌を垂らして見せた。

 記憶にある、【色欲】の魔法陣。舌の上で光るそれをたっぷり数秒見せたあと、口を閉じて唾を飲み込んだベルゴが口を開く。


「借りたんだ、これ。」

「やっぱり悪魔憑きだったのか。」

「なにそれ。」

「悪魔か、魔法か。力が残ってる契約者の事だ。その場限りの契約じゃないって事だな。」

「人間の言葉は多すぎて分からなくなるよ……まぁ、いいや。つまり、アスモデウスの契約者って訳だ? それだけとも思えないけどね……」

「これ以上話す気、無いかなぁ。それにこれも期限や上限あるから、あんまり使いたくないし。でも、俺が情報屋として優秀なのは分かったでしょ?」


 ソルに向けてウインクし、味方アピールを忘れない。正直鬱陶しいが、ソルに協力していた姿勢は心当たりが多い。テオリューシアの城にいた者たち、あれをベルゴが作ったのではと疑念は残るが、そんなヤツをティポタスが見逃しているとも思えなかった。

 あれであの悪魔は、非常に協力的だ。おそらく、王様は余程上手い条件で契約したのだろう。


「それで、お前のカードは?」

「僕から開示しないとダメ?」

「持ちかけたのも、不利なのも、欲しいがりなのもお前。」


 寝る姿勢に入り始めたソルに、アルスィアの諦めが引き出された。元々、渡しても痛くない物しか提示していない。出し惜しみは要求を引き上げる為なので、ゼロよりはしっかりと回収できる方がいい。


「はぁ、分かったよ。助力は程度による、情報は黒衣の人間達の世間話や会議のもの、手土産はこれ。」

「投げんなバカ……指輪?」

「マークするか、近づいた悪魔の位置を知れるらしいよ。僕は使い方分かんなかった。」

「俺も要らない。情報は……そうだな、アラストールの現在地と、ヴローヒとかいう雨降り男の場所。」

「……僕が言うのもなんだけどさ。死ぬ気?」

「まさか、殺す気。」

「冗談が上手くなったね。」


 勿論、アルスィアが言っているのは雨降りの悪魔憑きではない。アラストール、原罪の呪いを継承し、マモンを降した名持ちの悪魔。魔界で十人目の純粋な名前持ち。

 アルスィアは嗜虐を取り込み、自我と共に核が崩壊しかけてようやく届いた、名前を与えられる程の個という存在。おかげで窮屈な肉体に詰め込まれた。


「勝算があるとでも? あれは別格じゃないか。ケントロンの時みたいに、残滓って訳でもないんだよ?」

「マモンのことか? あれは死ぬかと思ったけど……相性もあるだろ。炎と違って消耗がねぇし盾も意味ねぇし。」

「当たれば死ぬし、魔法が通らないって意味じゃ変わらないでしょ。それに……その子、風だろ? それこそ相性悪いよ。」

「シーナは近づけさせないから。アレを見つけるまでだ。」

「ふぅん、そういうものか……」


 有効打については話さないソルに、おそらく自分やソルにも有効であり、自分も使えるのだろうという予想を立て、引き出す方法を探すアルスィア。思考に集中する彼に、ソルは猶予を与えない。


「んで、返答は?」

「ヴローヒって奴なら知らない。会ったことないし、移動し続けてるタイプらしいから。でも、仕事の前後ならアスモデウスの所か北の……」

「ブロス地区の事かい?」

「そんな名前だったと思う。そこにいると思うよ。」

「メガーロより北か……行先は南だし、今は良いか。」

「えぇ!? ソルくん、俺の用事は?」

「一人で行けよ。」


 手で追い払うソルに、しょげかえった彼が火にあたりに戻る。まだ寝るつもりは無いらしい。


「アラストールはまだ魔界に戻ってないと思うよ。獣人達に喧嘩を売っててね、復讐心を抱くような反骨精神が豊富だから、暫く居座ってるんじゃないかな。戻ってるなら、多分国が燃えてるって報せを聞くと思うし。」

「ケントロンが隠してるんじゃねぇのか? 魔界進行を進めるなら、不安や恐怖は少ない方が良いだろ。」

「僕、黒衣の奴らのとこに居たんだけどね。」

「あぁ、なら隠しようが無いか。」


 自分の荷物から羊皮紙を取り出し、サラサラと描いて少し火に当てる。乾いたそれを丸めて、アルスィアに飛ばしたソルが火から離れて寝転んだ。


「対価はそんくらい。じゃ、おやすみ。」

「なにこれ?」

「圧縮と風刃の魔方陣。触媒の素材と調合法は書いてやったから、作って練習でもしとけば?」

「いや説明も無しに? というか魔方陣とか触媒って何さ。第一これなら魔法で出来……は? もう寝た?」

「諦めな、ソル君はこういう奴だよ……」

「もう二度と、モナクとは取引しない……!」


 多分、使えない情報だと思われたのは分かる。だが、せめてそれを説明しろとも思う。半端に渡されたのが、お前のカードはその程度だと皮肉られたようで腹立たしい。

 いっそ殺すか、と【切望絶断】を準備するアルスィアに、ベルゴが口を開く。


「じゃ、俺の番。取引しない?」

「なんのつもり?」

「ここから少し東、タフォスの街。俺の用があるんだけどさ、きっときな臭くなる。それに、今ソル君に死なれても困るんだ。」

「力を貸せって? はん、バカバカしい。」

「ふぅん?」


 断られたのに、余裕のある態度。まだ手札があるらしい。


「交渉の席に立たせたければ、皿の蓋くらい取りなよ。」

「分かったよ、それならディナーの食前酒といこう。君、力がいるだろう? 例えば、新しい魔法やその腕だ。」

「コレは治る。」

「魔人でも、何十年かかるか分からないと思うけどね。そして、俺の教えられる魔法には、魔術の知識もいる。」

「いざとなれば、そこの白いのでも人質にとるさ。」

「俺なら、命の危険は無いよん?」


 ニコニコと揺れるこの男、底が知れない。浅いのか、深いのか。それなのに危険がないなどと。


「知ってるだろ? 悪魔は契約に嘘も裏切りもしない。」

「……やっぱり、君はべ」

「一つ目は。深層意識の魔力を本格的な肉体として再構築する【罪の獣(アマルティノス)】だ。変化する事も、擬似的な腕を作ることもできるだろうね。ソル君の【具現結晶(クリスタライズ)】の混ざった右腕に近い。」

「それに、魔術の知識がいるって?」

「狙った形にして、ちゃんと制御するには、ね。もう一つはその腕をあっという間に治す方法。とある固有魔法は、過程の全てを省けるんだって、さ。」

「……それが、君の手札?」

「十分じゃない? 残りは後払いって事で、よろしくぅ。」


 報酬の存在だけ提示して、大きな毛布を引っ張り出すベルゴ。魔人の前だと言うのに、何処までも豪胆な奴である。それとも……


「僕なんて、驚異にもならない……って事かな。」


 己の世界の中に招き、操れるようになった風の特性、そして今の取引。それ以前に……


「いや、良いや。僕も寝よう……流石に疲れた……」


 どうやら自分は彼にとっては手札らしい、朝を迎えられないという事は無いだろう。念の為に保険をかけておき、彼は夜の帳に身を預けた。

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