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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第3章 結晶と断絶
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第36話

「さ、寒い……」

「だから上着くらい買いましょうって、言ったじゃないですか。」

「メガーロの硬くて重そうだったからさ、嵩張るだけだろうなって……つか、シーナは良く平気だな?」

「慣れてるので。テオリューシアの方が寒かったですよ?」

「ほとんど外に出てなかったから分からん。魔獣は寒い時はあんまり来ないし……」


 岩肌が多いアナトレーの国土は、熱があっという間に飛んでいく。メガーロ中央都市を抜け出したのは日暮れ時、太陽光線の無くなった地上は冷えていく一方だ。

 南北を遮断するかのようなメガーロの城壁が、水の流れを止めてしまっているのもあるのかもしれないし、そもそも土壌が違うからかもしれない。とにかく、寒いものは寒い。気温というより、体感温度が。


「付与の魔方陣、持ってくりゃ良かった……」

「持ってこなかったんですか?」

「いやぁ、覚えてるのだけで事足りるだろって思って。耐寒の魔術式、ド忘れしちまってさ。」

「頭働いて無いじゃ無いですか……やっぱり、さっき無理したんじゃ。」

「いや、魔力不足というより寝不足。」

「休みましょう!?」


 休むつもりだったのだ、メガーロが燃えるまでは。二日連続の夜逃げは、思ったよりソルの体力を蝕んでいるらしい。

 狂信者共と悪魔め、と居もしない存在へ怒りを湧き上がらせていると、隣のシラルーナが立ち止まる。


「ん、どうした?」

「いえ、その……信じ難いと思うんですけど……」

「シーナの事、疑ったりしないって。」

「私も信じ難いというか……知った人が。そこに。」


 シラルーナの指し示す方を見てみれば、モコモコに膨れ上がった男が一人。緑の頭髪を風に流しながら、甘い匂いを漂わせているソレ……


「【具現結晶(クリスタライズ)(ショ)

「わぁ〜!? 待った待った! なんで!? NA・N・DE!?」

「こっちのセリフだわ、建国祭の朝まであっちに居たろお前。」

「そりゃ、頑張って?」

「【(ピア)

「殺意が! 高いのよ!」


 咄嗟にシラルーナの後ろに飛び込んだベルゴに、力場の魔法を行使してつまみ出す。隠れられてもいないのに、何を安心しているのか。と言うより、目の前で妹弟子を盾にされてもムカつくだけだ。


「ベルゴ。」

「はいはい、親愛なる貴方の隣人、ベルゴ君ですよ? 思えば長い付き合いでして、初めて会ったあの日から早くも」

「説明。」

「はい……」


 剣を突きつけられては、大人しくするしかない。膝を揃えて座り、両手を上げる彼が、言葉を選ぶように視線を迷わせ、シラルーナに止める。助けを求めるような視線だが、流石に今回は擁護できなかった。

 ソルの移動手段は飛行だった。それも、何度も。直線に近い航路であり、手続き等も吹っ飛ばしている。何をどう頑張っても、追いつけるものでは無いのだ。随分と前に出ていた、くらいのものだろう……人間ならば。

 まるで奇跡、だがこの世界で奇跡は身近だ。ただ未来を投げ打ち、願えば良いのだから。あとは気まぐれが此方に微笑むかどうか。


「あ〜……はは、もうバレてるよね?」

「説明。」

「わぁ〜かったから! 首に食い込ませないでよ、死んじゃう!」

「説、明。」

「そーですよ。俺は悪魔の関係者、でも君らの敵じゃないって。」

「じいちゃんが言ってた、狂信者共の情報ルートは。」

「アゴレメノスの人達は俺っちマジで関係ないって。アレらの情報元は深夜の数時間だけ記憶が戻る人達、君が玩具呼ばわりしてる人達だよ。これでも何人か追い出したんだよ?」


 半獣人であるシラルーナを見れば、首を縦に振る。どうやら嘘は無いらしい。


「アスモデウスか?」

「だと思うよ。君を探してたら、やけに上手くいかないからって訝しんだんじゃない? ご本人動かすなんて、ホントに君って何さ?」

「……なぁ、もしかしてティポタスって魔界で恨まれてたりする?」

「え? 知らない。でも、あの性格だし原罪の悪魔達を羽虫呼ばわりしてたし、嫌われてはいるんじゃない?」

「大丈夫かな、あの国……」


 まさか、嫉妬の悪魔が動いた理由は……と考えて、雑念を振り払う。今は関係の無いことだ、遠方の未来にまで首を突っ込んでいては、キリがない。

 それより、もう少し知りたい事がある。ここまで来て隠し立ては無しだ。剣は離して貰ったベルゴが一息つけば、鋭利な結晶に取り囲まれた。ソルの腕が疲れただけの、つかの間の休息だった。


「それで? お前はなんなの?」

「甘味とソルくんをこよなく愛する良き隣人?」

「シーナ、墓石って幾らくらいするっけ?」

「その前に墓地の面積を用意しないといけないですよ?」

「シラちゃん!?」


 裏切られた、とばかりに驚愕と絶望を顔に浮かべて振り返るその男に、はにかんで顔を隠す彼女が視界に入る。いや、それどころでは無い。目の前のソルはやる時はあっさりヤルのは知っている。

 だが、彼女が冗談を挟むくらいなので、見た目ほど緊迫していないらしい。少し肩の力を抜いたベルゴが、ソルに向き直る。


「まぁ、ぶっちゃけちゃうと。こっちの街に用があったって言うのもあんのよね。知ってる? タフォスってとこ。」

「知らん。シーナは?」

「えっ……と。その、名前だけ、なら。」


 歯切れの悪い彼女を怪訝に思いつつ、ソルは目の前の男の首に、少し結晶を近づけた。


「で、お前は?」

「や〜、全部話したよ?」

「悪魔憑きか何かなんだろ、誰とどんな契約だ。」

「それ聞いちゃう……? 俺の生命線じゃんよ。」

「だからだろ。ここに居たのも、俺達と合流するため。そんなストーカーの事、把握もせずに野放しにできると思うか?」

「え〜、アレは良いのに?」


 すっ、とソルの後ろを指さしたベルゴが、次の瞬間には闇に包まれる。一瞬の後に外套を翻して現れたのは、長大な一本角を持った魔人。


「モナク、君はなんて奴と知り合いなんだ。魔法の痕跡でも無く、単純に僕の事に気づくなんて。」

「それを聞いてたところなんだよ、【貫通(ピアース)】!」


 ちょうどいい位置だと言わんばかりに、ベルゴを取り囲んでいた結晶を突き出し、アルスィアを襲う。隠れて着いてくる破滅願望者が安全な理由がない。ならば排除する。


「待ちなよ、やり合うつもりじゃない。片腕でやるのも疲れてる時にやるのも御免だ。」

「なら、なんで着けてきた。」

「貴方の事は信じられません、「旋風鳥乱」!」

「せっかちだね……僕のせいでもあるけど。【蛮勇なる風(バーブレス・アネモス)】!」


 シラルーナの魔術を切り刻み、ついでとばかりにソルも襲う魔法は、展開された遊星に反射された。返ってきた風を一刀で斬り伏せて、アルスィアは広げた外套から二人を放り出す。


「わぷっ!」

「痛っ! 重っ!?」


 投げ出されたベルゴの上に、ソル達は見たことが無い少女。いや、ソルとベルゴには見覚えがあった。


「その子……お前な。」

「怒んないでよ、モナク。僕に彼女を連れさせてるのは君だ。」

「はぁ?」

「君が言ったんだろ? 変わってみろって。郷に入っては郷に従えって奴さ、魔人として、人間として、僕は絶望を拭う。」

「本気で言ってんのか?」

「嘘じゃないさ、その為に感情を向けたり受けたりする彼女が必要だったんだよ……というより、放っておいても死ぬだけだったし、それなら有効活用しようってだけだけどね。」


 肩を竦めるアルスィアが言いたいのは、拐ってきた訳でもないのに責められる筋合いはない、という所だろうか。

 シラルーナが珍しく敵意をむき出しているのは、何があったのか後で聞くとして。今は目の前の魔人の処理が優先だろう。


「なんで俺達の後ろに居た。」

「街を出るのに手間取ってね。君も見たろ? 恐怖の悪魔のせいで大混乱、魔人が休めるような街じゃ無くなった。」

「答えになってないな。」

「アナトレーにいる理由なら、北にアゴレ何とかって名乗ってる奴らの巣窟があるから。君らにくっついてたのは……それかな。」


 シラルーナの荷物を指し示すアルスィアに、彼女が身を硬くする。前を塞ぐように移動したソルに目を細めた彼の横で、長身の男が顔を並べた。


「もしかして、君って少女趣味?」

「……は?」

「この子もシラちゃんも、お兄さん的にはちょっ〜とミニマムというか青いというか……もうちょい、こう、発育の良さを前面に押し出して来られちゃうと刺さる刺さる、その刀刺さりそう。」

「ねぇ、コレ殺していいんだよね?」

「多分?」

「ソルくぅん!?」


 自分で火種を撒いた癖に、助けが無いと分かるや否や全力でアルスィアの腕を抑えて命乞いを始める。憐憫さえ湧く姿を見れば、本気で殺そうという気さえ失せてきた。


「魔術とやらに興味があっただけだよ。恐怖が随分と自慢げに見せびらかして来るから、ついね。僕ならもっと上手くやる。」

「ケントロンでも思ったけどさ。お前、意外に煽られるとすぐ食いつくよな。」

「君が言う? 見た目通りの単細胞の癖して?」

「なんだよ、喧嘩売ってんのか?」

「そう聞こえたかい? 頭は悪くないんだね。」


 二人が瞳を紅く染め上げた瞬間、ソルの視界からそれが外れる。アルスィアの後頭部にバッグが振り下ろされたのだ。


「もう、アルス! 喧嘩はダメなんだよ! 教祖様も言ってたでしょ。」

「知らないし、聞かないし、痛いんだけど? え、何入れて叩いたの?」

「分かんない。でも重たいよ?」

「うん、そうだね? なんでそれで叩こうと思った訳?」

「アルス、背が高いから?」

「え、何この子面白い。」

「君も協力してるんじゃないよ、斬られたいの?」


 リツを抱きかかえていたベルゴが、冷たく睨まれてソルの後ろに隠れる。まったく隠れられてない。

 身長差に少し腹を立てたソルが裏拳をかまし、深く溜息を吐いているアルスィアに同情を向ける。互いの感情は、多分一致している。


「話すのも何も、お子様達が寝てからにしようぜ?」

「賛成だ、とりあえず火を起こそう。凍えて死にたくなければね。」

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