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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第一章 賢者の搭と二人の子供
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第十話

 昼頃、森の中に一人の老人が歩を進めていた。紫を基調として黄色い装飾の入ったローブを揺らして歩く彼は、常人の速度を越えていた。理由は簡単。背後にいる魔獣の相手をしたくないのだ。

 ソレは空気を震わせて老人に迫る。しかし、風を纏い走る彼は追い付かれてたまるかと更に速度をあげた。


「火で焼...いや森の中じゃろ! 水は無意味じゃったし、風で切る? 論外じゃ! 岩で潰してもならん! む? どうしようもないぞ!?」


 彼、マギアレクが慌てて逃げる魔獣が木々からその姿を現す。それは、大きなハエである。蠢いている腹を垂れ下げて飛行する醜悪なそれが、大きな大きな羽音をたててマギアレクに迫る。


「それ以上近づくでないわっ!……あっ。」


 つい反射的に風の刃を放つマギアレク。気付いたときには遅かった。

 真っ二つになったハエがどろどろの体液と腹の中身を撒き散らして絶命する。臓物等の隙間から蛆虫が這い出てのたうち回る。


「……川、どこじゃったかの。」


 幸い下流の方角から向かっている筈だ。四年ぶりの塔よりも、体を洗い流したいマギアレクだった。






 同時刻。塔では昼食を終えたシラルーナが、仕立て終えたローブに着替えていた。久しぶりに被る頭巾は少し小さく感じたが、元々ブカブカだったので、今はちょうどいい……筈だ。まだ大きいような気もする。


「あっ、ソルさんのコートどうしよう……まぁ、置いててもいっか。後で取りに来ればいいし。」


 取り敢えず移動に便利そうな魔方陣や、いざというときの為に風刃等の攻撃系や治療用の魔方陣、食料と水を用意する。魔界に行ったら何日かかるか分からないのだから準備は大事だ。


「でも、ソルさんが行きそうな所って、多分御師匠様の行ってた所ですよね。」


 四年間一緒にソルと暮らしたシラルーナは、ソルの興味の対象がなんとなく分かる。ここまで遅いのは寄り道が多かったか魔獣と遭遇するのが多かったのだろう。

 その点、シラルーナならば鼻が効く。聴覚も優れているし魔獣を避けて通れるだろう。荷馬車の中にはいたがオークション会場の場所ならば大まかにわかる。


(これならすぐに追い付けそうかな。飛び回ってたら目立つけど距離がある分、ちょっと大変だけど。)


 準備を終えて、馬に多めにご飯を上げておく。すれ違ったときの為に行き先をメモしておき、魔界を目指して走り出す。

 魔方陣を用いて、追い風や軽量化、呼吸の補助、疲労の回復等をこなしていく。これなら魔力は消費して行くが、馬よりも早い位だ。ソルにもすぐに追い付くだろう。

 しばらく森を走っていると、大穴と所々溶けた地面に横たわる魔獣を見つけて足を止める。土に紛れるような体表だが、赤を撒き散らした頭部によってかなり目立つ。


(うわぁ。これ、ソルさんかな。……ちょっと離れて通ろう。)


 シラルーナが少し迂回して通ろうとした時、僅かに葉を踏む音に振り返る。


「ガゥッ!」

「「風刃」!」

 

 咄嗟に魔方陣を掴み魔力を流す。見事な魔力コントロールによって一拍置いて魔術が発動するのと、犬の様な魔獣が飛び掛かるのは同時だった。

 首を落とされて倒れ付した魔獣を見て、シラルーナはそっとため息をはいた。


「血の臭いで集まってるのかも。早く離れとかなきゃ危ないかな。」


 木々に隠れるようにして移動を開始するシラルーナ。山脈まではまだ距離があるが、ゆっくりいっても夜までにはオークション会場のある盆地に着けそうだ。


(今考えれば私すごい所にいこうとしてる……? 御師匠様は大丈夫って言ってくれたけど、もっと用心した方がいいかも。)


 事実、道中はソルの倒した魔物でいっぱいだ。血の臭いで肉を求めた狂暴な魔獣が多く集まっているだろう。臭いでそれを察知したシラルーナはゲンナリしながら大きく迂回した。






「……7705番?なんの事だ?」


 振り返ることなくソルは呻き声に返答する。既にその目は紅く輝きを放っている。ソルが思うに魔法を使う際に目が変色するのは表に()()()が出てくるのだろう。

 魔法を使おうとしているのが分かってしまうので顔は見せない方がいい。ひっそりと「具現結晶・付与クリスタライズ・エンチャント」で耐久性は上げているので大概の不意打ちにはやられない自信がある。


「誤魔化すな!俺にはわかっているんだ、モナクスタロ!」

「……はぁ、全く。どちら様で?」


 そこまでバレたのならばと、振り返るソル。しかし、次の瞬間には硬直してしまう。


「九年だ! お前が俺の前から、他の奴らの前から消えてから! 何故お前はそこまで()()なんだ!?」


 そう叫ぶモノは、バケモノとしか形容できないモノだった。

 溶けかけた肉体は肥大化したのか原型は分からない。末端部に至っては腐敗さえしている。紅い目玉は、血の色なのか、悪魔の色なのか。それさえも定かではなかった。顎は外れた様に大きく動き、真っ赤な口内が覗く。

 二〜三メートルはありそうな巨体は、ソルに叫び続ける。


「こんなところで何をしているんだ? どうやって、その姿を維持できた!?」

「……むしろどうなったらそうなるんだよ。」

「肉体が、着いてこない。力の、制御が!」

(あぁ、じいちゃんのお陰か。もしかしたら捨てられた後の二年間、結構危なかったのかもな。)


 マギアレクは魔力、精神についてはエキスパートだ。もしかすると悪魔より詳しいかも知れない。マギアレクに適切に抑えられ、練習する日々は体が慣れるのにちょうど良かったのだろう。

 ソルの場合は、人間が強く出ていたのも原因かもしれないが。


「まぁ、いい。その方法は分かった。俺は行くしかないんだ。そこをどけ。」

「行く? 何処に。」

「他に選択肢が無い。選ぶ必要もない。ワカルだろ?」


 だんだんとバケモノの目が紅い輝きを増していく。


(来る!)

「どケぇ!【真実不定(トゥルーフラックス)】!」


 バケモノが腕を一振りすると、渓谷に更に谷ができる。上を見れば、一部からは上に向かって岩肌が延び上がっていた。


「ずれた!? お前、「不断の悪魔」か!?」

「今サら気付いタのか、モナクスタロ! 決メタぞ! お前もズレろ!」

「逆恨みって言うんだよ、そう言うのをさ!【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】!」

「無駄ダ!【真実不定(トゥルーフラックス)】!」


 ソルの放つ結晶がぶれたかと思うと、二つに別れて横へ飛んでいく。

 僅かに結晶の掠めたバケモノの腕も皮膚が裂けたが、もはや血さえ溢れていない。


(砕かれた!? いや、それよりもアイツの皮膚の下、血管が無いのか?)


 道理で腐る筈だ。もはや人間の肉体とは呼ばないソレは「不断の悪魔」の「物事、物体をずらす」力の暴走の果てなのだろう。

 実体を持たせるにしても、最悪の相性の力だ。元々は同じ境遇なだけに少し同情する。ソルの場合は、暴走すれば結晶に取り込まれる形になっていたかもしれないと考え、ぞっとした。


「どうシた!? 青ざめテイるぞ!」

「気持ち悪い見た目だから吐きそうになったんだよ! 気にすんな!」

「ほざケぇ!」


 岩が、木が、次々とその場所からずれてソルに迫る。中には上から落ちてくるものもあり、飛行できるソルも気が抜けない。

 一方のソルは反撃する手段が無かった。放射状に広がる奴の魔力だが、近づけば当たりやすいのは変わらない。遠距離ではがむしゃらに辺りに力を放つバケモノにずらされてしまう。


「うアあァァぁ! ズレろ、ずレロ、ズれロ! 全て迷え!」

「ずれて血迷ってんのはお前の思考だっつの。【具現結晶・貫通クリスタライズ・ピアース】!」


「飛翔」によって落ちてきた岩に隠れ地面に降り立ったソルは、地に手を当ててバケモノの足元から結晶を飛び出させる。

 地中から直接攻撃したその結晶は、ずれることなくその場は貫いた。


「げぇ、なんだよそれ。」

「ヌぐゥ、俺は生キルんだ! 邪魔をスルな! モナクスタロ!」

「仕掛けてしたのはそっちだろ!」


 関節をあり得ない方向にずらしたバケモノが結晶から離れる。その後大きな魔法陣と共に、こちらへ向き直る。


「喰らエ! 【汚染された血(モリンシ・エマ)】!」

「なんだソレ!? くそっ、【具現結晶・防壁クリスタライズ・ウォール】!」


 明らかに有毒な赤黒い濁流がソルに迫る。咄嗟に壁で流れを遅らせて空へと逃げて、


「ズレロ!【真実不定(トゥルーフラックス)】!」

「なっ!」


 左右にずれた結晶を通り、濁流がソルに迫る。既にソル自身が飛ぶ事に使用しているため、魔術である「飛翔」はそう咄嗟に使うことはできない。


「【具現結晶(クリスタライズ)っ。」

「遅イな、モナクスタロ。名持チのお前が随分ト弱くナッた。本懐の感情が薄れタか? 「孤独の悪魔・モナクスタロ」。」

「……」


 表面張力の値がずれた赤黒い液体は大きな雫のようにソルを呑み込んでいる。バケモノが発した言葉の返事は無い。

 日が沈み、渓谷内を星と月が照らし始めた。

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