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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第3章 結晶と断絶
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第33話

 最近は抑えられた嗜虐心も、無くなった訳では無く。少し意地悪を繰り返して戯れる。頬を膨らます彼女の幼さに、仄温かい物を感じ、それを掴もうと内心では必死だ。

 今思うとこの少女、リツともかなり奇妙な縁である。

 ショックで記憶が消えているとはいえ、己は親を奪った国の崩壊に関わり、自分と友人の感覚を斬って誘拐した犯人なのだ。罪悪感も無いわけでも無く、こうして面倒を見ているが。


 本人を考えるなら、国の施設にでも預けるのが良いかもしれない。だが、アルスィアには人の感情を会得するために、触れ合う対象が必要だった。結局、誘拐である。

 その割には、かなり懐かれたが。時々帰りたくないのか、と疑問にも思うが、帰す気は毛頭無いので聞いていない。


「今日はどーするの?」

「そうだね……そろそろ移動する? 南に行けば、商業都市が近いから、活気があって良いかも。」

「また、冒険? 準備してくる!」


 前向きな奴だ、と半ば呆れるアルスィアを他所に。本当に楽しそうに、リツは鞄に色々と詰め始める。

 それを尻目に、アルスィアも外套の影に物をしまう。肉体を得て、安定した存在。魔力もかなり回復が良く、多少なら無駄遣いが多くても問題無い。


「こんなものかな。」

「私も準備できたよ!」

「うん。なら……あー、待って。僕のお客さんだ。」


 彼がそういうのは、決まって血を見る時。薄々、どういう物か察しているリツは、すぐに離れていく。


「裏の道、まっすぐ行った広場。」

「うん!」


 荷物を抱えて走る彼女の先には、敵は無い。影によって索敵をしたアルスィアは、ボソリと呟いた。


「三、か。いつも通りだな。」


 外套を広げて足下に影を作り、そこから妖刀を抜き放つ。光を一切排して、漆黒の影を切り取った様な、そんな一振。

 それは何も無かった様に柱を通過し、軽く押してやれば滑り始める。勿論、家屋は倒壊を始める。


「散会しろ!」

「何処から出」

「報告しろ! 生きているか? ……おい?」


 返答はすぐにかえってきた。ただし、言葉では無い。口が無事でも、肺と繋がっていなければ無意味だ。転がされた首と、後ろで倒れた下半身。咄嗟に武器で防御を試みるも、いとも易く通過する。痛みさえ、訪れない。濃厚な死の気配だけだ。


「あ……」

「絶望に堕ちて行きな、片道だけどね。」


 瞬時に三人を殺した……訳では無く。最後の一人は、触覚と視覚のみを絶つ。


「質問に答えてくれるかな?」

「な、何が聞きたい。」


 気丈に振る舞ってはいるが、呼吸は浅く、質問には答える前提の返答。既に心は折れている。

 影から現れ、何処へとも無く去る。その跡に、絶望を振り撒いて。教団の中でも、それは有名だ……有名になった。本部で一部の者に追われたので、壊滅させたからだ。


「なんだって場所がバレたのさ? 僕はこれでも、隠密行動には自信があったんだけど……」

「わ、私達には悪魔の位置を、把握できる指輪が与えられている。」

「え? そんなの無かった筈……いや、見た目が同じだけで、機能付きは一部の人物か。てことは、君ってお偉いさん?」


 二つに別れた男と、首を失った女性を見下ろしながら、アルスィアは溜め息を吐く。

 面倒な。帰らなくても、問題になる可能性がある。まぁ、その時はその時だと、妖刀を翻す。


 いとも易く、あまりに簡単に一つの幕を下ろし、彼は崩れた家屋を振り返る。人が集まって来ている。すぐに移動しなくては。

 繋がっており、道になる影を探す。【路潜む影(オドス・スキアー)】はあくまでも、高速かつ無重力の道を作るだけで、人が通れる大きさは必要なのだ。


「無いし……目立つ格好ではあるから、普通に移動したく無いんだよね。」


 とはいえ、魔法の生命線の影を手放す気はなく。外套は暑くとも、怪しくとも取らない。風だけでは、まだまだ頼りないのだ。


「ん~……まぁ、子供一人で放置もねぇ。仕方ない、行きますか。」


 フードを被って角を隠し。視線を感じながら、彼は歩く事にした。

 が、すぐにその認識を改める事になる。迷う必要等、無かった。降り注いだのは、火球。町全体に広がるそれは、混乱を招く。


「嘘、モナク……な訳ないか。絶対に自分から動かないし……火が苦手みたいだったし。別の悪魔……あれかな? これの護衛かな?」


 どうせ適当な契約で繋ぎ止め、他の事も頼もうとしたのだろう。悪魔はそれを嫌う。望むのは欲望を、悪感情を生む隠さない願いだけだ。契約と宣ってはいるが、取引とは根底から違うのだ。

 なので、こんな死に様を晒したのだろう。間違えてはいけない。悪魔とは、気まぐれな奇跡の執行者であり、万能な味方ではない。


「とにかく急いで合流しよう。この混乱なら、僕の事も記憶に残らないでしょ。」


 風を纏って走るアルスィアは、あっという間に広場へとたどり着く。広がるのは、影に呑まれ、燃え盛る空き地。

 木々も建物も無く、ただ広がるのは、地獄絵図。その中央で佇むのは……


「恐怖の悪魔……!」

「アァン? んだぁ、てめえは……いや待て、その魔力。お前、絶望か。」

「アルスィアだよ。」


 眉を潜めながら返せば、炎を振り撒く影の悪魔は、高笑いをした。


「カハハ! 未だに小言の多い奴だ。また組むか?」

「全部持っていかれるじゃないか。断る。」

「恐怖ってのはな、鮮度があんだよ。終わったらどうなる? 絶望だ。悪い話じゃ」

「僕を悪魔と、同列に語らないでくれるかい? 別の道もある。」

「……ハッ、変わったな。自惚れんなよ、絶望に溺れたがってた溺死体が!」


 恫喝、そして攻撃。並の生物ならば怯えるだろう、しかしアルスィアにそんな事を求めてはいけない。

 彼の半身は、感情を殺し、密かに血を浴びるのが生業だった。そしてもう半身も、恐怖よりも深く濃い、仄温かい暗さを知っている。


「【切望絶断(エルピスコーノ)】。」

「ちっ、火じゃ駄目か。」

「なんだって火なんて会得したんだい?」


 本来、悪魔の特性は一つだけ。生命体と違い、彼等には感情が一つしか無いからだ。他の特性は、一般的に百としてもほんの僅かなバラつきがあるのみ。大概の場合、一にさえならない。

 その為の、魔人実験でもある。感情と肉体。それは、悪魔にとって足りない多様性で、進化の可能性の塊だ。


「オレの力はデカくなったんだよ、絶望。マモンやアラストールが動きだして、恐怖は世界に広まった。何処に行っても溢れてる。」

「説明になってないよ。」

「あぁ、お前は知らねぇか。魔術って技術らしい。アスモデウスによ、悪魔用に作って貰ったのさ。魔力を操れりゃ、面倒な道具も要らねぇからな!」


 得意気に語る悪魔は、自分の変化を心底楽しんでいるようだ。ソルかマギアレクがいれば、あまりの効率の悪さに溜め息をつくだろう拙い技法。

 しかし、それでもこの規模なのは、魔力量の膨大さを知らしめている。アルスィアにも、ぼんやりとだが理解できた。


「それで? 別の道とやらを見せてみろよ、絶望! 肉体があっても、飛べないんじゃ邪魔なだけだな!」


 安定を求めての肉体は、短期間の戦闘には向かない。むしろ邪魔だ。それはアルスィアとて、非常に実感していた。だが、それで負けるとも思えない。強敵上等、喰らう餌が旨くなるだけである。


「じゃ、君が降りてきなよ、【矢となる風(ヴェロス・アネモス)】!」


 湾曲させる矢が、四方から恐怖を襲う。斜めでは間に合わない。後ろか、前。無論、後ろだ。

 距離が開けば、それだけ隙が生まれる。影には影の、闘い方がある。暴風に乗り、恐怖に飛んだアルスィアは、外套を広げて魔法を発現させる。太古から変わらぬ、深淵の底への門を。


「呑まれろ、【故郷に還る影パトリードシィ・スキアー】。」




 影。それは、離れる事なく、いつもそこにあるもの。

 それを仮想世界とし、魂を閉じ込める魔法。その中では、世界そのものが影であり、アルスィアの手足である。


(とはいえ、それは相手も同じ……僕が他の悪魔に勝るのは、影の濃さくらい。ここで勝負せざるを得ないとはいえ……良い手では無いかな。)


 恐怖も影の特性を持つ悪魔である。互いに、決定打を得やすいという事だ。


「だが、固有魔法がある。そう考えてんのか?」

「負けない自信なら、あるけども?」

「俺は潜むのが苦手だがな……これ以上無い程の、決定打は持ってるぞ!」


 黒布の様な翼を広げて、恐怖は影の荒野を飛び回る。ヌラリとした腕から爪を伸ばし、それを地面へと叩き落とした。


「囲め、【蛮勇なる影(バーブレス・スキアー)】ァ!」

「くっ!」


 予想を越えた出力で、全方位から影の暴力が迫る。呑まれれば、脆いアルスィアは簡単に終わりだろう。すぐに同じ魔法で迎撃する。

 しかし、その隙が大きい。早々に姿を眩ませるつもりが、立ち止まったのだから。妖刀さえ、まだ取り出せていない。


「死ね、絶望。【戦々恐々(アゴンロモス)】!」


 恐怖の伸ばした腕。それと同じ軌道で、全く別の所から腕が伸ばされた。骨に出来かけの肉を纏わせたような、細い腕。しかし、圧倒的な畏怖を抱かせるそれを、アルスィアは暴風で吹き飛び回避する。

 目が離せない。近づけば近づく程に、汗が吹き出し、呼吸が荒くなる。掴まれたら終わりだと、漠然とした不安だけが、心臓を鷲掴む様に襲う。


「余所見してて良いのか? えぇ!?」


 恐怖が【剣となる影】で攻撃を再開する。気も漫ろだが、アルスィアよりも大雑把な剣技は、易く防ぐことが出来た。

 しかし、腕の進撃は止まらない。影に溶ける間もなく、恐怖の猛攻が続く。掴みかかる腕からは、大きく距離を取らざるを得ない。本能がそうさせるのだ。


「どうしたどうした! 最初の威勢はよぉ!」

「いちいち怒鳴らないと、会話が出来ないのかい? 恐れってのは、静けさから来るんだと思うけど?」

「てめぇがオレを語んじゃねぇぞ!」


 まともに攻撃も出来ない。一撃の元で殺す魔法も、当たらないならば意味が無いのだ。必殺の瞬間を、狙えないのならば作らねば。

 最優先であの腕を、と考えてアルスィアは止まる。隠し、侵食し、引き込むのは影の基本だ。この感情に、【躊躇いの影】で擬似的に眠っていた時の様な、強い侵食感を僅かに感じて。


「最適解は、これか!」


 影の荒野、全てを使い。辺り一帯を過去の恐怖へ。


「【躊躇いの影ヘジテーション・スキアー】!!」

「んなっ!?」


 膨れ上がった影は、辺りを包み。アルスィアの世界を、更に魂の根幹へと深く沈めた。

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