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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第3章 結晶と断絶
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第27話

 寝静まった平野は、暗闇に染まる。光石も水から取り出され、光源が一つもない。辺りを見渡し、青年が頭をかく。


「……う~ん、どうするかな。」

「何かあったの? アルス。」

「リツ。君、まだ起きてたの?」


 振り返った黒衣の青年、アルスィアは目の前のモノを影に隠す。それには気付かないで、少女は頷いた。


「うん、だってアルスがどっか行っちゃったもん。」

「僕は卵を温める親鳥かい?」

「ひどっ!? 私、卵じゃないし! 赤ちゃんじゃないから!」

「ハイハイ、雛は鳴くのが仕事だもんね。」


 適当にあしらったアルスィアは、ふと顔を上げる。


「そういえば、お金残ってた?」

「へっ? えっと……あるよ!」


 自信満々にリツが差し出すのは、幼子のお小遣いにしても少ない額。水も買えないような額に、少し罪悪感を抱きながら、アルスィアは首を横に振る。


「そっちじゃなくて、僕の財布の方に。」

「えぇ? 知らない。」

「見てきてよ。」

「はーい。」


 さらっと引き離して、アルスィアは影に沈めた死体を戻す。それは狂信者の物で、彼はそこから根刮ぎ金目の物を浚う。

 ただし指輪はそのままだ。それだけで、国からの調査が弛くなる。狂信者の敵は多すぎるし、表立った味方は少ない。おざなりにしても、何処からも文句など飛ばないどころか、ケントロンでは真面目にすればバッシングを受ける程だ。再び死体を隠した頃に、リツが走って戻ってきた。


「はい、どうぞ。」

「ありがと。えっと……あぁ、やっぱり少ないか。本当、モナクはどうやってお金を用意したわけ?」

「お仕事じゃない?」

「……リツ、モナクってのも魔人だよ?」

「お仕事しないの? 大人は皆してるのに。」

「雇用にも信用が……いいや、大人になったらね。」


 アルスィアが説明を切り上げたのは、少女には不服なようで頬を膨らませている。しかし、流石に眠気が勝ったらしく、言い返しては来ない。己の肉体の半分程の年齢の少女を見下ろして、アルスィアは苦笑する。


「ほら、良い子は寝る時間でしょ?」

「うぅ~、分かった……」

「……せめて宿は見つけるかな。」


 少し先、とりあえずと毛皮を敷いた木の下。そこに寝転ぶリツを見て、目先の目標を呟きながら、彼も隣で木に背を預け座る。


「……アルス~。」

「何?」

「……私が、居るからねぇ~。」

「僕は赤子か。まったく、どんな夢みてるんだか。」




 所変わり、テオリューシア王国。そこでも一人の男が頭をかいていた。


「なぁ、シーナ。本気?」

「リロエスさんから聞きましたよ。アナトレーでの事。」

「いや、俺も話したろ?」

「三回も死にかけたのは、聞いてません。」


 日付の変わる頃に、二人は王都の東門にいた。こんな時間でも門番はいるが、それを気にも止めずに二人は言い争う。


「いや、でもな? いつ戻るかも分かんねぇし。」

「私は構いません。」

「今回はレギンスも置いてくから、荷物も最小限だし。」

「大丈夫です、準備はしてましたから。」

「魔方陣の作り直しも、出来るかどうか。」

「ソルさん、その為の扇ですよね?」


 その意図は無かったと、ソルは段々と押されながらも反論する。


「危ない相手だし。」

「危ないのはソルさんも同じです。」

「ケントロン通るし。」

「私の方が、ソルさんよりは大丈夫です。」

「アナトレーにも行くかも。」

「魔界に連れていかれるまで、アナトレーから南に進んでたんですよ?私。」


 他に反論は無いかと、ソルは頭を巡らす。事実、アラストールに遭遇した場合に、最も怖いのは巻き添えだ。

 アラストールの炎は消えない。燃え広がらず、その場を確実に灰塵と帰す。その炎はアラストールの魔力により、波のように襲うだろう。喰らえば最期、待っているのは焼失だけだ。


「ソルさん、私はもう私の身も守れます。ソルさんの助けになりたいんです。」

「でもなぁ……」


 ソルは未だ、塔を出る前の事を忘れていない。不断の魔人の成れの果てに、シラルーナが穿たれた事を。またそうなる事を少しでも考えた時、安全な場所にいて欲しいと思うのだ。例え状況が変わっても、それを受け入れきれない。

 だが、それはシラルーナも同じだ。手が届かない所で大切な人に消えられて、平気な人が居るだろうか? 事実、ここ数年はシラルーナの前で気絶し過ぎた。


「あの、如何なされました……?」

「えっ?」

「あっ。」


 耐え兼ねて声をかけた衛兵に、二人は頭を下げて謝った。


「いえ、お気になさらず。ところで門に来たのでしたら、外へ? 手続きがありますので、期間や場所を教えてくださると。お二人とも、重要な仕事をなされるので。」

「行き先ですか? えっと、この辺りの地形ですが……」


 ソルが地図を片手に、衛兵に指し示す。アナトレーの南、そこから西へ進んだ辺りだ。

 マモンの騒ぎに進軍準備と、ケントロンはより境が厳しいだろう。なので、抜けやすい東からアナトレーへ、そこから迂回して行く。半年は軽くかかるだろう。

 南下はしない。東に曲がれば山越えが体力を奪い、魔界に近づけば強力な魔獣が増える。どちらも同時に来ては堪らない。西の地は獣人も住んでおらず、手付かずなのだ。


「あぁ、獣人達の本集落の辺りですね。」

「へぇ、この辺りなんですね。」

「私は行った事ありますよ。知り合いも多いですし。」

「……分かったよ。でも悪魔と遭遇したら、離れといてくれよ?」


 調査が難しいかと考えたソルは、シラルーナの一言に頷く。時折、絶対に折れてくれないのだから、こうするしか無い。

 とはいえ、助かるのは事実だ。元々、今回は人間の生存域は通過点。それならば、シラルーナを連れて困ることは、恐らく少ないだろう。


「内容の方は、じいちゃんにでも。」

「セメリアス侯爵様ですね……どうぞ、頑張って下さい。」


 羊皮紙に書き留めた衛兵は、脇に避けて二人を通した。振り返ると、王都は今日の喧騒を静めて、夜の闇に穏やかに聳えている。

 暫くは離れると思うと、やはり感慨深くなる。一度目を閉じて、心を落ち着かせる。別に、すぐに彼の悪魔と、出会う訳では無い。


「行こうか、シーナ。」

「あっ、待って下さい。」


 荷物を探ったシラルーナは、その中から紫のコートローブを取り出す。少し変わってはいるが、旅の間にソルが身につけていた物だ。


「ポイエンさんに手伝って貰って、仕立て直したんです。ソルさん、近々また旅に出そうだって、御師匠様と話してたから。」


 ソルは衛兵に頼もうと扇を持っていたが、シラルーナは準備物の中に入れていたらしい。荷物の中には、シラルーナ用のローブもある。

 成長してはいるが、懐かしい格好に戻った二人。それだけだが、少し緊張が解れた気がした。


「ふふっ、前よりソルさんの顔が近いですね。」

「む、俺だって結構伸びた筈だけどな。」


 確かに肩よりも上に、シラルーナの頭がある。いつの間に、とは思うが抜かれる事は無いだろう。

 歩く二人の前を、立派な敷石の道が続く。まずはテオリューシアの東の端へ、そこから山を越えられる場所を選ぶ。行商に行くエルガオン商会の道なら、通れる筈だ。


「まずは、村を通りながら行くか。テオリューシア王国内なら、リラックスして行けるだろ。」

「フードは被った方が良いですよ。王都の外までは、穏やかって程でも無いですし。」


 魔人と半獣人の二人旅とは、半分悪魔と半分魔獣の旅人である。此方を知らねば、生体兵器その物と思われても無理は無い。危険に対して避けるのは、当たり前の反応だ。


「やっぱり「誰もが怯えることの無い国」ってのは、浸透させるのは難しいか。」

「誰もが、の区切りが必要ですもんね……皆が仲良く出来れば良いのに。」

「無理じゃないか? 気に入らない奴は、やっぱりいるし。」


 互いに正義があり、譲れない境界はある。相容れないなら、ぶつからない訳もない。それでも、おそらくテオリューシアの王は手を伸ばし続けるだろう。


「ソルさん、反対なんですか? その目標。」

「いや? 厳しいだろうけど、出来たら良いとは思ってる。無理だろうなって思ってるから、積極的に協力する気が無いだけ。」


 ソルは安定して住める所があれば、それで良い。その国が荒れていなければ、それで良いのだ。

 今は必死で余裕が無いが、豊かになり余裕が生まれれば。格差や差別は出てくるだろう。それは、役割分担や最適化の一つの形だから。


「まぁ、多少なら蔑まれるのも恐れられるのも、良いんだけどな。そのまま暮らせれば。」

「でも、旅には出るんですか?」

「これはテオリューシアとは関係……無くも無いか。でも、俺にとっては俺の過去の問題だから。復讐の悪魔・アラストールの破滅は。」


 服の下から引っ張り出したのは、未だに処分できずにいるプレート。7705と彫られた、金属板。それを弄りながら、ソルは空を見る。


「あっ、別に首を突っ込むなって意味じゃ無いからな?」

「はい、分かってます。ソルさんなら、もっと直接言いますもんね?」

「間違ってはないけど。まぁいっか。」


 笑いながら話すシラルーナに、ソルは深く考える事を止めた。何も複雑な事は無い、不安を払拭したい二人がいるだけなのだから。

 ソルは過去を、シラルーナは可能性を。互いに見るものは違うが、自分の恐怖に抗っているだけなのだ。何もせずにいるには、二人の過去にも未来にも、喪失が多すぎた。


「街から離れると暗いな、やっぱり。」

「光源になりそうなもの、買わないとですね。今は良いですけど、王都を離れたら危ないですし。」

「まぁ普通に歩くのには、困らないよな……よな?」

「私は鼻と耳も良いですから。ソルさんが指輪を創ってくれるまで、見るって事は痛い事でしたし。薄明かりなら大丈夫でしたけど。」


 軽い「暗視」の付与を使うソルは、シラルーナの左手に視線を向ける。中指で僅かに光る指輪は、未だにシラルーナの必需品だ。


「治んないのかね、それ。」

「怪我や病気とは、違うと思いますけど。それに、私は私ですから。」

「ん、そっか。」


 自然にシラルーナが自分を認めた事を、ソルは意外に思いながら頷く。ソルは気付かなかったが、彼女も成長していた様だ。死んでも良いとさえ考えていた、小さな逃亡者はそこには居ない。


「……よし、飛ぶか!」

「えっ? 安全なうちは節約気味に行くんじゃ……?」

「気が変わった。それに距離を離しとかないと、シーナみたいに同行者が増えるかもしれない。いくつか村も通過しよう。」


 創り出した結晶に乗り、ソル達は夜空へと舞い上がる。運命は深く、その門出を包み込んでいた。

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