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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第2章 若き魔術師達の休息
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第25話

 仲間たちと騒ぎながら降りていく彼等に、ソルは苦笑を浮かべる。

 実践経験の得やすい傭兵だが、魔術師には向き不向きは大きい様だ。動きながら思考に集中、更に周囲も見逃さない事。体作りも探求もとなれば、どちらも中途半端になる。


「はい! 次いいですか!?」

「えぇ……こんな連戦?」

「英雄様と手合わせ出来るんですよ! それと、後で飛びかたのコツも教えてください!」

「風で飛んだ事は無いかな……」


 基本的なルールが無く、今までは魔力や体力の面から、自然にトーナメントに近い形だった。勿論、優勝だとかそんなものは無い。

 しかし、好奇心がなければ続かないのが魔術師だ。相性がよかったとはいえ、原罪の魔獣と悪魔を相手取ったソルは、注目の的。勝ち抜き戦の様になるのはすぐだった。


「ここまでになるとは……ステージ占拠する為に、ある程度はやろうと思ってたけど。」

「おーい、ソル。そろそろ暖まったろ、俺とやろうぜ。」

「どこ行ってたんだよ。」

「面白い戦法とか、俺が見てたら卑怯じゃん。」


 力場で空を飛ぶソルに、風使いは相性が悪かった。「アーツ」の結晶に防がれ、「重量増加」を付与した布に包まれている。

 ステージに上がるカークを見送るエアルに、人を掻き分けたシラルーナが声をかけた。


「おはようございます、エアル君。」

「シラルーナさん、おはようございます……あの、髪についてますよ。」

「へっ? ……あっ、昨日の片付けて無かったから。」


 部屋の机に放り出した素材を思い出しながら、シラルーナはそそくさと片付ける。少し赤い顔は、会話の最中である為にうつむく事も出来ない。


「もう、ありません?」

「無いですよ……この試合、結構注目されてますね。」


 エアルが少し意外そうに辺りを見回した。カークが最近、目覚ましい成長を遂げたのを知るものは多い。傭兵に混じり、魔獣狩りに乗り出すからだ。


「私達は見慣れてますからね。」

「兄さん、負けず嫌いだから。少し自信家ですし。」

「ソルさんも、結構楽しんでるんですよね。」


 二人が視線を戻せば、カークが魔方陣を取り出し、ズラリと袖に装着した所だった。

 ソルは右手のグローブに仕込んだ「アーツ」を見て、壊れていない事を確認する。「飛翔」等の魔方陣はアーツで創る。何を使うかバレない様に、服の下にだ。


「ソル、一つだけなんざ余裕だな? 申し訳程度の付与はどうした?」

「お前こそ、未だに魔力の流出先も選べないのか? わざわざ、肌から離して魔方陣はっ付けてよ。」


 ソルのグローブとカークの袖、互いの魔方陣が光を放つ。手を添えた魔方陣から引き抜くように、カークは炎の剣を具現する。同時にソルの手には、巨大な結晶の扇が広がっている。

 重さと摩擦の小さなアーツは、大きさは魔力の消費以外のデメリットが少ない。透明なそれは視界を遮る事さえせずに、ソルとカークの間を遮断する。炎の剣はソルに届く事を拒まれた。


「はぁ? 何で扇だ!?」

「こうするからだよ!」


 平面に「圧縮」を付与し、「飛翔」も用いて力任せに振り下ろせば、強い風がカークの魔術を乱す。いくら形を繕えど、元は炎。刀身は揺らぎ、カークはその維持に意識を割かれた。

 その隙は逃さない。魔術を展開するのは間に合わないと判断して、ソルはカークに突っ込み、足払いを仕掛ける。咄嗟に後ろへと跳躍し、カークは難を逃れた。


「てめっ!」

「ちっ、堪えるか。」

「たりめぇ」


 カークが違う魔方陣に手を伸ばし、展開しながら宙返りをする。そのまま逆さになり、地面に手を叩きつけた。


「だろうが!」


 展開した魔術は「炎波」。地面を舐める様に、炎は広がってソルに迫る。


「やっぱり近づくと危ないな、お前。」

「遂に飛びやがったか。」


 扇は霧散させ、その手には馴染んだ剣を創る。一方のカークは剣を消すと、炎で弓矢を象り、引き絞る。


「当たるのか?」

「当てんだよ。」


 カークの自信は本物だった様で、放たれた炎の矢はソルにまっすぐに飛ぶ。しかし、光の矢にも対応出来たソルが、炎に反応出来ない筈もなく。剣を横に薙げば、炎は形を保てずに散る。

 だが、そのすぐ後ろにも矢は続く。少し逸れた狙いも混ざり、回避先も潰される。まだ反射の魔術は出来ていない、一度守り始めれば攻めに転じるのは難しい。


「今日は勝たせて貰うぜ、ソル!」

「言ってろ!」


 今の剣は「アーツ」の物。【具現結晶】と違い、投擲すれば消えてしまう。なのでソルから遠距離の攻撃は出来ない。

 魔術師として勝つなら、付与と力場だけで押しきらなければならない。そうなれば簡単なのは一つだけだろう。チャンスに備え、ソルは「アーツ」で密かに魔方陣を創り、展開しておく。


「しゃらくせぇ! 降りてこいや!」


 カークがソルに、大きな火の玉を放つ。ソルの真上で止まったそれは、突然に軌道を変えて、ソルに向けて落ちてくる。


「呑まれろぉ!」

「無茶苦茶やりやがるっ……!」


 下に逃げるしかないソルに、火の玉は容赦なく落ちてくる。追撃とばかりに飛んでくる火の矢は弾きつつ、ソルは忍ばせた魔方陣を展開する。


「「術式崩壊」!」


 闇の崩壊を極限まで簡易的にした、対術式魔術。魔法ともなれば完璧に防ぐのは難しいが、精巧とは言い難い力任せの火の玉には、その効果を十全に発揮した。

 カークの魔術は砕ける様に散り、数瞬だけ周囲の視界を奪った。カークとて実戦は未経験では無い。少ない経験からも、その場から動く選択を取る。しかし、ソルの思惑を妨害する動きでは無かった。


「……んだよ、これ。」

「ステージを「アーツ」で埋めただけだろ? そう嫌な顔をすんなよ。」


 使える魔力の量は、魔人だけでなく魔術師の才でもある。存分に使わせて貰う。【具現結晶・戦陣】の様に、アーツの結晶がカークを取り囲む。

 それは、ソルの魔術の媒体となり、障害物にもなる。そして、ソルの付与を易く受け付けるだろう。


「飛んだら弾幕を張るんなら、俺は飛ばないでやってやる。」

「弾幕は有効だったってのだけ、喜ばしいな。」

「降参、するか?」

「冗談!」


 駆け出すカークが、次の瞬間には受け身を取っている。術者のソルは魔力の結合力によって影響は少ないが、アーツは摩擦が殆ど無い。濡れた氷の上を、磨かれた金属の靴で歩く様な物である。

 咄嗟に受け身を取れたカークに素直に驚きながら、ソルは剣を構える。立つことは諦め、膝立ちでカークは迎え撃つ。とはいえ、今まで弾かれていた弾幕の、半分に満たない。当然届きはしない。


「あっ、言っておくけど「耐熱」は付与済みだからな。」

「……あ~っくそ! 本っ当に嫌味だな、お前!」

「どうとでも言え、勝ったのは俺だろ。」


 諦めて仰向けに倒れたカークに、ソルは手を差し出す。アーツを解除すれば、結晶は煌めきながら霧散した。


「という訳で……」

「ちっ、覚えてやがった。」

「当たり前だ。俺が勝ったんだから、もう暫くは、つっかかってくんなよ。」

「くっそ~、来年! 来年またやんぞ!」

「えぇ~……まぁ、それぐらいならいいか。」


 魔方陣を取り外しながら、カークは立ち上がる。ソルは掴まれなかった手を、肩をすくめて引っ込めた。

 そんな二人に、エアルがステージに登って声をかける。


「兄さん、ソルさん、お疲れ様。」

「おー、エアル。お前もやるか?」

「やらないってば。それよりもソルさん、早めに撤退しないと。」

「ん? ……あ~、そだな。」


 周りを見渡せば、短時間とはいえ派手な魔術の連続に唖然とする人達。しかし、その中には既にステージを目指す、ギラギラした目の人達もいる。

 終わりが無い。そう察したソル達は、捕まる前に素早く離脱した。




 既に昼が近くなり、太陽は上から見下ろしている。セメリアス邸から離れ、ソル達は王都の西側に来ていた。

 東は山脈が削れた事で発展が続いているが、西側には海がある。悪魔と魔獣の巣窟となっている為、今の所は王都から西には広がり難い。つまり、村や町同士が近いのだ。


「で、その分。人の密度が高いと。」

「南には魔界があって兵団が多いですし、東には魔術師が素材目当てで集まって……技術者や商人は、必然的に西に来ましたね。」

「まだ国が出来立てですから、まずは顔見知りや知識を集めないといけませんものね。」

「なぁ、そんな事よりもあっち見てみようぜ? 俺達が考えた所で、何が変わるってんでもねぇしよ。」


 ソルの独り言から、どうしてそうなったかに考えを巡らす二人を他所に、カークは展示品に走る。新しい防衛設備や、馬車の設計。武器から彫刻刀まで。

 兵団や傭兵が多いのは、やはり命を預ける物は、慎重に選びたいからだろうか。新しい物に目敏く、しかし使い慣れた物から離れすぎず。案外、そうやって見て考えるだけでも、心踊る物もある。


「ソルさん、これどうなってるんでしょう?」

「おーい、ソル! 見ろこれ! 熱が伝わらねぇ鎧だってよ!」

「ソルさん、これ凄いですよ! 車輪は独立して動くから、小回りが……」

「……おぉ、そうだな。」


 何で俺に言うのか、という言葉は飲み込む。ソルとて、そのくらいの分別はある。

 ただ、カークはともかくエアルの勢いには少し圧されていた。どうやら機構や設計に、興味がある様だ。


「……シーナ、知ってた?」

「何となくは。」


 教えて欲しかった。理解の及ばない話は、やはり退屈だ。シラルーナの様に、教えて貰って楽しもうという学習意欲は、ソルとカークには無い。


「……ソル、飽きたし飯でも買ってこねぇか? 四人分なら、少し時間もかかるぜ?」

「そうだな。シーナと話してたら、エアルの気も済むかも。」


 技術者と言っても、その範囲はかなり広義的にとらえられる。その中には料理人も多く、美味への探求も進んでいる。

 良いものから、挑戦的な物まで、二人は少し多めに買い揃えていく。食べながら回れば、きっとあっと言う間に無くなるだろう。


「やっぱり祭りともなれば、結構騒がしいな。」

「良いじゃねぇか、賑やかで。」

「……ま、そうだな。」


 前方で手を振るシラルーナに、手を上げて応えながらソルは言う。隣で黙って離れたことで、エアルに文句を言われているカークが逆ギレしている。

 魔界では考えられなかった、虚無感の無い喧騒。それは煩わしくも、どこか温かく。帰るべき場所だと、ソルに思わせた。

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