第25話
仲間たちと騒ぎながら降りていく彼等に、ソルは苦笑を浮かべる。
実践経験の得やすい傭兵だが、魔術師には向き不向きは大きい様だ。動きながら思考に集中、更に周囲も見逃さない事。体作りも探求もとなれば、どちらも中途半端になる。
「はい! 次いいですか!?」
「えぇ……こんな連戦?」
「英雄様と手合わせ出来るんですよ! それと、後で飛びかたのコツも教えてください!」
「風で飛んだ事は無いかな……」
基本的なルールが無く、今までは魔力や体力の面から、自然にトーナメントに近い形だった。勿論、優勝だとかそんなものは無い。
しかし、好奇心がなければ続かないのが魔術師だ。相性がよかったとはいえ、原罪の魔獣と悪魔を相手取ったソルは、注目の的。勝ち抜き戦の様になるのはすぐだった。
「ここまでになるとは……ステージ占拠する為に、ある程度はやろうと思ってたけど。」
「おーい、ソル。そろそろ暖まったろ、俺とやろうぜ。」
「どこ行ってたんだよ。」
「面白い戦法とか、俺が見てたら卑怯じゃん。」
力場で空を飛ぶソルに、風使いは相性が悪かった。「アーツ」の結晶に防がれ、「重量増加」を付与した布に包まれている。
ステージに上がるカークを見送るエアルに、人を掻き分けたシラルーナが声をかけた。
「おはようございます、エアル君。」
「シラルーナさん、おはようございます……あの、髪についてますよ。」
「へっ? ……あっ、昨日の片付けて無かったから。」
部屋の机に放り出した素材を思い出しながら、シラルーナはそそくさと片付ける。少し赤い顔は、会話の最中である為にうつむく事も出来ない。
「もう、ありません?」
「無いですよ……この試合、結構注目されてますね。」
エアルが少し意外そうに辺りを見回した。カークが最近、目覚ましい成長を遂げたのを知るものは多い。傭兵に混じり、魔獣狩りに乗り出すからだ。
「私達は見慣れてますからね。」
「兄さん、負けず嫌いだから。少し自信家ですし。」
「ソルさんも、結構楽しんでるんですよね。」
二人が視線を戻せば、カークが魔方陣を取り出し、ズラリと袖に装着した所だった。
ソルは右手のグローブに仕込んだ「アーツ」を見て、壊れていない事を確認する。「飛翔」等の魔方陣はアーツで創る。何を使うかバレない様に、服の下にだ。
「ソル、一つだけなんざ余裕だな? 申し訳程度の付与はどうした?」
「お前こそ、未だに魔力の流出先も選べないのか? わざわざ、肌から離して魔方陣はっ付けてよ。」
ソルのグローブとカークの袖、互いの魔方陣が光を放つ。手を添えた魔方陣から引き抜くように、カークは炎の剣を具現する。同時にソルの手には、巨大な結晶の扇が広がっている。
重さと摩擦の小さなアーツは、大きさは魔力の消費以外のデメリットが少ない。透明なそれは視界を遮る事さえせずに、ソルとカークの間を遮断する。炎の剣はソルに届く事を拒まれた。
「はぁ? 何で扇だ!?」
「こうするからだよ!」
平面に「圧縮」を付与し、「飛翔」も用いて力任せに振り下ろせば、強い風がカークの魔術を乱す。いくら形を繕えど、元は炎。刀身は揺らぎ、カークはその維持に意識を割かれた。
その隙は逃さない。魔術を展開するのは間に合わないと判断して、ソルはカークに突っ込み、足払いを仕掛ける。咄嗟に後ろへと跳躍し、カークは難を逃れた。
「てめっ!」
「ちっ、堪えるか。」
「たりめぇ」
カークが違う魔方陣に手を伸ばし、展開しながら宙返りをする。そのまま逆さになり、地面に手を叩きつけた。
「だろうが!」
展開した魔術は「炎波」。地面を舐める様に、炎は広がってソルに迫る。
「やっぱり近づくと危ないな、お前。」
「遂に飛びやがったか。」
扇は霧散させ、その手には馴染んだ剣を創る。一方のカークは剣を消すと、炎で弓矢を象り、引き絞る。
「当たるのか?」
「当てんだよ。」
カークの自信は本物だった様で、放たれた炎の矢はソルにまっすぐに飛ぶ。しかし、光の矢にも対応出来たソルが、炎に反応出来ない筈もなく。剣を横に薙げば、炎は形を保てずに散る。
だが、そのすぐ後ろにも矢は続く。少し逸れた狙いも混ざり、回避先も潰される。まだ反射の魔術は出来ていない、一度守り始めれば攻めに転じるのは難しい。
「今日は勝たせて貰うぜ、ソル!」
「言ってろ!」
今の剣は「アーツ」の物。【具現結晶】と違い、投擲すれば消えてしまう。なのでソルから遠距離の攻撃は出来ない。
魔術師として勝つなら、付与と力場だけで押しきらなければならない。そうなれば簡単なのは一つだけだろう。チャンスに備え、ソルは「アーツ」で密かに魔方陣を創り、展開しておく。
「しゃらくせぇ! 降りてこいや!」
カークがソルに、大きな火の玉を放つ。ソルの真上で止まったそれは、突然に軌道を変えて、ソルに向けて落ちてくる。
「呑まれろぉ!」
「無茶苦茶やりやがるっ……!」
下に逃げるしかないソルに、火の玉は容赦なく落ちてくる。追撃とばかりに飛んでくる火の矢は弾きつつ、ソルは忍ばせた魔方陣を展開する。
「「術式崩壊」!」
闇の崩壊を極限まで簡易的にした、対術式魔術。魔法ともなれば完璧に防ぐのは難しいが、精巧とは言い難い力任せの火の玉には、その効果を十全に発揮した。
カークの魔術は砕ける様に散り、数瞬だけ周囲の視界を奪った。カークとて実戦は未経験では無い。少ない経験からも、その場から動く選択を取る。しかし、ソルの思惑を妨害する動きでは無かった。
「……んだよ、これ。」
「ステージを「アーツ」で埋めただけだろ? そう嫌な顔をすんなよ。」
使える魔力の量は、魔人だけでなく魔術師の才でもある。存分に使わせて貰う。【具現結晶・戦陣】の様に、アーツの結晶がカークを取り囲む。
それは、ソルの魔術の媒体となり、障害物にもなる。そして、ソルの付与を易く受け付けるだろう。
「飛んだら弾幕を張るんなら、俺は飛ばないでやってやる。」
「弾幕は有効だったってのだけ、喜ばしいな。」
「降参、するか?」
「冗談!」
駆け出すカークが、次の瞬間には受け身を取っている。術者のソルは魔力の結合力によって影響は少ないが、アーツは摩擦が殆ど無い。濡れた氷の上を、磨かれた金属の靴で歩く様な物である。
咄嗟に受け身を取れたカークに素直に驚きながら、ソルは剣を構える。立つことは諦め、膝立ちでカークは迎え撃つ。とはいえ、今まで弾かれていた弾幕の、半分に満たない。当然届きはしない。
「あっ、言っておくけど「耐熱」は付与済みだからな。」
「……あ~っくそ! 本っ当に嫌味だな、お前!」
「どうとでも言え、勝ったのは俺だろ。」
諦めて仰向けに倒れたカークに、ソルは手を差し出す。アーツを解除すれば、結晶は煌めきながら霧散した。
「という訳で……」
「ちっ、覚えてやがった。」
「当たり前だ。俺が勝ったんだから、もう暫くは、つっかかってくんなよ。」
「くっそ~、来年! 来年またやんぞ!」
「えぇ~……まぁ、それぐらいならいいか。」
魔方陣を取り外しながら、カークは立ち上がる。ソルは掴まれなかった手を、肩をすくめて引っ込めた。
そんな二人に、エアルがステージに登って声をかける。
「兄さん、ソルさん、お疲れ様。」
「おー、エアル。お前もやるか?」
「やらないってば。それよりもソルさん、早めに撤退しないと。」
「ん? ……あ~、そだな。」
周りを見渡せば、短時間とはいえ派手な魔術の連続に唖然とする人達。しかし、その中には既にステージを目指す、ギラギラした目の人達もいる。
終わりが無い。そう察したソル達は、捕まる前に素早く離脱した。
既に昼が近くなり、太陽は上から見下ろしている。セメリアス邸から離れ、ソル達は王都の西側に来ていた。
東は山脈が削れた事で発展が続いているが、西側には海がある。悪魔と魔獣の巣窟となっている為、今の所は王都から西には広がり難い。つまり、村や町同士が近いのだ。
「で、その分。人の密度が高いと。」
「南には魔界があって兵団が多いですし、東には魔術師が素材目当てで集まって……技術者や商人は、必然的に西に来ましたね。」
「まだ国が出来立てですから、まずは顔見知りや知識を集めないといけませんものね。」
「なぁ、そんな事よりもあっち見てみようぜ? 俺達が考えた所で、何が変わるってんでもねぇしよ。」
ソルの独り言から、どうしてそうなったかに考えを巡らす二人を他所に、カークは展示品に走る。新しい防衛設備や、馬車の設計。武器から彫刻刀まで。
兵団や傭兵が多いのは、やはり命を預ける物は、慎重に選びたいからだろうか。新しい物に目敏く、しかし使い慣れた物から離れすぎず。案外、そうやって見て考えるだけでも、心踊る物もある。
「ソルさん、これどうなってるんでしょう?」
「おーい、ソル! 見ろこれ! 熱が伝わらねぇ鎧だってよ!」
「ソルさん、これ凄いですよ! 車輪は独立して動くから、小回りが……」
「……おぉ、そうだな。」
何で俺に言うのか、という言葉は飲み込む。ソルとて、そのくらいの分別はある。
ただ、カークはともかくエアルの勢いには少し圧されていた。どうやら機構や設計に、興味がある様だ。
「……シーナ、知ってた?」
「何となくは。」
教えて欲しかった。理解の及ばない話は、やはり退屈だ。シラルーナの様に、教えて貰って楽しもうという学習意欲は、ソルとカークには無い。
「……ソル、飽きたし飯でも買ってこねぇか? 四人分なら、少し時間もかかるぜ?」
「そうだな。シーナと話してたら、エアルの気も済むかも。」
技術者と言っても、その範囲はかなり広義的にとらえられる。その中には料理人も多く、美味への探求も進んでいる。
良いものから、挑戦的な物まで、二人は少し多めに買い揃えていく。食べながら回れば、きっとあっと言う間に無くなるだろう。
「やっぱり祭りともなれば、結構騒がしいな。」
「良いじゃねぇか、賑やかで。」
「……ま、そうだな。」
前方で手を振るシラルーナに、手を上げて応えながらソルは言う。隣で黙って離れたことで、エアルに文句を言われているカークが逆ギレしている。
魔界では考えられなかった、虚無感の無い喧騒。それは煩わしくも、どこか温かく。帰るべき場所だと、ソルに思わせた。