第23話
「……っんぁ? あっ、寝てたのか。」
寒い空気が白く照らされ出した頃、ソルは目を覚ます。あの後は、ついつい思考が飛び火して、結局動かなかった。こうも考え込む性質では無かった筈なのだが。成長したと言う事にしておく。
まだ、朝とも呼べない時間から、外は騒がしい。一年三百六十日の内、残り八十日となった今日。つまり、拾の月の十日である。建国祭の始まりだ。
「やぁ、兄さんと遊ぶかい?」
「弟でも誘えば?」
「いないから妹でも誘おうと。」
「お前、寝てんの?」
若干目が閉じ気味のベルゴに、ソルがキツイ一撃をかます。屈強な猛将さえ泣くと言われては、ベルゴも悶絶する。ベルゴでなくても悶絶するだろう。
「脛を思い切り蹴らないで!?」
「誰が妹だ、誰が。」
「ん? 俺そんな事言った?」
「寝惚けてんのか……?」
本気で殴るかと考えたが、その前にベルゴが首を捻る。
「昨日、ティポタスと呑んでから記憶がなぁ……」
「……お前、良く無事(?)だったな。」
「安全は保証されてるから? 契約は絶対っしょ。」
曰く、「誰もが怯えることの無い国」の創設者の契約だ。その完成に付き合えとは、随分と曖昧だが、ティポタスは何故かそれを受諾したと。
「なんで知ってんの?」
「意外に公然の秘密だよ? ソル君、普段会話とかしてる?」
「俺とシーナは、まだ此処に完璧に馴染んで無いし。俺は器量も要領も良くないからな、理想を壊さずに御伽噺の中身で良いんだよ。実物じゃなくて。」
「それを本心から言うんだから、やっぱり魔人だねぇ。孤独、好き?」
「孤独では無いからな、静寂は好きだけど。」
孤独というには、手近な縁が多すぎる。真の孤独とは、会話も縁も思い出すらも、取り上げられた末にある。モナクスタロ……いや、孤独の悪魔はそうだった。
名持ちになる手前から、話す事もあった。原罪の数人だ。……いや、怠惰のベルフェゴールと、色欲のアスモデウスは少ししつこかったが、他のは一度切りの会話だった。
「もしも~し、ソル君トリップ中?」
「ん? あぁ、悪い。」
「えっ? 嘘でしょ!? ソル君が謝れるなんて!?」
「……ほっ!」
お腹を抑えるベルゴは無視して、握り拳を解いたソルはセメリアス邸を目指す。きっと二日酔いか何かだろう、そうだろう。
後ろから着いてくるベルゴは、ソルの肩を叩く。腰を屈めて、耳元で囁いた。
「……外に少し集まってるよ。やらかすと思うかい?」
「この人混みだ。混ざりやすいから、偵察だろ。」
「近々、来るって事ね。確信は昨日のかい?」
「何で知って……今更か。」
態々ソルに来るのは、狂信者の件だからだろう。魔獣の落ち着いた時期、魔人を少なくとも二人認識している国へ、動くとは思わない。
もし襲撃が来ても、兵団が対処可能な規模だろう。ソルが気にする事でも無い。来るとすれば、準備期間から言って「悪魔斬り」の件だからだ。
「一番は、利点が無いから。自殺集団では無いし。」
「理を持って利を得る、かな? まぁ、悪魔に理なんて無いだろうけどねぇ。」
「だから放置。お前もな。」
振り向かずに言うソルに、ベルゴは姿勢を戻して手を振る。
「はいは~い……待って、今のって俺を放置って意味? 俺が彼等をでなく?」
「お前、行って何するんだよ……」
「やっぱり!? ショックだよ……お兄さんはショックだ!」
「それは良かった。」
頭を抱えてのけ反るベルゴを一瞥もせず、ソルはセメリアス邸の正面門を押し開ける。こんな時間では、まだ活動している者も少ない。
とはいえ、それでも早起きな人は居るようだ。玄関が開き、中からミダロスが顔を出す。
「あぁ、ソルさん。お早いですね。今日は楽しみにしていますよ。」
「俺は出ませんよ、魔術師の集い。」
「そうなんですか? それは残念ですね。」
今までの研究や研鑽の成果を共有しようという、建国祭に乗じた広報活動……だったのだが、時代は魔術師に戦力を求める。自然にそれは、魔術による簡単な決闘になった。
第二回の開催でだと言うのだから、当初の目的を外れるのが早い。おおよそ、積極的に乗っかって行った流れがあるのは、想像に固くない。そちらの方に、あの開催者は興味を示すだろう。
「お祖父様は、出禁にされてますからね。もしかしたら、ソルさんも今年が最後になるかも。」
「やっぱり、じいちゃんはノリノリですよね……」
「出て見れば? カーク君にさ、優勝者としか戦わないとか言えば、君が勝っちゃえば一年安泰だよ?」
「冴えてるな、それ。暫くは此方で凝った飯食えるかも。」
面倒だからと、少し遠ざかり気味だったが、セメリアス邸ならば三大侯爵の名に見合う料理人もいる。毎日店に通って食べるのも、結構面倒なのだ。
「誰が出るんですか?」
「色々な人が。私も出ますが、今年はカークも目覚ましい成長ですし……他にも優勝候補者は数人いますね、やはり傭兵稼業の方々が多いですが。」
「実践経験ですか……この辺りだと、魔獣?」
「山脈の向こうと違い、お金になりますからね。」
態々魔獣を減らす為に、国が依頼しているのだ。素材もいくらかは討伐者の自由がきく、それは儲かるだろう。
命の危険は常にある。しかし護衛任務は安全でも、実入りが悪いのだ。魔獣素材は不足気味で、山脈の向こう、ケントロンでは戦争の準備で高く売れる。
エルガオン商会が上手く取り扱う為に、国中に回したり国外に売りに行くため、需用は暫く尽きないだろう。珍しく魔獣素材の加工に慣れた職人が多いテオリューシアでは、特に。
「ソル君もある意味、傭兵だよね。」
「国御抱えですね。」
「さらっと言質を取ろうとしないでください。俺は研究者ですよ。」
「似合わないなぁ、ソル君は。」
「自覚はある。でも魔術師って言っても、傭兵なのを否定出来ないだろうが。嫌だぞ、国が雇い主とか、動きにくい。」
なし崩し的に国家御抱えにされてしまえば、自由に放浪できない。悪魔を追う身としては、テオリューシア王国に縛られたくは無い。
居心地は良く、此処に縁も多い。マギアレクに魔界の報告も頼まれてはいるし、飛び出したい、と言う訳では無いが。
「じゃぁ、参加するかい?」
「その時、気分が乗っていれば。参加の受付とかあるんですか?」
「いえ、とにかく挑戦する形式ですね。入るのは大概一度切りだけど、タイミングは決まっていません。」
ミダロスが示すのは、庭に作られた石造りの方形の地面だ。恐らくマギアレクの魔術だろう。
その説明に、ベルゴは首を傾げた。
「適当なんだねぇ? 一年に一回なら、もう四回はやってるだろうに。」
「魔術師は、金銭感覚がオカシイとは有名ですけど。事前に収集するのも難しいんです。自分の用事を優先する人が多いですから。」
「要は自分勝手な人なのね……まぁ、俺には関係無いけどね。」
「この場で魔術師じゃ無いのは、お前だけだしな。帰って良いぞ?」
「やだよ。俺、何にもしたくないから、今回は誰かにくっついてるって決めてんの。」
誰か、とは十中八九シラルーナだろう。ベルゴを甘やかすのは、彼女くらいのものである。ケントロンで、ちょくちょく世話になったからだろう。
ソルは被った迷惑に目が行きがちで、雑な扱いになるが。完全にサボっていない故に、扱いに困る。放置するには惜しい程度には、役に立つ男なのだ。
「ところで、ソルさんはどんな御用で?」
「適当に回るのもいいですが、どうせなら面白い物があるか聞いてみようかと。暇な様なら一緒に回ればいいですし。」
「暇で無くとも、ご一緒したがると思いますよ。エアル等、かなり尊敬しているのは分かっているでしょう?」
返事をせずに頭をかくソルに、ミダロスはクスリと笑う。しかし、ベルゴにそんな大人な対応は無い。
「あれ? ソル君照れてる? 柄にもなく照れちゃってる?」
「少し黙ってろ。」
ポケットから出した手で、ソルは何かを投げつける。「飛翔」によって加速したそれは、的確にベルゴの口に収まった。
「痛っ……甘い?」
「ケントロン王国の菓子だよ、しってんだろ?」
「飴玉かぁ。お土産かい?」
「まぁな。でも、お前には撃退用。」
何個持っているのか。ポケットから取り出した袋は、そこそこな大きさに膨れている。
「いつの間に、こんなに仕入れてたのさ。」
「喋るなら口塞ぐ意味ねぇな……」
ソルはミダロスにも差し出しながら、憎々しげにベルゴを見る。ミダロスは礼を言って一つ、口に入れる。
「なるほど、砂糖細工ですか? 中々に美味しい物だ……と、長々とすみません。皆が起きるまで、中で寛いでいてください。」
「そうさせて貰います。」
他の侯爵達へ挨拶に向かったミダロスを見送り、書斎に入ったソルは時間を潰そうと本を開く。しかし、五十ページも進むと、気もそぞろになってきた。
隣で本に突っ伏して眠っているベルゴは、二ページ目の様だ。正直、開いた理由さえ疑う。
「なぁ、お前は誰かに贈るのか?」
「ふぁっ!? ……なんて?」
「寝てろ。」
聞き返すベルゴに、言い直すのも馬鹿らしくなって本を投げた。いい子は絶対に真似してはいけません。
閑話休題、そろそろ日の昇る頃。三大侯爵というか唯一の貴族位の者達と、王族というか一人だけの陛下は城にいる。なので、習慣で起きて来たカークが、暇になって降りてくる頃だ。
「午前中は魔術師の集い、参加するかな。」
「それで良いんでない? 午後にやってないのは、武術演習と装置研究発表だけみたいだし。ソル君は、興味薄いんじゃない?」
「……端からお前に聞けば良かった。」
「それは、一緒に回ろうってお誘いかな?」
独り言に的確な情報を返すベルゴに、ソルは俯く。そんなソルにベルゴが聞けば、ソルは硬貨を投げて寄越した。
「何言ってんだよ、情報屋。」
「まさかの商売……だと……!? 俺に働けと!?」
「仕事しろよ、ダメ人間。よっ、ソル。今日は早いな。」
「お祭りの日は、お休みなのだよ~。前後一月位。」
書斎に来たカークに、ふざけた事を抜かすベルゴ。時折、金を集られる二人は、顔を見合わせて肩をすくめた。