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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第2章 若き魔術師達の休息
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第22話

 片付けを終えた頃、そういえば向こうは無事だったかと思い当たった。

 セメリアス邸に足を運べば、祭りの前日という事で、ある程度の魔術師が集っていた。当日は魔術の御披露目、及び研究の発表等を行うからだ。

 去年は次期侯爵候補のミダロスと魔術が数個ほど発現に成功したカークが競うと言うのだから、周囲の進みの遅さを感じた物だ。もっとも、生活の合間に大人が学ぶのと、一日の全てを使って幼い魔人モドキが学ぶのでは、天と地ほど差があるのは承知していたが。それでも、自分が学んだ時の進捗と違いすぎる気もする。


「あれ? こんにちは、ソルさん。ここのところ良く来ますね。」

「別に構わないだろ? まだ邸宅は壊して無いし。」

「壊れる予定あるんですか……? あっ、ソルさんも出るんですか? 魔術師の集い。兄さんも出るんですよ。」

「俺とあいつが出たら壊れるのか……? 俺が出るのは反則じゃ無いか? 八年位前から、魔獣ともやりあってる訳だし、場数が違う。」


 ソルも【具現結晶】を除き、「アーツ」と「飛翔」だけでどれだけ出来るか、試してみたくはある。しかし、魔法使いである事は広めていない。

 質の悪い魔方陣で手を抜かれたと思われては、双方とも面白くないだろう。少なくとも、それをされればソルは面白くない。


「そうですか……あるかもって期待してたんですけど。」

「エアルが出れば良いじゃ無いか。そろそろタメ張れるだろ?」

「無理無理、無理ですってば! 兄さん、ソルさんが来てから凄く上達しましたもん。去年は火球を飛ばすのも難しかったのに。」

「今は武装にまでするからな……負けず嫌いだよな。」


 それを負けず嫌いなソルが言う事に、エアルが苦笑する。ソルはカークの性格に対する反応だと思い、すれ違いが発生したまま穏便に流れていく。

 二人が話していると、ソルの視界がふっと閉ざされる。


「へへっ、誰だと思うね?」

「……人違いです。」

「マジに忘れてんな!? リロエスさんだよ、てめぇが鱗を押し付けようとした!」

「……えーっと。」

「露店商! 情報屋! イケメン! クレフの腐れ縁! ロイオスのダチ!」

「ん~……」


 半分以上はソルの知らない情報だ。念のために明記すれば、顔は悪くは無い。

 張り合い無ぇなぁ、と呟いて、リロエスは手を離す。


「三、四ヶ月前に、こっちについてきたんだよ。ほら、エルガオン商会の馬車だ、年に二回の。」

「いや、ホント誰だ。」

「くそっ、そっちは覚えてねぇか。こちとら、エーリシの一件で記憶にこびりついてんぞ。」

「エーリシ? ……あぁ、ミフォロスの情報屋か。」

「専属じゃねぇけど、良く来てたな。それだ、それ。」


 溜め息をつきながら、リロエスは頷く。あまりにも雑な記憶に、少しショックだったらしい。


「お知り合いですか?」

「ん? まぁ、顔は知ってる。」

「こちとら、お前と関係者が被りまくって、ホームに居づらくなった被害者だっつの。まぁ、ロルードの旦那によ、魔術っての調べてくれって、言われたんだけどな。」

「アナトレーは魔術師、良いのか?」

「あんまり排他的でもねぇよ。生まれも育ちも、ごった煮だしな。まぁ、被害が被害だから、悪魔と獣人に差別的ではあるが……防衛本能だな。」


 ソルの赤いバンダナを見ながら、リロエスは言う。視線に気付き、ソルは緩く睨む。


「耳はねぇぞ。」

「あっても半分じゃあな。てか、獣人は魔術師なれねえって聞いたぞ?」

「半分なら別だ。面ぁ見れば分かるだろ?」

「悪魔は分からん。」

「血が出たら違う。」

「止めろ、切んな切んな! 俺は荒事は御免だっつの!」

「冗談だよ。」


 ソルが携帯ナイフをしまい、肩を竦める。


「アナトレーって、東のアナトレー連合国の事ですか? リロエスさんは、そんな所から?」

「おうよ、二月以上はかかったな。ケントロンは色々あったみたいで、商会が帰るのにゃ手続きもねぇで素通りに近いってのがなきゃ、もっとかかったな。しかし、ここいらは湿気が多い、寒ぃし。」

「エーリシに比べりゃ、随分と北だしな。海から山脈も無いから、乾燥しないんだろ。」

「山で乾燥するんですか?」

「山肌に沿って上ると雲が冷えて雨が……だっけ? 細かい理屈は忘れた。」


 ソルが適当に説明し、リロエスに向き直った。


「で? なんで此処よ。」

「だから魔術を調べてんだって。旦那もロイオスも興味あんだとさ。」

「……習ってんの?」

「発表聞いてるだけ。精神が魂の一部で、肉体を器で、精神は思考と記憶を肉体に結んで? とかなんとか? 理屈は良く分かんねぇし。自分で感情や思考をコントロールするなんざ、この歳で始める訓練じゃねぇやい。」

「出来るのもいるけどな。」

「分かった、言い換える。俺に不向きだ。」


 リロエスが両手を上げて開き直る。会話の途中で見回していたが、特に被害も無さそうである。来たかどうかはソルには興味が無いため、とりあえず今日は帰ろうと、会場に背を向けた。


「ソルさん、もう帰るんですか?」

「あぁ、ちょっと疲れてるからな。明日、また来るよ。」

「シラルーナさんにも、伝えておきますね。」

「ん? おぅ。じゃ、明日な。そだ、クレフもいるぞ。」

「マジでか!? 探しに行ってくる!」


 代金払えぇー、と走り去るリロエスに、エアルは苦笑する。振り向けば、既にソルも居ない。解散の早い人達だな、とエアルは呆然と見送った。




 セメリアス邸も、「闇の崩壊」も、恐らくその他も無事。狂信者は逃がしたが、腹に結晶がある。アスモデウスが接触すれば、すぐに分かるだろう。

 魔獣の沈静化も確認され、懸念は片付いた……筈だ。ノエルマフの事は、今は頭から閉め出しておく。


「後は……特に無いか。うん、休もう。」


 明日は建国祭。ソルは準備も思い入れも薄いが、それでも楽しみな物は楽しみだ。祭りなど、最後に見たのは何年ぶりだろう。小さな村では少なく、孤独の悪魔は魔界から出ない。

 家に帰りつき、研究室の壁にある地図を見た。先程の戦闘で破れたが、既に簡単に修復してある。王都内部の地図を見ながら、明日は何処を回ろうかと考える。


「いや、今思えば、何があるのかも知らないや。贈り物も何時渡すんだ? ……明日、アイツらに聞くか。流石にカークも、祭りほっぽって勝負とか言い出さないだろ。」


 一人で気楽に歩こうと思っていたが、気になる催しを行くこと無く、後から知る方が嫌だった。聞けば何があるか位は、教えてくれるだろう。

 向こうに予定があれば、一人で回れる。無ければ、なし崩し的に一緒になるだろうが、それも良い。


「っと、そういえば贈り物って何処に片付けたっけ……」


 記憶が確かなら研究室だ。壊れているかと、少し危惧しながら探せば、一つは無事だった。もう一つ、色欲の魔獣の角が無い。


「やられた……狂信者共、盗って行ったな? あ~、じいちゃんに渡すもの……何にしよう。」


 この際、諦める。執着のある物では無く、探す手間の方が明らかにある。色欲の魔獣の角は、城にも一つは保管されている筈だ。

 それはともかく、マギアレクへの贈り物だ。少なからず恩もあるし、腹は立つが嫌いでは無い。何も無し、は避けたい所だ。


「そういや、じいちゃんの魔方陣も寿命近いよな……シーナの指輪みたいに、【具現結晶】で創るか。魔術は……シーナにも作ったし、「アーツ」かな。」


 六十○歳児のマギアレクだ、羨むに違いない。扇の要は、ソルも金型に協力しているし、魔法無しで細かく作るのは至難の技だろう。

 つまり、今はまだ、ソルだけが作れるとも言える。シラルーナにあって自分に無いでは、マギアレクは落ち込むかもしれない。


「なんか、自分の魔術を作れて、はしゃいでるみたいだな。実際はしゃいでんのかもなぁ……別にいいか、それで失敗しねぇなら。」


 少なくとも要らない物では無いだろう。魔術師にとって、魔方陣の所持方法は、いつも気を配るからだ。

 ソルの様に魔力で直接、魔方陣を形取るのは人間には不可能だ。せいぜい体外に溢れさせるのが、関の山。人間は精神体では無く、物理的な生物だから。

 迅速に触れられ、状況に臨機応変に対応する多様性があり、かつ放し難く持ち運び安い。アーツで魔方陣を描けば、多様性と持ち運びに優れ、自分の魔力なので迅速に展開まで持っていける。

 アーツで魔方陣をいくつか作り、光や氷の玉を浮かべながら、ソルはぼやく。ちなみに、その中に火は無い。


「まぁ、ここまで出来るのは、よっぽど人生費やすか才能が無いと……そういや、じいちゃんの人生ってどうなってたんだろ。」


 常人には、魔界で悪魔を観察等という、トチ狂った自殺行為は思い付かない。ソルは知識欲以外に、マギアレクの原動力を思い付かなかった。

 流石にそれだけでは無い……筈だ。とはいえ、ソルが何も話す気が無いのに、此方が聞くのも憚られた。


「あぁ、止めだ止め。考えてもしゃ~ない事は、どうにかなった時に考えよ。俺が何か出来るってのでもねぇし。」


 要は気持ちの問題である。ソルはその辺り、相手の動きを受けてから動くタイプだ。自分からは察する事が難しい為、他人任せである。

 そんな事よりも、簡単なデザインを考える。維持はマギアレクの魔力でなら簡単だし、今のソルなら数ヶ月放って置いても【具現結晶】は保たれるだろう。

 しかし、流石に指輪は嫌だ。あの時は深く考えずに創ったが、エーリシでの一月はソルに常識を植え付けた。アクセサリー、牽いては指輪が特別な意図……縁や契約を匂わせるのは知っている。


「じいちゃんに贈る物では無いよなぁ……ずっと触れてなくても良い筈だし、やっぱり本か? でも、じいちゃんは金属球を作ってたな……」


 創設者となるマギアレクが、本の形に綴じ込んで保管していたのもあり、魔方陣とは本、と考えてしまう。だが、いかんせん嵩張る。透明な一頁の本も、あまりにもな感じだ。

 マギアレクは金属球を試作していたが、無数の組み合わせに球体が良いだけで、アーツ一つにはあまり意味が無い。


「どうせなら、いつも持ってて不自然じゃ無い方が良いよな。あからさまに武器だと、持ち歩けない。」


 何処への潜入を想定しているのかと、問いたくなるような考えで、ソルは何が良いかと考える。結局その晩は、ソルは家から出ることも無かった。

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