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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第2章 若き魔術師達の休息
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第21話

「これで居なかったらお笑い草だけど……居るな、これ。つか生きてたのか。」


 最初に開けた書斎、そこで黙々と本を捲る木の人形。器用な手以外は棒と球体のデッサン人形の様なそれは、動力は不明、しかし羽織る外套に見覚えはある。初めて西を渡っていた頃、一年程前に狂信者の連れていた物だ。

 恐らく人形手繰りの契約者。しかも西を生きて彷徨ける程度の手練れ。少なくともそいつは居るだろう。ベルゴの言うとおり、殺しておけば良かったと、ソルは人形に触れながら思った。


「しっかし、これは何してんだ? ある程度分かるもんなのかな?」


 勝手に本を探っては、読み終えた本を戻す。恐らく「闇の崩壊」の魔方陣が目当てだとは思うが、人形に分かるのか。というか、視覚があるのか?

 好奇心を刺激されるが、今はとりあえず無視だ。外の奴は庭に転がしてある、後で纏めて話を聞こう。言語は、肉体言語で良いだろうか?


「まぁ良いか。とりあえず……あぁ、いや。これ止めると罠とかあるか?」


 今のところ実害は無い。魔方陣の法則や魔術について纏めた物、この国の歴史(数年)、後は辺りの地図に採れる素材を書き込んだ物。

 膨大な図書はそれらで占められており、頑張って調べればたどり着くのは容易な情報だ。というか、人形に情報は理解出来るのだろうか。


「とりあえず閉じ込めとこう。後は居るとしたら、実験室が妥当かな。」


 どれだけの間居たのかは、ソルには分からない。しかし、確実に行き着いていることは確かだ。狭い家屋だ、書斎を漁らせる位なら、実験室は無視しないだろう。

 明らかな居住スペースで、時間を潰しはしない筈だ。見つかる可能性が低いのだから。

 とりあえず扉に耳を押し当てる。何も聞こえない、物音一つ。扉から離れて壁に背を当てて、「飛翔」を使って扉をゆっくりと押し開いた。

 途端に天井から液体が落ちてくる。それは床から煙を上げて、刺激臭をソルに届ける。明らかな殺意、その向こうから何本かのナイフが飛ぶ。


「【加護(エンチャント)】越しでも痛かったろうな、あれ。」


 すぐに「飛翔」でナイフを返し、呻き声を確認したソルは部屋に入る。剣を抜いた狂信者が斬りかかるが、結晶の生えた右腕で、ソルはそれを防ぐ。

 異様な感触に戸惑った一瞬の隙、そこにソルは蹴りを放つ。魔法や魔術は、発動までが遅いと考えたからだ。


「ぐっ、貴様!」

「一年ぶりか、人形手繰り。」

「あれは私では無い!」

「悪ぃな、顔なんざ覚えてねぇよ!」


 再び斬りかかる狂信者。今度はフェイントも入れ、ソルの右腕を避けて腹に向かう。【加護】で斬られる事は無くとも、軽いソルは薙ぎ倒されて床を転がった。

 人形があり、外の一人は既に意識は無い。契約者の力で、意識を失って続くものは無いに等しい。少なくとも、後一人は居るようだ。警戒の必要がある。

 しかし、狭い室内はどうしても、インファイトになりがちだ。魔術師としての戦い方では、先手どころか後手も取れない。


「ちっ、結構すばしっこいな。」

「魔法は唱えさせない、裏切り者の魔人め!」

「へぇ、驚いた。悪魔はいつから仲間なんて作れる様になった? 好き勝手してるだけだぜ?」

「戯れ言を!」


 辺りを警戒しながら、ソルは「飛翔」を交えて跳び回る。人形手繰りは、出てくるつもりも無いらしい。

 ソルは研究室の端にあった、調合用のナイフを引き寄せる。後ろ手でそれを掴み、狂信者が前に踏み出したタイミングで突きだした。それは腕を傷つけ、敵は唐突な痛みに剣を取り落とす。


「くっ!」

「貰いっと。ま、暫くじっとしてろ、【具現結晶・固定クリスタライズ・ロック】。」


 手足を固定された狂信者が、床に倒れて呻く。隠密作業をしていたので、無いとは思うが叫ばれては面倒だ。後々好きにしたいので、こっそり処理したい。

 猿轡を噛ませ、ソルは研究室を出た。狂信者の持っていた剣は、重さを持たない【具現結晶】を扱うソルには重すぎる。邪魔なので居間に放置だ。


「……家の中に居る、よな? まさか既に出たりは……少し傷むけど探るか。【戦陣(フィールド)】。」


 家の中を結晶が覆っていく。表面を這うだけの、微かな戦陣。しかし、大雑把な索敵には十分である。

 反応はあった。そして、それは……真上。


「っ!?」


 驚いて見上げたソルに、金属のぶつかる衝撃が響く。【加護】のお陰で貫通は無かったが、成人男性の全体重を堪えきれず、首を大きく斬られた。

 床に押し倒されたソルは、次の一撃よりも早く襲撃者の目を突く。外套のフードの奥、暗がりに隠れた弱点は、ソルの指の中で潰れた。


「ぐああぁぁぁっ!?」

「くっ、そ。【具現結晶(クリスタライズ)】!」


 ソルの横、床を覆う戦陣から、【貫通】が伸びて狂信者を穿つ。仰け反って叫ぶも、すぐに立て直した人形手繰りは、腹を刺し貫かれる。口から血を垂らし、意識を失った。

 首筋の赤い線を結晶で止血し、ソルは立ち上がる。他の気配は無い。三人での行動だったようだ。

 一人は魔力切れで思考停止、一人はナイフで数ヵ所を刺されている。最後の一人は目が潰れ腹を貫通、まず助かるまい。


「ったく、気分悪くなんだっての……もう少し制圧しやすくしてろよな、殺されない位に。」


 バレないうちに【戦陣】を解き、三人を研究室に集めた。何があっても、多少臭いで誤魔化せる。散らかっても既に手遅れなので、あまり違和感もないだろう。

 結晶で止血はしてあるが、人形手繰りは虫の息だ。聞くなら急がねば。後の二人は床に放置して、座らせた人形手繰りに問い掛ける。


「おい、生きてるか。」

「……話す事は、無い。殺せ。」

「面倒だから却下。勝手に死ねるだろ、その様だ。それよりなんで此処にいる?」

「……」


 黙る男に、ソルは椅子に腰をおろす。研究室の椅子は人形手繰りを縛っているため、結晶の椅子だ。


「じゃ、質問を変えようか。黙ってんなら、コイツを殺しても良いか? その辺に放るつもりだったんだけど。」

「ひっ!」

「……」


 理性的な喋りの男に、ソルは脅しになればと狂信者に剣を向ける。高い声は、恐怖を感じさせた……女だった事に、少し驚く。


「黙りか?」

「り、リーダー……」

「……既に、知っている、だろう。魔人ならば、悪魔の記憶を、持つと聞く。」

「聞いてんのは俺だ、お前が引き出すな。」


 もどかしい断片的な記憶を思い、ソルは顔を歪めた。つい、剣を握る手にも力が入る。

 喉を圧迫され、狂信者から吐息が漏れた。


「ぁぐっ……」

「……刺すか? それも、良い。悪魔に手を、下されるより、半分でも、人間のお前が、殺すなら。」

「狂信者様も悪魔は嫌いか?」

「皆が狂う訳も、無い。生きる為か、はたまた別か。力が必要なら、従う。弱者はそう生きる、それが世の常だ。」

「別、ね。玩具に知人がいる、とかか? アスモデウスのやりそうな事だ。」


 玩具の言葉に、僅かな反応を見て、ソルは確信する。少なくとも玩具と呼ばれたく無い人物は、いるらしい。

 悪魔は契約に忠実だ。なまじ本当に頼みを聞く為に、かえって裏切れない。自身の行動が、全ての責任だと刷り込まれるからだ。自分次第で、その人の生死も決められる、と。


「代償は? お前の。」

「……話す、必要は?」

「無い。気になっただけだ。」


 剣を放り投げ、壁に「飛翔」で立て掛ける。黙らない、そう思ったからだ。ソルの行動に、アスモデウスと同じ前提を感じたなら、剣を向け続ける意味は無い。

 音から察したか、人形手繰りは剣に目を向ける。しかし、すぐにソルに向き直った。


「俺達は、もう生き残れない。絶望的だ。それで、放ると言われて、喜んで喋ると思うか?」

「じゃ、頷くだけで良い。アスモデウスは冒涜を見てたか?」

「……」

「俺は聡くない、特に人の感情とかにな。察しろは無理だ、沈黙は困るが?」

「死には、代わり無い。」

「お前はな。後の二人は町に紛れられるだろ、ここは「誰もが怯えることの無い国」だからな。狂信者も、だろ。」


 あまりにも綺麗事、信じるには値しない世迷い事。しかし、潜入した彼等からは、その絵空事は全くの偽りで無いことも伝わった。

 警戒心が低いが、鎮圧や警護は至るところに広がる。訪れる者、生活する者、それらを拒まない姿勢が強い。起きてからの即行の対処、それしか無い。それで荒れない、確かな効力。

 無駄の多い政策だが、人手不足のテオリューシアと、人の溢れた西の地では、正解の一つなのかもしれない。


「……なぁ、待てよ。アスモデウス様の目は、此処にも届いてるよな? あの悪魔とやりあうのかよ?」

「あ? 急に喋るなよ……アスモデウスは此処は見えないだろ。見えても色欲の魔獣とか、配下の悪魔を通して……お前らは無いよな?」

「潰しておいて、言うか。」

「あぁ、お前だったか。なら問題無いだろ、不味いの見てたら、多分死んでたよ、お前。」


 街中は重要な物は無い。魔術も普及しているとは言い難いし、王と()()()はそうそう見かけない筈だ。

 アスモデウスの事は初耳だったのか、狂信者の男は驚いている。というか、人形手繰り以外の立ち位置が、未だに分からない。まぁ、問題を起こせば兵団が対処する筈だ。ソルは自分には関係ないと割りきった。


「で? 結局どうなんだ。」

「詳しくは、知らない。見えた魔方陣に、反応があれば、盗ってこい、と。」

「だからお前が目だったのか。」


 位置的に、最も探っていたのは人形手繰り。彼が見つけ次第、アスモデウスの仕掛けがあったのだろう。もっとも、既に痕跡さえ無いだろうが。

 本体の力は他の原罪程は強くない、故に徹底的に潜む。光の特性に似つかわしく無い奴だと、ソルは思っている。影の癖に全く潜まないマモンに比べれば、正反対なのだ。


「どうせ、捨て駒だ。助かる見込みも、無い。好きにしろ。」

「んじゃ失せろ。止血はしてあんだ、肩でも貸して貰えば動けるだろ。せめて俺の側で死なないでくれ。」

「……分かった。」


 罠、策略。そういうことを考えれば、少し安易だったかも知れない。二人に支えられて、引きずられるように去る人形手繰りに、ソルは一瞥すると背を向ける。

 何かあるなら、それも良い。アスモデウスに近づければ、アラストールもいるかも知れない。事が起こる時の対処だけはしっかりしようと、ソルは魔方陣や爆晶を作り始め……ようとして実験室の片付けに取りかかった。

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