第20話
「……魂を見る、か。」
瞳に宿ったティポタスさえ見えた、ならばソルの魂も見えて当然。それは良い。しかし、達とは? これ以上の統合の可能性が? それとも他に何かいる?
自分の家で、ソルはぐるぐると思考を回す。万全をと考えるなら、疑問は潰しておきたい。
「とはいえ、ここじゃ【唯我独晶】は使えないし。第一、認識出来てないから、何を統一すりゃ良いのか……可能性は、統合が不完全だったか、ティポタスの言ってたルシファーの欠片ってのか……だとしたら混ぜない方が。」
ぶつぶつと呟くソルに、ふと扉を叩く音が聞こえる。時刻は昼、そういえば何も食べていない。
ちょうど良いと思考を切り上げる。どちらにせよ、ここでは何も出来ない。魔界に行くのが正解だろう。
扉を開きながら、ソルはローブを「飛翔」で羽織る。上に羽織るものを、他に持っていない。適当に洗っても汚れが落ちる為に、少ない外出に困る事も無いのだ。
「はい、何方?」
「こんにちは、ソルさん。御師匠様が帰らないので、此方に来ていないかと……」
「じいちゃんなら城に残ってるよ。用でもあったか?」
「いえ、ミゼンさん用に、簡単な魔方陣を欲しかったんですけど。初心者用の貸し出しの魔方陣、御師匠様が管理してますから。」
「あぁ、そういう。それならいくつか作ったぞ? あの水晶玉と、同じ素材で作ったのだよな……どれだ?」
後ろの机の上から、大量の魔方陣を浮かべたソルが見比べる。適当に二、三枚の紙を取り出した。
高品質な触媒は魔界の奥で手に入る事が多い。その分高いが、ソルは惜しげもなく手渡した。魔法使いには、魔方陣は不要だから。相手が妹弟子である、というのも大きいかもしれない。
「これが光球の奴、んで「飛翔」。最後のは少しだけ外したの。」
「「暴発」じゃないですか。危ないから駄目です。」
「なら「圧縮」だな。付与んとこは外してるから、途中過程に入れると、魔術の操作練習になるぞ?」
「多重……それも危ないような……まぁ、ミゼンさんなら大丈夫でしょうか?」
「魔力の操作は慣れてるだろ……多分。大事故にはならないと思う。その魔方陣なら、あって飛び過ぎたとかじゃないか? 眩しすぎたとか。」
飛び過ぎたは、最悪死ぬのだが。ソルの中では違うらしい。
とはいえ彼女も魔人だ。魔力を触媒の助けなく、動かす事は出来る。魔方陣に吸われる魔力の強弱ならば、数日で、事故なくこなして見せるだろう。
一部を除いて、魔法には必要ない技能だが。ちなみに【天衣無縫】には必要ない。
「てか、まだ触媒いじって無かったのか?」
「いえ、魔力は動かし方も分かり始めたみたいなので、形を覚える所です。やっぱり、頭で覚えるより、辿りながらの方が覚え安いですから。」
「なるほどな。それでそれか。」
「動かすのに集中したら、形が頭に入りませんから。」
引っ張られる触媒に任せて、魔方陣を暗記するのだろう。単純という事は、前提になることが多い。計算でいう、加算減算の様な物だ。それを覚えれば、複雑な物も組み合わせだ。何度も分解、理解、組み立てを繰り返せば、ソルの様に数回見て模倣する事も可能……かも知れない。
かなり単純にしないと自力の展開は困難な為に、魔法を魔術に直すとお粗末になるものも多いが。出来たなら、特性を持たない魔術も行使出来る。魔術師にも悪魔にも出来ない、魔力操作と複雑な感情、魔術師の知識を持つ魔人の特権だ。
「順調なんだな?」
「えっ? そうですね、早めに進めてます。エアル君は、追い付かれない様に必死ですけど。」
「そかそか。」
「やっぱり、ミゼンさんが気になりますか? その……」
「魔人、ってのもあるけど。どちらかと言えば単純に戦力として、な。」
シラルーナとしては、そこから別の話に繋げたかったのかも知れない。しかし、ソルがバッサリと返した事で、深く突っ込みづらくなった。
勿論わざとだ。魔人云々に関しては、マギアレクに伝えた。それ以上、孤独の魔人としては、あまり話す気は無い。記憶が曖昧だし、広めたい話も無い。
「俺は飯でも食いに行くけど、シーナは? もう少し探して見るか?」
ソルが鍵を出しながら聞くが、シラルーナは首を振る。必要な物はある、後は本人と試すのが良いだろう。
しっかりミゼンの特性も考えた「光球」、汎用性の高い「飛翔」と使うことの多い「圧縮」。明日は祭りだし、マギアレクが帰って来るまでには十分だ。
「ご飯なら、此方に来れば良いのに。」
「飯の為に運動するのもなぁ。」
「あぁ、カークさんですか……」
「嫌いではない、でも会いたくない。」
それを嫌いと言うのでは? しかし、それは些細な事である。はっきりさせても、関係が変わるわけでも無いからだ。表現など、ぼんやりと伝われば良い。
シラルーナが去っていくのを見て、ソルは自宅に鍵をかける。何気に鍵付きの家は少ない。金属を細かく加工するのは、高熱か高圧が欠かせない。
危険、つまり高度な技術、すなわち高い値段。これは切り離せない理だ。技術を安売りすれば、それは後継されにくくなっていくのだから。
「さて……早く食いに行こ。」
それは偶然だった。ソルがいつもの店で注文をして、柔らかい白パンに挟んだ燻製を頬張った。そのタイミングで隣の席が、水を溢されて騒ぐ。
その時に見えてしまったのだ、店の奥に座る男が、変わった指輪をしていたのを。視線を向けたタイミングが少し遅ければ、その指輪は袖に隠れていただろう。
見知った物だ。元々、自分の右手中指にあった、それと同じ形。今は結晶として埋め込まれた、マモンの契約者ファティスの指輪。
「狂信者……!? 何だってこんな僻地にっ!」
王都を僻地呼ばわりして、ソルは静かに焦る。西の地は嫉妬の悪魔の領域。狂信者の活動範囲は、何もこんな目立つ場所である必要は無い。
怪しまれないように、昼食をすぐに腹に納めて立つ。未だに男は動かない。食事をするでも無く、ただ座っている。
「もしかして、誰か待ってるのか……? 複数いるなら、そっちに聞くか。」
一応、気づかれない程度の結晶を、男の靴に忍ばせる。誰かが指摘しなければ、踵なんぞ気にかけないだろう。ただでさえ透明な結晶は、暗いところでは、ほとんど気づかない。
少し待ち、店にいないと判断したソルは、そこから出る。今は昼間。しかし、並ぶ建物の隙間に影が指している。
「溶けて監視と行くかな。」
ソルは「影潜り」を使用して、影に溶け込む。【路潜む影】ならば、僅かな影でもいいだろうが、魔術ではそうも行かない。
身を覆う程の影、つまり此方からも死角が増える場所に、居座る必要がある。バレてはいけない、魔術や魔法で視界を確保するのは、得策では無いだろう。
「……ん? 風か?」
ふわりと入り口の幕が揺れる。少しして、先程の男が飛び出した。少し青白い顔で辺りを見回して、すぐに何処かへ駆けていく。
「くっそ、逃がすか!」
しかし、既に下調べは済んでいたのか、その足取りは迷いが無い。あっという間に路地裏を抜けて、ソルは姿を見失った。結晶で大雑把な位置はわかるが、それだけだ。
目的を考えるソルは、ふとその思考を止める。何故なら、その反応が自宅に向かっているからだ。
「……まさか、見られてたか?」
ソルの脳裏には、内側から崩壊し霧散する、冒涜の悪魔が思い出される。もしもあれを知ったなら、【具現結晶】とは違うそれに、アスモデウスは警戒するだろう。
ともなれば、セメリアス邸にも行っている可能性がある。「闇の崩壊」を魔術と認識出来れば、セメリアス邸も怪しいからだ。
「多分、大丈夫だよな。悪魔が来てる事は無いだろうし。」
来ていたなら、恐らくティポタスが気づく。何処も静かな物だ、動く兵団も消えた土地も無い。
狂信者だけなら、懸念すべきは契約者位だろう。卵とはいえ、魔術師達の巣窟である、撃退できない筈も無い。つまり向かうのは後で良いという事になる。
「くそ、裏路地とか滅多に来ないからな……道どっちだ?」
引きこもっていた為か、自宅への道が分からない。仕方なく、ソルは屋根に登る。向こうから発見されやすいが、迷うよりマシだ。
グローブに仕込む魔方陣で、「飛翔」を発動して駆ける。飛ばない程度の力なら、制御に気は使うが、魔力の消費はほとんど無いに等しい。惜しげなく使う。
追い付いたのは、自宅前だ。祭り前の時期には、こんな僻地に人も少ない。安全だと判断し、ソルは紫の右目を赤く染める。
「【具現結晶】!」
「何っ!?」
上から発射された結晶に、男は目を見開く。囲むように地面に突き立ち、男を閉じ込めた結晶に、ソルは屋根を駆けた勢いを殺さず、そのまま飛び乗った。
「よぅ、玩具……じゃ無い方だな。人の家に何か用か?」
「くっ、例の魔人か……いつの間に……」
吸収によって段々と魔力が減り、頭がぼんやりとしていく中で、狂信者はソルを睨み付ける。
悪魔の新世界を、等と言うが、結局は自分達の望む世界というだけ。悪魔はそこにいる必要は無いのだろう。半分悪魔であるソルに、敵意と警戒しか無いようだ。
「我等、アゴレメノス教団に、逆らう事は、かの原罪、色欲のアスモデウス様に、逆ら……う事と……知……れ……」
「なんて? ……あ、寝てら。案外、魔力量少ないな? 新米か。」
軽く漁るが、何も面し……目ぼしい物は無い。とはいえ、家の中に面白い物があるのだから、彼等が複数人なら来ているはずだ。
物音はした、しかし逃げるには手遅れな距離。上手く待ち伏せるか、すれ違い様に姿を眩ませるか。とにかく家の中で待機している奴がいる前提で動く。
「まずは玄関は「固定」して、っと。……よし、あの窓からな。」
万が一にも逃げられないように、がっちりと固める。【具現結晶】によって残した窓から入り、そこも固める。
たいして広くも無い、この家。部屋は寝室、書斎、実験室、客室、居間。厠は狭いので、居ないだろう。
「さぁて、一つずつ行くとしますか。」
ソルは、【加護】だけを付与しながら、目の前の扉を押し開けた。