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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第2章 若き魔術師達の休息
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第20話

「……魂を見る、か。」


 瞳に宿ったティポタスさえ見えた、ならばソルの魂も見えて当然。それは良い。しかし、達とは? これ以上の統合の可能性が? それとも他に何かいる?

 自分の家で、ソルはぐるぐると思考を回す。万全をと考えるなら、疑問は潰しておきたい。


「とはいえ、ここじゃ【唯我独晶(モナクスタロ)】は使えないし。第一、認識出来てないから、何を統一すりゃ良いのか……可能性は、統合が不完全だったか、ティポタスの言ってたルシファーの欠片ってのか……だとしたら混ぜない方が。」


 ぶつぶつと呟くソルに、ふと扉を叩く音が聞こえる。時刻は昼、そういえば何も食べていない。

 ちょうど良いと思考を切り上げる。どちらにせよ、ここでは何も出来ない。魔界に行くのが正解だろう。

 扉を開きながら、ソルはローブを「飛翔」で羽織る。上に羽織るものを、他に持っていない。適当に洗っても汚れが落ちる為に、少ない外出に困る事も無いのだ。


「はい、何方?」

「こんにちは、ソルさん。御師匠様が帰らないので、此方に来ていないかと……」

「じいちゃんなら城に残ってるよ。用でもあったか?」

「いえ、ミゼンさん用に、簡単な魔方陣を欲しかったんですけど。初心者用の貸し出しの魔方陣、御師匠様が管理してますから。」

「あぁ、そういう。それならいくつか作ったぞ? あの水晶玉と、同じ素材で作ったのだよな……どれだ?」


 後ろの机の上から、大量の魔方陣を浮かべたソルが見比べる。適当に二、三枚の紙を取り出した。

 高品質な触媒は魔界の奥で手に入る事が多い。その分高いが、ソルは惜しげもなく手渡した。魔法使いには、魔方陣は不要だから。相手が妹弟子である、というのも大きいかもしれない。


「これが光球の奴、んで「飛翔」。最後のは少しだけ外したの。」

「「暴発」じゃないですか。危ないから駄目です。」

「なら「圧縮」だな。付与んとこは外してるから、途中過程に入れると、魔術の操作練習になるぞ?」

「多重……それも危ないような……まぁ、ミゼンさんなら大丈夫でしょうか?」

「魔力の操作は慣れてるだろ……多分。大事故にはならないと思う。その魔方陣なら、あって飛び過ぎたとかじゃないか? 眩しすぎたとか。」


 飛び過ぎたは、最悪死ぬのだが。ソルの中では違うらしい。

 とはいえ彼女も魔人だ。魔力を触媒の助けなく、動かす事は出来る。魔方陣に吸われる魔力の強弱ならば、数日で、事故なくこなして見せるだろう。

 一部を除いて、魔法には必要ない技能だが。ちなみに【天衣無縫】には必要ない。


「てか、まだ触媒いじって無かったのか?」

「いえ、魔力は動かし方も分かり始めたみたいなので、形を覚える所です。やっぱり、頭で覚えるより、辿りながらの方が覚え安いですから。」

「なるほどな。それでそれか。」

「動かすのに集中したら、形が頭に入りませんから。」


 引っ張られる触媒に任せて、魔方陣を暗記するのだろう。単純という事は、前提になることが多い。計算でいう、加算減算の様な物だ。それを覚えれば、複雑な物も組み合わせだ。何度も分解、理解、組み立てを繰り返せば、ソルの様に数回見て模倣する事も可能……かも知れない。

 かなり単純にしないと自力の展開は困難な為に、魔法を魔術に直すとお粗末になるものも多いが。出来たなら、特性を持たない魔術も行使出来る。魔術師にも悪魔にも出来ない、魔力操作と複雑な感情、魔術師の知識を持つ魔人の特権だ。


「順調なんだな?」

「えっ? そうですね、早めに進めてます。エアル君は、追い付かれない様に必死ですけど。」

「そかそか。」

「やっぱり、ミゼンさんが気になりますか? その……」

「魔人、ってのもあるけど。どちらかと言えば単純に戦力として、な。」


 シラルーナとしては、そこから別の話に繋げたかったのかも知れない。しかし、ソルがバッサリと返した事で、深く突っ込みづらくなった。

 勿論わざとだ。魔人云々に関しては、マギアレクに伝えた。それ以上、孤独の魔人としては、あまり話す気は無い。記憶が曖昧だし、広めたい話も無い。


「俺は飯でも食いに行くけど、シーナは? もう少し探して見るか?」


 ソルが鍵を出しながら聞くが、シラルーナは首を振る。必要な物はある、後は本人と試すのが良いだろう。

 しっかりミゼンの特性も考えた「光球」、汎用性の高い「飛翔」と使うことの多い「圧縮」。明日は祭りだし、マギアレクが帰って来るまでには十分だ。


「ご飯なら、此方に来れば良いのに。」

「飯の為に運動するのもなぁ。」

「あぁ、カークさんですか……」

「嫌いではない、でも会いたくない。」


 それを嫌いと言うのでは? しかし、それは些細な事である。はっきりさせても、関係が変わるわけでも無いからだ。表現など、ぼんやりと伝われば良い。

 シラルーナが去っていくのを見て、ソルは自宅に鍵をかける。何気に鍵付きの家は少ない。金属を細かく加工するのは、高熱か高圧が欠かせない。

 危険、つまり高度な技術、すなわち高い値段。これは切り離せない理だ。技術を安売りすれば、それは後継されにくくなっていくのだから。


「さて……早く食いに行こ。」




 それは偶然だった。ソルがいつもの店で注文をして、柔らかい白パンに挟んだ燻製を頬張った。そのタイミングで隣の席が、水を溢されて騒ぐ。

 その時に見えてしまったのだ、店の奥に座る男が、変わった指輪をしていたのを。視線を向けたタイミングが少し遅ければ、その指輪は袖に隠れていただろう。

 見知った物だ。元々、自分の右手中指にあった、それと同じ形。今は結晶として埋め込まれた、マモンの契約者ファティスの指輪。


「狂信者……!? 何だってこんな僻地にっ!」


 王都を僻地呼ばわりして、ソルは静かに焦る。西の地は嫉妬の悪魔の領域。狂信者の活動範囲は、何もこんな目立つ場所である必要は無い。

 怪しまれないように、昼食をすぐに腹に納めて立つ。未だに男は動かない。食事をするでも無く、ただ座っている。


「もしかして、誰か待ってるのか……? 複数いるなら、そっちに聞くか。」


 一応、気づかれない程度の結晶を、男の靴に忍ばせる。誰かが指摘しなければ、踵なんぞ気にかけないだろう。ただでさえ透明な結晶は、暗いところでは、ほとんど気づかない。

 少し待ち、店にいないと判断したソルは、そこから出る。今は昼間。しかし、並ぶ建物の隙間に影が指している。


「溶けて監視と行くかな。」


 ソルは「影潜り」を使用して、影に溶け込む。【路潜む影】ならば、僅かな影でもいいだろうが、魔術ではそうも行かない。

 身を覆う程の影、つまり此方からも死角が増える場所に、居座る必要がある。バレてはいけない、魔術や魔法で視界を確保するのは、得策では無いだろう。


「……ん? 風か?」


 ふわりと入り口の幕が揺れる。少しして、先程の男が飛び出した。少し青白い顔で辺りを見回して、すぐに何処かへ駆けていく。


「くっそ、逃がすか!」


 しかし、既に下調べは済んでいたのか、その足取りは迷いが無い。あっという間に路地裏を抜けて、ソルは姿を見失った。結晶で大雑把な位置はわかるが、それだけだ。

 目的を考えるソルは、ふとその思考を止める。何故なら、その反応が自宅に向かっているからだ。


「……まさか、見られてたか?」


 ソルの脳裏には、内側から崩壊し霧散する、冒涜の悪魔が思い出される。もしもあれを知ったなら、【具現結晶】とは違うそれに、アスモデウスは警戒するだろう。

 ともなれば、セメリアス邸にも行っている可能性がある。「闇の崩壊」を魔術と認識出来れば、セメリアス邸も怪しいからだ。


「多分、大丈夫だよな。悪魔が来てる事は無いだろうし。」


 来ていたなら、恐らくティポタスが気づく。何処も静かな物だ、動く兵団も消えた土地も無い。

 狂信者だけなら、懸念すべきは契約者位だろう。卵とはいえ、魔術師達の巣窟である、撃退できない筈も無い。つまり向かうのは後で良いという事になる。


「くそ、裏路地とか滅多に来ないからな……道どっちだ?」


 引きこもっていた為か、自宅への道が分からない。仕方なく、ソルは屋根に登る。向こうから発見されやすいが、迷うよりマシだ。

 グローブに仕込む魔方陣で、「飛翔」を発動して駆ける。飛ばない程度の力なら、制御に気は使うが、魔力の消費はほとんど無いに等しい。惜しげなく使う。

 追い付いたのは、自宅前だ。祭り前の時期には、こんな僻地に人も少ない。安全だと判断し、ソルは紫の右目を赤く染める。


「【具現結晶(クリスタライズ)】!」

「何っ!?」


 上から発射された結晶に、男は目を見開く。囲むように地面に突き立ち、男を閉じ込めた結晶に、ソルは屋根を駆けた勢いを殺さず、そのまま飛び乗った。


「よぅ、玩具……じゃ無い方だな。人の家に何か用か?」

「くっ、例の魔人か……いつの間に……」


 吸収によって段々と魔力が減り、頭がぼんやりとしていく中で、狂信者はソルを睨み付ける。

 悪魔の新世界を、等と言うが、結局は自分達の望む世界というだけ。悪魔はそこにいる必要は無いのだろう。半分悪魔であるソルに、敵意と警戒しか無いようだ。


「我等、アゴレメノス教団に、逆らう事は、かの原罪、色欲のアスモデウス様に、逆ら……う事と……知……れ……」

「なんて? ……あ、寝てら。案外、魔力量少ないな? 新米か。」


 軽く漁るが、何も面し……目ぼしい物は無い。とはいえ、家の中に面白い物があるのだから、彼等が複数人なら来ているはずだ。

 物音はした、しかし逃げるには手遅れな距離。上手く待ち伏せるか、すれ違い様に姿を眩ませるか。とにかく家の中で待機している奴がいる前提で動く。


「まずは玄関は「固定」して、っと。……よし、あの窓からな。」


 万が一にも逃げられないように、がっちりと固める。【具現結晶】によって残した窓から入り、そこも固める。

 たいして広くも無い、この家。部屋は寝室、書斎、実験室、客室、居間。厠は狭いので、居ないだろう。


「さぁて、一つずつ行くとしますか。」


 ソルは、【加護】だけを付与しながら、目の前の扉を押し開けた。

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