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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第2章 若き魔術師達の休息
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第18話

 夕刻。賑わった東門に、ソルはいた。適当に歩けば、色んな人を見る。南、魔界の方へ足を伸ばす準備も兼ねて、街をぶらついていたのだ。

 しかし、それ以上に何かあるようである。明後日の建国祭とは、つまり最近の賑わい方とは何処と無く違う。そこに含まれるのは、困惑だ。


「なんだろ……誰か来たのか?」


 稀に凄い立場だった人が、この地に訪れることもある。そういう時は、こんな喧騒になる。とはいえ、それよりも騒がしい気もする。

 金属のぶつかる音が僅かに聞こえて、ソルの目に兵隊が映る。ざっと目を通して二十名前後。馬車は四つ、馬が八頭。明らかに逃げ延びた雰囲気では無かった。

 ふと、一際目立つ馬車から、一人の男性が降り立つ。若い。三十に届かないだろう。彼はぐるりと周囲を見回し、ソルに目を止めた。


「……君達は。」


 すっと後ろを振り返るソル。因みに、誰も居なかった。

 諦めて向き直り、頭は下げておく。この国において、ソルは権威は無い。明らかに王侯貴族な待遇のこの男に、礼節で文句を言われても面倒だ。


「礼は必要ない。英雄「飛来する結晶」殿? あの場に置いて、私は命を救われている。」

「失礼ですが、あの場とは?」

「記憶に無いか……まぁ致し方無い。私はケントロン王国のプネレウマス子爵家四男、ノエルマフと言う。烏の魔獣が蔓延る王城では、助かった。あれを全て叩き出したのは、貴殿達だろう?」


 確信を持って言うと、ノエルマフは馬車を降りる。そしてソルの前に立つと、静かに口を開いた。


「ケントロンにも、私にも誇りがある。しかし、命を救われ、それを当然と甘受し、感謝を感じない訳ではない……つまり、礼を言う、と言うことだ。」


 いまいち理解していない顔のソルに、回りくどい言い方を控えめにする。

 そして、再び馬車に乗り直すと、上からソルに話しかける。馬車から降りたのも、誠意を示すためだけだったのだろう。


「頼みがある。貴殿達の服装を見るに、ただの平民とは言わないだろう?ケントロン王国代表として、ここテオリューシア王国国王と、話がしたい。可能かな?」

「俺に権限はありません。」


 先程から、ソルを貴殿()と呼ぶノエルマフに、少しの警戒を交えてソルは答えた。

 ケントロン王国は徹底的な悪魔排他主義。それに、国教となるシンボルの首飾り。見事に磨かれたそれは、熱心な信徒に間違いは無いだろう。


「そうかな? 貴殿達を放っておけるほど、テオリューシア王国は余裕は無いだろう。近い者との交流はある筈だ。」

「ここでは、貴方に俺を従える権限は無い。」

「そうだが……ケントロン王国の代表を無視出来るのかね? それは、関係の悪化……あぁ、なるほど。君を通すのは、少し筋違いだな。」


 ふと王城へと視線を流し、何かに納得したノエルマフは馬車の中に引っ込んでいく。


「少し、君達を見くびっていた。謝罪する。テオリューシア王国は、村と中身は大差無いと聞いていたが……家の諜報部も衰えたらしい。対等な立場として、認めよう。」


 それだけ言うと、彼はソルに目もくれずに前を向く。


「出せ、まずは宿泊地、それと城に伺いの手紙を。招かれてもいなければ、連絡も無いとは無礼だ。」


 突然に現れて去っていく一団に、ソルを含めて祭に浮かれていた人々は、暫し呆気にとられていた。




「ノエルマフ興、プネレウマス子爵の言葉は覚えておりますか?」

「随分な物言いだな。勿論覚えている、西の壁を支援せよ、だろう?」

「……」

「冗談だ、監視もしっかりするさ。あの一件、マモンの襲撃は国を震わせた。我が友、イエレアス家の者も……これ以上、人類は悪魔に負けてはならない。テオリューシア王国……しっかりと見させて貰う。」


 過ぎて行った豪華な馬車を、ベルゴは物陰から見つめる。少し考え……そして肩をすくめて、夕刻の街を歩いていった。




 夜、星が散らばる空に、一つの結晶が浮かぶ。その上でソルは、月を眺めて座っていた。


「……用事か?」

『別にぃ? 俺様は空に居るのは何かと、見に来ただけ。』

「そっか。」

『随分と慣れたモンだな? モナクスタロぉ!?』


 ぐるぐると何回転も首を回すティポタスに、ソルは苦笑する。


「慣れたってか、これが自然体なんだ……多分な。」

『……大変だな、魔人は。己を己と信じられない。』

「信じてるさ。俺は、悪魔モナクスタロであり、人間の……まぁ名前は忘れたけど。どっちでもある。二つ合わせて、初めてソルなんだ……ただ、少し違うのを、考えてただけだ。」

『相談すれば良いだろう? 俺様とか、後はなんつったか……未練?』

「そりゃ悪魔だ……ミゼンだろ?」

『それだ、それ。多分、答を得てるぞ?』


 何もない空中に腰掛けるティポタスは、ソルを眺める。いや、感じて無いだけで、本当は何かあるのかも知れない。

 ティポタスも、其処らの何かとは、別の存在であるように感じる。


「俺が欲しいのは答じゃない、理解だよ。だから自分で考えないといけない。周りはともかく、俺も理解出来る納得だ……と言うか、アイツも悩むだろ。」

『それは、人との関わりだろ? 明らかに慣れて無い。ケントロンの田舎生まれ、白い忌み子だしな。答えってのは、証拠よりなにより、魔人名とでも言うか? それを持ってる。』

「悪魔の名前と……?」

『違うね。根拠は話さないが、断言する。まぁ根拠は、君が嵐の煩い や、冬の痛~い を知れば……ほらな、ロックされた。別にしなくて良いだろうによ。』


 聞こえずに怪訝な顔をしたソルに、ティポタスはため息を吐く。好奇心の疼くソルに、ティポタスが指を突きつけた。すっと、心が冷え、背筋を凍えが走る。


『悪い事は言わぬ、立ち入るな「今生の者」よ。』

「……ティポ、タス?」

『おん? 俺様がどうかしたか?』


 軽く放された指は、ソルに重い感触を残した。何故だか、欠片も知りたいとは思えなくなっている。朝にも忘れる、そんな予感がした。


『いきなり、んな事考えて……もしかして、今城にいる優男か?』

「城に?」

『あぁ、俺様が覚えてやってる限りだと……「私はケントロン王国のプネレウマス子爵家の四男、ノエルマフと申します」とか言ってた奴だ。』


 かなり高クオリティな声真似をするティポタスに、ソルは一瞬驚きながら頷く。【具現結晶・唯我独晶】で、完全な個になった筈だが……何かが彼に、自分を達と言わせたか。

 この際、感づかれた事より、それが気になった。既に記憶、人格、感性。一致した筈なのに、何かが違うと言うのだろうか。


『……お前、悪魔らしくねぇよな。』

「褒め言葉だ。」

『そうじゃねぇよ。平和なうちは良い、だが今の【具現結晶】は孤独感が原動力だ。弱まってるぞ、そして、負ける。一応、聞いて全て知ってるんダゼ。俺様はヨ。』

「……今の、ね。」

『勘が良いのだな、少年よ。しかししかししかぁーーーーし!! 俺様は薄々感じてるだろう事しかぁぁぁ! 言わない!!』

「……そ、そうですか。」


 やはり、唐突に変化していくテンションに、着いていけない。ソルは少し距離を取った。


『まっ、良いことだ。俺様の契約にとってな。そのまま進め、孤独以外にも強さはある。悟れ、お前の本懐を。』


 言いたい放題言って、ティポタスは南に飛ぶ。若き王は、盲目で良いのだろうか。ティポタスを眺めていたソルは、城に振り返って思った。

 本懐。悪魔の元であり、互換された感情。それを悟る……? 考える事が増えて、面倒になる。元々、確かめるのは好きだが考えるのは嫌いだ。


「もう寝るか。取り敢えずは、目先に集中しよう。」


 別に完全になるのは、方法であって目的ではない。最終的には、アラストール含めた脅威が、全て消えればそれで良いのだ。

 自宅に窓から帰宅し、ソルは寝床に着いた。




 翌日、祭の前日ともなれば、かなりの賑わいだ。各地は勿論、王都は特に。最も発達した町であり、王や三大侯爵の顔も拝めるチャンスとあれば、人も集まる。

 喧騒の中で、エクシノはフラフラと歩いていた。今は引退した身で、クレフの家にて厄介になっている。

 医療、サバイバル、対人と、豊富な経験は相談役にはもってこいだ。時々、クレフ以外の者が来ることもある。


「……だれだ、こんな爺さんの後をチョロチョロと。」

「チョロチョロしてたつもりは、ないんだけどな。」


 いつもの紫のローブを羽織り、ソルが駆け足気味にエクシノに追い付いた。


「少しクレフと話したくてさ。まだ繋がりはあるんだろ?」

「俺を見つけて着けてたのか?」

「いや、思ったより歩くの速くて、追い付くのに手間取った。」

「……もう少し足腰鍛えな、坊主。」


 ソルとて鍛えていないとは言えないが、少し貧弱に見える足を見ながら、エクシノは呟く。

 肩をすくめて、ソルはエクシノを見続ける。彼は無言で歩き出すと、すぐに細い路地を曲がった。適当に曲がり続け、進んだ先は小さな酒場だ。


「ほれ、入れ。裏にクレフがいる、何時もじゃ無いがな。」

「どーも。」


 差し出された手に硬貨をのせて、ソルは奥に進む。途中で止められる事も無く、ソルはすぐに通れた。

 割りとしっかりとした部屋に、扉を開いてクレフが座っていた。机に向き合っていたクレフが、振り向いてソルを見る。


「なんだ、お前か。合図も無く来るから、誰かと思ったぜ。」

「別に良いだろ? そんな事は。それよりも、最近の城の事、知ってる?」

「城だぁ? 俺の取扱いはな、そこに買われる商品だ。仕入れの方はしてねぇよ。」

「じゃぁ、ケントロンのノエルマフってのは?」

「あぁ? だから……いやまて、ノエルマフ? どっかで……」


 考え込むクレフの横で、ソルがお茶を啜る。

 今思えば、この店の裏、つまりこの部屋は、表からは別の店だった筈。どうやって隠してるんだろうか? いや、表通りに行く道が僅かに上へ傾斜していた。もしかしたら、向こうの床を叩けば分かるかも。


「おい、クソガキ。天井を漁るな、薄いんだから。」

「良く崩れねぇな?」

「詮索すんなっつの。てか、ケントロンの事ならベルゴにでも聞けよ。あの甘党男、ケントロンから来たんだろ? 不自然ではあるけどな、あんな所からこんな所まで来るたぁよ。」

「知ってる……はぁ、アイツ探すの面倒なんだよな。」


 放浪するベルゴは、此方から連絡が取れない。マモンの前から、ケントロンには色々と潜んでいた。ノエルマフが何を知っているのか知れないが、気になることは知る。ソルは裏路地から出て、城の方を見つめる。

 辺りを、祭に浮かれる人々の活気に溢れる喧騒が包む。どうせなら、厄介事は今日中に。少し気は進まないが、ソルはセメリアス邸へと歩みを向けた。

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