第17話
明くる日の昼下がり。特にする事も無かったソルは、街に繰り出していた。昼食を食べ終え、そのまま欲しいわけでも無く、買うものを探す。国からの依頼を受けて居ると、食事や服ではお金が余るのだ。家も買ったわけでも無く、触媒みたいな高価な物が、自分で採取出来るのだから。
つまり、経済が回らない。特注の品は高かったが、それでも使わない金は放出したい。今のテオリューシア王国は、裕福とも言えないのだから。
「素材とかは全部、国で売りに出すにしろ。俺への報酬は少なくても良いのに……」
「それってさぁ、一般人の信頼と目標が薄れるんでないかなぁ? これが出来たら、こんな高収入って到達点でしょ、ソル君は。」
「……ベルゴ、いつ来たんだよ。」
「足音は立てない主義なの。それよりさ、お金貸してくんない? 手持ち切れちゃった。」
「高ぇのばっかり食うからだろ……」
情報屋は、今の発展に全勢力を注ぐテオリューシア王国では儲かりにくい。脅威が魔獣しかおらず、それも常に備えているために、買う情報が無いからだ。
兵団から溢れた傭兵達が、儲け話を探る位だろうか。あとはソルが悪魔の情報を買う。それ以外は、元々西にいた物知りや、専属がいるものだ。
「だって、あんなに美味しいのが悪いよね。あれは罪だよ、うん。」
「甘味も過ぎたら暴力だろ、あれは。」
「え~? ……ん? あれって、ミゼンちゃんじゃないかい?」
「はぁ? こんな人混みに……本当だ。珍しい……のか? 意外ではあるけど。」
魔人である事も隠したい、軽度ではあるが、白い忌み子なので日の光は眩しい。挙げ句には拒絶の悪魔は、触れ合いその物が本懐に反する。
少なくとも、昼間から街を歩く様には思えない。ローブのフードを深く被り、顔が良く見えないのは、狂信者と居た頃と変わらないが。いや、白が際立つローブは新調したものか。
「やっぱり、似た者同士気になる?」
「似て……無いこともないか。孤独と拒絶じゃ。」
「いや、魔人同士。」
「それはかなり。どの程度影響があるのか、変化はどうなったか、他の角度からも知る機会だし。」
「色気無いねぇ~、その年で。彼はそういう話、乗ってくれたのに。」
「今、そーいう話題は振られて無かっただろ。」
ソルの年代という事は、恐らくカークか。いつの間にか、無駄口を話す仲になっているらしい。つまり、侯爵であるマギアレクにも近くなっている。
他の知人としてティポタスもいるし、この国の中枢に大分、潜っている。目的があるのか、偶々に知人がそうなのか。放浪する二人なので、ベルゴが狙ったかも分からない。
今考えれば、こいつも得体が知れないな、等とソルはぼんやり考えた。
「じゃ、振ってあげよう。あの二人だと、どっちが気になってる?」
「むしろ、エアルが意外に力持ちだった事に驚いた。」
店から出て、ミゼンと合流したシラルーナを示し、ベルゴが尋ねる。それにソルは、後から一抱えはある荷物を持った、エアルを見た。
大量の荷物は、紙と薬品……後は機械だろうか? ソルには、用途が分からないが。
「つまんないな、もう! お兄さんと話してよ、もっと!」
「金を無心しに来た奴と?」
「分かったよ、今月は良いよ……お兄さんに親切にしよう?」
「来月も、だ。後、利息も寄越せ。」
「返してるだけ、誠実でしょうよ?」
誠実な奴は、多分そうそう借りない。ソルは、その言葉を呑み込む。ベルゴ相手に会話をすると、余計な体力を使うからだ。情報を売り物にする以上、迂闊に何でも話せない。
そんな苦労は露知らず、ベルゴはシラルーナ達に話しかけている。せっかくの外出に水を差す様な気がして、ソルは今のうちだと退散した。
「ふぅ、疲れた。さて、あいつらに合流すっかね。」
朝から倉庫の整理を行っていたカークが、腰を伸ばしながら呟く。当番制で掃除している倉庫は、あまり散らかってはいない。
が、それでも金属の武器や器具、大量の触媒やその加工前の素材を詰めた箱等、体力を使う作業だ。
「なんだよ、カーク。昼から出るのか?」
「わりぃな、エアル達がミゼンに着いてったんだよ。ついでに色々買うんじゃねぇかな?」
「だったら新しい羊皮紙も頼んだ。ほら、そろそろ切れそう。」
「あっ、マジだ……ってお前が破るからだろ? まぁ、良いや。買って来るよ。」
同じく魔術師を目指す弟子仲間達に手を振り、カークは屋敷を出る。後ろで風が吹き、激突音が響いた……才能はある筈なのだが。また飛ぼうとして落ちたろう友人に、内心で合掌する。
ある程度は魔術を使える者は、小遣い稼ぎにも困らない。カークは火の特性なので、設備の無い野外で炭を作ったり、金属を溶断するなど、意外に仕事は多い。
そのお金は自由だし、魔獣の素材を集めて、売ることも出来る。出費の嵩む魔方陣も、マギアレクが多く用意したものを貰える。金銭面ではあまり困っていないのだ。
「さて、どうすっかなぁ。とりあえずは、あいつらが行きそうな場所でも探すか。」
カークも少し買うものがある。魔力は使い過ぎれば、行動が出来なくなる。魔術師としては器用ではあれど、カークは魔力量があまり多くない。
自衛を強いられる西の環境では、武術はある程度の心得が出来る。必然的に魔獣狩りで稼ぐなら、利用する。その時に武器が必要なのだ。
今までは魔術の剣だったが、意外に消耗が大きい為、思いきって買ってみようと思っていた。そこに、ミゼンの贈り物を選ぶ話が出てきたのだ。
「今思えば、互いに贈るものを、一緒に買いにいくのか……それぞれで買えば良いのに。」
完全に主旨をぶった切る感想を抱きながら、カークは街を歩く。商店は広い道、人通りの多い所に集まる。
その辺りを歩けば、弟であるエアルはすぐに見つかるだろう。小柄な二人も、昼間から深くフードを被っているのと、外したとしても煌めく白髪と獣の耳では目立つ。探すのには困らない。店内に居れば、限定された範囲でなら「捜索」の魔術だって有効だ。
武器を扱う店を探しながら歩いていれば、食事を取れる店で見つけた。既に荷物も多いが、それよりもベルゴが居ることに驚く。
「おーい、エアル。何してんだ? 昼は食ったろ?」
「兄さん、声でかいって。ベルゴさんが美味しいって言うから、皆で来たんだよ。」
「ん? ……あぁ、菓子か。」
マギアレクの代わりに、講師をする事もあるシラルーナの奢りだが、そこまではあえて言わない。ベルゴを思っての事だ。
十五の少女に高価な物を奢られるのは、流石にベルゴでも広まってほしくは無いだろう。その配慮が必要かは別として。
「カークさんも食べますか?」
「いや、良いや。そこまで好きでもねぇし……すいません、何か飲み物を一つ。」
同席するのに何も頼まないのもどうかと思い、通りがかった店員に注文をしながら、席に着く。
昼も回った今は、店内も空き始めている。屋根にぶら下がる明かりを見ながら、ベルゴが呟いた。
「縁……ねぇ。」
「なんだよ、急に。」
「さっきまで贈り物の話、してたのよ。そんたら深い意味があるでない?俺の縁って、どうなってんのやらってね。」
「わぁ、大人の愚痴か? 酒の席でやれよ、子供以外に。」
辛辣な意見のカークに、ニヤリと返したベルゴが、口元でコップを傾ける仕草をした。
「おっ、なら今夜行くかい? カーク君。」
「良いぜ、何処に」
「兄さん、まだ十七でしょ。」
「一年程度、誤差だって。」
「御師匠様に迷惑掛けない?」
「うっ、それは……」
カークの酒癖はあまり良くない。セメリアス邸内なら、ちょくちょく飲むが、止まらないのだ。深酔いすると、最悪は暴れだす。
それを覚えているカークは、今回は諦めた。ベルゴでは、止める所を煽りだして、確実に深酔いするからだ。
「しょうがない。今日は諦めよう。」
「……まさか、たかる気だったか?」
「おっ、来たよ~。秋の味覚、栗のケーキだ。」
カークに返答する間もなく、ベルゴの視線は甘味に釘付けだ。四つ運ばれてきたそれは、深みのある香りを放ち、食欲を誘う。
淡い黄色のそれは、僅かな砂糖と栗本来の甘味を活かしたクリームを、スポンジの間に挟み込んでいた。
「栗ねぇじゃん?」
「クリームに混ぜてるんだよ。ケントロンだと、混ぜ込むと見た目を整えやすいから、多かったんだぁこういうの。」
「レシピ、お前が広めたな?」
「管理が甘いからさ。俺は仕事しただけよ? 品物を売ったの、情報屋としてね。」
「ケントロンの商人も、内情が売られるとは、思ってないだろうさ……」
カークが呆れながら、出された紅茶を啜る……服装でかろうじて救われているが、跳ね回った赤髪にきつい目付き、あまりこの場に合っていない気がする。
「……栗?」
「あれ? 知んないの?」
「聞いたことは、ある。」
ミゼンはケーキを一口放り込み、少し目尻を下げた。好評だったらしい。素直に食べる辺り、拒絶と呼ばれた頃と変わったなぁ、とベルゴは感じた。
あっという間に食べ終えたベルゴは、食後のお茶を啜る。味わうのに、時間を掛けない性格らしい。
「そういえば、カーク君は何で魔術師になるの? やっぱり、お金とか憧れ?」
一口ずつ大事に食べる三人を前に、ベルゴはカークに話しかける。口が止まることがないらしい。
「ん~や? 俺は御師匠様に追い付きたいだけ。まずは一番弟子の座を頂く!」
「凄く単純だね、想像以上に。というか、まずが敷居高すぎない?」
「兄さんは素直ですから。」
「そうそ……なんか引っ掛かる流れだな?」
カークが眉間に皺をよせる。とはいえ、そんな事はいちいち考えない彼は、ベルゴに向き直った。
「魔術師、目指すのか?」
「俺が? ないない。だって面倒そうだし。俺ってば、努力と労働は嫌いなの。」
「見てりゃ分かる。」
「ショック!!」
大袈裟に仰け反るベルゴが、後ろの壁に頭をぶつけた。呻く彼に、シラルーナが「鎮痛」の魔術を行使した。
「おおぅ……ありがと、シラちゃん。」
「バカだろ……」
「ソル君並みに冷たい……」
「一緒にすんな。」
カークが紅茶を飲み干しながら、文句をぶつける。その頃には、皆が食べ終えていた。買い物も終えたようなので、カークは荷物を手にした。
「ほれ、帰るぞ。ついでに羊皮紙も買わないといけないし。」
「あぁ、それなら入ってるよ。シラルーナさんが、足りないの覚えてて。」
「んじゃ、終わりだな。ベルゴも仕事しろ、真っ昼間っから駄弁んなよ。」
「馴れ馴れしいな、もう!」
馴れ馴れしいとは、世界一言われたくないであろう大人である。それぞれがそれぞれの挨拶をして去るのを、ベルゴはゆったりと見送った。